メイカーズ コリイ・ドクトロウ 第三部

第三十八章


スザンヌはマイアミ空港から特急列車に乗り込み、ミッキーの形をしたつり革が揺れるのを見ながらエアコンの効いたこのアトラクションを楽しんでいた。彼女は食堂車で自分用にミッキーワッフルとバケツサイズのダイエットコークを買い込んでいた。勧められたかっこいいアニマトロニクスのおもちゃは断っていたがそのおもちゃは明らかにあのブギウギエルモの子孫だった。

彼女は列車の中を駆けまわったり、車両の前後にある動画やインタラクティブな装置に夢中になっている子供たちを眺めて過ごした。列車は本当に快適だった。彼女がシートのポケットから見つけたパンフレットによると同じものがオーランド空港からも走っているらしい。まるで手荷物受け取りのベルトコンベアからパークに向かって一直線に伸びるエアシューターだ。観光客が使う金を一ペニーたりとも逃さず自分の金庫に吸い取る方法をディズニーは考えだしたのだ。

駅に入っていく時の車内アナウンスは英語、中国語、スペイン語、ペルシア語、ロシア語……順番もこの通り……でおこなわれ、ポーターが着た真鍮ボタンの赤いコートにはたくさんの国旗がついたネームプレートが取り付けられていた。話すことのできる言語を表しているのだ。ポーターはねずみの耳をつけていて、スザンヌ……無数のホテルを渡り歩いた熟練者……に断る隙を与えずに彼女のスーツケースを手にとった。

彼女をバス停留所まで連れて行くとポーターは彼女がポリネシアンホテルのマークがついたティキ・ランプと竹と椰子の葉(触ってみるとビニール製であることがわかった)で飾られたバスに乗り込むのを見守った。バスに乗り込むときに彼女はチップを手渡そうとしたが彼はそれを断り、立ったまま裏表を感じさせない満面の笑みを浮かべて白い手袋をはめた手を振りながら彼女を見送った。走り出したバスの中で彼女は思わず含み笑いをもらし、この何気ないやりとりがどれほど印象的だったかに驚いた。肩の力が抜け、意識せず含み笑いが喉の奥から湧き上がるのを彼女は感じた。バスは世界中から集った親子連れでいっぱいだった。みんなほほえみ、声を上げて笑い、抱き合ったりこれからの一日について興奮しながら話したりしていた。

バスが彼らを降ろすとそこにはハワイアンシャツを着た従業員の一団が待ち受けていた。バスを降りると同時に従業員たちは「アロハ!」と叫び、すばやく陽気に、しかし徹底的に無駄のない動きで手荷物を拾い上げていった。チェックインはとてもスムーズだった。チェチェン系らしい品の良い若い女性が彼女のバッグを手にとって敷地の方に歩き出すよう促すまで彼女はチェックインが終わったことにも気がつかなかった。敷地には緑が生い茂り、フロリダに降り立ってから彼女が目にしてきたものとは何もかもが違った。周りにはホテルの建物が立ち並んでいる。建物はポリネシア風の仮面で飾られたロングハウスで、足の長いトキやさえずる熱帯地方の小鳥があたりを歩き回っていた。目の前には人口の湖に面した白い砂のビーチが広がっていた。湖は巨大な一九七〇年代ソビエト風の三角屋根のビルやけばけばしい装飾で埋め尽くされたビクトリア風ホテルといった他の豪華ホテルに囲まれている。湖の周りにはモノレールの線路が走り、外輪がついた見栄えのするフェリーボートが水面を行き来していた。

ベルボーイが行儀よく彼女の肘を引いてまばゆいばかりの笑顔を向けるまで彼女は口をぽかんとあけてその光景に見とれていた。

部屋はまるで昔懐かしのドラマのアイ・ラブ・ルーシーでルーシーとリッキーがチェックインしたような部屋だった……籐製の天井ファン、竹製の調度品、貝殻の形をかたどった大きな浴槽。外に出てみると小さなテラスからは湖が見渡せ、二羽のオウムが訝しげな顔で彼女を見つめた。ベルボーイが手を振ると二羽は彼女に鳴き声を浴びせてから飛び去った。スザンヌが思わず落胆の声を出したのだろう。ベルボーイは彼女の腕を軽く叩くと言った。「心配なさらないでください。ここで餌を与えているんです。彼らはいつでも戻ってきますよ。いやしんぼうな鳥たちです!」

五ドルのチップをベルボーイに払ってから彼女は部屋の検分を始めた……管理されたインターネット回線は「子ども向け」になっていて、それは動画配信サービスも同じだった。ピザとスシのデリバリーサービスやパークの案内サービスもあった。追加料金で購入できる魅力的な追加サービスもある。それによればリゾートのゲストは一般の客よりも先にライドに乗る優先パスや早めにパークに入場して遅くまでそこにとどまる権利を購入することができるのだそうだ。それを読んだスザンヌはとても懐かしい気持ちになった……そのやり方はとてもロシア的だった。多く払えばより快適に過ごせるというわけだ。

彼女はそれら全てを買った。優先入場パスと優先カードの全てだ。サービスは全部、ほほえむミッキーの顔の形をしたストラップに読み込まれた。このワイヤレスなペンダントがパークにいる時には彼女がどこにいようが面倒を見て湯水のように金を使わせようとするのだ。

