眠れる者の目覚め, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

グラハムは思い出す


ついに彼女と彼が出会ったのは風向観測所から彼の公舎へと伸びる細い空中廊下でのことだった。その空中廊下は長く細く、壁にいくつものくぼみがあって、そのそれぞれにヤシの木の生えた中庭を臨むアーチ型の窓が開けられていた。そうしたくぼみの一つにいる彼女と、彼は突然、行き当たったのだ。彼女は腰を下ろしていた。彼の足音に頭を向け、彼の姿を捉えて彼女ははっとした。彼女の顔から全ての表情が消えた。すぐさま彼女は立ち上がり、まるで話しかけようとするかのように彼に向かって一歩踏み出したが、そこでためらった。彼は歩みを止め、何かを期待するかのようにじっと立っていた。それから神経の動揺が彼女を黙らせたのだと彼は見て取った。彼女が彼と話す機会を探してここで彼を待っていたのだということも彼にはわかった。

彼女に助け舟を出そうという王者らしい衝動を彼は感じた。「あなたにまたお目にかかりたいと思っていました」彼は言った。「数日前、あなたは私に何かを伝えようとしていましたね――人々について私に何か言おうとしていた。あなたが伝えなければならないこととは何でしょう?」

不安げな瞳で彼女は彼を見た。

「人々は不満を抱えているとあなたは言いましたね?」

しばらくの間、彼女は黙ったままだった。

「あなたからすると奇妙にお思いでしょうね」不意に彼女が言った。

「ええ。しかし――」

「あれは衝動的なものでした」

「ええっと?」

「それだけです」

ためらいの表情を浮かべて彼女は彼を見た。彼女はなんとか言葉を振り絞った。「あなたは忘れています」言って彼女は深呼吸をした。

「何をです?」

「人々を――」

「と言うと?」

「あなたは人々のことを忘れています」

彼は問いたげな表情を浮かべた。

「ええ。あなたを驚かせてしまっていることはわかります。あなたは自分が何者なのかを理解していませんから。今、起きていることをあなたはわかっていないのです」

「それは?」

「あなたは理解していません」

「たぶん明確にはわかっていません。しかし――教えてください」

突然、決心したかのように彼女は彼の方に向き直った。「説明するのはとても難しいです。しなければならないし、したいと思っています。でも今は――できません。どう説明したらいいか、準備ができていません。ですがあなたには――何かがあります。まったく驚くべきことです。あなたの眠り――あなたの目覚め。あれは奇跡です。少なくとも私にとっては――それに全ての市民にとっては。生き、苦しみ、死んだあなたが、ごく普通の市民であるあなたが、再び目覚め、再びよみがえって、自分がこの地球のほとんどの主人となっていることに気づいた」

「地球の主人」彼は言った。「そう彼らは私に教えました。しかし私がそれについてどれほどわずかしか知らないか、想像してみてください」

「都市――企業合同体トラスト――労働局――」

「大公権限、権力、統治権――権威と栄光。ええ、私は彼らの叫びを聞きました。わかっています。私は主人です。お望みなら王と言ってもいい。オストログ、指導者ザ・ボスとともに――」

彼は言葉を止めた。

彼女は彼の方を向いて興味深げに彼の顔をしげしげと見つめた。「それで?」

彼は微笑んだ。「責任を果たします」

「それこそ私たちが恐れ始めていることなのです」しばらくの間、彼女はそれ以上何も言わなかった。「いえ」ゆっくりと彼女は言った。「あなたは責任を果たすでしょう。あなたは責任を果たす。人々はあなたに期待しているのです」

彼女は落ち着いた様子で話した。「聞いてください! あなたが眠っていた年月のうち、少なくとも半分の間――全ての世代の――人々の多くは、全ての世代の人々の大多数はあなたが目覚めるよう祈っていました――祈っていたのです

