ケンジントン公園のピーターパン ジェームス・マシュー・バリー

閉門の時間


妖精について詳しくなろうとすることは、恐ろしく難しいことです。ただ一つはっきりしていることは、子供がいるところには妖精がいるということです。ずっと昔、子供はケンジントン公園にはいることを禁じられていました。そのとき、公園に妖精は一人もいませんでした。子供が公園に入ることを許されると、まさにその晩に妖精たちもぞろぞろ集まってきました。妖精たちは我慢できず、子供たちのあとをついて行ってしまうのです。ただあなたがめったに妖精を目にすることがないのは、一つには、昼間、妖精たちは子供が行くのを禁じられている垣根の裏に住んでいるからですし、もう一つには妖精たちがずるがしこいからでした。妖精たちは、閉門後はこれっぽちもずるがしこいということはありません。でも閉門までといったら、言葉にしがたいほどです!

あなたが鳥だったときは、妖精たちのことをとてもよく知っています。そしてあなたがあかんぼうのときは、妖精について多くのことを覚えていますが、ただそれを書き記すことができないのは、とても残念なことです。だんだんあなたは忘れて行きます。妖精なんて一人もみたことないや、と言いはる子供のことをわたしは耳にしたことがあります。とてもありそうなことですが、もしケンジントン公園でそういったなら、始終妖精を目にしながらそこに立っていることになるのです。子供たちがだまされてしまうのは、妖精がなにか別のもののふりをしているからです。これが妖精のよくつかう手口のひとつで、妖精はふつう花のふりをします。なぜならその場所は、妖精の溜まり場に位置していましたから。そして赤ん坊の道沿いにはたくさんの花があったので、一本の花ではまったく興味をひかないのです。妖精たちはまさに花のように着飾り、ゆりがさいているときは白く、ツリガネスイセンが咲いているときは青くといった具合に季節によって装いをかえました。妖精たちはクロッカスとヒヤシンスの色が大好きで、その季節が一番お気に入りでした。でもチューリップ(白以外です、白いチューリップは妖精のゆりかごです)は派手すぎると妖精たちは思っていたので、時々チューリップみたいに着飾ることを何日も先延ばしにしました。なので、だいたいチューリップが咲き始める最初の数週間が、妖精たちを見つける一番いい季節だったりします。

妖精たちは、あなたが見ていないと思っているときは、とてもいきいきとスキップをしています。しかしあなたが目をやって、隠れるひまがないと、妖精は花のふりをしてぴくりとも動きません。そしてあなたが妖精たちだとは気づかずに通り過ぎると、いそいで家に帰ってお母さんにこんな大冒険をしたんだよと報告するのでした。覚えてらっしゃるでしょうか、妖精の溜まり場はツタで覆われていて、妖精たちはツタからヒマシ油を作りました。そのあちらこちらに花が育っていました。花のほとんどは本当の花でしたが、いくらかは妖精でした。あなたは、どれが妖精か決してはっきりとはわからないでしょう、でもよい方法があります。別の方を見ながら歩いていて、突然振り返るのです。もう一つのよい方法は、デビットとわたしが時々やった方法ですが、じっと見つめることです。ずっと見つめていると、妖精たちはまばたきしてしまいます。そうすれば、確かにそれが妖精だということがわかるでしょう。

赤ん坊の道沿いにも何人もの妖精がいます。赤ん坊の道は有名な場所で、妖精たちがよく訪れるところといわれています。かつて24人の妖精が、そこで大冒険をくりひろげました。妖精たちは、女教師といっしょに女学校から散歩に出かけました。みんなヒヤシンスのガウンを着ていました。突然教師が口に指をあてると、全員花壇の空いているところに立って、ヒヤシンスのふりをしました。ついていないことに、教師がききつけたのは、2人の庭師がまさにその花壇の空いている所に花を植えにきた音でした。かれらは手押し車に花をのせてやってきました。そしてその場所に花が植えられているのをみてとても驚きました。「ヒヤシンスを抜くのはかわいそうだなぁ」一人がいいましたが「公爵の命令だからな」ともう一人が応えました。そして手押し車から花を下ろすと、その寄宿学校を掘り起こして、とてもかわいそうなことに妖精たちを5列にして手押し車にのせました。もちろん教師も生徒もあえて自分たちが妖精だとばらすものはいません。そして遠くの小屋まで運ばれていきましたが、夜のうちに、そこからくつもはかずに逃げ出しました。でも親たちの間ではそのことで大さわぎになり、学校はつぶれてしまいました。

