十一月八日、即ちクラースノエ会戦の最後の日に、軍隊が野営地へ着いたのは、もう黄昏どきであった。静かな寒い日で、軽い雪がちらちらと降っていた。夕方になって晴れかかった。雪を透して濃い紫色の星空が見え、寒さが冴え返って来た。
タルーチノ出発の時三千人あった銃兵連隊が、いま先着隊の一つとして、指定の宿営地についた時には、僅か九百人になっていた。宿営地は村の大街道の傍であった。連隊を出迎えた設営官は、どの家も皆フランスの病兵や陣没兵や、騎兵隊や参謀部などに占領されていると報じた。ようやく一軒の百姓家が連隊長のために残されていた。
連隊長は自分の宿舎へ馬を進めた。連隊は村を通り抜けて、村はずれの農家に近い路傍で銃を組み合わせた。
ちょうど巨大な群を作った多数の動物のように、連隊は自分の寝どこや食物の支度に取り掛かった。兵卒の一部は脛を没する雪を踏んで、村の右側にある白樺の林へ分け入った。と、すぐさま林の中では斧や短剣で木を伐る音、枝を折る響き、にぎやかな話し声などが聞こえた。また一部のものは、雑然と一塊りになった連隊行李の真ん中で、鍋や乾パンを取り出したり、馬に飼糧をやったりしながら、忙しげに働いていた。更にまた別の一部は、村中へ散り散りになって、司令部付の将校の居場所を造ったり、家々に横たわっているフランス兵の死体を片付けたり、焚火にする板や、枯木や、屋根藁や、風よけにする編み垣などを引きずったりしていた。
十五人ばかりの兵卒は、村外れの百姓家の後ろで、愉快そうな叫び声を上げながら、もう屋根を剥ぎ取られた納屋の、柳で編んだ高い壁を揺さぶっていた。
「さあ、さあ、もう一つ、うんと押せ!」と大勢の声が叫んだ。と、斑に雪の付いた大きな編壁が、ぱちぱちと寒そうな音を立てながら、夜の闇の中でぐらぐらと揺いだ。下の杭は段々はげしくめきめき言いだしたと思うと、遂に編壁は、押し掛かっていた兵隊どもと一緒にどうと倒れた。嬉しそうな粗暴な叫びと、高笑いの声が聞こえた。
「二人ずつ摑まえろ! 槓桿をこっちへよこせ! そうだ。貴様どこへ出しゃばるんだ?」
「さあ、一緒に……だが、待てよ……音頭を取ってやろう!」
一同は口を噤んだ。と、天鵞絨のように気持ちの好い声が、静かに歌を唄い始めた。三つ目の句が終わるとき、最後の響きが止むと同時に、二十人の声が一斉に「うーんと、よしか! 一度に! みんな力を入れて!……」と叫んだ。一同は気をそろえて力を入れたけれど、編壁は余り前へ出なかった。続いて起こった沈黙の中に、重苦しい喘ぎが聞こえた。
「おい、六中隊の連中! やい、畜生! 手伝わんか……俺達だってまたお前らの役に立ってやらあな」
村へ進んでいた第六中隊の兵士が二十人ばかり、編壁を引っ張っている連中に加わった。長さ五間、幅一間の編壁は、はあはあ喘いでいる兵士らの肩に食い込みながら、弓のようにしなって村の通りを進んで行った。
「やらんか、おい……うんと、それ……何をぼんやり立ってるんだ? そうだそうだ……」
愉快そうな口汚い罵詈の声は止めどがなかった。
「貴様達はどうしたんだ?」突然一人の兵士が編壁を引っ張っている連中の方へ駆けよって、さも上官らしい声でこう言った。「旦那方がそこにおいでなんだぞ。小屋の中にはげんさい閣下もおられるのに、貴様達は犬だ、畜生だ、下司だ、本当に貴様達は!」と曹長は叫んで、ちょうど手に当たった一人の兵卒の背中を、力任せにどやし付けた。「一体しずかに出来んのか?」
兵士らは鳴りをしずめた。曹長に殴りつけられた兵卒は、編壁へぶっ突けて血の出るほど擦り剥いた顔を、ぶつくさ言いながら拭きにかかった。
「やい、あん畜生、酷いことをしやがるなあ! どうだ、面一めん血だらけにしやがった」曹長がいってしまうと彼はおずおずした声でこう言った。
「一体お前は好きじゃないのかね?」と誰かの声が笑いながら言った。兵士らは声を加減しながら、また曳きにかかった。
村の外へ出はずれると、彼らは再び前と同じように、あてもない罵詈を間々にはさみながら、大きな声で話し始めた。
兵士らが傍を通り過ぎた農家の中には、高級指揮官が集まって茶を飲みながら、もう過去となった今日の日のことや、将来の予定行動などを話し合っていた。予定の行動と言うのは、左翼へ側面行進をして副王の退路を断ち、これを生捕ろうと言うのであった。
兵士らが編壁を引っ張って来たときには、もう四方八方で厨がわりの焚火がどんどん燃え始めた。薪はぱちぱちはぜ、雪はみるみる溶けて行った。軍隊の占領した広漠たる場所を、兵士らの黒い影が、雪を踏みつけ踏みつけあちこちしていた。
斧や短剣は到る所に働いていた。すべて何もかも一切命令なしに行われた。夜中の補充用として薪が運ばれた。上官のためにはバラックが建てられた。鍋はぐつぐつ煮えているし、銃や武器も手入れが出来ていた。
第八中隊の引っ張って来た編壁は、北側へ半円形に立てて杭で支え、その前で焚火が燃やされた。日没のラッパが鳴って人員点呼がすむと、晩の食事をした。それから一夜を過ごすために、めいめい焚火の傍に陣取って――ある者は靴を修繕し、ある者はパイプを吸い、またある者は真っ裸になって虱退治をするのであった。