グラハムは何か言おうとしたが、できなかった。

彼女はためらい、その頬にかすかに色が戻り始めた。「わかっていますか、あなたは無数の王のうちの一人となるのです――アーサー王、赤髭王――それぞれふさわしい時代に現れ、人々のために世界を正しい方向に導く王の」

「私が思うに人々の想像力というのは――」

「この時代の格言で『眠れる者の目覚める時』というのを聞いたことはありますか? あそこであなたが何も感じずに動くこともなく横たわっていた間――そこをたくさんの人々が訪れました。ものすごい数の人です。毎月、月の始めにはあなたは白いローブをかけられた状態で横たわっていて、人々はあなたに列をなしました。私がまだ小さな女の子だった頃、そうやって私もあなたに会いました。あなたの顔は白くて穏やかだった」

顔を彼からそらして彼女はじっと目の前の塗られた壁を見つめた。その声が小さくなる。「私が小さな女の子だった頃、私はあなたの顔をよく見たものです……私にはじっと待ち続けているように見えました。まるで神の忍耐を思わせるような」

「これが私たちのあなたへの思いです」彼女は言った。「わたしたちにはあなたがそう見えたのです」

彼女は輝く目を彼に向け、その声がはっきりとした力強いものになった。「都市で、世界中で、無数の男女があなたのやろうとすることを目にしようと待っています。不思議な信じがたい期待を胸に抱いて」

「本当に?」

「オストログには――誰であっても――そうした責任を果たすことはできません」

驚いてグラハムが彼女を見るとその顔は熱意にほてっていた。最初は言葉を振り絞って話しているようだったのが、話しているうちに彼女は自然と饒舌になっていくようだった。

「あなたはこう思ってはいませんか」彼女は言った。「遠い過去でささやかな生活を送っていた自分、この奇跡のような眠りに落ち、そしてそこから目覚めた自分――この世界の半分の驚異と尊敬と希望が自分に集まっているのは、ただ自分が再びささやかな生活を送るためなのだと? あなたは他の誰かに責任をかぶせるのですか?」

「私のこの王の身分がどれほど偉大なものかはわかっています」彼はしどろもどろに答えた。「どれほど偉大に思えるかわかっています。ですがこれは現実なのでしょうか? とても信じられない――夢のようです。これは現実なのでしょうか、それともまったくの妄想に過ぎないのでしょうか?」

「現実です」彼女は答えた。「もしあなたにその勇気があるのなら」

「結局のところ、あらゆる王の身分がそうであるように、私のこの王の身分も思い込みです。人間の頭の中にある幻想なのです」

「あなたにその勇気があるのなら!」彼女は言った。

「しかし――」

「無数の人々が」彼女は続けた。「頭の中にそれを抱いていて――従うでしょう」

「しかし私は何も知らないのです。それこそが私の悩みなのです。私は何も知らない。そしてあの他の者たちだ――評議員たち、オストログ。彼らはずっと賢く、冷酷で、どんなささいなことでもずっとよく知っている。実際のところ、あなたが語っている悲惨さとは何のことなんです? 私が知っていることなのですか? つまり――」

そこで彼は言い淀んだ。

「私は一人の若い女に過ぎません」彼女は言った。「ですが私からするとこの世界は悲惨に満ちています。あなたの時代から世界は様変わりしました。とても奇妙に様変わりしたのです。あなたに会ってそれをお教えしたいと私は祈っていました。世界は変わりました。まるで腐敗が支配し――価値あるもの全ての――その生命を奪い取ったかのようです」

