当時ペテルブルクの上流社会ではルミャンツェフ派や、フランス派や、マリヤ・フョードロヴナ(マリヤ・フョードロヴナ(一七五九年-一八二八年)。パーヴェル一世の妻(皇后)、アレクサンドル一世の母(皇太后)。)派や、皇太子派などの間における複雑な闘争が、例の通り宮中のわいわい連中の騒ぎに消されながらも、今までより一層劇烈に行われていた。しかし、ただ生活の幻影と反映のみにあくせくとしている、平和で華美なペテルブルクの生活は、依然として旧の如く流れ続けた。こう言う生活の流れの中に在って、当時ロシア国民の陥っていた窮境と危険を意識するには、非常な努力を要するのであった。依然たる皇帝の出御、舞踏会、フランス劇場、そしてまた依然たる宮中の利害、勤務上の興味陰謀――すべて昔のままであった。ただ最上層の社会だけは、現在の苦境を自覚させるように、いろいろと努力していた。しかし、こう言う窮境に在っても、なお両皇后は互いに反対の行動をとっていられる、と言うような囁きも洩れ聞こえた。皇太后のマリヤ・フョードロヴナは、自分の総裁している慈恵院や学校の安泰を祈るあまり、すべての学校を残らずカザンへ移すように命じて、これら諸学校の備品はもうすっかり荷造りが出来てしまった。所が、皇后エリザヴェータ・アレクセーヴナは、如何ご命令遊ばしますかと言う問いに対して、持ち前のロシア的愛国心を示しながら、国家の施設物について命令する権利など自分は持っていない、それは陛下ご自身に関した事であるからと答えた。また皇后一個の問題については、自分は誰よりも一番後からペテルブルクを出発する、とこう言うことであった。
八月二十六日、即ちボロジノ戦役の当日に、アンナ・パーヴロヴナ・シェーレルのところで夜会が開かれた。その晩の呼び物は、セルギイ上人の像に添えて皇帝へ送られた、大僧正の書簡朗読であった。この書簡は、宗教的愛国心を表した雄弁の模範とされていた。読み役に当たったのは、朗読の妙技で聞こえの高いワシーリイ公爵と言う事になっていた(彼はいつも皇后の前で朗読していたものである)。朗読の妙技と言うのはほかでもない、絶望したような咆哮と優しい囁きの間に、意味にはお構いなく大きな声で、歌うように言葉を流して行くことであった。それ故、ある言葉には咆哮、またある言葉には囁きが、全く偶然にぶつかるのであった。この朗読はいつもアンナ・パーヴロヴナの夜会の例になっている通り、政略的な意味をもっていた。この夜会には幾人かの名士顕官を招待して、彼らのフランス劇場通いを恥じしめた上、愛国心を喚起させることになっていたのである。もう大分人が集まっていたが、アンナ・パーヴロヴナは、客間の中に是非いて欲しい人がすっかり揃わないのを見て、まだ朗読を始めずに、世間話で座を繋いでいた。
ペテルブルクにおけるこの日の珍聞は、ベズーホヴァ伯爵夫人の病気であった。伯爵夫人は五、六日前に突然発病して、自分が花形になっている会を幾つかすっぽかしてしまった。噂によると、彼女は誰にも会わなければ、またかかりつけのペテルブルクの名医の診察も受けないで、あるイタリア人の医者を信用して、その人から何か珍しい、変わった療治を受けているとの事であった。
美しい伯爵夫人の病気の原因が、同時に二人の男と結婚できないためだと言うことは、みんなよく知りぬいていた。またイタリア人の治療が、この不便を除くことを目的としているのも、ちゃんと承知していた。しかしアンナ・パーヴロヴナの前では、誰一人そんな事を考えるどころか、まるで夢にも知らないような振りをしていた。
「On dit que la pauvre comtesse est très mal. Le médecin dit que c'est l'angine pectorale(伯爵夫人はお気の毒に、大層お悪いそうですねえ。お医者の話では、胸部炎症だとか言うことです)」
「L'angine? Oh, c'est une maladie terrible!(胸部炎症? まあ、それは恐ろしい病気ですよ!)」
「On dit que les rivaux se sont reconciliés grâce à l'angine(でもこの炎症のお蔭で、二人の競争者は仲直りが出来たそうですよ)」
Angine(胸部炎症)と言う言葉がさも面白そうに幾度か繰り返された。
「老伯爵の様子は見るもお痛わしいそうですよ。医者が重態だと言った時など、子供のように泣き出しなすったそうです」
「いや、もしもの事があったら非常な損失ですよ。実に美しい方ですからね!」
「Vous parlez de la pauvre comtesse?(あのお気の毒な伯爵夫人のお話ですか?)」アンナ・パーヴロヴナは傍近く寄りながらこう言った。「わたしあの方のご容態を訊きに遣りましたが、幾らかお宜しいそうです。ほんとにあの方は、世界中でも類のない美しい方ですわねえ」自分で自分の感激を嘲るような微笑を浮べながら、アンナ・パーヴロヴナはこう言った。「わたし共はお互いに派が違いますけれど、それでもあの方の功績を尊敬する邪魔にはなりません。あの方はほんとに不幸せなんですものねえ」とアンナは付け足した。
