ピーターパンとウェンディ ジェームス・マシュー・バリー

ウェンディのお話


「よく聞いてなさい」ウェンディはそう言うと、心をこめてお話をはじめました。マイケルがウェンディの足元に、他の7人の男の子達はベッドにはいっています。 「むかし1人の男の人が...」

「僕は、男の人より女の人がいいなぁ」とカーリー。

「僕は白いねずみだったらなぁと思ったけど」とニブス。

「静かに」お母さんが注意しました。「女の人も1人いました。そして...」

「ねぇ、ママ」双子の片割れが言いました。「女の人も1人いるって意味だよね? 女の人は死んでないよね、ちがう?」

「そうですよ、死んでませんとも」

「死んでなくて、死ぬほどうれしいよ」トゥートルズは言いました。「ジョン、君もうれしい?」

「もちろんぼくもうれしいさ」

「うれしい? ニブス」

「すごくね」

「うれしい? 双子」

「2人ともうれしいよ」

「あらあら」ウェンディはため息をつきました。

「そこ、静かにするんだ」ピーターが命令しました。ピーターにとってみればどんなにひどい話だろうと、とにかくウェンディがきちんと話せるようにしなくてはと心に決めていたのです。

「男の人の名前は、」ウェンディは続けました。「ダーリング氏といいました。女の人の名前はダーリング夫人でした」

「知ってるよ」ジョンがそう言ったので、他のコドモ達はムッとしました。

「僕も知ってるような気がするな」マイケルはかなり自信がなさそうに言いました。

「2人は結婚していました」ウェンディが説明します。「2人の間には、何がいたと思います?」

「白いネズミ達だね」ニブスは、思いついたように言いました。

「違うわ」

「うーんめちゃくちゃ難しいよ」トゥートルズは、その話をそらで暗記していたんですが、そう言いました。

「静かに、トゥートルズ。2人には3人の子孫がいたのよ」

「子孫って?」

「そうねぇ、あなたもそうよ、双子さん」

「聞いたかい、ジョン? ぼくも子孫」

「子孫っていうのは、単にコドモってことだよ」ジョンは言いました。

「あら、あら」ウェンディはため息をつきました。「さてその3人の子供には、忠実なナナという名前の乳母がいました。でもダーリング氏は、ナナに腹をたてて、庭に縛り付けてしまったのでした。それで3人のコドモ達は、飛び出してきたのです」

「とっても素敵な話だね」ニブスは言いました。

「3人は、迷子のコドモ達がいるネバーランドまで飛んでいったのでした」ウェンディは続けます。

「あー、ウェンディ」トゥートルズは大きな声でいいました。「迷子のコドモ達の1人は、トゥートルズって名前?」

「そうよ、もちろん」

「僕もお話に入ってる、ばんざーい、僕もお話に入ってるよ、ニブス」

「うるさいわよ。さあみんなに考えて欲しいのは、3人のコドモ達が飛んでいった後の不幸なお父さん、お母さんの気持ちよ」

「あぁ!」みんなはうめきました、ただその感情をあまりわかっていたわけではありません。

「空っぽの3つのベッドを考えてもみて!」

「あぁ!」

「なんて悲しいんだろう」双子の片割れは、さもうれしそうに言いました。

「どうやったらハッピーエンドになるのか、皆目見当もつかないや」双子のもう1人の片割れは言いました。「どう思う、ニブス?」

「ぼくもとっても心配だな」

「もしお母さんの愛情がどれほど大きなものか知っているのなら、」ウェンディはみんなに勝ち誇ったように言いました。「恐がることはないわ」ウェンディは、とうとうピーターが嫌いな場所にさしかかっていました。

「ぼくは、お母さんの愛情が大好き」トゥートルズは、まくらでニブスをぶちながら言いました。「きみは、おかあさんの愛情が好き、ニブス?」

「もちろん僕も」ぶちかえしながら、ニブスは言いました。

「わかってるでしょうけど」ウェンディは悦にいって言いました。「このお話のヒロインは、お母さんがコドモ達が飛んで帰って来れるように、ずーっとあの窓を開けっ放しにしているだろうってことを知ってたのよ。それで何年もとどまって、楽しい時間を過ごしたのでした」

「そもそも家に帰ったの?」

ウェンディは、渾身の力をふりしぼって答えました。「さあ、未来をちょっとのぞいてみましょう」そしてみんな体をねじって、未来をのぞきこみやすくしました。「月日が流れ、ロンドン駅に降り立った、あの年齢不詳の優雅な女性はだれでしょう?」