妖精たちの家を探しても無駄なことです。なぜならわたしたちの家とは似ても似つかないものだからです。わたしたちの家は、昼間はみえますが、暗くなるとみることができません。でも妖精たちの家は、暗くなると見えるものなのです。でも昼間はみることができません。妖精たちの家は、夜の色なのです。昼間に夜を見たことがある人の話は聞いたことがないでしょう。妖精たちの色が黒というわけではありません。夜にも昼とおなじように色があるのです、ただ昼の方がはるかに明るいだけなんです。妖精たちの青や赤や緑は、わたしたちのものと同じようなもので、背後から光でてらされているのです。妖精の宮殿はあたり一面がいろいろな色のガラスで作られていて、どんな王族の住居と比べてもひけをとらないものです。でも女王は自分が何をしているか一般の人が覗いていると、ときどき文句をいいました。妖精たちはとても知りたがりやだったので、ガラスに強く顔を押しつけるのでした。それが妖精たちの鼻が、たいがいしし鼻である理由だったりします。宮殿の道は何マイルも続いていて、とても曲がりくねっています。両側には、はなやかな毛糸でつくられた小道がありました。鳥たちは毛糸を自分たちの巣をつくるために盗んでいったので、警官が一人、一方の端をきちんとつかんでいるように任命されたぐらいです。

妖精たちとわたしたちの大きく違うところの一つは、妖精たちは役にたつことはなにもしないということです。最初のあかんぼうが生まれて最初に微笑むとき、その笑いが無数の破片になって、とびはねます。それこそが、妖精の生まれるところです。あなたも知ってるように、妖精たちはいつもとても忙しそうに見えました。まるで余分な時間は少しもないといった具合です。でももし妖精たちに何をしているのかを尋ねたら、何一つ説明できなかったでしょう。妖精たちはびっくりするほど無知です。そしてやっていることといったら、してるふりだけなのです。妖精たちには郵便屋がいます。でもクリスマスのとき小さな箱を持ってくる以外は、やってくることはまずありません。すてきな学校がありましたが、そこではなにも教えていないのです。もっとも幼い子供がいつも教師として選ばれました。でも教師が出席をとると、生徒は外に歩きに出かけてしまい、戻ってこないのです。妖精の家族ではもっとも年が若い者が必ず主人であり、たいてい王子や王女になることはとても注目すべきことです。子供はそのことを覚えているので、人間の世界でもそうに違いないと考えるのです。そしてそれがお母さんにひそかにゆりかごに新しいフリルをつけているのを見ると、不機嫌になる理由でしょう。

あなたはたぶん、あなたのあかんぼうの妹がお母さんや乳母がしてほしくないと思うことなら何でもしたがることに気づいていることでしょう。座っていなければならないときに立ち上がり、立ち上がるときには座り込み、寝なければならないときには目を覚まし、一番いい服をきているときに床をはいまわったりといった具合です。たぶんあなたは、それをやんちゃなせいにするかもしれません。でもそうではないのです。それは単に、妖精たちがしていることをみたままに真似しているだけです。生まれたては妖精のやり方を真似して、人間のやり方になれるまでにはだいたい2年ぐらいかかるものです。あかんぼうのかんしゃくのけいれんは、見ているのは恐ろしいもので、しばしば歯が生えてくるからと言われていますが、ぜんぜんそんな理由ではありません。それはあかんぼうにとってごく自然な怒りのしるしなのです。とてもわかりやすい言葉だというのに、わたしたちが理解できないから、怒っているのです。子供は話す妖精です。他の人が気づく前に母親や乳母があかんぼうの言ってること、たとえば“ちょ”が“わたしにすぐそれをちょうだい”とか“なっ”が“なぜそんなにおかしな帽子をかぶっているの”に気づくのは、あかんぼうとふれあっているので、妖精のことばをすこしばかり理解しているということなのです。

