メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第三部

第十五章


レスターはライドの開店作業をやりたくなかったが誰かがやらなければならなかった。誰かがやらなければならないのだがペリーはできない。彼は中西部の恋人のところへ行っている。そうでもなければレスターは朝寝してその後は作業場で彼の六十四ビットレジスターを作り直して一日を過ごしたいところだった……最初の設計を改良するいいアイデアがあるのだ。すでにCADファイルはできている。そいつを作るのは大変な作業だった。

彼はゆっくりと駐車場を横切っていった。昇る朝日が目に映り、彼の手には湯気をたてるコーヒーカップが握られている。昨晩はもう少しでファトキンス・バーに行ってしまうところだった……彼はもう十回か十五回はその誘惑に襲われていたがその度に自分の作業場でスザンヌが荒れ狂う姿を想像してしまうのだった。彼は我慢してテレビをつけると家で過ごした。彼女が姿を現すか電話が来るか、あるいは彼女のブログに何か投稿されるか、インスタントメッセージが届くのではないかと待っていたのだが何も起きずに時間は午前四時になり、彼はベッドに潜り込むと目覚まし時計にたたき起こされるまでの三時間を眠って過ごした。

ぼんやりとカウンターの後ろに座り込んでときどき道を行く露店商と挨拶を交わしながら彼はチケットのロールを準備した。

最初の客は九時ちょっと前に現れた……テキサスナンバーを付けた車に乗ったインド人家族だ。父親はカーキ色のボードショーツにタンクトップ、それに革製のサンダルといういでたちだった。母親は美しいシルクのサリーを纏い、子供たちはそこらをうろつくバラック街の野生児のデザイナーズブランド版のようなショッピングモールにたむろする不良に似た格好をしていた。

十分ほどすると彼らがライドから出てきて返金するよう頼んできた。

「中に何もないんですよ」父親がまるで謝るかのような口調で言った。「空っぽです。まさかわざと空っぽにしてるんじゃないと思うんですが?」

レスターはチケットのロールをポケットに突っ込むとウォールマートの中に駆けていった。照りつけるフロリダの朝日の後で暗闇に目が慣れるまではしばらく時間がかかった。目が完全に慣れてみると確かにあの観光客の言うことが正しいとわかった。忙しく動きまわるロボットたちは全ての展示品を解体し後には何も残っていなかった。床の上には残骸をステージの外に引っ張っていくロボットの群れしかいない。プリンターが発する匂いがあたりに強く立ち込めていた。

レスターは男に金を返した。

「本当にすまない。何が起きているのかわからないんだ。こんなこと起きるはずがないんだが。昨日の晩までは全部あったんだ」

男は彼の肩を叩いた。「大丈夫です。私はエンジニアだ……システムのクラッシュについてはよく知っています。デバッグ作業をすればいいだけです。わかってますよ」

レスターはコンピューターを持ってくるとまずログを調べることから始めた。この手の問題は本当に起きるわけがないのだ。手作業で設定しない限りは他のライドの変更に応じた作業時でもロボットは五パーセントを超えてライドを変更をすることはない。他のライド全てが解体しちまったっていうのか。それならあり得るがそんなわけがない。それともまさか?

いや、やはりそんなわけはなかった。ログをざっと見たところマディソンからも、サンフランシスコからも、ボストンからも、ウエストチェスターからも、他のどのライドからも変更が加えられた形跡はない。

ロボットがクラッシュしたわけでも誰かにシステムをハックされたわけでもなさそうだ。彼はシステムを再起動して前夜の状態まで巻き戻すとロボットたちが材料をステージの外から運びこむ作業を始めるのを見つめた。

いったい何だってあんな惨事になったんだ? 彼は全てのログを取り出すと慎重に調べ始めた。いつになったらライドが復旧するのか知ろうとするライドの客の相手をするためにしょっちゅう中断せざるを得なかったがいつ復旧するかは彼にもわからなかった。ロボットがどれくらいで作業を完了するかの残り時間表示は十分から十時間の間を大きく振動していた。結局、彼は作業を中断して四分の一ページほどの大きさの小さなチラシを書き上げるとそれをその辺に積んでいた安物の黄色い用紙に数百枚分印刷し、さらに同じものを大きく印刷してライドの価格表の上に貼り付けたのだった。

だがそれもけんか腰の客には役に立たなかった。長い時間をかけてライドを見に来た客は直接説明するよう求めて彼を悩ませ続けた。露店商はみんな自分たちはその田舎者の客よりも詳しい説明を受ける当然の権利があると感じているようで一緒になって彼を悩ませた。とにかく彼がやりたいのはいくつかの正規表現を書くことだけだった。それがあればどこに問題があるかを見つけ出して修正を加える事ができるはずなのだ。

