気の向くままに, ジョージ・オーウェル

1944年5月12日 「距離の廃絶」と「国境の消失」、過剰な値段、「現実主義」に対する現代の崇拝


最近、極めて浅薄で楽観的な「進歩主義」の本の一群を読みながら、私は一九一四年以前に流行していた、特定のフレーズを繰り返し続ける自動機械のようなその様に驚かされた。非常に好まれている二つが「距離の廃絶」と「国境の消失」だ。「飛行機とラジオは距離を廃絶した」と「世界のあらゆる部分が現在では相互依存している」という言葉には何度、出くわしたかわからない。

実際には、現代の発明が持つ効果とはナショナリズムの増大であり、人の行き来を極めて難しくさせることであり、ある国と別の国との間のコミュニケーション手段を断ち切り、世界のさまざまな地域の食料や製品による依存関係を増大ではなく減少させることなのだ。これは今回の戦争による結果ではない。世界恐慌の後に特に強まったにせよ、同じ傾向は一九一八年以来続いている。

旅行を例にとって簡単に見てみよう。十九世紀、世界には未踏の地域がいくらかあったにせよ、旅行にはほとんど制限が無かった。一九一四年になるまではロシアを除く全ての国にパスポート無しで行けたのだ。渡航のための数ポンドをかき集めることができれば、ヨーロッパからの移民はアメリカやオーストラリアへ簡単に船出でき、そこに到着してもなんら尋問されたりはしなかった。十八世紀には自国と戦争している国を旅することはごく普通のことで、安全におこなえた。

しかし現代において旅行は着実に難しさを増していっている。今回の戦争が始まる前にすでに渡航不能になっていた世界の国々を挙げておくことには価値があるだろう。

まず最初は中央アジア全域だ。おそらくは審査を受けたごくわずかな共産主義者を除けば、過去何年もの間、ソビエト・アジアへ入国した外国人はいない。チベットはアングロ・ロシア人たちの妬みのおかげで一九一二年頃から鎖国状態である。建前としては中国の一部である新疆も同様に到達不可能になっている。次に日本そのものを除いた日本帝国の全域だが、実質的に外国人の入国が禁止されている。インドさえ一九一八年以降は渡航が非常に難しくなっている。イギリス臣民でさえしばしばパスポートが拒絶される――時にはインド人でさえ拒絶されるのだ!

ヨーロッパでさえも旅行の制限は恒常的に強まっている。短期滞在を除くとイギリスへの入国は非常に難しくなっている。たくさんの哀れな反ファシスト難民を見ればそれがわかる。ソビエト連邦のビザは一九三五年頃から後、めったに発行されなくなった。あらゆるファシスト国家では反ファシストの記録がある人物の入国が禁止されている。列車に忍び込まなければ行き来できないさまざまな地域がある。そして全ての国境線に沿って有刺鉄線や機関銃、たいていはガスマスクを着けてうろつく歩哨が配置されているのだ。

移住に関して言えば、十九世紀以来、実質的に絶えた状態である。新世界の国々は全て、相手が相当の金銭を持参しない限り、移民を締め出そうと全力を尽くしている。日本・中国からのアメリカへの移民は完璧に絶えている。ヨーロッパのユダヤ人がそこに留まって殺戮されるがままになっているのは行き先が無いからだ。それより四十年古い帝政ロシアでの大虐殺では彼らはあらゆる方向に逃げ出せた。こうした事実に直面した時、いったい誰がどうやって、現代的な旅行方法は異なる国々の間での行き来を促進すると私に納得させられるだろうか。

知識人たちの繋がりも過去長い間、減り続けている。ラジオが人々を外国に慣れ親しませると言うのはナンセンスである。もし何らかの働きがあるとしたら、それはまさに反対の効果だろう。一般的な人間は決して外国のラジオを聞いたりはしないが、どこの国であれもし大勢の人々がそうしている兆しを見せればその国の政府は残酷な刑罰か、短波ラジオの没収か、妨害電波の送信によってそれを阻む。結果としてそれぞれの国営放送はある種の独自的全体主義世界となり、他に聞くものの無い人々に対して昼夜プロパガンダをわめき続けるのだ。一方で文学はますます国際性を失っていっている。最も全体主義的な国々は外国の新聞を遮断し、ごくわずかな外国の書籍のみ輸入を許している。そしてそれにしても入念に検閲され、時にはゆがめられた版で出版されるのだ。ある国から別の国へ送られる手紙は常習的に途中で改竄される。そして多くの国では過去数十年に渡って歴史書が以前よりもずっとナショナリスティックな言葉で書き直されている。子供たちは外の世界に関して考え得る限りで最も誤った描像を抱いたまま成長することになるだろう。