最近、デビットは、両手でこめかみを強く押さえて昔を振り返り、妖精の言葉を思い出そうとしました。そしてわたしが忘れなければ、いつかお話しできるいくつかの言い回しを思い出しました。デビットは、自分がつぐみだったときにその言い回しを聞いたということです。わたしが、たぶんそれは鳥の言葉じゃないかなとほのめかしたときも、彼はそうじゃないといいはりました。そしてその言い回しは、おもしろいことと冒険のことだということ、そして鳥たちは巣作りのこと以外はなにも話さないということを思い出しました。デビットははっきり思い出しました。鳥たちが、店のウィンドウからウィンドウへと歩き回る女性のように「この巣は色が気に入らない」、「中がこんなにやわらかいんじゃ」とか「でも着てみようかしら」とか「なんてひどい具合なの!」といいながら別の巣を探して、ある場所から別の場所へと落ち着かないものであることを。

妖精たちは、見事な踊り手でした。それが、あかんぼうが生まれて最初にすることの一つが、あなたに自分にあわせてダンスするようにと合図して、あなたがそうしたときに泣き声をあげることである理由です。妖精たちは戸外で大舞踏会を行いました。それは妖精のリングと呼ばれています。そのあと何週間もの間、芝生でそのリングをみることができるでしょう。妖精たちが踊りはじめたときには、リングはありません。でも妖精たちがくるくるまわりながら踊ることでリングが形作られるのでした。リングのなかにマッシュルームを見つけるかもしれません。それは、妖精の召使たちが片付け忘れた妖精のいすでした。いすとリングが、妖精たちがあとに残して行く唯一の秘密をばらすものでした。もし妖精たちが、門が開くぎりぎりまで爪先立って踊るほどダンスが好きでなければ、いすやリングは片付けたでしょう。デビットとわたしは、一度妖精のリングがきわめてあたたかかったことに気づいたものです。

でも、舞踏会がとりおこなわれることを事前に知るk方法は他にもあります。公園が今日何時に閉まるかを知らせる掲示はごぞんじでしょう。さて、ずるがしこい妖精たちは、ときどき茶目っ気たっぷりに舞踏会の夜は掲示を変えてしまうのです。つまりたとえば掲示が公園は7:00に閉まるとなっている代わりに、6:30に閉まるとしてしまうのです。そうすることで、妖精たちは30分早く舞踏会を始めることができました。

もしそんな夜に、あの有名なマイミー・マナリングがしたようにわたしたちが公園に残っていたとすれば、すばらしい光景をみることができるでしょう。何百もの美しい妖精たちが舞踏会に急ぎ、結婚している妖精は腰に結婚指輪をして、男の人は全員正装で、 女性のすそを持ち上げていました。そしてたいまつ持ちたちは先頭を走って、妖精のたいまつである冬のさくらんぼを運んでいました。クロークでは 銀のスリッパにはきかえて、オーバーを預け、引換券をうけとります。花たちは赤ん坊の道から見物するために押しよせてきて、いつも歓迎されました。なぜなら花たちはピンをかしてくれたからです。夕食用のテーブルは上席にマブ女王がすわり、女王の椅子の後ろには王室長官がつづき、たんぽぽをもって女王陛下が時間を知りたいときは、それを吹くのでした。

テーブルクロスも季節によってかわります。5月には栗の花から作ります。妖精の召使はこうやってテーブルクロスを作ります。召使の20人ほどが木にのぼり、枝をゆらすと、花が雪のように落ちてきます。そして女性の召使がスカートを払うことで花をはき集めて、ちょうどテーブルクロスになるようにするのでした。それが妖精たちのテーブルクロスを手に入れる方法です。

妖精たちは、本物のグラスと3種類のワインを持っていました。つまり黒い棘のワインとバーバリーのワイン、プリムローズのワインです。そして女王が注ぐのがきまりですが、ボトルがあまりに重いので女王は注ぐふりをするだけでした。はじめは、3ペンスばっかりの大きさのパンとバターがあり、最後にはケーキがでてきました。ただそれはとても小さいので、かけらもでないくらいでした。妖精たちはマッシュルームの上に丸く座って、最初はとても礼儀正しくて、テーブルを外して咳きこみます。しかししばらくすると、それほど礼儀正しくなくなって、古い木の根っこから取ってきたバターに指を突っ込む始末です。そしてひどい妖精になるとテーブルクロスの上にあがりこむと、砂糖や他のおいしいものをなめたりしました。女王はそんな様子を目にすると、召使にさっさとかたづけなさいと合図するのでした。そしてみんながダンスするために立ち上がり、女王が先頭を歩きます。王室長官が後に従い、2つの小さな壺を運んでいました。壺のひとつには、ニオイアラセイトウのジュースが、もうひとつにはユリのジュースが入っています。ニオイアラセイトウのジュースは、気を失ってたおれこんだ踊り子を気づかせるのに、ユリのジュースはうち傷にききます。妖精たちはすぐにうち傷を作ってしまいます。ピーターが笛を早くふけばふくほど、妖精たちは気を失ってたおれるまで踊りました。わたしが言うまでもなくおわかりでしょうが、ピーターパンは妖精たちのオーケストラでした。ピーターは妖精のリングの中心に腰をおろして、ピーターなしではすてきなダンスをするなんて思いもよらないことです。本当にいい家からの招待状の隅にはかならず、「P.P」(ピーターパン)とかかれていました。妖精たちは、また感謝の心をもっていて、王女の舞踏会へのデビューのときには(妖精は2才の誕生日にデビューします、そして誕生日は毎月あります)ピーターの望みをかなえてくれるのでした。

