眠れる者の目覚め, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

オストログの考え


グラハムは、日課となっている監督職務の形式的な報告をしようと待つオストログを見つけた。前の時には、再び飛行を体験するために、彼はこの儀式をできるだけ早く終わらせようとしたのだが、今回は矢継ぎばやに質問を尋ね始めた。自分の帝国を速やかに理解しようと彼は切望していたのだ。海外の状況の進展に関してオストログは美辞麗句の並ぶ報告をした。パリとベルリンでは、彼の言葉をグラハムが理解した限りでは、面倒事が起きていたが、それは組織的な抵抗というよりは不服従行動のようだった。「ここ何年かのことで」グラハムが問いただすとオストログは言った。「再びコミューンが頭をもたげているのです。これは闘争の本質的な性質ですな。はっきり言えば」しかしこうした都市では秩序が取り戻されつつあった。グラハムは胸騒ぎを感じて、さらに慎重な判断を下すべく、戦いがあったのかを尋ねた。「少しだけ」オストログは答えた。「一つの地区だけです。ですがアフリカ農業警察のセネガル人部隊――合同アフリカ会社は非常によく訓練された警察を持っています――が備えていますし、飛行機隊もいます。大陸の都市、それにアメリカでは多少問題が起きることは予測していました。ですがアメリカの状況はまったく静かなものです。彼らは評議会が打ち倒されたことに満足しているのです。当分の間は」

「なぜ問題を予測していたんですか?」唐突にグラハムは尋ねた。

「不満が渦巻いていたのです――社会的な不満が」

「労働局のことですか?」

「ご存知なのですね」少し驚いたようにオストログは言った。「その通りです。ほとんどは労働局に対する不満です。この打倒劇の原動力となったのはこの不満なのです――あなたを目覚めさせたのもね」

「それで?」

オストログは笑みを浮かべた。彼はあけすけになっていた。「我々はその不満をかき立て、万人の幸福という昔ながらの理想を復活させる必要がありました――全ての人間の平等――全ての人間の幸福――全員が享受できない贅沢の廃止――二百年間、まどろんでいた理想です。ご存知でしたか? 我々はこうした理想を復活させなければなりませんでした。それは実現不可能なものですが――評議会を打ち倒すためには必要だったのです。そして今――」

「なんです?」

「我々の革命は達成され、評議会は打ち倒され、我々が煽り立てた人々は――そのまま沸騰し続けているのです。戦闘はほとんど起きなかった……。我々は約束しましたよ、もちろん。この曖昧模糊とした時代遅れの博愛主義ヒューマニタリアニズムが復活して広まっていく様がどれほど激しく急速なものだったか、驚くほどです。その種を撒いた我々でさえ仰天しました。パリでは、言ったように――ちょっとした外部の手助けを要請する必要がありました」

「それでここでは?」

「問題が起きています。群衆が仕事に戻ろうとしないのです。ゼネストです。工場の半分は空で、人々は通りを群れになってうろついています。彼らはコミューンのことを話している。シルクやサテンの服を着ている者たちは通りで罵られています。青いキャンバス地たちはあなたからあらゆるものを得られると期待している……。もちろんあなたがそれに頭を悩ませる必要はありません。法と秩序の理念に基づいた対抗言論を張るようバブル・マシンの準備をしているところです。我々は手綱を固く握っていなければなりません。それこそが全てです」

