メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第三部

第十二章


デス・ウェイツは夢見心地だった。人々から金を受け取ってライドの入り口に案内し、彼らを温かく出迎えてはライドの豆知識を話して聞かせた。仲間の何人かがチケットカウンターに座る彼に気づいてどうやって運営側の立場になったのか教えろとうらやましそうに要求したので彼は自分に簡単に仕事を任せたファトキンスの信じられないような話をしてやった。

これだ。これこそがライドなのだ。ディズニー特有の人工的でねばつくような甘ったるさは微塵もない。代わりにあるのは親密で気軽な等身大の体験だ。人々とおしゃべりし、彼らの望みと夢を聞き、彼らがライドに加えるために持ってきた品に驚きの声を上げる。そしてそいつをどこに置くべきかいらぬおせっかいを焼くのだ……。

周りでは露店商たちが大きな叫び声を上げていた。その中の一人、目もくらむような白いサンドレスを着た老婦人が彼に近づくとカートの飲み物を見せて何か欲しいものはないかと尋ねた。

ファンタジーランドを改装していた最初の数日、彼はまさに自分が魔法の一部になったような気がしたものだった。ただの魔法ではない。太文字の魔法だ。それは人々と一緒にどこかへ赴く経験を共有し、ともに体験を重ねるということだ。それは特別なものだった。それこそ人が教会へ行く理由に違いない。ディズニーが彼にとっての宗教だったというわけではない。しかしパークのことを思う時、彼は自分がそれをお気に入りの仲間たち、お気に入りの映画やゲームの象徴と見なしながら育ったことに気がつくのだ……まさに魔法のかけらなのだ。

そしてその一部になってしまう。司祭などいなくともみんなで一緒にオーランドに作り上げたその魔法の大聖堂の侍祭になってしまうのだ。

だがそれは現実のものではなかった。今では彼にもそれがわかった。

ディズニーではデス・ウェイツは一人の客であり、その次は一人の従業員(「キャストメンバー」……彼は反射的に訂正した)でしかなかった。だが彼が望んでいたのは「住人」になることだったのだ。魔法の国の住人だ……マジック・キングダムの住人ということではない。キングダムに住人はいない。いるのは臣下だけだ。

二時ごろになると昼食休憩をとったものかどうか彼は悩み始め、三時になると空腹状態になっていた。幸い、その時にレスターが戻ってきた。彼はデスにやたら大げさに感謝の言葉を言った。それでだいぶ気分が良くなったが彼はデスに明日も来てくれとは頼まなかった。

「あの、また来て同じことをやってもいいかな?」

そうしたいのか?」

「今朝もあんたに言っただろう……好きなんだ。それに得意だし」

レスターは考えこんでいるように見えた。「答えられないんだ。今日は大変な仕事を押しつけちまったが実を言うと俺はそうする権限を持っていない。面倒なことになっちまう……」

デスは彼に手を振ってみせた。「気にしないでくれ」できるだけの気力をかき集めた明るい声で彼は言った。だが嫌になるほど気力は失われていた。まるで心臓が締め付けられるようだった。ピノキオビレッジハウスで働いていた女の同僚をついにデートに誘った時に彼女があまりに怖がるので冗談だとごまかして、セクハラで訴えられるのではないかと心配したときよりもひどかった。

レスターはどうやら彼の様子に気がついたようでしばらく何か考え込んだ後で手を振った。「ちくしょう、彼女のことはどうでもいいか。明日の十時にここに来てくれ。雇うよ」

デスは自分の耳が信じられなかった。「冗談でしょう」

「いいや。求めよさらば与えられん、だ。おまえさんはいい仕事をしている。自分で言った通りな」

「まじかよ……ありがとう。本当にありがとう。まじにありがとう!」しょうもない言葉を垂れ流すのを彼は我慢した。「あんたに会えて本当に良かった」最後に彼は言った。「それじゃあ良い夜を!」くそっ。まるでキャストメンバーみたいな話し方だ。あんなのとはおさらばするんだ。ダレン

ディズニーでの一年目、彼は給料をできるだけ使わないようにして貯め、小さな二人乗りの小型電気自動車を買った。それから金貸しのところに行って車の外見をビッグ・ダディ・ロス風の棺桶ドラッグスターに改造するためのキットを買う金を借りたのだ。その車が駐車場のはずれにぽつんと停まっていた。彼の周りを露店の従業員たちがゆっくりと歩いていく。両手に荷物を抱えて幹線道路ヘ向かい、道を横切るとバラック街へと消えていった。

