メイカーズ 第三部, コリイ・ドクトロウ

第七章


レスターはスザンヌとの通話に割って入ると自分が出っ歯のねずみのフレディを地上に追い出すと宣言した。あの記者はまずマディソンからシカゴへのフライト第一便に乗り込み、その次にサンノゼへ向かって進路を西へ進んでいた。TSA運輸保安局は彼に要注意人物の印をつけてその動きを監視していた。さらに彼のウェブサイトを少し掘り返すとフレディの全てのフライトの記録が手に入った。

スザンヌがそれをペリーへと伝えた。

「そっちに行ってはだめよ」彼女は言った。「あいつはサンフランシスコのグループを狙っている。記事にできるような対立か、非難の声明発表を望んでいるのよ。まるで猟犬みたいに獲物は口にくわえて振り回せばもっと旨味が増えると思い込んでるんだわ」

「やつはサイコ野郎なのか? 俺の何が気に入らないっていうんだ?」

「テクノロジーは私たちに約束したことを果たしていない、私たちはみんなでテクノロジーに対してもっと良い物になるよう要求すべきだってあいつは考えているんじゃないかしら。あいつの場合、それはテクノロジーを好む者はみんな敵で、最悪の悪党で、テクノロジーがその真の実力に近づくことを邪魔しているってことになってしまうのよ」

「くそっ。なんてひねくれているんだ」

「あいつが書いたごみを発表したところで手に入れられる読者は失敗を理由に実際にものを作っている人たちが生きたまま皮を剥がれるのを見て楽しむような頭のおかしなやつだけよ。やつの読者たちはあいつに卵を投げつけている……あいつの書いたコラムを見たことある? もしあいつが現実の報道に目覚めて世界で起きていることを偏りのない記事にしても彼らは他の憎悪扇動家に鞍替えするだけだわ。あいつは馬鹿どもの代表者……荒らしの王様なのよ」

ペリーは遠くに視線をやった。「俺は何をしたらいい?」

「あいつを餓死させてやればいい。あなたが姿を現さなければあいつはあなたの記事を書けない。でっちあげでもしない限りはね……でっちあげはすぐに飽きられるわ。たとえ彼の記事の読者がどんなにひどいやつでもそれは同じ」

「だけど俺にはやらなきゃならない仕事がある」

「ええ、ええ。やればいい。たぶんもうあなたへの批判も聞こえてきているでしょう。複雑なエコシステムには寄生者がつきものだわ。サンフランシスコに電話してあの男がやらかしそうなことを説明した方がいいわね。それからそこで仕事を続けたらいい」

電話を切るとレスターが彼女の背後に立ってその腰に手を回した。少し肉のついた腹回りを抱きすくめられて彼女は最後にヨガをしてからずいぶん長い時間がたっていることに気がついた。

「うまくいくと思う?」

「たぶんね。ニュー・ジャーナリズム・レビューに道義的責任にもとづく記事執筆と有料記事についての話をしたわ。もし私がこの件で反撃をしかければ彼らは明日にもそれを記事にしてくれるでしょうね。賭けてもいい」

「そうなったらどうなる?」

「そうね。あいつはペリーどころじゃなくなるんじゃないかしら。あいつの雇い主はあいつの記事を念入りに調べるだろうし……そうなればあの記事が虚偽で、ミスリードを誘う報道を装ったまがい物だってことがばれる」彼女はまばたきをするとプールに浮かぶ落ち葉を見つめながら部屋の中を歩きまわった。「少しは私の気も済むわ」

レスターが彼女を抱きしめた。昔と変わらないレスターの匂いがした。ファトキンスになる前の巨大で広い胸をしたレスターだ。昔はもっとシンプルだったと彼女は思った。あの頃、彼らが心配しなければならなかったのは商売の競合相手で警察の家宅捜索ではなかった。

彼女は彼を抱き返した。体にぴったりとしたシャツの下の彼の体はどこも筋肉質で体脂肪はかけらもなかった。高校時代までさかのぼってもこれほど鍛えあげられた体を持つ者とつきあったことはなかった。そのことが彼女を少しまごつかせ、ときどき彼女に自分の歳と体のたるみを思い出させるのだった。もちろん彼がそれに気がつく素振りを見せたことは一度もない。

話しているうちに自分の腹部に彼の勃起が押し付けられているのを感じ、彼女は笑いを押し殺した。「もう何時間か我慢して。いい?」

自分のいすに腰を下ろし、テキストエディターを立ち上げながら彼女はニュー・ジャーナリズム・レビューの編集者の電話番号に電話をかけた。記事に何を書くかについてはもう決めてあったがそれを最高のタイミングで発表するにはニュー・ジャーナリズム・レビューと記事の概要を共有していた方がいい。ブログ記事を何年も書いていた後では編集者とやりとりするのは面倒なことだったがときには誰か他の者から自分の仕事に許可を出して貰いたくなることもあるのだ。