一九三〇年頃から続き、今回の戦争でその度合いを強めている経済的自給自足(「経済自立国家」)へと向かう動きが反転可能かはわからない。インドや南米といった国々の工業化はそうした国々の購買力を高め、それによって理論的には世界貿易の助けとなるはずだ。しかし「世界のあらゆる部分が相互依存している」と元気よく言う人々が理解していないのはそうした国々はもはや相互依存する必要が無いことである。ミルクからウールが作られ、油からゴムが作られる時代、北極圏に近い場所で大麦が育ち、アタブリンがキニーネの代わりに使われ、ビタミンCが果物のまあまあ悪くない代用品となる時代には輸入品はたいした重要性を持たない。広い地域であればそれがどこであれ、ナポレオンの大陸軍が禁輸措置にも関わらずイギリス製のオーバーコートを着てモスクワへ行進した時よりもなおいっそう完璧に自らを閉ざすことができる。世界の潮流がナショナリズムと全体主義へ向かう限り、科学の進歩はたんにそれが続く手助けをするだけだ。


ここにいくつか現在の価格を挙げる。

小型のスイス製目覚まし時計:戦前の価格、五シリングか十シリング、現在の価格、三ポンド十五シリング。中古の携帯型タイプライター:戦前の価格、十二ポンド、現在の価格、三十ポンド。小型の非常に質の悪いココナッツ繊維のたわし:戦前の価格、三ペンス、現在の価格、一シリング九ペンス。ガスライター:戦前の価格、約一シリング、現在の価格、五シリング九ペンス。

同じような価格を他にも挙げられる。例えば、先に言及した時計がまず間違いなく戦前に以前の価格で製造されたものであると指摘しておくことには価値があるだろう。しかし全体的に言って最悪の詐欺行為は中古品で起きているように思える――例えば、イス、テーブル、衣服、腕時計、乳母車、自転車、ベッド用のリネン類だ。調べてみたところ、現在では中古品に過剰な値段を付けることを防ぐ法律があることに私は気がついた。これはおおいに私を慰めてくれた。ちょうど18防衛規則18B(Defence Regulation 18B)を指す。第二次大戦中、イギリス国内のナチス共鳴者と疑われる人物を勾留する目的で作られた法律。対象者が人身保護令状について耳にして慰められ、インド人苦力が全てのイギリス臣民は法の前に平等であると知って慰められたに違いないのと同じくらいには慰められた。


フーパーの「セダン会戦」には破れたフランス軍についてウィンフェン将軍エマニュエル・フェリックス・ド・ウィンフェン(一八一一年九月十三日-一八八四年二月二十六日)。フランスの軍人。普仏戦争での司令官の一人。が最大限の条件を引き出そうと試みた会談についての記述がある。「あなた方の利益になるのだ」彼は言った。「政治的観点から見て、私たちに名誉ある条件を許すことは。……軍の自尊心を高めるであろう条件に基づいた和平は長く続くだろうが、反対に厳しい評価は悪しき情熱を目覚めさせ、そしておそらくはフランスとプロシアの間に終わりなき戦争を引き起こすだろう」

ここで鉄血宰相ビスマルクが割り込み、その言葉が彼の回顧録に記録されている。

私は彼に言った。我々は君主からの感謝を当てにはできようが、人々からの感謝はまず間違いなく当てにはできない――いわんや、フランスからの感謝などもっての外だ。フランスでは組織も状況も長続きしない。政府と支配者層は絶えず変化し続け、他の国であれば負っている責務も実行する必要が無いのだ……現状からすると、もし我々が手にした成功を存分に利用しなければ事態は馬鹿げたものになるだろう。

「現実主義」に対する現代の崇拝は一般にはビスマルクとともに始まったと考えられている。この愚かしい演説は当時、すばらしく「現実的」なものと見なされた。現在でもそうだろう。しかしウィンフェンが言ったことは、それが条件交渉の試みに過ぎなかったにせよ、完璧に正しかったのだ。ドイツ人がごく一般的な寛大さをもって(言い換えれば当時の道徳規範に従って)振る舞っていれば、フランスで報復主義を煽り立てることなどあり得なかっただろう。今、過酷な条件を課せば四十八年後に恐ろしい敗北を期すことになると言われていたらビスマルクは何と言っただろうか? その答えはわかりきっている。さらに過酷な条件を課すべきだと言ったことだろう。「現実主義」とはこうしたものなのだ――薬が患者を病気にさせた時に医者が投薬を倍にして応えるのと同じ原理である。


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