今すぐデス少年が現れないものかと彼は願った。今日から手伝いに来るはずだったし彼は文句をいう相手にいつまでもつきあって長口上を振るうタイプの人間に見えた。

ついに彼は降参した。何が起きたのか説明する(厳密には説明などできない。まだ何もわかっていないのだ)看板をカウンターのど真ん中に据え付け、そいつをいくつかのボルトでしっかりと留めるとライドの中に撤退し、背後でスモークガラスの扉を閉めて鍵をした。

いったん平静さを手に入れると彼が変更の開始地点を見つけるまでには数分しかかからなかった。彼はその情報を三回も重ねて確認した。確信が持てなかったからではない。そいつが良いニュースなのか悪いニュースなのかわからなかったからだ。いくつかブログを読んでみると他のライドの運営者もこの問題を調査していたがまだ誰も解決には至っていなかった。

大きな笑みを浮かべると彼は短いメッセージを書いてそれをいくつかのメールリストに一斉送信した。それからケトルベリーとティジャンを探しに行くことにしたのだった。

二人はゲストハウスで打ち合わせをしながら朝食をとっていた。テーブルの端の方にはエヴァと子供たちもいる。ティジャンの小さな娘はパスカルの口に食事を運ぼうとしていたがあまりうまくいってはいなかった。ティジャンの息子は彼の膝の上に座ってピエロの顔の形をしたパンケーキを突っついていた。

「おはよう。諸君!」

スザンヌが目を細めるとそっぽを向いた。テーブルが静まり返る……子供たちでさえ何かが起きていることを感じ取っているようだった。「誰がライドの面倒をみているんだ。レスター?」ティジャンが静かな口調で尋ねた。

「ライドは閉めてある」陽気な声で彼は答えた。

閉めた?」みんなが小さく飛び上がるほど大きな声でティジャンが言った。レニチカがうっかりパスカルをスプーンで突いてしまい、彼がべそをかき始める。スザンヌはテーブルから立ち上がるとゲストハウスの外に足早に歩いていった。携帯電話を手にしてわざとらしく電話をかけるふりをしている。レスターは彼女のことは無視することにした。

レスターはなだめるように手を振った。「問題ない……数時間はシステムダウンしている。昨夜起きたことの始末をつけるためにリセットをかけなけりゃならなかったんだ」

レスターは反応を待った。

「いいわ」エヴァが言った。「聞かせて。昨夜、何が起きたの?」

「ブラジルがオンラインになった!」レスターは言った。「向こうで二十近いライドが開業したんだ。だがあちらさんのプロトコルの実装に小さな不具合があったらしくて俺が気がついた時にはライド全体がゼロ初期化されていたんだ。いや間違いなく彼らが不具合を直す手助けをできるはずだ。その間にライドをリセットして当面は彼らの加えた変更はブラックホール送りにすることにした」彼は明るい表情でほほえんだ。「こいつはちょっとすごくないか? ブラジルだぜ!」

みんなは弱々しく笑顔を返した。「よく理解できないんだが。レスター」ケトルウェルが言った。「ブラジルだって? ブラジルにいる人間と契約を交わした覚えはないぞ」

「ブラジルにいるどんな人間だって歓迎さ!」レスターは言った。「俺たちが使っているのはオープンなプロトコルと誰でも接続できるサーバーなんだ。これが契約だ。これがこのプロトコルなんだ」

ケトルウェルが頭を振った。「つまり君はこう言うんだな。私たちのライドをプログラムし直す必要がある者は誰でも……」

「……ライドに接続して変更を送信できる。このシステムは信頼を前提にしている」

「信頼を前提にしている? 君はそいつを変更していなかったのか?」

レスターは一歩後ろに後退りした。「ああ。変更はしていない。システムは全てオープンだ……こいつは重要なことなんだ。ネットワークに接続するために最初にログインを求めることだってしちゃいない。全てが崩壊しちまう……そんなのはバスルームに鍵を付けておいて自分だけマスターキーを用意するようなもんだ。俺たちにはそんなことはできない」

ケトルウェルはまるで爆発してしまいそうに見えた。ティジャンが彼の腕に手をおいた。ゆっくりとケトルウェルは席に座った。ティジャンがコーヒーを一口飲む。

「レスター。もう一度、順を追って説明してくれませんか?」

レスターは小さく体を前後に揺すった。今や全員が彼を見ていた。スザンヌ以外はということだが。彼女は煙のようにどこかに消えていた。おおかたロシアかどこかに帰る準備でもしているのだろう。