不意に身を翻して彼女は紅潮した顔を彼に向けた。「あなたの時代は自由の時代でした。ええ――私はそう思っています。生きている間、私はずっと思ってきました――幸せではないと。人間はもはや自由ではありません――あなたの時代の人間と比べて偉大でも優れてもいません。それだけではないのです。この都市は――牢獄です。今ではあらゆる都市は牢獄なのです。富への崇拝がその手に鍵を握っています。大勢の、数え切れないほど大勢の人々が揺り籠から墓場にいたるまでつらい労働を続けています。これは正しいことなのでしょうか? あるべき姿なのでしょうか――ずっと永遠に続く? そう、あなたの時代よりずっとひどくなっているのです。私たちの周り全てを、足元にいたるまで、悲嘆と苦痛が取り巻いています。あなたが周りに見つけたような、こうした生活の浅はかな喜びは、語られることのない悲惨な生活からほんの少しだけ隔てられているのです。ええ、貧しい者はそれをわかっています――自分たちが苦しんでいることをわかっているのです。そうした無数の人々が二晩の間、あなたのために死に対峙したのはだからこそなのです――! あなたの命があるのは人々のおかげなのです」

「ええ」ゆっくりとグラハムは答えた。「その通りです。私の命があるのは人々のおかげだ」

「あなたは」彼女は言った。「この都市の新しい圧政が始まるか始まらないかの時代からやって来ました。これは圧政――圧政なのです。あなたの時代には封建制の戦争の王たちは消え去り、富による新しい支配権はまだ現れていませんでした。世界の人間の半分はいまだ自由な田園地帯で孤立して暮らしています。都市はいまだに彼らを貪り食わざるを得ないのです。私は古い本に書かれた話を聞いたことがあります――高潔さがあったと! 当時、普通の人々は誠実で愛に満ちた生活を送っていた――たくさんのことをおこなった。そしてあなたは――その時代からやって来たのです」

「そんなことは――。いや、気にしないでください。今は違うというのですか――?」

「稼いで歓楽都市へ! さもなければ隷属です――感謝されることも、称賛されることもない奴隷状態です」

「奴隷状態ですって!」彼は言った。

「奴隷状態です」

「まさか人類が財産として扱われていると言うつもりじゃないでしょうね」

「もっと悪いです。これこそ私があなたに知って欲しいこと、あなたに見て欲しいことなのです。あなたはそれを知らないということはわかっています。やつらはそうしたものからあなたを遠ざけ、そのうちあなたを歓楽都市へ連れて行くつもりなのです。ですがあなたは薄青色のキャンバス地の服を着た男や女や子供たちに気づかれたでしょう。薄い黄色の顔とにごった目をした?」

「いたるところにいました」

「ひどい訛りで話し、がさつで弱々しい」

「耳にしました」

「彼らは奴隷――あなたの奴隷なのです。彼らはあなたの所有する労働局の奴隷なのです」

「労働局! どこかで――聞きました。ああ! 思い出した。都市をさまよっていた時に見たんだ。ライトが復旧した後のことです。薄青色の立派な建物の前で見ました。しかし本当に――?」

「ええ。どう説明したらいいでしょう? もちろんあなたはあの青い制服を覚えているでしょう。人々の三分の一近くがあれを着ています――いえ、今ではそれ以上の人々が毎日あれを身に着けている。この労働局は知らず知らずのうちに肥大していっているのです」

「いったい労働局とは何なのです?」グラハムは尋ねた。

「昔、あなたたちは飢えた人たちをどう扱っていましたか?」

「救貧院がありました――教区が管理していた」

「救貧院! ええ――そうしたものがあった。歴史の授業で習いました。今でも憶えています。労働局が救貧院を駆逐しました。労働局――その一部は――あるものから――あなたもたぶん憶えているでしょうが――救世軍と呼ばれる感情に支配された宗教組織から生まれました――それが事業会社に変わったのです。最初はほとんど慈善事業でした。救貧院の過酷さから人々を救うためのものだったのです。救貧院に反対する大きな抗議の声があがっていたのです。今、考えてみると、それはあなたの管財人たちが手に入れた最初期の資産の一つだったのです。彼らは救世軍を買収して今のように再構築しました。そもそものアイデアは家の無い飢えた人々の労働力を組織化するということだったのです」

