眠れる者の目覚め, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

古い秩序の終焉


グラハムに判断できる限りでは評議会の白い旗が降ろされたのは正午近くのことだった。しかし正式な降伏が確認されるまでには数時間がかかり、「お言葉」を述べた後で彼は風向観測所にある自分の新しい住居区画へと引き下がった。過去十二時間続いていた興奮に彼はとてつもなく疲れ切っていて、好奇心さえ尽き果てていた。しばらくの間、彼は気だるげに座ったまま目を見開いてぼんやりとし、またしばらくの間、眠った。彼は二人の主治医に起こされた。次の式典の間、彼の気力を支えるための刺激剤を準備して来たのだ。その薬を摂取し、彼らのアドバイスに従って冷水の風呂に入ると、興味と活力が速やかに回復してくるのを彼は感じ、次第に、オストログに同行して数マイルもの(そう思えたのだ)廊下やエレベーター、傾斜路を通って白い評議会の支配の最後の瞬間を見ようという気になってきた。

道はビルの迷路の間を曲がりくねるように走っていた。最後に弧を描く廊下へとたどり着くと目の前に長方形の出入り口が広がり、夕日に赤く染まった雲と破壊された評議会議事堂のぼろぼろになった輪郭が見えた。騒々しい叫び声が彼のところまで立ち昇ってくる。次の瞬間には彼らは廃墟の上に張り出す切り裂かれたビルの断崖の高い頂上に出ていた。グラハムの目の前には広大な土地が開けていて、遠くに見える光景は彼があの楕円形の鏡で見たものと寸分たがわず風変わりですばらしいものだった。

この荒れ果てた円形劇場のような空間は今見るとその外縁まで優に一マイルはあるように思われた。左手の方は日光に照らされて金色に輝き、下と右の方は影に包まれて澄み渡り、寒そうだった。その灰色の影の向こう、評議会議事堂はその中央にそびえ立ち、降伏のしるしである巨大な黒い旗は赤々と燃え上がる夕日に照らされて静かにゆっくりとたなびいていた。切り裂かれた部屋やホール、廊下は異様な裂け目をさらし、入り組んだ廃墟から破断した鋼材が陰気に突き出し、大量のねじれたケーブルがもつれ合った海藻のように放置され、その底の方からは無数の声からなる騒乱の音、荒々しく激しい振動、トランペットの音がわき出していた。この巨大な白い山の全周囲を廃墟のリングが囲んでいた。打ち砕かれ黒く焦げた残骸の山、評議会の命令で破壊された荒涼とした基礎とがれきと化した建材、大梁の残骸、巨大な壁の山、太い支柱の森。そうした陰鬱な廃墟の底を流れる水がきらきらと光を反射させながらその土地を遠く横切って延び、輪郭を失ったビルのかたまりの中央では水道本管のねじ曲がった端を押しのけて二百フィートもの高さから轟音をとどろかせて輝く滝が吹き出している。そしていたるところにとんでもない数の人間がいた。

スペースと足場があるところはどこであろうと人々が群れ動いている。夕日が金色に染めて見分けがつかない場所を除けば、どこも点になって動き回る小さな人々がはっきりと見えた。人々は不安定な壁によじ登り、高くそびえる支柱の周囲に群れて花輪のようにしがみついていた。彼らはリング状の廃墟のふちに沿って群れ動いていた。その叫び声が空に満ち、人々は押したり横に逸れたりしながらも中央の空間に向かっていた。

評議会議事堂の上層階は無人のようで、人影は見当たらなかった。垂れ下がった降伏の旗だけが光を浴びながら重く吊るされていた。死んだ者は評議会議事堂の中か、群れ動く人々の間に隠れているのか、運び去られていた。グラハムに見えるのは、廃墟の裂け目や片隅、流れる水の中に見捨てられたほんのわずかな遺体だけだった。

「彼らにあなたへのお目通りを許して構いませんかな、閣下?」オストログが言った。「彼らはあなたに会うことを強く切望しています」

グラハムはためらい、それから破壊された壁の端が垂直に崩れ落ちている場所へと歩いて進んだ。見下ろしながら立つ彼の、ぽつんとした背の高い黒い影が空を背景に浮かんだ。

廃墟を群れ動く人々はとてもゆっくりと彼に気づいていった。人々が気づいていくうちに黒い制服姿の小さな集団が遠くの方に現れ、人混みをかき分けながら評議会議事堂へと向かって行く。小さな黒い頭が自分の方を向いてピンク色へと変わっていくのが見え、それによって認識の波がその空間を広がっていくのが彼にもわかった。自分からも見えていることを彼らに示さなければならないという考えが彼の頭に浮かんだ。彼は腕を上げ、評議会議事堂を指さしてから手を下ろした。下からの声は次第に揃って、その大きさを増していき、無数の歓声のさざ波となって彼に届いた。

