ピエールは普段から非常に恐れている憂愁の虜となった。かの集会所における演説後、三日間というもの、彼は長椅子に横になったまま、誰一人にも面会せず、またどこへも出掛けないで時を過ごした。
この間に彼は妻から手紙を受け取った。それはどうか今一度逢ってくれという哀願や、彼に対する愛慕の念や、彼のために一生を捧げたいと言う希望や――そんな事を書いたものであった。
手紙の終りに彼女は、三、四日のうちに外国の旅から、ペテルブルクへ帰る筈だと報じた。
この手紙に続いて、ピエールの独居生活へ闖入して来たのは、余り尊敬していない組合員の一人であった。この男はピエールの夫婦関係に話を向けながら、兄弟の忠告という体裁で、ピエールの妻に対する苛酷な態度は不公平だ、悔ゆるものを許さないのは、組合の最も初歩な規約を履行しない事になる、というような説を吐いた。
これと同時に、姑のワシーリイ公爵夫人が使いを寄越して、ごく重大な事柄に関して相談があるゆえ、ほんの四、五分間でいいから来てくれと哀願した。
ピエールは、今自分に対して何かの企みが出来ている、即ち自分と妻を結び合わそうとしているのだな、と悟った。しかし今の彼の心的状態にあっては、別に不快でもなかった。彼はもうどうなろうと構わなかった。ピエールに取っては、何も特に重大だと思うものが、この世の中に無かった。殊に彼を虜にしている憂愁の影響もあるので、彼は自分の自由も、また妻の処罰に関する堅固な意志も、一向尊重する気にならなかった。
『誰も正しい者はない、誰も罪の有る者はない。して見ると、あれも別に罪はないのだ』と彼は考えた。
ピエールが妻と同棲する事について、すぐ承諾の意を表さなかったのは、ただ目下、彼の陥っている侘しい心持ちのために、何事にもあれ、手をつける気力が無かったからに過ぎない。もしこの時、妻がやって来たなら、彼はもう別に追い出そうとしなかったに相違ない。今ピエールの全幅を領している問題と較べたら、妻と同棲するか何かと言うような事は、どちらだって同じであった。
妻にも姑にも返事を出さないで、ピエールはある晩遅く旅立の用意をして、バズジェーフと会うためにモスクワへ向けて出発した。ピエールは次のような事を日記に書いた。
「モスクワ、十一月十七日。
たった今、恩人の所から帰って来た。で、この際、経験した事を残らず大急ぎで書き留めよう。バズジェーフ氏は貧しい生活をしている。そしてもう三年この方、恐ろしい水腫のために苦しんでいる。が、誰一人として一度も彼の呻きや、不平の声を聞いた事がない。最も質素な食事の時間を除く外、朝早くから夜遅くまで研究に従事している。彼は余を優しく迎え入れ、自分の寝ている寝台に坐らせた。余は東方エルサレムの騎士の会釈をした。すると彼も同じ応対をした後、余がプロイセン及びスコットランドの組合で、どんな事を見聞し体得したかと、謙遜な微笑を浮べながら訊ねた。余は一切を能うかぎり詳しく物語った。それから余はペテルブルクの集会所で発表した思想を伝え、人々の冷淡な態度や、余と組合員との間に生じた決裂などを物語った。
バズジェーフ氏はかなり長い間黙って考えていたが、やがて以上すべての事柄に対して意見を述べた。それに依って余の全過去も、前途に横たわる長い未来も、倏忽として一道の光明に照らし出された。彼は組合の三目的の真意を覚えているか、と出し抜けに訊いて余を驚かした。三目的とは即ち(一)神秘の保存とその認識(二)これに到達せんがための自己浄化及び自己矯正(三)かくの如き自己浄化の努力を経たる後の人類矯正、これである。これら三者の中もっとも重大な目的は何であろう? 勿論、自己の矯正と浄化である。我々が周囲の状況如何に拘わらず、いつも努力する事の出来るのは、ただこの目的のみである。が、それと共にこの目的は、最も多くの努力を人から要求する。それゆえ傲慢心に迷わされてこの目的を逸したら、あるいは神秘の研究を始めたり(しかもこの神秘の味得は、不浄なる自己の所有者には不可能である)、あるいは人類の矯正に手を染めたりするものが多い。しかも自分は醜悪と敗徳の標本だと言う事を、考えないのである。自然神論が純なる教えでない所以は、それが社会的運動に熱中して、倨傲に満ちているからである。