「なるほど」

「今では救貧院はありません。避難所も慈善事業も無く、あるのは労働局だけです。労働局の派出所はいたるところにあります。あの青色は労働局の色なのです。そして飢えて疲れ切った男女や子供は誰でも、家も友人も頼りとなるものが何も無ければ最後は労働局に行かなければなりません――さもなければ何か死ぬ方法を探すほかないのです。安楽死は彼らの手の届かないものです――貧しい者にとっては安らかな死は存在しないのです。昼夜いつであろうとやって来た者には食べ物と安全な部屋と青い制服が与えられます――これが労働局設立の最初の条件なのです――そして安全な部屋を一日だけ得る代償に労働局は一日分の仕事を搾り取り、それから滞在者の元の衣服を返して彼ら彼女らを再び外に送り出すのです」

「それで?」

「たぶんこうしたことはあなたにとってはそう恐ろしくも思えないでしょう。あなたの時代では人間が通りで飢えていた。ひどいことです。ですが彼らは死ねました――人間として。青い服を着た今の人々は――。こういう格言があります。『青いキャンバス地は一度着ればずっとになる』労働局は労働者を売り買いしていて、その供給を確保することに注意を払っています。人々は飢えて助けも得られずにそこに行きます――一昼夜、食事と睡眠をとり、一日働き、その日の終りには再び出ていく。もし働きが良ければ一ペニーほどをもらえます――劇場や安いダンス・ホール、映画館、あるいは夕食や賭け事には十分な額です。それを使い果たした後はさまよい歩きます。物乞いは路上の警官に邪魔されます。それに誰も施しなどしません。翌日か、そのまた翌日には再び戻ってくることになります――最初の時と同じようにどうしようもなくなって戻らざるを得なくなるのです。最後にはその元の衣服は擦り切れ、古い服は着ているのが恥ずかしくなるほどぼろぼろになります。そうなれば新しい服を得るためには数ヶ月の間、働かざるを得なくなる。もし新しい服が欲しければですが。大勢の子供が労働局の管理下で産まれます。母親が世話をするのは生後一ヶ月まで――子供たちは十四歳になるまで保護下に置かれて教育され、それから二年間の仕事で支払いをします。こうした子供が青いキャンバス地の人間となるよう教育されるのはあなたにもおわかりでしょう。こうやって労働局は運営されているのです」

「それでこの都市には極貧生活者はいないのですか?」

「いません。そうした人は青いキャンバス地を着るか、刑務所に送られるかどちらかです。私たちは極貧生活を根絶したのです。労働局の小切手にはそう刻印されています」

「もし働こうとしなければ?」

「ほとんどの人はこうした方策で働くようになりますし、労働局には権力があります。仕事には不快さに応じた段階があるのです――食糧配給の停止もです――それに男だろうと女だろうと一度でも働くことを拒んだ者は労働局の派出所の指紋登録システムで全世界に知れ渡ります。それに貧しい者でこの都市を離れられる者がいるでしょうか? パリに行くには二ライオンかかります。その上、服従しなければ刑務所送りです――暗く惨めで――人の目の届かないところにあります。今ではさまざまな目的に応じた刑務所があるのです」

「それで人々の三分の一はあの青いキャンバス地の服を着ていると?」

「三分の一以上です。つらい労働に従事する者たちには誇りも喜びも希望も無く、耳の中で鳴り響くのは彼らの恥ずべき暮らし、貧窮や苦難を嘲る歓楽都市の話だけ。金持ちにとっては生からの避難先である安楽死さえ貧しすぎてできない。言葉無き不具の数百万人が、数え切れないほど多くの人々が世界中にいて、制約と満たされない欲望の他には何も知らないままです。彼らは産まれ、邪魔立てされ、死んでいきます。これこそが私たちの到達した状態なのです」

しばらくの間、グラハムはうつむいて座っていた。

「だけど革命が起きている」彼は言った。「そうした全ては変わっていくでしょう。オストログは――」

「そうなることを私たちは望んでいます。それこそ世界の希望なのです。ですがオストログはそうはしないでしょう。彼は政治家です。彼にとっては、それこそ物事のあるべき姿なのです。彼は気にも留めていません。当然のことだと思っているのです。金持ち全員、力を持つ者全員、幸せな者全員が最終的にはこうした悲惨な状況を当然のことと考えるようになるのです。やつらは自分たちの政治の道具として人々を使い、自分たちの堕落に安穏として暮らしているのです。ですがあなた――まだしも幸福だった時代から来たあなたにこそ――人々は期待しているのです。あなたにこそ」

