ときおり戸棚の上や引き出しの底で戦前の新聞に出くわすことがあるだろう。その途方もないページ数に呆然とすると同時に、そのほとんど信じがたい愚かさに思わず驚くはずだ。私はたまたま一九三六年一月二十一日付けのデイリー・ミラー紙に出くわす機会があった。この一例から多くを推察すべきではないだろう。なぜなら当時でもデイリー・ミラー紙は二番目に馬鹿げた日刊紙だったし(もちろん一番はスケッチ紙(一九〇八年から一九四六年まで発行されていた新聞「デイリー・スケッチ」を指す。)だ)この号にはジョージ五世の死去発表が掲載されているからだ。従って全くの典型的な例とは言えないのである。しかしそれでも戦間期に私たちに与えられたある種の極端な例として分析する価値はある。なぜ自宅が爆撃されたのか、なぜ息子がイタリアにいるのか、なぜ一ポンド当たり十シリングの所得税がかかり、バターの配給は顕微鏡でもなければ見えないほど少ないのか。その理由の一部がそこに記されているのだ。
問題の新聞は二十八ページからなる。最初の十七ページは完全に王の死去と他の王室メンバーにあてられている。王の生涯について書かれ、政治家、家庭人、兵士、水兵、腕前はともかくとして狩猟家、自動車愛好家、放送演者といったものとしての活動についての記事、そしてもちろんのことだが無数の写真が掲載されている。ひとつの広告と一、二の投稿記事を除けば、この最初の十七ページから推測できるのはデイリー・ミラー紙の読者は他の話題には全く興味を持っていないことだろう。十八ページ目にようやく王室と無関係な最初の記事が現れる。言うまでもなく連載漫画だ。十八ページから二十三ページまでは娯楽案内や漫画記事といったものに完全に費やされている。二十四ページ目になるとニュース記事がいくらか忍び込み始め、路上強盗やスケート・コンテスト、ラドヤード・キップリングの葬儀予定が読める。さらに餌を拒否している動物園のヘビについての詳しい記事もある。そして二十六ページ目でデイリー・ミラー紙で唯一の実社会への言及が現れるのだ。見出しはこうだ。
統領が空爆について誓約
これ以上、赤十字を爆撃することはない
この見出しの下に、縦方向の半ページほどを使って、「意図」せずおこなわれた赤十字への攻撃に統領が遺憾の意を表したことが説明され、さらに国際連盟がアビシニアからの援助要請を断り、イタリアによる残虐行為の告発を調査することを拒否したと付け加えられている。もっと居心地の良いものへ話題を変えるべくデイリー・ミラー紙は次に選りすぐりの殺人事件や死亡事故、ラッセル伯爵(バートランド・ラッセル第三代ラッセル伯爵(一八七二年五月十八日-一九七〇年二月二日)。イギリスの哲学者、論理学者、数学者で、生涯で四度結婚したが、ここでは三度目のパトリシア・スペンスとの結婚を指している。)の隠密結婚についての記事を続けている。新聞の最後のページには巨大な文字で「エドワード八世(イギリス国王エドワード八世(一八九四年六月二十三日-一九七二年五月二十八日)。離婚歴のある平民アメリカ人女性と結婚するため、即位から三百二十五日で退位した。)万歳」の見出しが付けられ、短い人物紹介と一年後には保守党が執事のごとく解雇する男のひどく美化された写真が掲載されている。
デイリー・ミラー紙のこの号で言及されていない話題には失業(当時は二、三百万の失業者がいた)やヒトラー、アビシニア戦争(一九三五年から一九三六年にかけて戦われた第二次エチオピア戦争を指す。)の状況、フランスの混乱した政治状況(左派系のフランス人民戦線が勢力を伸ばし、労働者によるストライキが頻繁に起きていた。一九三六年五月の総選挙でフランス人民戦線が勝利する。)、スペインですでに明白に勃発していた紛争(一九三六年七月に始まったスペイン内戦へと続く問題を指す。)がある。これは極端な例ではあろうが、当時のほとんど全ての新聞は多かれ少なかれ似たようなものだった。締め出せる場合には進行中の出来事についての真の情報は全く取り上げることを許されなかったのだ。世界は――ゴシップ新聞の読者が教えられたところによれば――王室や犯罪、美しい文化、スポーツ、ポルノや動物に支配された居心地の良い場所だったのである。