その様子はこのようでした。女王がピーターにひざまずくように命じて、それからとてもきれいな笛をふいてくれるなら、なんでもほしいものをあげようといいます。妖精たちはみんなピーターのまわりに、何がほしいのか聞くために集まりました。しかしピーターは長い間迷っていました。自分でも何がほしいのかはっきりしていなかったのです。「もしぼくがおかあさんのところにもどりたいとしたら、」とうとうピーターはこうたずねました。「ぼくのお願いをかなえてくれますか?」さあ、この質問にはみんな頭を抱えてしまいました。もしピーターがおかあさんの所に帰ってしまったらもう笛の音を聞くことはできませんから。そして女王が鼻をばかにしたようにつんと上を向けると、こういいました。「やれやれ、もっとましなお願いができないものかね」

「これはほんのささやかなお願いですか?」ピーターは尋ねました「これくらいささやかだね」女王は両手を近づけて、その小ささを示しながら答えました。「どれくらいの大きさなら、大きな願いといえるんですか?」とピーターが尋ねると、女王はスカートの上でその大きさを示しました。それはとても大きいものでした。

そしてピーターはよく考えて、言いました。「ええ、じゃあ、1つ大きなお願いをする代わりに2つのささやかなお願いをしたいと思うのですが」

妖精たちはピーターがかしこいのにかなりびっくりはしましたが、もちろん承知せざるをえません。そしてピーターは続けました。最初のお願いはおかあさんのところにいくことです。でもおかあさんに会ってがっかりしたときに、公園に帰ってくることを許してもらう2つ目のお願いはしばらく言わないことにしました。

妖精たちはピーターを思いとどまらせようとして、いろいろ邪魔をしようとさえしました。

「わたしはおまえに家まで飛んでいく力を与えよう」女王は言いました。「でもドアは開けてやらないよ」「出てきた窓が開いてるでしょう」ピーターは自信をもって言いました。「おかあさんはぼくが戻ってくると思って、窓をいつも開けておいてくれるんだ」

「どうしてそんなことがわかるんだい?」妖精たちは、とても驚いてたずねました。そして実際ピーターにも、どうしてわかるのかは説明できませんでした。

「わかるんだい」ピーターはいいはりました。

そしてピーターは自分の願いもいいはったので、願いを聞かないわけにはいきません。飛ぶ力を与える方法は、妖精がピーターの肩のあたりをくすぐることでした。そしてピーターが肩の辺りにむずむずするものを感じると、だんだん空高く飛び上がりました。そして公園から飛び出して家の屋根を越えていきました。

自分の家までまっすぐ飛んでいくのではなく、セント・ポールをかすめて飛び越えて、クリスタルパレスへ行って、川へもどり、リージェント公園へ飛んで行くのは楽しいことでした。ピーターがおかあさんの窓のところまでたどりついた時には、2つ目のお願いは鳥になることとすっかり決めていたぐらいでした。

窓は大きく外に開かれていました。まさにピーターがそう思った通りです。そしてピーターは羽ばたいて中に入り、そこではおかあさんがねむっていました。

ピーターはベッドの足の方の木製の枠の上にゆっくり降り立つと、おかあさんにやさしく目をやりました。おかあさんは腕にあたまをのせて、まくらのへこんだところは鳥の巣みたいで、おかあさんのブラウンの波打った髪で縁取られていました。ピーターは、長い間忘れていましたが、おかあさんが夜はいつも髪をしばらないのを思い出しました。

