戦争と平和 エピローグ 第一編, レフ・トルストイ

四


諸国民の運動はそれぞれ己の岸に収まり始めた。大運動の波はどこかへ退(ひ)いてしまって、静まった海の面には沢山の渦巻が出来た。外交家連は、この波乱を鎮めたのを自分達の手柄のように想像しながら、その渦巻の中を遊泳し始めた。

しかし静まった海はにわかに狂い出した。外交家連はこの新しい緊張の原因を自分達と、自分達の不和のように思った。彼らは自分達の皇帝のあいだに戦争を予期した。彼らの目には事態解決すべからざるもののように思われた。けれど彼らが襲来を感じた波は、彼らの予期していた方面から来たのではなかった。同じ波が同じ運動の出発点――パリから起こって来たのである。西から起こった運動の最後の飛沫が飛んだ――その飛沫は解決不可能と思われていた外交上の難局を解決して、この時代の軍事的運動を終結させるべき使命を帯びていた。

フランスを荒廃に帰した人間は何の打ち合わせもなく、一兵をも率いずして、ただ一人フランスへ渡って来た。どんな番人でも彼を捕えることが出来た筈であるが、しかし不思議な偶然によって、誰ひとり彼を捕えないのみならず、つい一日前までも呪っていたし、また一ヶ月後にも呪おうとしているその男を、一同歓喜して迎えたのである。

この人物は総員登場の大詰めの幕をジャスティファイするために、まだ必要だったのである。

最後の幕が演ぜられた。

最後の役目も演じ終った。俳優は衣裳を脱いで、眉墨や頬紅を洗い落とすように命ぜられた。彼はもう不要になったのである。

この男は自分の島で孤独な生活をしている間に、自分で自分にみじめな喜劇を演じて見せたり、陰謀をめぐらしたり、もう弁解など不要になってから、自分の行為を弁解しつつ嘘をいったり、目に見えぬ手に操られている時に力と見えたものが、実際、何であったかと言うことを、全世界に示したりした。こうして幾年か過ぎた。

劇が終わって俳優の衣裳を脱がせると、舞台監督はその本体を我々に示した。

「ご覧なさい、これが皆様の信じていらしったものです! これです! これでやっとお分かりでしょうね、皆様を動かしていた者はこの男でなくて、実はわたくしだったのです」

しかし運動の力に眩惑せられた人々は、長い間この事実を会得しなかった。

なお一層明瞭な脈絡と必然性は、アレクサンドル一世――即ち東から西へ向かう反対運動の頭に立っていた人物の生活に現れている。

他の人々を庇蔽して、東から西へ向かう運動の頭に立ったこの人物には、一体何が必要だったろうか?

正義の念、即ちヨーロッパの事件に対する関心(それも局外に立ち離れていて、些細な利害に晦(くら)まされないもの)が必要だった。それから他の同僚――当時の皇帝達より一段高い道義心を持っていることが必要だった。謙抑(けんよく)で魅力のある人格が必要だった。それからナポレオンに対する個人的怨恨が必要だった。これらはすべてアレクサンドル一世に備わっていた。これらはことごとく彼の過去の生活全体において、無数のいわゆる偶然、即ち教育、即位劈頭(へきとう)の自由主義、周囲の顧問達、アウステルリッツ、チルジート、エルフールトなどによって準備されていた。

国民的戦争の当時はこの人物も無為に過ごした。つまりこの人物が不要だったからである。けれど全ヨーロッパ戦争の必要が生じるや否や、この人物は与えられたる時機に己の位置へ現れ、ヨーロッパの国民を糾合して目的に導いたのである。

目的は達せられた。一八一五年における最後の戦争後、アレクサンドルは人間として到達しべき権力の絶頂に立った。しからば彼は如何にその権力を用いたであろうか?

ヨーロッパの鎮静者たるアレクサンドル一世――壮年から自国民の福祉にのみ努力し、祖国ロシアに初めて自由主義的施設を試みたアレクサンドル一世――いまやナポレオンが追放の境遇に陥って、もし自分に権力が有ったら、どんなに人類を幸福にしたか分からないなぞと、子供らしい虚偽な計画を描いている時に当たって、このアレクサンドル一世は彼として望み得る最大の権力を領有し、従って、国民を幸福にする最大の可能を得たかの如く思われるにも拘わらず、自己の使命を果たし終わって、神の御手の接触を感じた。そしてにわかにこの似て非なる権力の無意味さを認めて顔を反け、自分の軽蔑していた卑しむべき人々の手にそれを渡して、ただこう言うのであった。

「何事も我らのなすべき事ではない、我らのなすべき事ではない、神の御名によるのだ! わしも矢張りお前と同じような人間だ。どうかわしを人間として生きさせてくれ、そして自分の魂と神のことを考えさせてくれ」


太陽もエーテルの各分子も、それ自身完成したる世界であると同時に、人間に量り得られないほど巨大な、ある全体の一分子に過ぎない。それと同じように、各個人もそれ自体において銘々の目的をもっているが、それは人知に及ばない共通の目的に奉仕するためなのである。

花に止まっていた一匹の蜜蜂が子供を刺した。すると子供は蜜蜂を恐れて、蜜蜂の目的は人を刺すことだと言う。詩人は花の杯から蜜を吸っている蜜蜂に見とれて、蜜蜂の目的は花の香気を吸い込むことであると言う。養蜂家は蜜蜂が花粉を集めて、それを巣へ持って帰るのを見ながら、蜜蜂の目的は蜜を集めることにあると言う。他の養蜂家は蜂の生活を一層精細に研究して、蜜蜂は仔蜂を育て女王を養うために花粉を集める、従って、蜜蜂の目的は種の持続にあると言う。植物学者は蜜蜂が雌雄異株科植物の花粉を持って雌しべに飛び移り、それに授胎するのを認めて、この点に蜜蜂の目的を見る。他の植物学者は植物の移動を観察して、蜜蜂がこの移動を助ける事を知る。するとこの新しい観察者は、ここに蜜蜂の目的があると言うかも知れない。しかし蜜蜂の究極の目的は、人知が発見し得る第一、第二、もしくは第三の目的によって尽きるものではない。

これ等の目的を発見する上において、人知が向上すればするだけ、究極の目的の不可解なことがいよいよ明白になるのである。

人知の及び得るのは、ただ蜜蜂の生活と他の生活現象の一致点ばかりである。歴史的人物と国民の目的もそれと同様である。