彼はきまり悪さを感じ、自分の輝く改造車の姿に注意を向けてそれを紛らわそうとした。飾り立てられたスポイラー、巨大な後輪、車体の脇に飛び出すステップと並んで走る光り輝くマフラーのパイプ。その全てが彼のお気に入りだった。彼は乗り込むとコウモリの形をしたシフトレバーを握って墓石の形をしたヘッドレストの位置を調整し、エンジンをかけた。メルボルンの家まで帰る道のりは長い。彼は今日の出来事に酔っていた。誰かカウンターに座っている自分の写真を撮ってくれる人がいればよかったのにと彼は思った。

一、二時間走った後、彼はガソリンスタンドで車を降りた。小便がしたかったし残りの帰路を走るには何かガラナでも入ったものを食べる必要があった。ガソリンスタンドは閉まっていたが自動販売機はまだ動いていた。壁一面に置かれた巨大なガラス張りの冷蔵装置の前に立つと彼はどのエナジードリンクにしようかと悩んだ。チョコレート風味、ソルト風味、コーラやクリームソーダがあったが以前、友達の一人がタウリンとモダフィニルの入った違法すれすれのヨーグルト風味のスムージーの写真をメールで送ってきてなかなか良さそうだと思ったことを思い出した。

そいつを見つけると彼はボタンに手を伸ばしてそれを買った。太った男が彼のそばに近づいてきたのはちょうどそのときだった。このファトキンスの時代に太った男は珍しい。肥満は実質、ファッション的な主張以外にはありえなかったがその男はファッションとは無縁そうだった。男が口を開く前から玉ねぎ臭い男の息の臭いがデスの鼻をついた。男の格好は油じみたウィンドブレーカーとだぶだぶのジーンズだ。薄くなった髪を横になでつけ、無精ひげを生やしている。

「いったい何をやっているんだ?」

「何も」デス・ウェイツは答えた。ごろつきや観光客にじろじろ見られるのはよくあることだった。青緑色のメッシュが入ったぼさぼさの黒髪、白く塗られた顔とアイライナー、目玉をゾンビのように真っ白にするコンタクトレンズが彼らの目をひくのだ。そういう連中は無視するに限る。

「すっとんきょうな格好をしているな。なんていうか、あれだ。六歳の子供がハロウィンで仮装してるみたいだ。なんなんだ。そのざまは?」その声は落ち着いていて悪意は感じられなかったが男にはどこか攻撃的な雰囲気があった。デス・ウェイツが小便をしている間に閉まっているパーキングエリアに入ってきたのだろう。

監視カメラがないかデス・ウェイツはあたりを見回した。この手のパーキングエリアだと必ず入り口にはナンバープレートを撮影するカメラがあるし、支払機の周りには強盗よけのカメラが数台はある。あった。だが誰かがそのレンズの上にベースボールキャップを被せている。

金玉が縮みあがり呼吸が早くなるのを彼は感じた。こいつはくそったれな強盗を働こうとしている。くそっ、くそっ、くそっ。たぶんも盗られる。

「OK」デスは言った。「楽しい話をありがとう」デスは男の脇をすり抜けようとしたが男はデスの行く手を遮るように体をずらし、デスの肩に手を置いた……その手には力がこもっている。デスは前にも一度、強盗にあったことがあったがその時は体に触れられずに手早く財布と携帯電話をよこせと言われて逃げられただけだった。

「まだ話は終わってないぜ」男が言った。

「ほら。俺の財布をやるよ。面倒事はいやなんだ」サミーに対するあの名誉ある二発の力強いパンチを別にすれば十二歳の時に地元のショッピングモールの空手教室を追い出されて以来、デスは人を殴ったことがなかった。踊るのは好きだったし息切れせずに数マイルを走ることもできたが実際のけんかを十分すぎるほど見た結果、どうしたらいいかわからなくなったら相手に殴りかかるよりも逃げ出した方がいいということを学んでいたのだ。

「面倒事はいやだってか?」

デスは財布を握りしめた。カードを停めなければならないだろう。今、金を失うのは痛手だった。彼は失業中なのだ。だがそれでも歯を失うよりはましだ。

男がほほえみ、玉ねぎ臭い息が鼻をついた。

は面倒事、大歓迎だ」何の前置きも挑発もなく男はデスが耳珠、つまり耳の内側につき出した小さな軟骨に着けていたイヤリングをつかみ、デスの頭からそれを引きちぎった。

あまりに突然のことにすぐには痛みを感じなかった。最初に感じたのは痺れるような感覚だった。彼の頬から血の気が引き、世界から色が消えた。彼の脳が何が起きたのかを二重、三重に確認していく。誰かが俺の耳の先を引きちぎった? 引きちぎった? 耳を?