彼は彼女の顔を見つめた。涙をためたその目は輝いていた。感情の高ぶりを彼は感じた。しばらくの間、彼はこの都市のことも、人類のことも、遠くからぼんやりと聞こえてくるざわめくような声も忘れて、目の前の人間らしい彼女の美しさに見とれた。

「ですが私は何をすればいいのでしょう?」彼女を見つめたまま彼は言った。

「統治です」彼に向かって身をかがめて抑えた声で彼女は答えた。「これまでになかったやり方で世界を統治するのです。人間の善と幸福のために。統治しようと思えば――あなたには統治が可能なのです。

人々は動揺しています。世界中で人々は動揺しているのです。言葉の他に必要なものはありません――あなたのからの言葉の他には――それで人々は団結するでしょう。中流にいるような人々さえ休息もなく――不幸なのです。

今起きていることをやつらはあなたに教えていません。人々は元の苦役に戻りたくはないのです――人々は武装解除を拒否しています。オストログは彼が夢見ていたものよりも大きなものを目覚めさせてしまったのです――彼は希望を目覚めさせてしまった」

彼の心臓の鼓動が速くなった。彼は考慮すべき事項を検討し、判断を下そうと試みた。

「人々は自分たちのリーダーを欲しているだけです」彼女は言った。

「それから?」

「あなたは望むことをおこなえます――世界はあなたのものなのです」

彼は座りこんだ。もはや彼女を見てはいなかった。やがて彼は話し始めた。「古い夢、私が夢見てたものは、自由、幸福でした。それは夢なのでしょうか? 一人の人間にできるのでしょうか――一人の人間に――?」その声は沈み、やがて止んだ。

「一人の人間ではなく、全ての人間です――彼らの心のうちにある望みを声にするリーダーを彼らに与えるのです」

彼は頭を振り、つかの間、沈黙が落ちた。

彼が不意に頭を上げると二人の目が合った。「あなたほどの信念を私は持っていない」彼は言った。「あなたほど若くもない。ここで私が持っているのは私を嘲る権力だけです。いえ――言わせてください。私がやりたいのは――いや違うな――そのために必要な強さを私は持ち合わせていない――ですが間違ったことよりは正しいことこそをやりたい。千年王国をもたらすことはできないでしょうが、今、決意しました。私は統治します。あなたの言ったことが私を目覚めさせました……。あなたは正しい。オストログは自分の置かれた立場を知っているに違いありません。そして私は学ばなければ――……。一つだけお約束します。この労働者の奴隷状態は終わりを迎えるでしょう」

「そしてあなたが統治する?」

「ええ。もし――。一つのことが叶えられれば」

「それは?」

「あなたが私の手助けをしてくれることです」

私は――一人の若い女に過ぎません!」

「ええ。でも私は完全に孤立無援だとは思いませんか?」

彼女は驚き、すぐにその目に同情の念が現れた。「私が手助けするかどうか、聞くまでもないことでは?」彼女は言った。

張りつめたような沈黙が訪れ、それから時計の鐘が時刻を告げた。グラハムは立ち上がった。

「今この時にも」彼は言った。「オストログは待っているでしょう」彼はためらいがちに彼女の方を向いた。「彼にいくつか質問をした時には――。私には知らないことがたくさんありました。たぶん私は自分の目であなたの話したことを確かめに行くことになるでしょう。私が戻ってきた時には――?」

「あなたが行って戻ってきたことは私にもわかるはずです。またここであなたを待ちましょう」

二人は互いをしっかりと、しかしもの問いたげに見つめ、それから彼は彼女に背を向けて風向観測所へと向かった。


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