五時間後、記事が完成した。彼女はいすの上で体を反らして頭の上で腕のストレッチをした。背骨がぽきぽきと鳴る音が聞こえる。エアコンの冷気に半分凍えかけていたので電源を切って窓を開けていた。そのせいで部屋は蒸し暑かった。下着を脱ぎ捨てると彼女はシャワーへと向かったがそこでレスターに捕まった。

彼はまるでごちそうにありつく犬のように彼女にのしかかり、絡み合う二人によって部屋はますます蒸し暑くなった。ベッドでのレスターの身のこなしはすばらしいものだったが、時にやりすぎぎりぎりになることがあった。今回、彼女を救ったのはドアの呼び鈴だった。

レスターはバスローブを身に着けると応対のためにドアへと向かった。次に彼女の耳に聞こえたのは入ってきたケトルウェル一家のたてる音だった。子供たちの小さな足音が廊下を行ったり来たりしている。慌ててスザンヌはローブを着こむと頭を引っ込めて廊下を横切りバスルームへ駆け込んだが、その直前にエヴァとランドンの姿が目に写った。エヴァの表情は満足気に歪み、ランドンはショックを受けているように見えた。知ったことか。なるようになれだ。彼に気を持たせたことは一度もないし、彼だって期待はしていなかっただろう。

シャワーを浴びている途中で誰かがバスルームに入ってくる気配がした。レスターだろうと思って彼女は頭をシャワーカーテンからつき出したが、目に飛び込んできたのは子供用のジーンズを足首まで下ろして便器に腰掛けるエイダだった。「がまんできなかったの」エイダが肩をすくめて言った。

やれやれ。いったいここで自分は何をやっているんだ? ペテルブルクが恋しくてしかたなかった。こんなことになるとは予想もしていなかった。ティジャンが姿を見せるのは時間の問題だった。彼らがフレディによって口火が切られた集中砲火に対する作戦会議を開こうとしていることは間違いない。

少女がトイレを流す(わお! 温水だわ!)のを待ってから彼女はできるだけ慎重に服を着込んだ。

彼女が作戦会議のおこなわれているバルコニーに姿をみせた時、二人の少女、レニチカとエイダはパスカルをソファーの上に引っ張りあげて彼を飾り立てて遊んでいるところだった。彼の頬や腕、ぽっちゃりとした膝にバービーの頭を熱接着剤でくっつけているのだ。貼り付けられたバービーの頭はまるでこちらをぼんやりと見つめるいぼのようだった。

「この子どう?」

「すばらしいと思うわ。お嬢ちゃんたち。だけどこの接着剤は体につけて大丈夫なの?」

エイダが元気に頷いた。「ずーとこれで弟にくっつけておくの。お父さんは弟の目にいれなければいいって」

「あなたのお父さんはお利口さんね」

「彼、あなたに恋しているのよ」レニチカが言ってからくすくすと笑った。エイダが彼女の腕を叩く。

「秘密だっていったじゃない。ばか」エイダが言う。

慌ててスザンヌはパティオに逃げ出して、背後でドアを閉じた。エヴァとティジャンとケトルウェルが彼女の方に顔を向けた。

「スザンヌ!」ティジャンが言った。「いい記事でした」

「もうアップロードされたの?」

「ええ。ほんの数分前です」ティジャンが自分の携帯電話を持ち上げてみせた。「フレディに関係することを全部集めているリンクリストを手に入れたんですよ。短時間で大量のリンクを集めています。あなたの記事もそいつに引っかかったんです」

彼女はその手から携帯電話を取るとニュー・ジャーナリズム・レビューの記事を見つけ出したというリンクリストを見た。三つのディグドットが記事をピックアップしている。フレディをからかう材料になるならなんでも取り上げたいのだ……なにしろ彼は読者が抱いている信条にたびたび手ひどい攻撃をしかけている……そのせいでネット中を這いまわってそういう記事を探す人間がでてくるのだ。彼女がシャワーを浴びている間に彼女の記事は約三〇〇万人に読まれていた。記事を自分のブログで書かなかった後悔で胸が痛むのを感じた……もしそうしていればかなりの額の広告費を稼ぐことができただろう。

「まあ。こういうわけなんだけど」

「次にやつは何をしかけてくると思う?」ケトルウェルが聞いてから落ち着かなそうにエヴァの方を見た。彼女はそれに気がつかないふりをして薄汚れたハリウッドの椰子の木やプール、幹線道路を見つめ続けていた。

「なにか汚らわしい嘘で満ちたことだろうってことだけは間違いないわ」


©2014 Cory Doctorow, H.Tsubota. クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示-非営利-継承 3.0