バズジェーフ氏はこの基礎に立って、余の演説と余の行動を非難した。余は深い心の奥底から彼に同意した。話が余の家庭問題に触れた時、彼は余に向かってこう言った――かつて話して聞かせた通り、真のメイソンの主なる義務は自己の完成である。しかし我々はよく人生の煩瑣な問題から遠ざかってしまったら、早くこの目的を達する事が出来るように考えたがる。ところがそれはまるで反対で、ただただ実生活の動揺の中においてのみ、我々は三つの主なる目的を達することが出来る。三つの目的の中、第一は自己の認識である。つまり人間は比較という方法を通じて、始めて自己を識ることが出来るからである。第二に自己完成、これはただ争闘に依ってのみ得られる。第三には主なる徳性、即ち死に対する愛である。我々に生の徒労を教示し、吾人生来の死に対する愛、換言すれば新生復活に対する愛を援けてくれるのは、ただ人生の輪廻よりほかにないからである。
これ等の言葉は次の事実に照らし合わせて見ると、一層深い意味を帯びて来る。バズジェーフ氏は重い肉体の苦痛にも拘わらず、決して人生を重荷だなどと考えないで、且つ死をも愛している。しかも彼はその内部生活の純潔高遠なるにも拘わらず、なお死に対して十分覚悟が出来ていないと考えている。それから恩人は偉人なる世界創造の四辺形の意義を説明し、三と七という数は一切の基礎だと教示した。彼は余に向かって、ペテルブルクの組合員との交際を避けないように、且つ集会所においては二流どころの職務を採りながら、組合員を傲慢の淵から引き出して、自己の認識と完成の真道に導けと勧告してくれた。その他、余一個のためとしては、まず何よりも自己の凝視を勧め、この目的のために一冊の手帖を余に贈った。これが現に書きつつある手帖で、この中に今後、余のすべての行為を記入しようと思っている」
「ペテルブルク、十一月二十三日。
余は再び妻と暮らしている。姑は涙を浮べながら余を訪れて、エレンのここにいる事、彼女が自分の申分を聞いて貰いたいと頼む事、彼女の潔白な事、彼女が余に見棄てられて不幸で居る事、その他さまざまな事を語った。余はもし彼女に面会を許したら、彼女の希望を拒む気力がない、という事を自分でよく承知していた。余は自分の疑惑に対して、誰に忠言と助力を乞うていいか分からなかった。もし恩人がここにいたならば、余のために何か意見を述べてくれたろうに。余は居間に閉じ籠ってバズジェーフ氏の手簡を読み返し、二人の談話を追想した。そしてその結果、余はどうしても求むるものを拒絶する訳に行かぬ、という結論に到着した。あらゆる人に救助の手を差し伸べなければならぬ。ましてああいう密な関係のあった人間のためには、余は自分の十字架を背負うべきである。
しかし彼女を許すのが徳行のためとすれば、余と彼女との結合も精神的目的を持たねばならない。こう決心して、余はその由をバズジェーフ氏に書き送った。余は妻に向かって、どうか昔の事はすっかり忘れてくれ、何か悪い事があったら許してくれ、また余の方から許すべき事は少しも無いと言った。彼女にこう言った時、余は嬉しかった。更に彼女に逢うという事が、余に取ってどんなに苦しかったかは、彼女に知らせたくないものである。余は大きな邸の二階に落ち着いて、幸福なる更新の感情を味わっている」