「俺たちはライドに加えられた変更を記述するための公開されたプロトコルを持っている……オブジェクトの3Dモデルをマークアップして同期をとるためのGIT3Dシステムをベースにしたものだ。コダセル時代には共同作業するためにこいつをずっと使っていた。ライドをオンラインにするためにはまず俺たちのバージョン管理サーバーと同期をとってコピーをインスタンス化する。それから加えた変更を同期させてそれを俺たちがインスタンス化する。全てが同期されてデータのやり取りが終わるのには数時間がかかる」

「だがオブジェクト用のSubversionサーバーにはパスワードをかけている。そうでしょう?」

「ああ。だがこいつにはパスワードをかけるように設計していない。もっとずっとアドホックなんだ……俺たちと面識がない人間でも参加して遊べるようにしたかったんだよ」

ケトルウェルが顔を手の中に伏せるとうめき声を上げた。

ティジャンが目をぐるりと回転させる。「私が思うにケトルウェルが言おうとしているのは事態は変化していてもはや気ままな時代ではないということです……もしディズニーや誰か私たちを憎んでいる者が私たちに攻撃を仕掛けようとしたらこいつはそのための絶好の手段になるでしょう。今、私たちが置かれているのはそういう状況なんです」

レスターは頷いた。「ああ。それは俺もわかっている。オープン性にはいつだって何らかのコストがかかる。だがオープン性から手に入れられる利益も大きいんだ。今、動いているやり方では手動での承認なしで二十四時間以内に現在の状態の五パーセントを超えた変更を加えることができるライドはない。問題になったのはブラジルのやつらが一度に五十のライドを開業してそれぞれがゼロ初期化と同期をおこなったからだ。その結果、百パーセントを超えちまったんだ。手動での承認がない場合には二十四時間以内に五パーセントを超えた変更がおこなわれないように設定するのは簡単にできるはずだ」

「そうできるのなら全ての変更で承認を求めるようにしてはどうなんだ?」ケトルウェルが言った。

「いやそれはだめだ。まず第一にそんなことをしたら俺たちはずっとOKボタンをクリックし続けるはめになっちまう。展示品の位置を五センチ調整する度にそいつが必要になるんだ。だがもっと重要なのはこのシステムはコミュニティーだってことだ……俺たちが責任者ってわけじゃない。俺たちはネットワークの一部にしか過ぎないんだ」

ケトルウェルは苦い顔をして何ごとかをつぶやいた。ティジャンが再び彼の腕を叩く。「あなたたちは責任者です。望むと望まざるに関わらずにね。法律上の厄介事に直面しているのはあなたたちです。こいつを発明したのはあなたたちなんだ」

「俺たちがやったわけじゃない」レスターは答えた。「こいつは巨人の肩に乗ったってたぐいのプロジェクトなんだ。既に棚に積まれていた物を使ってそいつを組み合わせただけだ。改良してちゃんと動くようにできたのも他の人たちが手助けしてくれたからだ。俺がずっと言っているように俺たちはグループの一員でしかない」そこで彼は思い当たった。「そもそももし俺たちが責任者だっていうならブラジルの連中は俺たちのライドをゼロ初期化できたはずがない。

あんたら混乱して早合点しているんじゃないか? 俺はこの不具合を直した。同じようなシステムダウンを起こせる人間はもう誰もいない。もう起きないんだ。修正パッチはコードベースのバージョンサーバーに置いてあるから他のみんなもそいつを適用できる。そうしたければな。問題は解決しているんだ。もう一、二時間は開業できないがそれがなんだ? 全体像を見失ってるぜ。昨日、ブラジルで五十のライドが開業したんだぞ! つまりくそったれなことに問題が起きるまで俺たちは気がつかなかったがブラジルの連中はライド全部をオンラインにつないだんだ。次はどこだ? 中国か? インドか?」

「ロシアじゃないか?」スザンヌが去ったドアを見ながらケトルウェルが言った。レスターへのあてこすりであることは明らかだ。

レスターは無視した。「ぜひともブラジルに行ってやつらの仕事ぶりを見たいものだ。少しだったらポルトガル語もしゃべれる……『君、十八歳になってる?』くらいしゃべれれば十分だろう」

頭おかしいんじゃない?」レニチカが言った。エイダもくすくす笑いながら言った。「頭おかしい!」

エヴァが頭を振る。「子供たちの言うことも一理あるわ」彼女は言った。「あなたたちみんな少し頭がおかしくなってるのよ。なんでけんかしているの? ティジャン、ランドン。あなたたちはビジネス面の面倒をみるためにここに来てずっとそれをやっていたでしょう。レスター。あなたは創作面と技術面に責任がある。それがあなたのやってきたことでしょう。レスターがいなければあなたたち二人は経営する事業もなかった。この二人がいなければあなたは今だって留置所かどこかに閉じ込められていた。仲良くしなさい。あなたたちは味方同士なのよ。面倒を見なきゃならない子供はもう十分」