必要となる比較検討をおこなえば、五年前に比べて私たちの読む新聞がずっと知的になっていることは認めざるを得ないだろう。その原因の一部は新聞がずっと短くなっていることである。文字で埋められているのは四ページかそこらで、必然的に戦争報道がクズ記事を押しのけることになる。しかし同時に以前と比べれば、落ち着いた語り口で語ることや居心地の悪い話題を取り上げること、重要なニュースに大きな見出しを付けることへのはるかに大きな意欲も見られ、これは広告主に対抗するジャーナリストの力が増したことと深く結びついている。一九〇〇年頃から続くイギリスの新聞の耐えがたい愚かさには大きく二つの原因がある。ひとつはこうした出版社のほとんど全てがごく少数の大資本家の手の中にあり、彼らは資本主義が続いていくこと、そのために一般の人々が思考を学ばないようにすることに大きな関心を持っていることだ。もうひとつは平時の新聞が消費財や住宅金融組合、化粧品といったものの広告で生計を立てていて、そのために金銭を費やすよう人々を誘導する「陽気なメンタリティー」を維持することに大きな関心を持っていることだ。楽観主義は商売に都合がよく、商売が繁盛すれば広告が増える。従って政治と経済の状況について人々に事実を知らせず、その関心をジャイアントパンダや海峡を横断する水泳選手、王室の結婚話、その他の鎮静作用のある話題に逸らせよう、というわけだ。こうした原因の初めのものはいまだ健在だが、後のものはほとんど放棄されかかっている。今では購読料を支払わせるのは容易になっていて、国内産業は大きく衰退しているので広告主は当面のところは影響力を失っている。同時に検閲や行政による障害が増えてはいるが、これは手足を縛られたり、ひどい愚かさがもたらされたりするようなものでもない。ありきたりな詐欺師よりも官僚に管理される方がましなのだ。イブニング・スタンダード紙やデイリー・ミラー紙、さらにはデイリー・メール紙でさえ、かつての状態と比較すればそれを証明できる。
しかし同時に新聞はその評判を取り戻してはいない――それどころかラジオと比べて次第に評判を失いつつあるのだ――その理由の一部は戦前の愚行がいまだに忘れ去られていないためだが、また一部には、わずかな例外を除く全ての新聞が「扇情的」編集やニュースが無い時にもニュースがあるふりをする習慣を続けていることにある。真剣な話題を取り上げようという意欲が以前よりもずっと高いにも関わらず、ほとんどの新聞は事実の詳細について完璧なまでの無関心を保ち続けている。ノースクリフ(アルフレッド・ハームズワース初代ノースクリフ子爵(一八六五年七月十五日-一九二二年八月十四日)。イギリスの新聞経営者。デイリー・ミラー紙、デイリー・メール紙、ザ・タイムズ紙などを経営。)がジャーナリズムの通俗化に着手して以来、「新聞に載っている」ことは真実だろうという信念は次第に消え失せていっていて、今回の戦争でさえその進行を止められていない。速報が速いのでこれこれの新聞を取っていると多くの人々が率直に口にしているが、そこに書かれた言葉を彼らは信じてはいないのだ。
一方でBBCはニュースに限って言えば一九四〇年以来、評判を獲得していっている。今や「ラジオでそう聞いた」は「それが真実に違いないとわかっている」とほとんど等価だ。そしてBBCの世界ニュースのほとんどは、他の交戦国のそれよりも信頼できると見なされているのだ。
これはどれくらい妥当なことなのだろうか? 私の経験からするとBBCは大多数の新聞よりもずっと誠実で、落ち着いていて、ニュースに対してずっと責任と尊厳のある態度で臨んでいる。直接的な嘘は少なく、間違いを取り除くこと――おそらく一般の人々が価値を見出すであろうこと――やニュースを良いバランスに保つことに多くの労力を払っている。しかしだからと言ってラジオと比べて新聞の評判が低下していることが大問題であるという事実は変えられない。
ラジオは本質的に全体主義的なものだ。なぜなら政府や巨大企業によってしか運営できず、その本質からして新聞ほどにはあらゆる場所でのニュースを徹底的に伝えることはできないからだ。BBCの場合にはさらに付け加えるべき事実がある。BBCは意図的な嘘はつかないが、あらゆる扱いづらい問題をたんに避けて済ませるのだ。最も馬鹿げた新聞・反動的な新聞であっても、投書という形でしかないにせよ、そこではあらゆる話題が少なくとも提起はされ得る。もしラジオ以外に頼りになるものが無ければ、手にする情報には驚くべき空白が生まれるだろう。出版はその本質からしてより自由主義的で、より民主的なものであり、その評判を汚している出版貴族や、こうした過程に自身が関与していると多かれ少なかれわかっているジャーナリストには回答すべきことが多くある。