メイカーズ 第一部, コリイ・ドクトロウ

第八章


最初のプロトタイプのプリンター用プリンターが動くのをしっかりと見届けるとレスターは自分の前衛的なスマートーカーのトランクにダッフルバッグを詰め込んで去って行った。「どこに行こうっていうの?」陰気に黙りこくるペリーを放ったままスザンヌは聞いた。「行き先を教えて。訪ねるわ。あなたの話を聞きたいのよ」それは本当のことだった。彼がいなくなることが本当に残念でしかたなかった。彼は頼りがいがあった。ペリーに新しく芽生えた狂った海賊のようなエネルギーと周囲の狂ったような状況のお目付け役を彼は果たしていたのだ。こんなことになるとは全く予想だにしていなかった(少なくとも彼女にとってはそうだった……だがペリーはあまり驚いていないようだった)。

「話せないんだ」彼は言った。「守秘義務ってやつでね」

「新しい仕事ね」彼女は言った。「ティジャンのところで働くの?」ティジャンのウェスティングハウスでの経営は乗りに乗っていった。彼は東海岸で五十、中西部で十のチームを立ち上げ、東ヨーロッパではその二倍の数のチームを立ち上げるつもりだと噂されていた。

彼はにやりと笑った。「おいおいスザンヌ。取材はお断りだぜ」彼は腕を伸ばすと彼女の父親と同じコロンの香りを漂わせながら彼女を抱きしめた。「君は最高だ。そうだろう? 俺は仕事に行くんじゃない。これはまたとないチャンスなんだ。わかってくれるだろう?」

彼女は承服しかねたが彼は去り、彼女はひどく落胆した。

その次の晩、ペリーと彼女はペッパーダイン大学のビジネススクールから来た博士課程の青年とマイアミに夕食に出かけた。彼女とティジャンが夕食を取ったのと同じアールデコ調のパティオでの食事だった。ペリーは白いシャツの襟元を開いてもつれ合う針金のような胸毛をあらわにし、ウェイトレスは彼から目を離せない様子だった。今では彼は常にやぶにらみのうえ、傷のせいで眉は小さな丘の連なりに変わっていた。

「つい最近までグリーンズバラにいたんです」博士課程の青年が言った。歳は二十代半ば、若くて如才ない物腰でその短いあごひげだけが学者らしさを感じさせた。「昔から夏は祖父とそこで過ごすんです」彼は口の隅に唾を飛ばしながら早口に話した。目は大きく見開かれ、手元も見ずに自分の皿の上のクラブケーキのかけらにフォークを突き立てる。「あそこには何も残っていません。ガソリンスタンドとセブンイレブンがいくつかあるだけだ。まったく。ウォールマートさえ無くなったんです。だけど、だけど今では再び息を吹き返しています。エネルギーが満ちて動き回っているんです。空き店舗の店先は遊んだり日曜大工をする人たちでいっぱいだ。みんなポケットには銀行や会社や投資会社から得た小銭を入れています。彼らが作っているのは馬鹿げたものばかりですがね。手作りの革製ラップトップケース、取っ手にUSBメモリのついた飛び出しナイフ、ヒルビリーのようにヨーデルを歌って踊るサンタクロースの飾り」

「手作りの革製ラップトップケースは買ってもいいな」ペリーがしずくに濡れたビールのボトルを飲みながら言った。そのおかしな形の眉を動かしてから彼は髪が伸び始めている頭をこすった。

「雇用率はおよそ九十五パーセント。これはここ百年になかったことです。たとえ発明仕事をやっていなくても誰かのための帳簿をつけたり、サンドイッチを作ったり、配送車を運転したりといった仕事があります。まるで小さな分散型ゴールドラッシュだ」

「あるいはニューディール政策ね」スザンヌが言った。それこそ彼女が彼を招待した理由だった。彼の論文ではペリーのおこなっていることをニューワークという新しい言葉で表現し、それと不況からアメリカを解放したルーズベルトの公共投資計画とを比較していた。

「そう、まさにその通り! 私の研究によればアメリカ人の五人に一人はニューワーク産業で雇用を得ているんです。実に二十パーセントだ!」

ペリーのやぶにらみの目が少し見開かれた。「まさか」彼は言った。

「そのまさかなんです」博士課程の青年は答えた。カイピリーニャを飲み干すと彼は通りかかったウェイターに砕かれた氷のはいったグラスを振ってみせた。ウェイターは頷くと新しい酒を取りにいくためにバーへ向かってのんびりと歩いて行った。「彼らのことを取材して本を書いて売り出すべきですよ」彼はスザンヌに言った。「彼らは印刷された道しるべを必要としている。みんなが掛け金をつり上げて自分の両親の田舎や見捨てられた郊外へ引越し、行動を始めています。あなたがいままでに見たこともないような勇敢なやつらだ」

博士課程の青年はその週いっぱい滞在し、3Dプリンターを作るのに必要なパーツ全てを印刷できる3Dプリンターを作るための部品がいっぱいに詰まったスーツケースを手に帰っていった。

どこともしれない行き先からレスターはメールを書いてよこし、愉快に過ごしていると彼女に伝えた。それがいっそう彼女の寂しさを募らせた。最近ではペリーと顔を合わせることもほとんどなかった。彼は仕事に没頭していつもバラック街の子供たちとフランシスと一緒にいるような状態だった。彼女は先月の自分のブログを読み返して自分がいつも同じテーマのことばかりを書いていることに気がついた。ダッフルバッグに荷造りをしていままでに見たこともないような勇敢なやつらに会いに行く時が来たのだと彼女は悟った。

「さようなら。ペリー」彼の作業台の横に立って彼女は言った。彼は彼女を見上げ、バッグを見るとそのおかしな形の眉を歪ませた。

「もう帰ってこないのか?」彼は聞いた。不意をつかれたつらそうな声だった。

「違うわ!」彼女は言った。「違うのよ! ほんの二、三週間。他の人の話を聞いてくる。もちろん戻ってくる。約束する」

彼はうめくと肩を落とした。最近では彼はずいぶん老けこんで疲れ果てているように見えた。伸びかけの髪は半分グレーになり、痩せて頬骨と額が顔から飛び出していた。衝動的に彼女はレスターにそうしたように彼を抱きしめた。抱きしめ返した彼の動きは初めはぎこちなかったがやがて心のこもったものになった。「もちろん戻ってくる」彼女は言った。「とにかくあなたはここでよくやっているわ」

「ああ」彼は答えた。「そりゃそうだ」

それから彼女は彼の頬に強くキスすると扉から歩み出て自分の車へと乗り込みマイアミ国際空港へと向かったのだった。


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