次の瞬間、痛みが叫び声を上げて全ての感覚が鋭い悲鳴をあげ、振り切れた。波が砕けるような音が聞こえて何かが焦げるような匂いがする。目の前には閃光が走り、口の中には苦い味があふれて耳はまるで赤熱した石炭を押し付けられ肉が焦げるようだった。

痛みとともに頭が回転した。ここから逃げないとやばい。彼は一歩後退するときびすを返して走りだしたが何かがその足にまとわりついた……男がすばやく、とんでもなくすばやく体を伸ばして彼の足首をひっかけたのだ。もう少しで彼は倒れ込むところだった。ランナーがスタートを切る時のように地面に手をつくと彼は再び走りだそうとしたが、まるで古いコメディーのようにブーツが彼の尻を蹴りつけ彼は這いつくばるように倒れこんだ。あごを舗装道路に打ち付け、歯が打ち合わされて鳴る音が頭のなかで響いた。

「さっさと立ち上がるんだ」男が言った。少し呼吸が浅くなっている。興奮しているのだろう。その音がひどく恐ろしいものに聞こえた。この男は自分を殺そうとしているのだ。彼にはわかった。こいつはドライブインを狩場にしている殺人犯かなにかだ。

デスの指は肉厚のシルバーリングで覆われていた……頭蓋骨をモチーフにしたもの、こちらを見つめる目玉、ときどき彼が人工甘味料を仕込んでいる棺桶型の毒薬リング、エジプト十字架、昆虫のような目をしたエイリアンの頭……彼は握りこぶしを作ると、これまでに読んだ拳を痛めずに人を殴るための方法を必死で思い出した。相手に近づく。拳を強く握り、親指は外側に。大きく振りかぶってはならない。相手に拳の軌道がばれてしまう

彼はゆっくりと仰向けになった。男の目は影になっていて見えない。その腹が興奮の喘ぎとともに上下する。その角度からだとデスには男が巨大なペニスに見えた。そんなことを考えるところをみると彼は恐慌状態になっているのだろう。ともかくこの男に殴られるままになっているわけにはいかない。

彼は歩道の縁を走る柵まで後ずさりしてそこで立ち上がった。できるだけ怯えているように振る舞った。そうすれば男が近づいて来て一撃を食らわせてやることができるかもしれない。不明瞭な言葉で小さく彼はつぶやいた。男が聞き取ろうと体を近づけるのではないかと思ったのだ。リングがはめられた指は柵の手すりを握っていた。

男が彼に向かって一歩近寄った。唇は湿り、目は光を放っている。男がポケットに手をつっこみ、そこでデスはもしこいつがナイフを持っていたら近づくのはまずいと気がついた。

ポケットから手が抜き出される。ずんぐりとした短い指で爪は全て限界までかじり取られている。デスの目に飛び込んできたものはスプレー缶だった。トウガラシスプレー? 催涙ガス? それがはっきりするまで彼は待つ気はなかった。彼は柵から太った男に向かって跳びかかり、その湿った息を切らせている口元に向かっていった。

男は向かってくる彼に頷くと一発殴られてやった。デスのリングが太った頬を切り裂いて血が流れ、男の頭が少し後ろに揺れた。男は後ずさると服の袖で血を拭った。デスは自分の車に向かって走りだしていた。走りながらもポケットの中の携帯電話を手探りで探す。何とか携帯電話を取り出し自動車のドアに手を伸ばしたところで太った男が追いついてきた。鼻息も荒くあえいでいる。

男がデスの口元を殴りつける。デスが勇気を振り絞って放った一発をずっと強力にしたような一発だ。デスの首が音をたて、吹き飛ばされた彼は車体にもろに体をぶつけてまるでゴングが鳴らされたような音がした。デスは車のドアを背にずり落ちていった。男が小さなエアロゾル缶の中身を彼に吹きつけた時にもわずかに顔を背けるのが精一杯だった。

催涙ガスだ。肺が詰まってデスの呼吸が止まり、顔が沸騰する油に浸けられたかのようだ。目が見えない。まるで汚れた指で目玉を擦られたようだった。息をつまらせて崩れ落ちながら彼は男の笑い声を聞いた。

次の瞬間、ブーツが彼の胃に叩きこまれ、彼が体を折ってうずくまると彼の細いすねに再び蹴りが浴びせられた。耳の中で脈打つ血流の音の中でも骨が折れる音がしっかりと聞き取れた。彼は何とか肺に息を送り込み叫び声を上げようとしたが、ブーツが彼の口元に触れたかと思うと彼を強烈に蹴り上げ、彼は舌を噛んでしまった。口の中に血があふれる。

乱暴な手つきで髪の毛をつかまれたかと思うと彼の耳元で耳障りな呼吸音が聞こえた。

「くそったれなインターネットでディズニーのことを口にするんじゃない。わかったか。坊や?」

男が彼の頭を舗装道路に叩きつける。

「口に、するんじゃ、ない」言葉に合わせて叩きつける。自分はもうすぐ意識を失うとデスは思った……こんな痛みに耐えられるはずがない。だが意識を失うまでは長い長い時間がかかった。そして痛みは消えてなくなるまでにもっともっと激しくなった。


前へ 目次 次へ