「ウェンディ、だれなの?」ニブスはこれっぽっちも知らないかのように興奮して叫びました。

「まさか、そう。いいえ、それは、美しいウェンディでした」

「おぉー!」

「ウェンディに付き添っている、成人した2人の気品のあるかっぷくのいい姿はだれでしょう? ジョンとマイケルじゃありませんか? そうです、その通り!」

「おぉー!」

「“みてごらん、おまえたち”ウェンディは上の方を指さして言っています。“まだ窓は開いたままよ。あぁ、今こそわたしたちのお母さんの愛を信じるすばらしい気持ちが報われるのよ”そして、ママとパパの所に飛んでかえるのでした。この幸せなシーンは、とても語ることはできません、ここで幕をひくことにしましょう」

お話はざっとこんな感じで、話の上手いウェンディと同じくらいみんなも喜びました。だって、お話はまさにありそうなことでしたから。コドモというものは、世の中でもっとも残酷なものみたいに逃げ出すことがあります。コドモとは、えてしてそういうものです。だからこそコドモは、魅力的でもあるんです。コドモには全く自分勝手な時があり、そしてみんなの注目を集めたいときは、おしりをぶたれるどころか誉めてもらえると信じこんで、胸をはって戻ってきたりするのです。

みんなはお母さんの愛というものを強く信じていたので、もう少しくらい家を空けても大丈夫と思っていたのです。

でもここには1人だけ、もっと物事をよくわかっているコドモがいました。そしてウェンディが話し終わると、力のないうめき声をあげたのです。

「どうしたの、ピーター?」ウェンディはピーターのそばにかけよって、具合が悪いのかしらと思って、声をかけました。ピーターのことを気づかって胸の下のほうをさわり、 「どこが痛むの、ピーター?」と言いました。

「そういう痛みじゃないんだ」ピーターは低い声でつぶやきました。

「どんな痛みなの?」

「ウェンディ、お母さんってものについて、君はまちがってるよ」

みんなはビックリしてピーターのまわりに集まり、ピーターの動揺がみんなを不安にさせました。いままで隠していたことを、ピーターは率直に口にしたのでした。

「むかし、」ピーターは言いました。「お母さんは僕のために窓を開けたままでいてくれると、君たちみたいに思ってた。だから僕は、何ヶ月も何ヶ月も何ヶ月も家を空けていたんだ。そしてその後、家に飛んで帰ったよ。でも窓は固く閉まってて、お母さんは僕のことなんかすっかり忘れちゃって、僕のベッドには別の小さな男の子が寝てたんだ」

これが本当のことかどうかわかりませんが、少なくともピーターにとってはホントのことでした。みんなはビックリしました。

「お母さんって本当にそういうものなの?」

「そうさ」

これがお母さんについての本当のことですって、ピーターったらなんていやなやつでしょう。

物事は落ち着いて判断した方がよいのですが、コドモというのは、降参すると決めたらそれはそれはすばやいものです。「ウェンディ、帰ろうよ」とジョンとマイケルが口を揃えると、「ええ」とウェンディも2人をだき抱えてるようにして言ったのでした。

「今夜じゃないよね」迷子のコドモ達はまごつきながら言いました。でもコドモ達は心の中では、お母さんなしでもけっこう上手くやっていけるし、お母さんの方こそコドモなしでは上手くやっていけないものだってことを知っているのでした。

「すぐ帰るわ」ウェンディはすっかり腹を立てて、答えました。恐ろしい考えに取りつかれているのです。「たぶん今ごろお母さんは、私たちのことを半分あきらめて、死んでしまったと思っているかもしれない」と考えていたのでした。

そんな恐ろしい考えに取りつかれていたので、ウェンディはピーターがどんな気持ちでいるか察するのは忘れてしまって、きっぱりとこう言ったのでした。「ピーター、いろいろ必要な準備をしてくださいな」

「君がそうしたいならね」ピーターは、まるで木の実でも取ってくださいなんて頼まれたようにそっけなく答えました。

2人の間には、別れるのが寂しいという雰囲気はみじんもうかがえませんでした。ウェンディが別れてもなんとも思わないなら、僕も平気なところをみせてやろうっていうのがピーターでしたから。

ただもちろんピーターだって、とても気にはしていたのです。ただいつものことですが、なにもかもめちゃくちゃにするオトナ達のことをカンカンに怒っていました。そして自分の木の中にはいるとすぐに、わざと一秒に5回、短く早く息をしたのでした。ピーターがそうしたのは、ネバーランドにはこんなことわざがあったからです。「息をするたびオトナがひとり死ぬ」ピーターは復讐心にめらめら燃えて、できる限り早くオトナを全員殺しちゃおうとしたのでした。