グラハムは考えた。自分の考えをはっきりと主張するやり方は心得ていた。しかし彼は自制して話を始めた。

「黒人の警察を連れてくる必要があるほどなのでしょうか」彼は言った。

「彼らは有能です」オストログは言った。「鍛えられた忠実な獣で、その頭の中には余計な理想は持ち合わせていない――我々が相手にしている暴徒が抱いているような理想は。評議会は彼らを警官として通りに立たせておくべきでした。そうなれば事態はまた違ったものになっていたでしょう。もちろん、暴動と破壊の他には恐れるべきものはありません。今ではあなたはご自分の翼を操れますし、もし少しでも煙や騒動が巻き起こったらカプリ島へ飛び去ることができます。我々は重要なものは全て抑えています。飛行士は特権階級の金持ちで、その労働組合とは世界で最も緊密な関係を築いていますし、風向観測所のエンジニアも同様です。我々は空を掌握していて、空を支配する者が大地を支配するのです。我々に対抗できる組織を作り上げられる者はいません。彼らには指導者がいないのです――あなたがまさに目覚めるその前に我々が組織した秘密結社の支部リーダーだけです。彼らはたんなるでしゃばりの感傷的な人間に過ぎませんし、しかも互いにひどく妬み合っているのです。中心人物になれるだけの人間は一人もいない。問題となりそうなのは組織されていない大混乱だけです。率直に言えば――それは起きるでしょうな。しかしあなたが空を飛ぶのを妨げることはないでしょう。人々が革命を起こせる時代は過ぎ去ったのです」

「そうなのでしょう」グラハムは言った。「そうなのでしょう」彼は考え込んでしまった。「あなたたちのこの世界は私にとっては驚きに満ちています。かつて私が夢見ていたのはすばらしい民主的な生活、全ての人間が平等で幸福な時代でした」

オストログは確固たる目つきで彼を見た。「民主主義の時代は過ぎ去りました」オストログはそう言った。「永遠に過去のものとなったのです。その時代はクレシーの弓兵とともに始まり、行進歩兵隊が、集団になった普通の人々が世界的戦いで勝利できなくなった時に、高価な機関砲や巨大な装甲艦、戦略的に敷かれた鉄道が権力の手段となった時に終わりを告げたのです。現代は富の時代だ。富は今ではかつてないほど大きな権力となっています――大地と海と空を支配しているのです。あらゆる権力は富を握る者のものです。あなたのためにも……。あなたは事実を受け入れなければいけません。これは事実なのです。民衆のための世界! 支配者としての民衆! あなたのいた時代でさえ、こうした信条はとがめられ、糾弾されていたではありませんか。現在ではそれを信じる者は一者しかいません――集団としての愚かな一者だけ――民衆の中にいる人間だけだ」

グラハムはすぐには返答しなかった。陰鬱な考え事に没頭して彼は立ち尽くした。

「いいや」オストログが言った。「普通の人間の時代は過ぎ去ったのです。広々とした田園地帯では一人の人間は他の人間と同じくらい善良に、あるいはほとんど善良になれます。初期の貴族たちは不安定ながらも力強く大胆な時代を謳歌しました。彼らは鍛え上げられていた――鍛え上げられていたのです。謀反や決闘や一揆があったからです。最初の本物の貴族、最初の恒常的な貴族は城と鎧とともに現れ、マスケット銃と弓が現れる前に姿を消しました。しかし第二の貴族が現れた。これこそ本物でした。火薬と民主主義の時代は大きな流れの中のほんの一つの渦に過ぎなかったのです。今では普通の人間は無力な一構成単位でしかありません。現在では我々には都市という巨大な機械装置が、常人の理解を超えた複雑な組織があるのです」

「しかし」グラハムは言った。「何か抵抗しているものがある。何かあなたが抑えつけているもの――逆巻き押し寄せる何かが」

「わかっていただけるでしょうが」オストログは言った。その顔にはこうした難しい問いを無視するかのようなこわばった笑みが浮かんでいた。「私は自分自身を破壊するような力を振るってはいません――信頼してください」

「考えているのです」グラハムは言った。

オストログが見つめる。

「世界はそのようにあらねばならないのでしょうか?」その要点に感情を込めてグラハムは言った。「間違いなく、そうなるしかないのでしょうか? 私たちの希望は全て空虚なものなのでしょうか?」

「何を言いたいのです?」オストログが言う。「希望とは?」

「私は民主主義の時代から来ました。そして目にしたのは貴族的な圧政だったのです!」

「しかし――しかしあなたこそが圧政君主の長なのです」

グラハムは頭を振った。

「では」オストログは言った。「全体の問題を考えてみてください。これは変化が常にたどる道なのです。貴族、最良の者の優越――不適者の苦しみと絶滅、そしてより優れたものへ」

