気の向くままに, ジョージ・オーウェル

1944年10月13日 それはチベット語だったのだ、「イギリス人はどいつも変わらない」、芸術の実践


オズバート・シットウェル卿の小冊子とそれに対する私の批評「気の向くままに」一九四四年九月八日を参照。は普段と異なる大量の投書をもたらし、指摘したいくつかの点についてはさらにコメントしておく必要がありそうだ。

ある投書者は、社会は芸術家無しでも完璧にうまくやっていけると断言することで全ての問題を解決した。社会は科学者やエンジニア、医者、レンガ職人、道路工事屋無しでもうまくやっていけるだろう――しばらくは。来年の収穫のための種まきさえやらなくてもうまくやっていける。ただし約十二ヶ月以内に全ての人が餓死することを了解すればの話だが。

こうした考えは実に広範囲に広まっていて、分別を持っているべき人々によって押し進められているが、たんに問題を新しい形で言い直しているに過ぎない。芸術家がおこなっている事は牛乳配達人や炭鉱労働者がおこなっている事と同様に、即座に、明確に必要なことではない。いまだ到来していない理想社会、あるいは今まさに終わりを迎えようとしている極めて無秩序な繁栄の時代でなければ、これは実質的には芸術家は何かパトロンに類したもの――支配階級や教会、国家、あるいは政党――を持たなければならないと言っているのだ。そして「どれが最良か?」という問いは通常は「どれが一番邪魔が少ないか?」ということを意味する。

投書者の何人かが挙げた解決策のひとつは生計を立てる代替手段を芸術家が持つことだ。「これは完全に実現可能です」とP・フィリップス・プライス氏は言う。「BBCや情報省M.O.I.、軍隊、あるいは音楽芸術振興会C.E.M.A.の後援を受けた上で、社会主義に専心して著作をするのです……唯一の解決策は、いわば控えめな形をとったパートタイムでの売春なのです」。ここで難しいのは書き物やその他の芸術の実践には多くの時間とエネルギーが必要であることだ。さらに言えば、戦時に作家が得られる職は、軍隊での職でない場合には(その場合には決まって広報活動なのだが)普通はプロパガンダに関係したものなのである。しかしそれそのものは一種の書き仕事ではある。プロパガンダ用のパンフレットやラジオ番組を構成するのには自分が信じる何かについて書くのと同じくらい労力を要する。違いは最終成果物が無価値であることだ。公職やその他の仕事で今まさにオレンジのように一滴残さず絞り上げられている前途有望、あるいは実績のある作家の一覧を私は挙げられる。確かにほとんどの場合にはそれは自発的な行為だ。彼らはこの戦争に勝利したいと思っているし、誰もが何かを犠牲にしなければならないとわかっている。しかしそれでも結果は同じだ。戦争から抜け出した時に彼らは自分の労働の成果として見せられるものを何も持っておらず、兵士であれば肉体的苦痛の対価として得られる蓄積された経験さえ手にしていないのだ。

作家が別の職業を持つ場合には書き物と全く関係がないものの方がはるかに良いだろう。二つの職を持って大きな成功を収めたといえばトロロープだ。彼は毎朝、郵便局での仕事に出る前の七時から九時の間に二千ワードの創作をしていた。しかしトロロープは例外的な人物である。彼はまた週に三日は出歩いて普通は深夜まで遊んでいたのだ。私の推測するところでは彼は公務ではあまり熱心に働いていなかったのだろう。

別の投書者は真の社会主義社会では芸術家と一般人の間の区別は消え去っているだろうと指摘した。その可能性は高いが、しかしそうした社会はまだ存在しない。別の者たちは国家後援は私的後援よりも貧窮に対する保証として優れていると当然のように主張しているが、私からするとそれが暗に意味する検閲を無視しすぎているように思える。よくある文句は、無政府的個人主義者であるよりもコミュニティーの責任ある一員である方が芸術家にとっては好ましいというものだ。しかしながらこの問題は無責任な「自己表現」と規律の間のものではない。真実と嘘の間のものなのである。

