国民の輿論が挙つて反対すとも見えた治安維持法改正の緊急勅令は、遂に枢密院を通過して正式に公布せらるるに至つた。輿論の反対のかくも明白であつたにも拘らず、遂にこれを阻止することの出来なかつたことは、頑強なる為政当局者の態度に対しては、輿論の力の如何に薄弱であるかを天下に宣示したもので、国家の前途の為に甚だ憂慮すべき至りである。
緊急勅令案のいよいよ枢密院に諮詢せられてから後は、天下の耳目は一に枢密院に集まり、世論囂々、枢密院が必ずこれを否決すべきことを期待した。枢密院に諮詢せられた議案について、その否決を望む声のかく高くなつたのは、自分の記憶によれば、今日までに明治三十八年の日露講和条約の批准について御諮詢の有つたときと今回の緊急勅令案との二回あつたのみである。
しかも両回とも枢密院は原案を可決し、反対者の議論に聴従することをなさなかつた。唯、日露講和条約の場合には、枢密院の内部には別段大なる反対も起らなかつたのに反して、今回の場合には内部においても盛んに反対論が起り、精査委員会は週余に亘りて連日討議を重ねたのみならず、本会議すらも、畏くも陛下の御前において二日間に亘る激烈なる論戦を交へた末に、始めてこれを可決し得たのであつて、此の如きは枢密院の議事としては恐らくは空前であらうと思はれる。
枢密院が遂にこれを可決するに至つたことに対しては、世論は頻にその態度を憤慨し罵倒し、枢密院は内閣と共に憲法蹂躙の責をわかたねばならぬもので、かくの如きは枢密院自らその墓穴を掘るものであるといふ声すらも高かつた。
この非難は、同じ枢密院が僅に一年前には内閣が緊急の必要ありとして提出した財政勅令案を憲法違反なりとして否決し去り、それが為に内閣の倒壊を来したことと比較して、一応は無理ならぬ非難といはねばならぬ。
これを弁明する者は、若槻内閣の場合は憲法第七十条による財政上の緊急勅令で、それは同条に明言して居る如く「内外ノ情形ニヨリ議会ヲ召集スルコト能ハザル場合」に限つてなし得る所で、当時議会を召集することの出来ない事情は存しなかつたのであるから、これを否決したのは当然であるが、今回のは第八条による立法的緊急勅令で、それは憲法も敢て特に臨時議会を召集することを要せず、議会の閉会中であれば政府が緊急の必要ありと認めた場合にこれをなし得るのであるから、これを否決すべき理由は無いといふことによつて、枢密院の態度の決して前後矛盾に非ざることを弁明し得たりとして居る。
しかしそれは要するに詭弁であつて、到底健全なる社会的常識を満足し得ざるのみならず、憲法の理論からいつても取るに足るべき議論ではない。憲法第七十条による勅令については、憲法は特に臨時議会をも召集することの出来ぬ場合であることを要件として居ることは疑を容れぬが、しかしそのいはゆる「議会ヲ召集スル能ハサルトキ」とはこれを召集するだけの時間的余裕の無い場合をも包含することは、しばしば先例も有り又学説の一般に承認する所である。しかして当時政府は自家の責任をもつて到底臨時議会を召集するだけの余裕の無いことを言明したのであつて、しかもそれ直に事実によつて証明せられたのであつた。もし今回の緊急勅令案について、緊急の必要ありといふ政府の言明を信頼して、その以上に追究すべきものでないとすれば、前の場合にも時間的余裕なしといふ政府の言明に信頼して、責任なき枢密院がこれを否決するが如きは避けねばならなかつたのである。しかのみならず、今回の緊急勅令は憲法第八条によるものであるとはいへ、その内容に於ては死刑を課せんとするものである。国庫の負担を増加することは固より重大ではあるが、人の生命を奪ふことは一層重大でなければならぬ。国庫の負担を増加するには臨時議会を召集しなければならぬが、人の生命を奪ふにはその必要が無いとなすが如きは、徒らに文字の末に拘泥して合理的の考察を度外視したもつとも幼稚なる形式的法律論である。
それであるから一年前には内閣の倒壊をも顧みず、緊急勅令を否決し、一年の後には内閣倒壊の結果を避くる為に、これを可決するのは、その態度において、前後矛盾を免れないことは余りにも明白であつて、世論が往々枢密院の政党化を非難するのは必ずしも無理ではない。
しかしそれにも拘らず自分は枢密院が今回の緊急勅令を可決したことは、枢密院としては当然の態度であると信ずるもので、前年の若槻内閣の時に緊急勅令案を否決した方が却て甚だしい悪例であり枢密院の本分を誤つたものであると信ずる。自分は今回の如き緊急勅令の遂に発布せらるるに至つたことを甚だ悲しむものであるが、しかし枢密院の反対によつて内閣の倒壊を生ずるが如き悪例が、二回までも繰り返さるることは、それにも増して忍ぶべからざることと思ふ。
枢密院は憲法擁護の機関と称せられて居る。内閣が憲法違反を敢てせんとする場合にそれを抑制することは枢密院のもつとも重要なる任務である。しかしながら、枢密院が憲法擁護の任に当るのは主としては憲法の正しい解釈を維持することを意味する。今回の緊急勅令が憲法違反として非難せらるるのは、敢て憲法の解釈を誤つた為ではなく、緊急の必要ありや否やの認定を誤つて居ることにある。それは事実の認定であつて解釈の疑義ではない。解釈の疑義については枢密院は自家の独立の意見を主張するのが当然であるが、事実の認定については責任ある当局者の言に従ふのが、責任を負はざる枢密院としては、当然の態度でなければならぬ。
唯今回の緊急勅令に対して枢密院の執つた態度には甚だ諒解し難い点が一にして足らぬ。もつとも不思議に思はるるのは政府に対する警告的決議と称するものである。これはまさしく枢密院としては越権のさたで、枢密院は唯御諮詢を受けた議案について可否を奏上する権限を有するのみであつて、政府を監督し、政府に対し希望を述べ、又は政府の責任を問ふが如き決議をなし得べきものではない。枢密院は如何なる根拠に基いてかくの如き決議をなしたのであらうか。甚だ怪訝に堪へぬ。枢密院の委員会および本会議における各員の言論が、詳密に新聞紙に公表せられて、ほとんど公開の議会の如き体裁をなしたことも、枢密院の本分としては、甚だ奇怪至極である。政府が該緊急勅令を立案せんとするに当り、まづ枢密院の諒解を得たと伝へられたが如きも、もし一二の枢密院の有力者が自ら枢密院を代表するかの如くに予めその諒解を与へて政府の立案を援助したといふことが真実であるとすれば、一層奇怪といはねばならぬ。
(昭和三年六月四日発行「帝国大学新聞」所載)