おかあさんのナイトガウンのフリルは、なんてすばらしいんでしょう。ピーターは、自分のおかあさんがこんなに素敵なおかあさんであることをとても喜びました。

でもおかあさんは悲しげにみえました。ピーターには、どうしておかあさんが悲しげにみえるのか分かっていました。片腕がまるで何かを抱くように動きました。ピーターには、何を抱こうとしているのか分かっていました。

「あぁ、おかあさん」ピーターはつぶやきました。「もしベッドの足の枠のところに座っているのが、だれかわかりさえすればねぇ」

ピーターは、おかあさんの足の少し盛り上がっているところをとてもやさしくなでました。そしておかあさんがそれを喜んでいることが顔をみていてわかりました。でも「おかあさん」と声に出していうのは、いくらやさしく言ってもおかあさんが起きてしまうのでいけないと思っていました。おかあさんというものは子供に名前を呼ばれれば、いつもすぐに目をさますものですから。そしてよろこびのあまりさけんで、きつくピーターをだきしめたことでしょう。そうであればピーターにとってもどんなによかったことでしょう。そしておかあさんにとっては、どれほどうれしいことだったでしょう。わたしが心配なのは、ピーターがそれくらいそのことを分かっていたかということでした。おかあさんのところに戻るにあたっても、ピーターは自分がおかあさんに女の人としての最大限の喜びを与えているんだということを疑ってみもしませんでした。ピーターは、自分の子供をもつほどすばらしいことはないと思っていたのでした。おかあさんというものは、どれほど子供をほこりに思うことでしょう。それはたしかに正しいし、当たり前のことでもあるのです。

でもピーターはなぜそれほど長い間ベッドの枠に座っていたのでしょう、なぜおかあさんに帰ってきたよと声をかけなかったのでしょう?

わたしは、本当のことを言うのはとても気が引けます。つまりピーターは、2つのことを考えてそこに座っていたのでした。おかあさんをなつかしげにみている一方で、窓の方もあきらめきれないようにみていたのでした。たしかにおかあさんの子供に再び戻るのは、楽しいことに違いありません。でもその一方で、公園もどれほど楽しかったことでしょう! また服をきてもたしかに楽しいかどうか自信がもてませんでした。ピーターはベッドを急に離れると、自分の昔の服をみるためにいくつか引出しをあけてみました。自分の服はまだそこにありましたが、どうやって着るのかはもう思い出せません。たとえば靴下は、手にはめるのかな、足にはくのかなといった具合です。靴下の片方を手にはめようとしていたときです。ピーターはびっくりしました。たぶん引出しが音を立てたのでしょう。とにかくおかあさんが起きてしまいました。おかあさんが「ピーター」というのが聞こえます。言葉の中でも一番美しい単語です。ピーターは床にすわりこんだまま、かたずをのんでいました。ピーターはどうして自分がもどってきたことがわかったのか不思議に思っていました。もしおかあさんが再び「ピーター」と呼んだなら、自分もおかあさんとさけんでおかあさんのところにかけていくつもりでした。でもおかあさんはそれ以上ひとこともしゃべらず、ただうめき声をあげただけでした。ピーターがのぞきこんだときは、おかあさんはまたねむりこんでいましたが、その顔にはなみだが流れていました。

ピーターはとてもみじめな気持ちになり、そしてどうしたと思います? ベッドの足の方の枠に座って、おかあさんのために美しい子守唄を笛でふきました。おかあさんが「ピーター」とよぶように、自分で唄をつくりました。ピーターは、おかあさんが幸せそうに見えるまで笛をふくのをやめませんでした。

ピーターは自分のことをとてもかしこいと思ったので、もうすこしでおかあさんを起こして、「ピーター、なんて上手に笛がふけるんでしょう」といってもらうところでした。でもおかあさんがだんだん満足そうに見えたので、また窓の方を見やりました。ピーターが飛び出して、二度と帰ってこないつもりだとは、考えないでください。ピーターはおかあさんの子供にもどることはすっかり決めていたのです。でも今夜にしようか迷っていたのでした。頭をなやましているのは、2つ目のお願いのことでした。もう鳥になりたいというお願いをするつもりはありませんが、2つ目のお願いをしないのもなんだか無駄に思えたのでした。もちろん妖精たちのところにもどらなければ、お願いすることもできないのですが。でももしあんまり長い間お願いを先延ばししていると、めんどうなことになるかもしれません。ソロモンにさようならもいわずに別れてしまうのも、心残りでした。「もう一回だけボートに乗りたいんだよ」ピーターは、眠っているおかあさんに悲しそうに話しました。ピーターはまるでおかあさんが話を聞いているかのように、話しつづけました。「鳥たちにこの冒険のことをはなしてやるのは素敵だろうなぁ」ピーターはなだめすかすように言いました。「帰ってくると約束するよ」ピーターははっきりそういうと、本当にそうするつもりでした。

