メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第二十章


デス・ウェイツが体を起こして骨折した手でキーボードを打つことができるようになるまでには二週間かかった。彼の仲間のうちの数人がラップトップを持ってきて、余っていた食事用トレイを取ってくるとその上にすえつけた……デスの膝は角のとがった重いものを支えられるような状態ではなかったのだ。

最初の日は始めて数分で挫折して彼は涙に暮れた。シフトキーを抑えることもマウスを操作することもできなかった……おまけに飲んでいる薬のせいで集中するのがひどく難しく、自分が何をやっているところなのかすぐに忘れてしまう始末だった。

だがそのコンピューターの向こうには人々がいた。一人で座ることができるようになった頃からずっと生活を共にしてきたこの道具の使い方を再び覚えることさえできればその思いやりにあふれる友達たちとコミュニケーションをとることができる。

ひどく苦労しながら彼はキーを一つ一つ押してその使い方を再び学んでいった。そのマシンは体の不自由な人、身体障害者用のモードに設定されていて、一度こつをつかむと操作はだんだんスムーズになっていった。そのモード設定は彼のことを学ぼうとしていた。その手先の震えとキーの打ち間違いを、操作ミスと罵りの声を学び、彼専用のインターフェイスを作り上げていったのだ。彼の混乱したキー入力と引きつったマウスポインターの動きが何を意味するのかコンピューターが推測しようとしている様子はなかなかの見ものだった……彼はウェブカメラのスイッチを入れると自分の目に向けて網膜スキャンモードに切り替え、それでマウスポインターを操作できるようにした。点滴の針や折れた骨が体の中できしむ度にカーソルが派手に飛び跳ね、それから落ち着いてきれいな通常通りの曲線を描いていくのを見て彼は目を楽しませた。

ハイテク障害者になるのは屈辱だった。テクノロジーがうまく動作すればするほど彼は涙を流すようになっていった。残りの人生をこうして過ごすことになるのだ。再び両足で立って歩くことはおそらくもうできないだろう。踊ることなどもってのほかだ。何かに手を伸ばして持ち上げることもできない。付き合う相手も、家族も、孫も持つことはないだろう。

だが現実の人間とチャットをすることでそれは埋め合わされた。彼はとりつかれたようにブラジルの話題を調べ続けた。風変わりですばらしかったが彼のよく知っているライドとはひどくかけ離れていた。友達と一緒にフロリダのライドに加えた変更点を彼は全て思い出すことができた。そのおかげで彼はどの部分がおかしくて、どの部分が合っているかわずかな部分まで感じ取れるようになっていたのだ。

彼がその物語に出くわしたのは3Dのバーチャル版ライドの一つでのことだった。ライドのあまりにいきいきとした躍動感に彼はまるで点滴の針が神経に触れたかのような叫び声を上げた。

確かにそこに存在した……反論の余地はない。だが言葉では言い表すことができなかった。ライドの順路に沿ってだんだんと緊張が高まり、展示に引きこまれた人々の感覚が激しい変化の波にさらされる。

いったん気がつくと彼はそれから目をそらすことができなくなった。彼とその仲間たちが自分たちのものをライドに加えはじめた時、この物語を作った人々はひどい苦痛を味わい、彼らのことを「考えなしの破壊者」と非難したに違いない……人間味に満ちた繊細な物語の破壊者だ。

今は彼にもそれがわかった。彼はこれを守りたいと思った。だが変更ログを行ったり来たりして彼らが持ち込んだゴス系の品々で蝕まれていない物語の3Dのバーチャル版ライドを見て彼は気がついた。物語は改良されていっていたのだ。それは彼のよく知っている物語だった。人と違う存在になりたいという形にならない衝動、多数派への拒絶、そしてサブカルチャーと美学の受容へと展開していく物語だ。

それは彼の仲間とそれに連なる人々の物語だった。時間を早回しにしていくと物語はどんどん鮮明なものになっていった。なんてこった。なんだって今まで気がつかなかったのだろう? 薬のせいかもしれなかったがあるものは彼に涙を催させ、またあるもの笑い出したくなるような気分を沸き起こさせた。

彼は苦労しながら自分が感じたことをメッセージボードに書こうとしたがどんな風に書いても物語が彼の嫌いな神秘主義的なものであるかのようになってしまった。なぜ自分の文章が薬物中毒のヒッピーのようになってしまうのかようやく彼は理解した。

そこで彼はバーチャルの世界でライドに乗ることにした。何度も何度も。そしてライドの乗客全員による集合知が作り上げた飾り付けやひねりの効いたウィット、胸が痛むような感情に気づいていったのだった。いや発見したと言った方がいいだろうか? まるで大理石の塊の中に潜んだ像のようにその物語はずっとそこにあったかのようだった。

なんてすばらしいのだろう。彼の肉体は損なわれた。それもおそらくは永遠に。しかし目の前のものはすばらしかった。そして彼はその一部なのだ。

彼はメッセージボードにメッセージを書き込む作業へと戻った。まだ長い間、ベッドに寝たきりだろう。書き直す時間はたっぷりあった。


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