ケトルウェルが彼女の言葉に頷いた。「いつだって君は正しい。OK。謝ろう。これでいいだろう?」

「俺もだ」レスターが言った。「ブラジルへ行くってのは冗談だ……少なくともペリーが戻ってくるまではな」

「彼は今戻って来ている最中です」ティジャンが言った。「今朝、電話がありました。あの娘も連れてくるそうですよ」

「ヨーコか!」レスターは言うとにやりと笑った。「OK。誰かネットを見て他のライドがこの問題に対処できているか確認しないとな。みんな混乱しているのは間違いないだろうからな」

「それは君がやってくれ」ケトルウェルが言った。「十分ほど前に弁護士から連絡があった」

「どんな調子なんだ?」

「そうだな。要約すれば」ケトルウェルは言い、一瞬、彼はかつての黄金時代に戻ったようだった。如才なく手ごわい肉食獣だ。「今朝がた、ディズニーは浸水を開始したってところだ。NYSEニューヨーク証券取引所が開いてから彼らは五十ポイントも下げている。東京が目覚めるの待つんだな。そこで彼らは水を必死でかき出そうとするだろう」

レスターは笑顔を返した。「OK。ともかくいい感じだ」

彼はノートパソコンを手に背を丸めて座り込むと自作のワイヤレスデバイス……既成品のカードの方が安いだろうが自作の装置は悪意ある干渉やマルチパス、それにおなじみの電波の減衰に関してずっと安定しているのだ……を立ち上げ、RSSリーダーを起動した。

彼は記事を読む体勢を整え、彼の関心を惹こうと立ち上がるポップアップを片っ端から消していった。設定したフィルターにはたくさんの情報が引っかかっていた。様々な関心と対応するように設計されたスクリーンの領域が加算された重要度に応じてピンク色に染まっていく。

彼はそれを払いのけると自分のパッチに関する質問をしているライドの管理者たちとのやりとりに集中した。だがピンク色の領域の一つは消えようとしなかった。彼がセレンディピティゾーンと名づけているその領域は彼のフィルターには引っかからなかったが大勢の関心……彼が注目している人々のコメントやトラックバック……を集めている記事に割り当てられている。ときにそれが興味のあるキーワードと関係することがあるのだ。

苛立ちながら彼はそれを立ち上げた。ページはライブジャーナルの記事とニュース記事、それに何枚かの写真で自動構成されていた。

まず目を引いたのは写真だった。黒とネオングリーンの髪を目にしなければ写真に写った少年がデス・ウェイツだとは気がつかなかっただろう。彼の顔はひどい状態だった。鼻は真っ赤なばらのようで両目は腫れ上がってふさがっている。片方の耳はずたずただ……頭の片側を地面にこすりつけたまま長い距離を引きずりまわされたことが見て取れる。頬は擦り傷とあざに覆われている。写真をクリックしていくとデスが発見された現場の写真があった。救急車の中で手当を受ける前のものだ。思わず彼は目を背けて深く息をした。両方の手足は明らかに折れている。少なくとも一ヶ所は複雑骨折だ。彼の股のあたりは……なんてことだ。レスターは再び目を背けてからウィンドウをすばやく閉じた。

病院で彼をみたデスの友人によるテキストでの記事に彼は切り替えた。命に別状はないがおそらく再び歩けるようになることはないだろうということだった。意識が戻った時に彼を襲った男について彼は話をしていた……。

くそったれなインターネットでディズニーのことを口にするんじゃない。わかったか。坊や?

レスターは立ち上がるとそれを見せに再びケトルウェルとティジャン、それにスザンヌ……そうだ。とりわけスザンヌだ……のところへ行った。デスのでっちあげだとは一瞬足りとも考えなかった。実際のところ、この根性のある小さな少年が勇気をもって証言したことは勇敢とさえ言える行為なのだ。

歩を進めるごとに傷だらけの顔、複雑に折れた手足、血に染まった股ぐらが彼の目の前をよぎった。ゲストハウスまでの道を半分ほど来たところで気がつくと彼は掘っ建て小屋にもたれかかって嘔吐していた。涙と胃液が顔を伝って落ちる。喘ぎながらレスターはもはやこれが楽しい遊びではないのだと気がついた。人々の生活に責任を負うということが何を意味するのかレスターは理解した。再び立ち上がり顔を体にぴったりと張り付く光沢のあるシャツの端で吹いた時、彼は今までとは違う人間になっていた。


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