降伏が完了する前に、西の空は青ざめたような青緑色となって南の空高くに木星が輝いた。上空では、ゆっくりと気づかぬうちに起きる変化が、静かで美しい夜への進行が起きていた。地上では切迫、興奮、矛盾する命令、休止、組織の痙攣するような拡大、そして大音量であがる叫び声と混乱が繰り広げられている。評議会が出てくる前には、汗をかきながら悪戦苦闘する人々が互いに矛盾する叫び声で指示を出し、長い通路や会議室での白兵戦で亡くなった何百もの人々を運び出した。

黒衣の護衛が評議会の通る道に沿って並んだ。目が届く限りの青みがかってかすむ黄昏の廃墟に、占領された評議会議事堂のいたるところに、その周囲に隣り合って建つビルの崩れかかった断崖沿いに、今では無数の人々が群がっていて、その声は彼らが歓声をあげていない時でさえ砂利浜の波音のようだった。破壊され打ち倒された建造物の山から大きな見晴らしのよいものをオストログが選び、その上に木材と金属の梁でできたステージが大急ぎで作られているところだった。基本的な部分はすでにできあがっていたが、うなり声と槌音をたてる機械はまだこの仮設の大建築物が足元に落とす影の中で断続的に光を放っていた。

ステージには少し高くなっている所があって、そこにグラハムが立ち、そのすぐ脇にオストログとリンカーンが、少し前に他の幹部の一団がひかえた。さらに広くなっている一段低くなったステージがこれらの上級幹部を囲み、そこに黒い制服を着た反乱軍の衛兵が小さな緑色の武器を手に集まっていたが、グラハムはまだ彼らの名を知らなかった。彼の周囲に立つそうした人々は、彼の目が周囲の黄昏の廃墟を群れ動く人々から管財人たちが姿を現すであろう白い評議会議事堂の大きな影へ、さらに周りを囲む廃墟の荒涼とした断崖へ、そしてまた人々へとひっきりなしにさまよい動いているのを見て取っていた。群衆の声は耳をつんざくような騒々しさへと膨れ上がっていた。

最初に彼が評議員たちに気づいたのは、遠くの方でその通り道を示す仮設ライトの一つの閃光に照らし出された時で、それは黒いアーチ道にいる白い人影の小さな集団だった。評議会議事堂の暗闇の中にいたのだろう。近づいてくるその姿を彼は見守った。近づいてくるに従って、一つ、また一つと燃え上がるような電気の星を通り過ぎていく。群衆から威嚇するような叫び声があがった。彼らが百五十年にわたってその権力を振るった相手である群衆の叫び声は彼らの横について一緒に進んでいった。さらに近づいてくるに従ってその顔が疲れ、青白く、不安に満ちていることが見て取れた。自分とオストログの周囲の強烈な光にまばたきする彼らを彼は見つめた。アトラスの大広間でのよそよそしい冷たい態度の彼らの姿とそれを彼は引き比べてみた……。次第に彼はその何人かを見分けられるようになった。ハワードに向かってテーブルを叩いてみせたあの男、赤いあごひげを生やした恰幅のいい男、それに特徴的な長い頭蓋骨の、繊細そうな見かけをした、背の低い黒い肌の男。二人が互いにささやきあいながら自分の後ろにいるオストログを見ていることに彼は気づいた。次に背の高い黒い肌をした整った顔立ちの男が現れ、うつむきがちに歩いていった。不意に男が顔を上げ、一瞬、その目がグラハムを見てからその向こうにいるオストログへと移った。彼らのために作られた道は間に合わせのものだったので、彼らは行き過ぎたり、遠回りを余儀なくされたりしながらそこから降伏宣言がなされるステージへと続く板張りの傾斜路にたどり着いた。

「世界の主人よ、世界の主人よ! 神と主人よ」人々が叫ぶ。「評議会は地獄行きだ!」グラハムはその群衆に目をやった。数え切れないほどの人間が、叫び声の響くもやの向こうへと続いている。そして彼の脇に立つオストログは白く、頑然とし、静かだった。彼の目が再び白衣の評議員の小さな集団へと向けられる。それから彼は頭上のよく見慣れた静かに瞬く星々を見上げた。自分の運命における驚くべきもろもろが突然、あざやかによみがえった。確かにこれは自分が経験していることなのだろうか、記憶にある二百年前のあのささやかな人生は本当に存在したのだろうか――そして目の前のこれも?


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