そしてピーターがインディアン達に必要な指示を与えて、家に帰ってみると、そこではピーターが留守にしている間に、卑劣な場面が繰り広げられていました。ウェンディがいなくなるなんてとパニックに陥った迷子の男の子達は、ウェンディにほとんど脅すように詰め寄っていたのでした。

「ウェンディが来る前より悲惨」みんなは言いました。

「ウェンディを行かせやしない」

「とらわれの身にしちゃおう」

「うん、くさりでつなぐんだ」

窮地に追い込まれたウェンディには、だれを頼りにすればいいのか自然とわかりました。

「トゥートルズ、おねがい」

奇妙なことじゃないですか? ウェンディはトゥートルズにお願いしたんです。みんなの中で一番おばかさんなトゥートルズに。

でもトゥートルズは立派にこれにこたえました。おろかなところはみじんも見せず、威厳をもってこう言ったのでした。

「ぼくはもちろんトゥートルズだ。だれもぼくのことなんか気にしない。でも、最初にウェンディに英国紳士らしからぬふるまいをするやつには、たっぷり血をみせてやるぞ」

トゥートルズは短剣を抜き、そのときのトゥートルズはすごい勢いでした。他の男の子達は困惑して後ずさりしました。その時ピーターが帰ってきたのですが、すぐに男の子達は、ピーターからはなんの助けも期待できないことが分かりました。ピーターは、女の子が嫌がるのに無理やりネバーランドにとどめるようなことはしませんから。

「ウェンディ」ピーターは、大またで行ったり来たりして言いました。「インディアン達に森を案内するように頼んでおいた。飛ぶのはとても疲れるだろうし」

「ありがとう、ピーター」

「それから」ピーターは続けました。ハイという返事になれきっている短くするどい声です。「ティンカーベルが海を渡るのを案内してくれる。ティンクを起こすんだ、ニブス」

ニブスは、返事を聞くまで2回もノックしなければなりませんでした。ティンクときたら、ホントのところはベッドに座って、聞き耳をたてていたのでしたが、 「だれ? ずうずうしいったらありゃしない、向こうに行って」なんて大声で言うのでした。

「起きなきゃだめだよ、ティンク」ニブスは声をかけました。「で、ウェンディを旅につれて行くんだよ」

もちろんティンクは、ウェンディが行ってしまういう事を聞いて、飛びあがるほどうれしかったのです。ただウェンディの案内なんて絶対ごめんだと心に決めていたので、まだにくたらしい言葉づかいで行かないと答えて、また寝たふりをしました。

「ティンクがいうには、行きたくないだって!」ニブスは、こんな反抗的なティンクにびっくりして声をあげました。その時ピーターは、つかつかとティンクの寝室にむかって歩み寄りました。

「ティンク」ピーターはわめきました。「起きてすぐに着替えないなら、僕がカーテンを開けて、ネグリジェ姿のおまえをみんなで見ることになるぞ」

ティンクは、こう言われて床から飛びあがるほどびっくりして「誰が起きないなんていいました?」と答えました。

その間ずっと、男の子達はとてもさびしそうに、ジョンとマイケルをつれて旅にでるウェンディを見つめていました。みんなは、すっかり意気消沈しています。ただウェンディがいなくなってしまうからというだけではありません。ウェンディが自分達は招かれていない、なにか楽しそうな場所へ出発するんだと思っていたのです。いつものことですが、みんな目新しいものには心を惹きつけられるのです。

ウェンディは、みんながもっと気高い気持ちでいるのだと思い哀れに感じました。

「ねぇみんな、」ウェンディは言いました。「もしみんなが一緒に来たければ、パパとママに頼んでみんなを養子にしてもらうようにできると思うわ」

このお招きは特にピーターに向けてのものでしたが、男の子たちはみんな自分こそが招かれたのだと考えて、すぐに大喜びで飛びあがりました。

「でもパパとママは、僕らをやっかいものだなんて思わないかな?」ニブスは、飛びあがりながらもそう聞きました。

「あら、そんなことないわ」ウェンディは、急いでよく考えて答えました。「客間にいくつかベッドをおけばいいことだし。第一木曜日には、ベッドはついたての後ろにかくせばいいわ」

「ピーター、行ってもいい?」みんなはお願いするように言いました。みんなは、自分たちが行けばピーターも一緒に来るのが当然と思っていました。ただホントのところ、ピーターのことは全然気にしていないのです。コドモなんてものは、目新しいものが現われると自分の一番大事なものさえ見捨ててしまうものですから。