アンナがこんな事を言ったのは、伯爵夫人の病気に懸っている秘密の幕を、少し引き上げて見せたのだと思って、一人の軽率な青年は、伯爵夫人が名医を迎えないで、危険な処方を与える恐れのある、山師の治療を受けている事に対して、大胆にも驚異の情を表白した。
「そりゃあなたの方が、わたしなんかよりよくご存じかも知れません」突然アンナ・パーヴロヴナは、場所慣れない青年に毒々しく食って掛かった。「けれども確かな筋から聞きましたが、あの方は大層学問のある老練な名医でございますよ。何でもスペイン女王の侍医だそうでしてね」
こう青年を一撃の下に打ち挫いで置いて、アンナはビリビンに話しかけた。彼は別な仲間に座を占めていたが、例の警句を言うために、額に寄せた皺を伸そうと心構えしているらしく、頻りにオーストリア人の話をしていた。
「Je trouve que c'est charmant(わたしは中々面白いと思いますよ)」と彼は言った。それはペトロポールの勇士(ペテルブルクではこう呼んでいた)ヴィトゲンシュタインの奪ったオーストリア軍旗に添えて、ウィーンへ送られた外交文書のことであった。
「え、どう言うんですって?」自分ではもうよく知っている警句をはっきり聞かすために、一座の沈黙を促しながら、アンナは彼に話しかけた。
そこでビリビンは、自分が書いた外交文書中の一句を、そのまま原文通りに繰り返した。それは次のようなものであった。
「L'Empereur renvoie les drapeaux autrichiens(皇帝は之を貴帝に送還せんとするものなり)」とビリビンは言った。「drapeaux amis et égarés qu'il a trouvé hors de la route(親しむべきオーストリアの軍旗が道に迷いて正道の外に在るを発見したるを以て)」と結んでビリビンは額の皺を伸ばした。
「Charmant, charmant!(面白い、面白い!)」とワシーリイ公爵は言った。
「C'est la route de Varsovie peut-être(それはワルシャワに行く道だったでしょう)」思い掛けなくイッポリート公爵が大きな声でこう言った。
どんなつもりでこんな事を言い出したのか分からないので、一同は不思議そうに彼の方を振り返った。イッポリート公爵もやはり愉快そうな驚きを浮べて、あたりを見回した。彼も他の人達と同じように、自分の言った言葉にどんな意味があるのか分からなかった。彼は外交官として勤務している間に、一再ならず、こう言う風に藪から棒に出した言葉が、恐ろしく気の利いたものとして通用するのに気がついたので、今もふと頭に浮んだ言葉を、でたらめに口から出してしまったのである。『多分うまく行くだろう』と彼は考えた。『もし巧く行かないにしても、人が都合よく納まりをつけてくれるだろう』果せるかな、ばつの悪い沈黙が一座を領した瞬間に、アンナが改心させてやろうと手ぐすね引いて待っていた、愛国心の足りない人が入って来た。彼女はにっこり笑いながらイッポリートを指で脅して置いて、ワシーリイ公爵を卓子の傍へ招き、その前へ二本の蠟燭と原稿を持って行って、いよいよ朗読を始めるように頼んだ。あたりがしんとして来た。
「慈愛遍き皇帝陛下よ!」ワシーリイ公爵は厳粛な声で読み上げると、これに対して誰か異存があるか、とでも訊くように聴衆を一瞥した。しかし誰も何とも言わなかった。「新しきエルサレムなる旧都モスクワは、その子らを抱く母の如く己がキリストを迎え、」彼は『己が』と言う言葉に突然力を入れた。「湧き起る迷霧を透して、皇国の光まばゆき光栄を望みつつ、ホザナよ、来らんとする者に祝福あれと、歓喜の情もて歌わん!」
ワシーリイ公爵は泣くような声で、この最後の一句を朗読した。
ビリビンは自分の爪をじっと見詰めていた。多くの者は『一体自分はどんな悪い事をしたんだろう?』と訊くように臆気づいた風であった。アンナ・パーヴロヴナは聖餐式の祈祷を呟く老婆のように「たとえ暴慢無礼なるゴリアトスが……」ともう先の一句を小声で繰り返していた。
ワシーリイ公は語を続けた。
「たとえ暴慢無礼なるゴリアトスが仏国の境より、ロシアの土に死の恐怖を伝来するとも、謙譲なる信仰、即ちロシアにおけるダビデの投石索は、たちまち血に渇ける驕児の頭を打ち砕かん。往昔わが祖国の福祉に肝胆をくだきたるセルギイ上人の聖像を君の御前に捧げんとす。卑僧は老衰のために龍顔を拝し得ざるを悲しむものなれど、熱烈なる祈祷を天に捧げつつあり。全能の神よ、願わくは義人のうからやからを大にし、君の叡慮を正しき者の中に顕し給わんことを」
「Quelle force! quel style!(何という力だ! 何と言う名文だ!)」朗読者と作者に対する讃辞が聞こえた。
この朗読で感奮させられたアンナの客は、長いあいだ祖国の現状を語り合ったり、近々行われるべき決戦の結果について、さまざまな推測を試みたりした。
「Vous verrez(今に見ていらっしゃい)」とアンナは言った。「明日の御誕辰にはきっと何か知らせがありますから。わたしそういう感じがしますの、何かいい事がありそうな」