メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第二部

第九章


ボストンでの敗走の後、数週間、サミーはライドに乗りに行く気にならなかった。彼の仕事がライドの設計だと知っているある中国人の男と顔色の悪い男の顔見知りがいたのだ。おそらく彼らは彼がボストンでの妨害工作をしたのではないかと疑っているだろう。

だがいつまでも目を背けているわけにもいかなかった。仕事は散々だった。ディズニーワールドの重役たちは驚くほどしみったれていて、出てくる四半期決算の数字は悪化の一途をたどっている。経営陣は悲惨な数字を追いかけ回しては形ばかりのくび切りを行うことに夢中だった。

今のファンタジーランドへの改装はサミーの手柄だったので長いこと彼は社内政治から離れた安全地帯にいられたがそれも終わりだった。ファンタジーランドは今では荒れ果てていた。煙草の吸殻や落書き、ときには暗がりで倒錯気味の露出セックスにはげむカップルさえ目についた。

ファンタジーランド全盛期、彼は営業開始の作業が好きでたまらなかった。不釣り合いな朝の光の中、黒服を着て軽く汗をかいた白い顔のゴス系の若者の群れが入場していくのを門の近くに立って瞬きしながら見物したものだった。多くはドラッグと夜通しのパーティーで騒いだ後の締めくくりに早朝のファンタジーランドを訪れる者たちだった……ディズニーは顧客分析をもとにチューインガムを売っていた。ガムを噛むとダンスドラッグによるあごの強張りを緩めることができるのだ。

だが今では彼はカラスのような服を身につけた客を憎んでいた。やつらは彼の庭を我が物顔でのし歩いた。一人の少女……たぶん十六歳かそこらだ……がビニル製の厚底ヒールで通り過ぎていった。背後に細くて黒いレザー製のリードにつながれた三十代の大男二人を従えている。その後ろには丈の長い灰色のコートを着こみ、青い蛍光色の髪の毛をありえないほど高く逆立ててスプレーで固めた痩せぎすの少年の集団が続く。その次はピアスだらけの中年女の集団だ。まるで威嚇するような表情をしている。

その後を黒い流れが続いていく。チェーンとレザーを着込んだ若者たち、レザーを身につけた大人たちはまるで不機嫌な若者のような格好をしている。彼らはそれぞれのお気に入りのライドの前に整然と列を作っていった……ホーンテッドハウス、墓場のウォークスルー、棺桶コースター、血の川……そして無煙の水パイプでクローブたばこをふかすのだ。ふかすものがクローブたばこであることが唯一の救いだった。

サミーのファンタジーランドの従業員も客と大差なかった。ピアスを付けて染めた髪を逆立て、体中にタトゥーを入れている。時間をかけて不健全なライドに乗って回るようなゴス系よりもゴス度が高いというだけだ。

最悪なのはそういった連中にしてももはやたいした数がいないということだった。あらゆる点で急成長を遂げ、五年ごとに成長と再流行を繰り返してきたゴスシーンもついに息絶えようとし、その数は減り続けていた。近辺にあるゴス系テーマパークのいくつかはニューオーリンズにある水浸しのテーマパークと同じように廃業していた(それがコレラの発生と関係があることは認めざるをえないだろう)。

先月、彼はゴス系の幼児用服を売るショップを閉店してその服を安売りのオンラインショップに出品していた。彼の小さな姪と甥はみんな、コウモリの翼のついたベビー服を着て髑髏のついた編み靴下を履き、クリスマスには即席の髪染めとタトゥーをつけたものだった。しかし今ではなんとかして一〇〇〇万ドル分の在庫を処分しなければならない状況に彼は陥っていた。

「おはよう、デス」彼は言った。少年の本当の名前はダレン・ヴァインベルガーだったが彼は自分のことをデス・ウェイツと呼ぶように言いはった。彼の丸々とした頬と陽気な性格のせいで彼がそう名乗る時に思わず顔をほころばせてしまうのを我慢できるようになるまでサミーはまるまる一年を費やしていた。

