ふとっちょあらいぐまがうさぎのジミーとその弟をつかまえ、またいっしょに床屋さんごっこをするなど、決してできませんでした。それなのにふとっちょは、彼らぬきでこの遊びをするなんて考えられませんでした。それである日、弟の黒っちょをつれてうろの空いた古いスズカケの木へ出かけました。妹のふわっちょとかわいっちょも、いっしょに行きたがりました。けれどふとっちょは、ふたりをつれて行きませんでした。「女の子は床屋さんになれないんだよ」と、ふとっちょは言いました。もちろん、ふたりはそれに言いかえすことができませんでした。
こんなことを申し上げるのは残念なのですが、ふとっちょと黒っちょはスズカケの古木にたどり着くやいなや、口げんかを始めました。ふたりとも、自分のしっぽを床屋のあめんぼう柱の看板にしたがったのです。ふたりそろって一緒にしっぽを木の穴からつき出すなんてできません。それでとうとう、順番こにしっぽを出すことで決着しました。
床屋さんごっこは、ふたりが考えていたようには楽しくありませんでした。なぜなら、散髪してもらいに近づいてくる者なんてだれもいませんでしたから。だってね、森の小さな住民たちはみな恐がって、ふとっちょと黒っちょがいるスズカケの古木の中になんて入ってきませんものね。ふたりの兄弟がとてもお腹がすいたときに、うさぎや灰色リスやシマリスをつかまえて、食べてしまうかもわかりません。そんな危険をおかすなんておろかなことだというのは、よくおわかりでしょう。
ふとっちょが、黒っちょの頭の毛を切ってやろうと申し出ました。けれど黒っちょは、ふとっちょが頭の毛をどこもかしこもギザギザのでこぼこにし、口ひげをなくして家に帰ってきたとき、お母さんがなんと言ったのかを思い出しました。それで黒っちょは、ふとっちょに頭の毛をさわらせませんでした。けれど彼は、ふとっちょの頭の毛を切ってやろうと申し出ました――それは黒っちょが困ることではありませんもの。
「えんりょするよ!」ふとっちょは言いました。「ぼくは頭の毛を切るの、ひと月にいっぺんだけにしてるんだ」もちろん彼が頭の毛を切ったのは、全生涯のうちであの一度きりでした。
さて、木のうろの中にいてもすることなんてほとんどありませんでしたから、ふとっちょと黒っちょはけんかをし続けていました。黒っちょが木の壁の穴へしっぽを入れるがはやいか、ふとっちょが自分の番だとせっつきます。ふとっちょが穴へしっぽをねじ込みますと、黒っちょがふとっちょの番はもう終わったと言いはります。
ふとっちょの番になると、はやくどいて番をゆずれと黒っちょがどなりました。
「やーだね!」ふとっちょが言いました。「ぼくは満足するまでいつまででもここにいるんだ」
ふとっちょの口からその言葉が出ることはありませんでした。その代わりに彼の口から出たのは、するどい金きり声でした。まるでなにかに痛めつけられたような声です。ふとっちょは穴からしっぽを引きぬこうとしました。今ではそうしたくなっていました。けれど、ああ! しっぽを引きぬくことができません! なにかにしっぽをがっちりつかまえられていたのです! ふとっちょがしっぽを強く引けばひくほど、それはますます痛くしっぽをつかみました。
「外に行って、いったいどうなっているのか見てきてよ!」ふとっちょは黒っちょに向かってさけびました。
けれど黒っちょは身動きしませんでした。安全な木のうろの外に出るのが恐かったのです。
「クマにしっぽをつかまえられているのかもしれないよ」黒っちょはふとっちょにいいました。その考えに、ふとっちょはおのずと全身がふるえあがりました。
「ああ、そんな! そんなあ!」ふとっちょは泣き声をあげました。「どうしたらいいの? いったいどうしたらいいの?」そして泣き始めました。黒っちょもいっしょに泣き出しました。ここにお母さんがいて、どうしたらいいのか教えてくれたらどんなにいいだろう、とふとっちょは思いました。
でもふとっちょは、お母さんを呼んでくることなどできないのはわかっていました。もしもお母さんがお家にいたとしても、この木の中でさけんだって、お母さんには決して聞こえないのです。それでふとっちょは、お母さんに助けを求めるという望みをすっかりあきらめました。
「どうかお願いしますクマさん、しっぽを放してください!」しっぽをぎりぎりつかまれる痛みにたえ切れなくなり、ふとっちょはさけびました。
返ってきた返事は、低いうなり声だけでした。ふとっちょと黒っちょは前にもましてふるえあがりました。そうして、ふたりの泣きさけぶ声が最高潮にたかまったちょうどそのとき、突然つかまえられていたふとっちょのしっぽが自由になりました。ふとっちょはしっぽを思いきり強く引っぱっていたので、床屋の床の上にどうとたおれ込みました。彼はびっくりしました。
けれど、お母さんの声が聞こえたときには、ますますびっくりしました――
「泣くのを止めて出ておいで――ふたりとも!」ふとっちょと黒っちょは、スズカケの木のうろの中からいそいで飛び出しました。ふとっちょは辺りを見回しました。けれど、クマの姿はどこにも見当たりませんでした――お母さんがいるだけです。
「クマを追っ払っちゃったの、お母さん?」ふとっちょはたずねました。
「クマなんかいやしなかったよ」あらいぐま夫人はふとっちょに言いました。「いなくて運がよかった。この木からお前のしっぽがつき出しているのが見えたんで、教えてやろうと思ったのさ。さあ、これからはもう、こんな馬鹿なまねはするんじゃないよ。通りかかったのがジョニー・グリーンだったらどうなっていたのか、よく考えて肝にめいじておくんだよ。こんなふうに、わけなくあっさりとつかまってしまうんだからね」
ふとっちょあらいぐまはふたたび自由になれたことをよろこび、今後は決してこのようなことはしないと、しっかりと約束しました。そして、幼いアライグマができるかぎりそのとおりにして――残りの人生の日々を無事にすごしたのでした。