ふとっちょあらいぐまは一度だけ、お腹が空いていなかったことがあります。農夫のグリーンのとうもろこしをそれはたくさん食べて、もうあとひと口も飲みこめそうもないくらいになったときです。森の中を家にむかってぶらぶら歩いていると、彼を呼ぶ者がありました。うさぎのジミーです。
「どこへ行くの、ふとっちょくん?」うさぎのジミーがたずねました。
「家だよ!」ふとっちょは言いました。
「お腹すいてる?」うさぎのジミーは不安そうにたずねました。
「すいてないと思うよ!」ふとっちょは答えました。「たった今ごはんを食べたとこなんだ。生まれてはじめて食べた一番おいしいものだよ」
うさぎのジミーはそれを聞いて安心したようでした。
「こっちでいっしょに遊ぼうよ」ジミーは言いました。「弟とぼくとで床屋さんごっこしてるんだよ。古いスズカケの木のところで。君がいないと始まらないんだよ」
「いいよ!」ふとっちょは言いました。ふとっちょと遊ぼうという森の小さな住民は、めったにいませんでした。なぜなら、ふとっちょはたいていお腹がすくのを我慢できないし、するといつも遊び仲間を食べようとするからです。「ぼくがいないと始まらないって、なにをするの?」ふとっちょは、うさぎのジミーとならんでてくてく歩きながらたずねました。
「床屋の看板のあめんぼう柱に、君が必要なんだよ」ジミーは説明しました。「君に木のうろの中に入って、穴からしっぽをつき出してもらいたいんだよ。それで立派な床屋のあめんぼう柱になるよ――といっても、しまもようの色がちがってるんだけどさ、確かにね」
ふとっちょあらいぐまはたいそうよろこびました。彼はしっぽをつくづくとながめ、とてもほこらしい気分になりました。
「ぼくのしっぽはきれいだろ?」ふとっちょはたずねました。
「うーん、まあね!」うさぎのジミーは答えました。「といっても、ぼくは自分のことを考えて、そんなことはないって言わないといけないんだけどね……でもまあ、おいでよ! だれかが散髪してもらうのを待ってるかもしれないよ」
まあ、本当だ! ふたりがごっこ遊びの床屋にたどりつくと、灰色リスが中におり、うさぎのジミーの弟が、リス氏の頭の毛をいそがしそうにチョッキンチョッキン切っているところでした。
「散髪代はいくらなの?」ふとっちょがたずねました。
「ああ、お客しだいさ!」うさぎのジミーは答えました。「リス氏の頭はキャベツの葉っぱ六枚だ。でも、君の頭を刈るんなら、もっといただかないとね。少なくとも、キャベツの葉っぱ十二枚はほしいね」
「じゃあ、ぼくはしっぽを使わせてやるんだから、ぼくだってなにかもらってもいいじゃないか?」ふとっちょが言いました。彼はすでにしっぽを穴からつき出しており、また引っ込めようかしらと思いました。
うさぎのジミーと弟は、しばらくの間ひそひそささやき合いました。
「どうするかっていうとね、」ジミーが言いました。「君が床屋のあめんぼう柱にしっぽを使わせてくれるんなら、タダで君の頭を刈ってあげるよ。それならじゅうぶんに公平だろ?」
ふとっちょあらいぐまは満足しました。けれど、ジミーが彼の頭の毛を切り始めると、また言い出しました。
「ぼくは今、仕事中なんだよ」ふとっちょは指摘しました。「だから、君は君の仕事をしていてもいいんだよ」
うさぎのジミーは、ふたたびふとっちょの頭の毛を切り始めました。彼はチョキチョキチョッキンとふとっちょの毛を切っては、時どき手を止めて出来具合を確かめました。ふとっちょの後ろにまわると、彼は一しゅん笑みを浮かべました。なぜなら、ふとっちょがこれを見たら、ぜったいに笑っちゃうからです。ふとっちょの頭の毛は、どこもかしこもギザギザのでこぼこになっていました。
「口ひげもいっとく?」うさぎのジミーはふとっちょの頭の毛を切り終えると、たずねました。
「そりゃあ……当たり前さ!」ふとっちょあらいぐまは答えました。すぐさまふとっちょの長くて白い口ひげが、床屋の床にはらりと落ちました。ふとっちょは下を見おろし、美しい口ひげが足元に横たわっているのを見ると、ちょっぴり不安になりました。「あんまり短く切りすぎないでくれよ」ふとっちょは言いました。
「もちさ!」うさぎのジミーは自信満まんに言いました。「これって超はやりのスタイルなんだよ」
「いったい全体なにがあったんだい?」あらいぐま夫人がさけびました――その夜、ふとっちょが家にもどったときのことです。「火の中にでもつっ込んだのかい?」
「これが超はやりなんだよ、お母さん」ふとっちょは説明しました。「少なくとも、うさぎのジミーによればそうらしいよ」彼はふたたびほんのちょっぴり不安になりました。
「うさぎのジミーにそれをやらせたのかい?」あらいぐま夫人はたずねました。
ふとっちょははずかしさに頭をうなだれ、だまり込みました。でもお母さんにはわかりました。
「やれやれ! いい笑いものだよ!」お母さんは声だかに言いました。「二、三か月もあれば、またわたしの子らしくなるだろう。お前を連れて外を出歩くのがはずかしいよ」
ふとっちょあらいぐまは、ひどいかつがれ方をしたと思いました。泣くのをこらえるのがせいいっぱいでした。この借りは返さなくてはなりません。ふとっちょは決心しました。うさぎのジミーとふたたび床屋さんごっこをし、仕返しをしてやろうと。
しかし翌日、うさぎのジミーとその弟はどこにもいませんでした。ふたりは姿をくらましていました。けれど、ふたりは森の住民すべてにふとっちょあらいぐまにいたずらをした話を言いふらしており、森の住民たちはふとっちょをからかいました。ふとっちょはどこにいこうと、ホーホーとやじられ、あざけられ、笑われてばかりいました。彼はひどくばかにされたと思いました。そして、うさぎのジミーとその弟に会えないだろうかとねがいました。