準備のために彼女はさらにベルボーイのアドバイスを仰いで旅行のプランを検討した。シャワーを浴びた後になってヨーロッパ風に仕立てられたショートパンツとブラウスを身に付けるのは都合が悪いことに彼女は気がついた。彼女は大勢のアメリカ人観光客の中に自分を紛れ込ませたかった。ホテルのギフトショップでデイズニーの商標がモザイク状に散りばめられたバーククロス地のハワイアンシャツと大きめのゆったりとしたショートパンツを見つけてそれに着替えてみると彼女はパークによくいる普通の観光客と見分けがつかなくなった。安物のサングラスをかければ完璧だ。彼女はレジでミッキーの顔のついたネックレスをかざして支払いを済ませた。湯水のように金を使うのだ。

マジックキングダムでの一日の残りを彼女はフェリーに乗って過ごした。フェリーはホテルの桟橋から出発して小さな人工湖の反対側にあるヴィクトリア風の鍛鉄製の波止場まで走った。メインストリートUSAの回転式の入場ゲートをくぐる時には心臓の鼓動が速くなった。子供が走って彼女を追い抜き、後ろからゆっくり歩くよう子供に呼びかける両親の笑いが混じった声が聞こえた。人混みの中に風船売りと昔ながらのポップコーン売りが陣取り、カンカン帽をかぶって赤いストライプのはいったジャケットを着た楽隊がスーザ作曲のマーチを演奏しながら練り歩いている。

彼女は立ち並ぶかわいらしい小さな店のショーウィンドウをのぞきながらのんびりと道を歩いていった。装飾の凝らされたカジノにある店のように、どれもそれらしく見えるようわざとらしく外観を同じテーマに統一され、どの店を取っても通りの並びに馴染んでいた。

気がつくと彼女は城まで辿り着いていた。城は思ったよりも低かった。振り返ってメインストリートを眺めると通りの両脇に立つ木々が城からゲートに向かって少しずつ小さくなるように刈り込まれていることに彼女は気がついた。遠近感が狂うようにしてあるのだ。このちょっとしただまし絵の果たす効果がおかしくて彼女は笑い声を上げた。

彼女はアジア系の観光客の大群の脇を苦労して通り抜けた。彼らは代わる代わる正確に同じ角度から城を撮影している。他の観光地でも見かけたことのある現象だ。日本人のカメラ好きの一部にとって休日の写真撮影はキリスト受難節に捧げる祈りと瞑想のように定められた形式に従っておこなわれるものなのだ。それぞれの観光地で撮影することのできる写真は不文律に従って厳格に定められている。

彼女は城をあとにすると今度は地図上でファンタジーランドと書かれている方に向かって進んでいった。アーチ状の天井がかかる道を通り抜けたあたりで彼女はデス・ウェイツ少年とファンタジーランドについて話したことを思い出した。ここはゴス系エリアに作り変えられていた場所だ。それから地球上でもっとも幸福な工事現場に改修されたはずだ。

確かにその通りだった。鮮やかな対比だ。おとぎ話のお城から緑色に塗られた工事現場のフェンスへ。笑顔で身なりの良い「キャストメンバー」から尻の割れ目が見えるくらいズボンをずりおろして腰履きにした仏頂面の工事現場作業員へ。ファンタジーランドはまるで不良品扱いで投げ売りにされているバービー人形の顔についたみにくい傷跡のようだった。

彼女はそれが気に入った。

ディズニーのような会社の実体を覆う巧妙で抜け目のない何かが手入れの行き届いたメインストリートの裏側にはあった……それが意識下でにぶい頭痛を、そしてその不誠実さに対する怒りのようなものを彼女に与えていたのだ。この工事現場では彼らが裏に塗り込めようとしているその実体をその目で確認することができた。

カメラを取り出すと彼女はうろうろと歩き回りながら撮って撮って撮りまくった。工事現場を囲むフェンス全体を映せる高い場所を探しまわった。あとで衛星写真も確認しておくつもりだった。

この瞬間、次に取り組むテーマが彼女の中で決まった。この傷跡のことを書くのだ。その実体を掘り起こすのだ。

全てを調べるという理由だけから彼女はいくつかのライドに乗った。とんでもなく派手派手しいパスのおかげで彼女は退屈した子供たちといらだつ父親たちと疲れ果てた母親たちが並ぶ長い行列の脇をすり抜けることができた。彼女は彼らの表情を写真におさめた。

ライドには何の問題もなかった。正直に言えば彼女はライドにはうんざりした。アートワークについて言えば過大評価され過ぎだった。いくつかは彼女の気分を悪くし、いくつかは薄暗い部屋で誰かさんのアクションフィギュアのコレクションを見ている時に感じるようなぼんやりとしたトリップ感を与えてくれた。ディズニーのライドはレスターのライドとは違って強い感情を呼び起こさなかった。さらに言えば投票することもできなかった。

日が沈む頃になると彼女は自分の部屋に戻って執筆を始めるための準備にとりかかった。彼女はこの場所の全てを書き記したかった。そのすばらしさとその恐ろしさ、優しげな上辺の下に潜むその商業主義を。夜になる頃には叫びまわる子供たちはますます増え、不機嫌な親たちも増えていった。子供を叩く親を二回ほど見た彼女はカメラを取り出して三回目の場面を写真におさめた。

部屋には大きなハワイ風オードブルの料理皿が運び込まれていた。皿の上にはタロイモで作ったポイと穴の部分にラム酒が注がれたパイナップルが載せられていた。彼女はベランダにコンピューターを持ち出すと湖を見渡した。一羽のトキが寄ってきて夕食の残り物をくれとねだる。彼女がそのリクエストに応えてやると鳥はまるでこれはデザートとして適切だろうかとでもいうように彼女を冷たく一瞥してから飛び去った。

彼女は執筆を始めた。


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