「いいよ」ピーターは、無理に笑顔を作って答えました。すると男の子たちは、すぐに身の回りのものを取りに駆けだしました。

「じゃあ、ピーター」ウェンディは、これで大丈夫と思って言いました。「出発する前にお薬をあげなきゃね」ウェンディはみんなに薬を飲ませるのが大好きで、間違いなく飲ませすぎです。もちろん薬といってもただの水ですが、ボトルで作るのです。ウェンディはいつもボトルを振って、しずくを数えました。そうすると確かに薬と同じ効き目があるのです。でもこの時ばかりはウェンディは、ピーターに薬をあげることはできませんでした。というのも薬の準備をしているまさにその時、ウェンディの気分を落ち込ませるようなピーターの表情をふとみてしまったのです。

「ピーター、身の回りのものを準備しないと」ウェンディは身をふるわせながら言いました。

「いや」ピーターは無関心をよそおって、こう答えました。「僕は、君とは一緒にいかないよ、ウェンディ」

「行きましょう、ピーター」

「行かないよ」

別にウェンディが行ってもへっちゃらさと見せびらかしたいばかりに、ピーターは部屋の中を楽しそうに、心はこもっていませんが笛を吹いたり、あちこちスキップしたりしました。ウェンディは、ピーターの後を走って追いかけまわさなければなりません。かなりみっともないことです。

「お母さんを見つけましょうよ」ウェンディはなだめるように言いました。

ピーターに本当にお母さんがいたとしても、もう今ではお母さんがいなくて寂しいと思うことはまずありません。お母さんなんて、いない方がよっぽどいいことばかりです。お母さんのことにいろいろ思いをめぐらせてみましたが、思い出すのは悪いことばかりでした。

「だめ、だめ」ピーターは、ウェンディにバカにしたように言いました。「お母さんは、僕にもう大きすぎるっていうよ。僕はいつまでもコドモでいて、楽しくやりたいだけなんだ」

「でも、ピーター...」

「だめったら、だめ」

みんなにも言わなければなりません。 「ピーターは行かないって」

ピーターが、行かないですって! みんなは、ぽかんとピーターを見つめました。みんなは背中に棒を担ぎ、棒には荷物がくくりつけてありました。最初にみんなが思ったのは、ピーターが行かないなら、たぶん気が変わってみんなも行かせてくれないだろうってことでした。

でもピーターは、とてもプライドが高かったので“行かせない”とは言わず、憂鬱そうな声でこう言っただけでした。「もしお母さんなんてものが見つかったら、気に入るといいね」

このひどく皮肉な言葉は、みんなの居心地を悪くしました。ほとんどの男の子達は、行こうかどうか迷いはじめたようです。つまるところ、みんなの顔はこう言ってるのでした。そもそも行きたいなんて、マヌケなのかな? 

「さあ」ピーターは言いました。「騒いだり泣いたりせずに、さよならだ。ウェンディ」そして快活に手を出しました。まるで自分はなにか大事なことをやらなくちゃならないので、みんなにはすぐにでも行ってもらわなきゃといった風です。

ウェンディは、ピーターと握手するほかありません。ピーターったら指ぬきの方がいいやというそぶりさえ見せないのです。

「ちゃんとフランネルの下着をかえるのを忘れないでね、ピーター?」ウェンディは、ピーターのことをぐずぐず考えながら言いました。ウェンディは、いつもフランネルの下着のことにはとってもうるさいのでした。

「うん」

「薬も飲むのよ?」

「うん」

それで全部に思えました。そして気まずい沈黙が訪れました。でもピーターは人前で取り乱すようなことはしないので「準備はいいか、ティンカーベル」と大声をだしました。

「はい、はい」

「さあ道案内するんだ」

ティンクは手近な木をさっと登ったので、誰も後に続けませんでした。と、まさにそのとき、海賊たちがインディアン達に恐ろしい攻撃を仕掛けたのです。地上では、物音一つしていませんでしたが、悲鳴と鉄のぶつかる音が空気をつんざきました。地下では、みんな死んだように静かです。みんなの口は開きっぱなしで、ウェンディは両膝をつきながらも、両腕をピーターの方に伸ばしました。みんなの両腕がピーターの方へと伸びました。まるでみんなが突然ピーターの方へと吹き飛ばされたかのようです。みんなは、無言でピーターに見捨てないでと頼んでいたのでした。ピーターはといえば、剣をひしとつかみました。ピーターは、その剣でバーベキューを殺したと思い込んでいるのです。そしてピーターの目には、闘争心がめらめらと燃えていました。


<< 前へ 目次 次へ >>
©2000 katokt. この版権表示を残す限りにおいてこの翻訳は商業利用を含む複製、再配布が自由に認められる。プロジェクト杉田玄白 (http://www.genpaku.org/) 正式参加作品。