「貴族ですって! 私が会ってきた人々は――」

「ああ! 彼らのことではありません!」オストログは言った。「あれのほとんどは死にゆく者たちです。悪徳と快楽! 彼らは子を持ちません。ああいう者たちは死に絶えるでしょう。世界が一つの道を進み続ければ、つまり、後戻りをしなければということですが。炎に焼かれる快楽追求者を手軽で豊富な安楽死へと導く易き道、それこそが種を向上させる道なのです!」

「心地よい絶滅というわけですか」グラハムは言った。「しかし――」しばらくの間、彼は考え込んだ。「他の者たちもいます――民衆、貧しい人間からなる大群衆です。死に絶えるのでしょうか? そうはならないでしょう。そして苦しんでいる。その苦しみは一つの力であって、あなたでさえ――」

我慢ならないというようにオストログが体を動かし、話し始めた時、その言葉は前よりずっと冷静さが失われていた。

「そんなことを思い煩う必要はありません」彼は言った。「全てはここ数日のうちに落ち着きます。民衆は巨大で愚かな一頭の獣に過ぎません。そいつが死んで消えないからといって何なのです? たとえ死なないとしても飼いならして使役することはできる。卑しい人間に同情の念などわきませんな。ああした人間が叫び声をあげ歌うのを二日前にあなたは聞いたでしょう。あの歌は教え込まれたものだ。誰でもいいからあそこにいた人間を捕まえて、なぜ叫んでいたのか冷静な時に尋ねれば、そいつは何も答えられないでしょう。あいつらはあなたのために自分たちは叫んだのだと思っている。あなたに忠誠と献身を誓っているのだと。そして評議会を打ち倒そうとしていた。今では――すでに評議会を打ち倒した者たちに対して不満をつぶやいている」

「ちがう、ちがいます」グラハムは言った。「彼らが叫んでいたのは自分の人生が陰鬱で、喜びも誇りもなかったからだ。そして私に――私に――希望を託していたからです」

「ではあいつらの希望とは何だったのです? あいつらは何を望んでいるのです? 希望を持つどのような権利を持っているのです? 働きは悪いのに働きの見返りはおおいに欲しがるやつらだ。人類の希望――それは何なのです? いつの日にか超人が現れるでしょう。その時こそ、劣者や弱者、野蛮な者は制圧され、あるいは消し去られるでしょう。消し去れないのであれば制圧されるのです。この世界には邪悪な者、愚かな者、無気力な者の居場所は無い。そうした者の務め――それはすばらしい務めでもある!――それは死ぬことです。出来損ないは死ぬのです! これこそ獣が人間へと登りつめた道であり、人間がさらに高位の存在へといたる道なのです」

オストログは考え込むようにして一歩踏み出し、それからグラハムの方を向いた。「我々のこの偉大な世界国家がヴィクトリア朝時代のイギリス人にどのように見えているか、想像はできます。あなたは古い代議政治の形態をひどく惜しんでいる――その亡霊はいまだ世界に取り憑いて離れません。投票に基づく評議会、議会、そうした十八世紀の馬鹿げた振る舞い全てです。我々の歓楽都市に対してあなたはひどく反感を抱いていますね。私もそう考えたかもしれません――もしあまり忙しくなかったならね。ですがあなたも学ぶことでしょう。人々は嫉妬に狂っています――あなたに賛同することでしょう。通りでは今でさえ、歓楽都市の破壊を主張していますよ。しかし歓楽都市は国家の排泄器官なのです。この魅力的な場所は弱く邪悪な者たち、淫らで怠惰な者たち、世界の取るに足らない悪党どもの全てを毎年のように引きつけて、優雅な破滅へと追い込んでいるのです。やつらはそこへ行って過ごし、子供を持たぬまま死にます。かわいらしい愚かで淫らな女たちは全員、子供を持たぬまま死に、人類は向上するのです。もし人々が正気であれば死へと向かっている金持ちどもを妬むことはないでしょう。あなたは我々が奴隷状態へ落としている愚かで無能な労働者たちを解放して、そいつらの暮らしを再び安楽で喜ばしいものにしようとしている。そいつらはただ自分にふさわしい場所へと沈みこんでいっただけのことなのです」彼は笑い、その笑顔はグラハムを妙にいらだたせた。「あなたも学ぶことでしょう。そうした理想に関しては承知しています。少年だった頃、あなたの時代のシェリーを読んで私は自由を夢見ました。自由などありません。あるのは知恵と自制心だけです。自由は内にあるのです――外ではなく。それは各個人自身の問題なのです。仮に――そんなことはあり得ませんが――あの群れ集まってほえたてる青い服の愚か者どもが我々より優位に立ったとしましょう。次に何が起きるでしょう? 他の主人の手に落ちるだけのことです。羊がいる限り、自然は捕食する獣を求めるのです。それが意味するのは数百年の先延ばしだけです。貴族の到来は宿命であり確かなものなのです。最後には超人が現れます――人類のどんな死に物狂いの抵抗があろうと。やつらに反乱を起こさせ、勝利させ、私や私の同類を殺せばよいでしょう。他の者が立ち上がります――他の主人が。結末は同じです」