「サミー! おはよう……調子はどう?」

「最悪の数字だね」サミーは答えた。「君も気づいてはいるだろうが」

デスの笑顔が消えた。「気がついてる。たぶん新しいライドが必要な頃なんだ」。もはや誰もそれを「アトラクション」と呼ぼうとはしなかった……古いオーウェル的なディズニー語法は消え去っていた。「みんなコースターとフリーフォールが大好きだ。絶叫系はいつだって人を惹きつける」

デス・ウェイツはディズニーに勤めて三年になる。働き始めたのは十六歳の時だ。今ではパークに来る珍しいオーランド地元民の一人に成長していた。「ゴス・ストリート」の先行きを考えるとき、サミーは彼をあてにするようになっていたがそれを口に出して言うことはなかった。「君らクレイジーな子供の間で最近流行っていることならなんでもいい」そう言ってるように聞こえることを十分に承知していたからだ。

だが彼のアドバイスも期待はずれだった。「みんなが絶叫系ライドが好きだってのは僕も知っている。だけどどうすればジプシーのコースターに対抗できるっていうんだ?」ジプシーは道路の脇にコースターを設置して法律的な問題になる事故が起きるまでの期間……いいところ一週間か二週間というところだ……それを経営する。アメリカやメキシコに五万とあるサプライヤーに自作のコースターキットを注文すればクレーンと素人仕事と楽観主義でそいつを組み上げることができた。作業が終わったらチケットを売りだす。必然的に起きる大事故が起きたら二、三時間で荷造りをして一目散に逃げ出せばいい。

「ジプシーのコースターだって? ありゃくそだ。俺らにはテーマがある。俺たちのライドはアートなんだ。あいつらのはただの機械だ」デス・ウェイツはいい子だったが自分の信じることに対しては全くの無批判だった。「それじゃあダンスパーティーをまたやればいいんじゃないかな?」以前、オールナイトのレイヴをやっていたことがあるのだ。だが経営陣はケンカとドラッグとセックスはもうたくさんだと言っていた。それがどれだけ儲かるにしてもだ。

サミーは厳しい表情で頭を振った。「この規模の企業ではあの手のリスクを負うことはできないと以前言っただろう」何人かのゴスがぱらぱらと入ってきた。みんなウォークスルーの方へと向かっていく。おそらくドラッグかセックスか何かをするつもりなのだろう。どちらにしてもそれをやめさせようとすることを彼はずっと前に諦めていた。入場者を増やしてくれるものなら何だっていい。彼も警備員もそれを理解するようになってからは誰も上司や同僚に報告を上げなくなっていた。

「くそったれなものを全部ご破算にしてもう一度始めからやり直すべきなんだ。ゴスの次に来るものは何なんだ? またレイヴ系か? ヒッピーか? パンクか? チャブか?」

デス・ウェイツは目を丸くして彼を見つめた。「本気じゃないだろう……」

彼は少年に手を振ってみせた。彼の人生はこんなことばかりだ。「いや、デス、違うんだ。この場所をご破算にするつもりはない。君はここで働いて生活しているんだからな」あまりに冷酷な嘘にその言葉を発しながら良心の呵責で彼の胸はえぐられるようだった。そんなことはめったにない。しかしデス・ウェイツは彼の言葉を聞くと安心しきったようだった……しかし大きなりんご飴のような頬をしたゴスたちではしかめ面の専門家を納得させることはできないのだ。

サミーは一番近い業務用通路の入り口があるピノキオビレッジハウスまで大またで歩いて戻った。彼がそこの改装を任せた文学専攻出身のデザイナーはカルロ・コローディがピノキオの原作に描いた暗くて皮肉の効いた要素を高く評価していた。壁には魚に体をついばまれるロバと活気にわくプレジャーアイランドが描かれていた。コンディメントバーでは絞首台に吊るされたピノキオがぶらぶらと揺れ、痙攣しながらもがいている。むっとするような薔薇の匂いがまるで瘴気のようにそこから立ち上り、それが地下に設置された噴霧器から噴出されるハーブの匂いと混ざりあっていた。