そしてやっぱり、最後にはピーターは飛んでいったのです。2回おかあさんにキスしようと思って、窓のところまで舞いもどりましたが、おかあさんを起こしてはいけないと思って、笛ですてきなキスをする曲をひくことにして、公園に飛んでかえっていったのです。

ピーターが2つ目のお願いを妖精たちにするのは、いく晩さらにいく月もたってからでした。それほどピーターが遅くなったのはどうしてか、わたしにもはっきりしたことは分かりません。理由の1つは、特別な友達だけではなく、たくさんの大好きな場所にもさようならを言わなければならなかったことです。それから最後の航海にでかけました。まさにピーターにとって本当の最後の航海でした。それからピーターの前途を祝して、お別れの宴が何回も開かれました。もう一つゆっくりしててもいい理由としては、結局のところ、急ぐ必要がなかったのでした。なぜなら、おかあさんがピーターを待っていることにうんざりすることは決してなかったからでした。その理由は、ソロモンを不機嫌にさせました。なぜなら鳥たちにもぐずぐずしろといっているのと同じだったからです。ソロモンは鳥たちに仕事をさせるために、いくつものすばらしいことわざをもっていました。「明日産めるからといって、今日産めるのをのばさない」、「この世では、チャンスは二度とは来ない」などです。それだけにピーターが楽しそうに先延ばししているのは、いっそう悪いことでした。鳥たちはこのことをいろいろ言いましたが、だんだんなまけぐせがついてきました。

しかし、覚えておいてください、ピーターがおかあさんの所に帰るのをいくら遅らせているとしても、帰ることははっきり決めていたのです。このはっきりとした証拠に、ピーターは妖精たちには注意を払っていたのです。妖精たちは、ピーターに公園に残って笛をふいてほしいと望んでいました。これを実現するために、こんな風に言わせることでピーターをだまそうとしたのです。「ぼくは芝生がこんなに濡れていないほうがいいなぁ」とか妖精の何人かはピーターが思わず「もっとリズムに乗ってダンスしてほしいね」というように、リズムをはずしてダンスをしたりしました。それから、それがピーターの2つめの願いだと言おうとしたのです。しかしピーターは妖精たちのたくらみには乗りません。ときどき「ぼくの願いは」と言いかけるのですが、いつもすぐに言葉をとめてしまうのでした。ただとうとう最後に勇気をふりしぼって、「ずっとおかあさんのところに戻っていたい」と言った時には、肩のところをくすぐって、行かせてやらなければなりませんでした。

ピーターは最後には、急いで行くことにしました。おかあさんが泣いている夢を見たからです。おかあさんが何を求めて泣いているかは知っていました。そしてすばらしいピーターを抱きしめられさえすれば、すぐにでもおかあさんが微笑むのも知っていました。ピーターは、そのことを確信してたのです。ピーターは、おかあさんの腕によりそいたかったので、今回はいつも自分のために外に開かれている窓のところまでまっすぐ飛んでいきました。

しかし窓は閉じていました。そして鉄のかんぬきがそこにかかっていたのです。中をのぞいてみると、おかあさんが腕の中に別のあかんぼうを抱いて、幸せそうにねているのが見えました。

ピーターは叫びました。「おかあさん! おかあさん!」ただ、おかあさんの耳にはとどきません。自分の小さな翼で鉄のかんぬきをがたがたさせてみましたが、無駄でした。ピーターはすすりなきながら、公園に戻って来なければなりませんでした。そして二度とおかあさんを見ることもありませんでした。ピーターが、どれほどおかあさんにとっていい子になろうとしたことでしょう。わたしたちは大きな失敗をすると、二度目のチャンスにはどれほどのことをしなければならないんでしょう。しかしソロモンは正しいことを言いました。二度目のチャンスはなし。わたしたちにとっても二度目のチャンスはありません。窓のところまで来たときには、もう閉門の時間でした。鉄のかんぬきで、死ぬまで締め出されてしまうのです。

終わり


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