芸術家は審美的規律にはあまり異議を唱えない。要求に応じて建築家は劇場でも教会でも同じくらい簡単に設計し、作家は三巻の小説を一巻に書き換えたり、演劇を映画に書き換えたりするだろう。しかし重要なのは今が政治の時代であることだ。作家は――そしてそれほど直接的でないにしろ、これはあらゆる芸術に当てはまるのだが――今まさに起きている出来事について必然的に書くことになるし、自分が何を真実と信じているかを語ることは作家の強い欲求なのだ。しかし政府や大企業は真実に金を出そうとはしない。雑な例を挙げよう。あなたはイギリス政府がE・M・フォースターに「インドへの道」を書くよう委託するところを想像できるだろうか? 国からの援助に頼っていなかったからこそ彼はそれを書けたのだ。この例を百万倍にも拡大してみて欲しい。そうすれば危険性がわかるだろ――実のところそれは中央集権化された経済それ自体の危険性ではなく、自由の代償が永遠の警戒心であることを忘れて集産主義の時代へと進んでいくことの危険性なのだ。


最近、次のような話を聞いた。それが真実であると信じるに足るだけの十分な理由が私にはある。

フランスで捕まったドイツ側捕虜の中にはロシア人が一定数いる。少し前に、ロシア語も、捕えた者や仲間の捕虜の知るどの言語もしゃべらない者が二人、捕らえられたそうだ。さらに、この二人は互い同士でしか会話できなかった。オックスフォードから来たスラブ語の教授にも二人が何を言っているのかがわからない。その後、インドの辺境で働いていた軍曹がたまたま二人の会話を耳にして、彼が少しだけ話せる言語であるとわかった。それはチベット語だったのだ! いくらか質問した後、彼はなんとか二人の話を聞き出した。

何年か前、二人は道に迷って国境を越えてソビエト連邦へと入り込んで労働大隊へ徴兵され、その後、ドイツとの戦争が勃発するとロシア西部へと送られたのだ。二人はドイツの捕虜になり、北アフリカに送られた。さらに後になるとフランスへ送られ、第二戦線の戦端が開かれると戦闘部隊へ組み込まれ、それからイギリスの捕虜となった。この間ずっと、二人は互いの他には話をできず、何が起きているのか、誰と戦っているかについて全くわかっていなかった。

もし二人が次はイギリス軍に徴兵されて日本人と戦うために最後は中央アジアのどこか、彼らの生まれ故郷の村のすぐ近くに送られ、しかもそれでもなお訳がわからないままであれば、話は実にきれいにつながることだろう。


あるインド人ジャーナリストが、バーナード・ショーにおこなったインタビュー記事の切り抜きを送ってきた。ショーは一つ、二つの良識的な発言をし、さらにインド国民会議の指導者たちは逮捕されるべきではないとはっきり言っているが、全体的には記事はうんざりするような見世物となっている。ここにいくつか抜粋してみよう。

Q もしあなたがインドの国家指導者だったらイギリスをどのように扱いますか? インドの独立を達成するためにどのような方法を取りますか?

A 絶対に起きることのない状況を仮定するべきではないですね。インドの独立の達成は私とは関係無いことです。

Q イギリスをインドから追い出すための最も効果的な方法はどのようなものだと思いますか? インドの人々は何をすべきでしょう?

A 仕事を上手くやることで彼らを肥え太らせることです。あるいは交雑することで彼らを同化してしまうのです。イギリスの赤ん坊はインドでは健康に育つことはありません。

巨大でもっともな不満の下で働く人々へはどのような回答をするべきだろうか? ショーはまた、そうした習慣がないことを理由にガンジーへ誕生日の挨拶状を送ることを拒否し、インドが今回の戦争の間にこの国で積み上げた膨大な貸方残高をイギリスが否定したとしてもインドの人々はそれに思い悩まないようにと忠告している。私は思うのだ。数年を刑務所で過ごし、バーナード・ショーはイギリスの優れた「進歩的」思想家であるとうっすらとでも聞いたことのある若いインド人学生に、このインタビューはどのような印象を与えるだろうか? 非常に分別のあるインド人であってさえ、たびたび「イギリス人はどいつも変わらない」と疑いを抱くのも不思議はないのではないだろうか?


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