トンネルの中へと降りると彼はそこでゴルフカートに乗りこみ、オフィスへと走っていった。オフィスで彼はしばらく商品サンプルの山をとりとめもなくいじった。最後に処分してからこの山ができるまで一週間しか経っていない……世界中のおもちゃの髑髏の販売会社や銀の十字架の製造会社が彼のことを一攫千金のためのプラチナチケットと見なしていた。自分たちのゴス系商品が近頃売れなくなってきていることに気がついている者は誰もいなかった。ここ三年の間、商品販促の仕事をしていたせいで気持ちを切り替えることはなかなか難しかった。体温に反応して踊るウジ虫がはいったスティック糊はなかなかよさそうだ。群れを作るためのアルゴリズムを搭載して示威するように走り回る骸骨のバイカー集団もすばらしい出来だった。これなら何時間か遊んだ後にもう一組買いたくなること間違いなしだ。

デスクではピンク色のランプが点滅を繰り返していた。つまり彼は何かに遅刻してしまったというわけだ。ランプを叩いて消すと彼は現れたメッセージを読んでテーマリーダーが集まる毎週の進捗会議があったことを思い出した。確か必ず出席するように念押しされていたやつだ。可能な限り彼はそういったものに出ないことにしていた。アドベンチャーランドやトゥモローランドの運営をやっている定時出社定時退社のサラリーマンどもはみんな退屈な学芸員タイプで、変化なんてものはフローズンバナナのワゴンでカモにでも叩き売っとけと考えているようなやつばかりだった。

テーマリーダーはウォルトディズニーカンパニーが分割される以前の栄光の時代を象徴するような豪華な重役会議室で会議をおこなう。再生可能な熱帯に生える樹木の材木で作られた壁板、美しい庭とニシキゴイの泳ぐ池、さらには鳴き声を上げる蛍光色の鳥で一杯の飼鳥園。鳥はアニマルキングダム動物園からのレンタルだ。テーブルはみがきあげて表面の凹凸をなくした平たい岩板製、いすは人間工学の粋を凝らしたもので姿勢調整のための機能がなかった。もっとも心地よく使うための設定に関しては使用者よりも設計者のほうがずっとよく知っているというわけだ。

会議室に到着したのは彼が一番最後で、その場にいた全員が彼の方を見た。みんなごみみたいな服を着ている。古臭いスラックスにハイテク・ウォーキングシューズ、会社のロゴがはいったポケット付きのTシャツあるいは野球用のジャージ。髪型にしてもろくに整えているものは誰もいなかった。メインストリートを協力して運営している二人の女性役員でさえそうなのだ。その格好はまるで仕出しを頼んでいる先で働いているさえない田舎者か、それを少し良くした程度のものだ。

サミーはといえばいつもしゃれた服を着ていた。彼が好むのは高品質の綿製シャツでしかも彼の広い胸と細い腰にピッタリと合うしっかりした生地のものだった。また彼はジーンズが好きだった。今年バルセロナで流行ったようなスタイルのもの、つまりきっちりとした型で裾が広がり、しっかりアイロンがされてシワひとつ無いようなブラックジーンズであればどんなやつでも好きだ。彼は自分の顔が少し狡猾そうに見えるようにサングラスをしていた。自分にそういう面があることは以前から自覚していた。少し強面に見えるようにすれば周りを緊張させることができる。

会議室の扉の前で立ち止まると彼は背筋を伸ばした。取締役会では常に彼が一番若い人間で、しかもいつも一番尊大で生意気な態度をとるろくでなしの役回りだった。もし次回の会議まで生き延びるつもりならそう振る舞うことを忘れてはいけなかった。

扉を通り抜けると彼はそこで立ち止まってテーブルを囲む人々を見つめ、全員が自分に気がつくのを待った。みんな中西部独特のまぬけ面に見え、彼は狼のような笑顔を彼らに見せてやった……ハロー、子豚ちゃんたち。今から君らのお家を吹き飛ばしちゃうよ。

「やあ、みなさん」彼は言うとコーヒーポットをつかみ、サイドボードからマグカップを取り出した。カップを満たすとポットを他の者に手渡した。まるで会議なんてものは全てまず最初に軽い興奮剤を回してから始めるものだとでも言わんばかりだ。自分の席に座ると彼は待ち構えるように周りをねめまわした。