「どうでしょうか」グラハムは粘り強く言った。

しばらくの間、彼はうつむいたまま立っていた。

「しかし自分のためにも私はそうしたものをこの目で確かめなければなりません」自信にあふれた主人のような雰囲気を突如として漂わせながら彼は言った。「一目見れば理解できるはずだ。私は学ばなければなりません。私があなたに言いたいのはこういうことなんです、オストログさん。私は歓楽都市に住む王にはなりたくありません。私にとってはそれは歓楽ではない。私は十分な時間を空を飛ぶことに――そして他のことにも費やしました。私は、人々が現在どのように暮らしているのか、一般的な生活がどのような発展を遂げているかを学ばなければなりません。そうすればこうした物事をもっとよく理解できるでしょう。私は、普通の人々がどのように暮らしているのかを学ばなければならない――とりわけ労働階級の人々についてです――どのように働き、結婚し、子供を産み、死ぬのか――」

「写実主義の小説家たちから知ることができます」突然、急ぐようにオストログが提案した。

「現実が知りたいのです」グラハムは言った。

「それは難しい」オストログは言って考え込んだ。「全体的に言って――」

「期待はしていませんが――」

「私が思うに――。しかしおそらく――。あなたは都市の街路を歩いて普通の人々を見たいと言いたいのでしょう」

突然、彼は何か結論に達したようだった。「変装する必要があるでしょうな」彼は言った。「都市はひどい興奮状態にあります。人々の中であなたの存在が見つかれば恐ろしい騒ぎになる。それでもこの都市の中に分け入ることがあなたの望みなら――あなたの考えなら――。ええ、それを今、検討しているところです。まだ完全には了解できませんが――。どうも不自然ですね。あなたが本当にそんなものに興味を持つなど! もちろんあなたが主人です。もしそうしたいなら、すぐに実行に移せます。変装はアサノがなんとかしてくれるでしょう。彼がお供しますよ。つまるところあなたの考えも悪いものではないでしょう」

「もうどんな問題だろうと私の相談には乗ってくれないのですか?」奇妙な疑いがわいて不意にグラハムは尋ねた。

「ああ、いやいや! まさか! しばらくの間は私に仕事を任せていただけるものと考えていますよ、どちらにしろね」微笑みながらオストログは答えた。「たとえもし我々に意見の相違があろうと――」

グラハムは鋭く彼に一瞥をくれた。

「しばらくは戦闘が起きる可能性は無いということですね?」出し抜けに彼は尋ねた。

「まず間違いなくありません」

「言っていた黒人たちについて考えていました。私に少しでも敵意を持っている人たちを私は信用しませんし、結局のところ、私はこの世界の主人なのです。誰だろうと黒人をロンドンへ連れて来て欲しくはありません。たぶん古臭い偏見なのでしょうが、ヨーロッパ人とその被支配民族に関して私は独特の感情を抱いていましてね。パリについてさえです――」

オストログは垂れ下がった眉毛の下から彼を見つめながら立っていた。「ロンドンに黒人たちを連れて来はしないですよ」ゆっくりと彼は言った。「ただし、もし――」

「あなたは武装した黒人をロンドンに連れて来たりはしない。何が起きようと」グラハムは言った。「この問題に関しては私の心は決まっています」

オストログは口を閉じ、うやうやしくお辞儀をした。


©2024 H. Tsubota. クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示-非営利-継承 4.0 国際