「君が来てくれて嬉しいよ」そういったのはウィーナーだった。会議で議長役を務めるのはたいてい彼だ。建前としては議長は持ち回りだったが結局は自然と会議を仕切る役回りになる人間がいてそれがロン・ウィーナーだった。彼は他の三人と一緒にトゥモローランドの運営を行なっていた。他の三人は主体性のない影の薄い人物で、なぜかウィーナーに気に入られているために能力に釣り合わない昇進を果たしていた。そしてその四人でトゥモローランドをパークの中で一番ひどい、呆れるほど悲惨なアトラクションとして運営しているのだ。「ちょうど君について話していたところだ」

「話題にされるのは大好きです」サミーは言うと大きな音をたててコーヒーをすすった。

「話していたのはファンタジーランドの利用者数についてなんだ」

そいつが最悪の状況にあることはサミーも知っていた。ここ何ヶ月もフリーフォール状態だ。周りに居並ぶ牛のような中西部顔を見渡しながらサミーはとうとう逃げきれなくなったことを理解した。

「最悪ですね」サミーは明るい声で言った。「だからこそ変化が必要なんですよ」

これで先手を打った。「ちょっと説明してくれないかな?」ペンを取り出してノートを几帳面に広げながらウィーナーが言った。このまぬけどもは紙の書類が大好きなのだ。

サミーは立ち上がりながら頭をフル回転させた。自信を持て。狼のように振舞え。おまえはノートを手にしたこのまぬけどもやその愚鈍な思いつきよりもましなものを持っている。深呼吸をすると彼は手を振り回しながら歩き始めた。

「まず利用者数の落ちているライドをすぐに全て撤去します。役に立たない従業員はくびにする。既成品の絶叫マシンをいくつか取り寄せてしっかりしたテーマを設定する……独自のライド用ビークルを作ったり、行列用のエリアや囲いを用意する。大きなものがいいですね、ウィーナー。そうすればメインゲートの外からもひと目を引く。ただしこれはあくまで一時的な措置です。

次はファトキンスをターゲットにしようと考えています。この手のものに関しては彼らはうってつけだ。楽しむことが全てなんです。規格外に太っていた彼らのほとんどは電動車いすに乗っていた頃にはこの場所を占拠していた。ただ今では彼らは忙しすぎるんです……」。彼は「セックス」と言いそうになって言葉を止めた……「もっとアダルトな楽しみを取り戻したせいでね。だがファトキンス処置を受けるだけの余裕がある人間なら誰でも自由にできる収入があると考えていいでしょう。そのおこぼれをいただくのです。

市場調査なしには確かなことは言えません。だが私は彼らがノスタルジーに強く反応してくれる方に賭けてみたい。昔のファンタジーランドのダークライドを復元したいと思っています。倉庫から部品を探します。まだコレクター市場のオークションで売り払っていないもの全部です。見つからないものは複製品を作る。ただし作りなおすときには少し暗い雰囲気にします。ピノキオのアトラクションみたいに、だがもっとわかりやすく。フック船長は凄惨に死に、テインカーベルは扇情的にする。白雪姫と小人たちの親密な関係は何を意味するのか? 私が言っていることがわかるでしょう? 風刺です……ずいぶん長い間、私たちは風刺を忘れていた。それを取り戻すべきだと思うんです」

全員がショックに押し黙ったまま彼を見つめた。

「それを今やるつもりだと言うのか?」ウィーナーが言った。彼はそれに反対してくれる役員が誰かいないか知りたかったのだろう。

「言ったようにまずは市場調査です。来週には問題のあるライドを閉めて、役に立たない従業員は解雇することになるでしょう。できれば今日中に市場調査を依頼したい。来週にも代わりの絶叫マシンの作業を始めましょう」

彼は腰を下ろした。みんなはまだ唖然としたままだ。

「本気なのか?」

「何がです? 採算の取れないアトラクションを取り除くことですか? 採算の取れる方向性を調査することですか? どちらもイエスですね」

その後には他のお決まりの議題が続いて、なぜ自分がこの手の会議に出席せずにいたのかをサミーに思い出させた。彼は既成品のコースターをウェブで調べ、イントラネットでエンジニアのあてを調べながら時間を潰した。彼が人事記録に手を伸ばして誰を解雇するべきか確認を始めた頃には会議も終わりに近づき、彼はその場にいる全員、とりわけウィーナーに狼のような笑みを向けながらゆっくりとした足取りで部屋を出ていった。


前へ 目次 次へ