眠れる者の目覚め, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

昏睡


この男が陥った強硬症カタレプシーによる硬直状態は前例のないほど長く続き、それからゆっくりと柔弱状態へと移行して、深い休息を思わせる弛緩姿勢へ変わった。そうなってやっとその目を閉じることができたのだ。

男はホテルからボスキャッスルの診療所へ移され、数週間後には診療所からロンドンへ移された。しかしそれでも、蘇生のためのあらゆる試みに彼は抵抗した。理由は後で述べるが、しばらくするとこうした試みは中止された。巨大な空白に向かって、この奇妙な状態のまま彼は横たわっていた。生気無く、身動き一つせず――死んでいるとも生きているともつかず、非存在と存在の中間に吊るされたまま、いわば停止状態にあった。彼は思考や知覚の光によって乱されることのない暗闇、夢を見ることもない虚空、平穏で広大な空間にあった。その精神の混乱は膨張し、そして突然の沈黙の頂点に達したのだ。この男がいるのはどこなのか? 感覚の欠如に捕らえられた時、人はどこにいるのだろうか?

「ほんの昨日のことに思えます」イズビスターは言った。「あれが起きたのがまるで昨日であるかのように全て思い出せる――実際、昨日起きたことよりもはっきりしているくらいです」

これは晩年のイズビスターの言葉だが、彼はもはや若い男ではなかった。流行よりも少し長く茶色かったその髪は切り揃えられ鉄灰色に変わり、色白でピンクだったその顔は小じわがよった赤ら顔になっていた。灰色の混じる、先のとがったあごひげを彼はたくわえていた。彼は夏用の綿の訓練服(その年の夏はいつになく暑かったのだ)を着た年配の男と話していた。相手はロンドンの事務弁護士であるワルミングという名の人物で、彼はグラハム、あの昏睡状態に陥った男の最も近い親戚だった。二人が並んで立っているのはロンドンのある屋敷の一室で、二人は横たわる男の姿をじっと見つめていた。

ウォーターベッドの上に弛緩したように横たわる黄色い姿があった。ゆったりとしたシャツをまとっている。萎縮したような顔に無精髭を生やしたその姿は、爪が伸びた手足を投げ出すようにし、その周囲を薄いガラスのケースが覆っていた。そのガラスはまるで眠っている者をその周囲の現実世界から切り離しているように見えた。彼は隔離された、奇妙で孤独な異常物なのだ。二人の男はそのガラスケースの近くに立って、じっとのぞき込んだ。

「これには驚かされました」イズビスターは言った。「今でも彼の白い目のことを考えると奇妙な驚きを感じるのです。ご存知のように白目を剥いていたのです。ここに来たらまた全てを思い出してきました」

「これまで彼に会いに来たことはなかったのですか?」ワルミングが尋ねた。

「訪ねたいとはよく思っていました」イズビスターは言った。「しかし最近は仕事があまりに大変で休みもあまり取れないのです。ほとんどの時間をアメリカで過ごしていて」

「私の記憶が確かなら」ワルミングは言った。「あなたは芸術家でしたな?」

「『だった』です。結婚しましてね。すぐさま、あらゆるものが白と黒で塗りつぶされるのを感じました――少なくとも凡庸な人間にとってはね。そうしてその変化に私は飛びついたのです。ドーバーの崖のあの一連のポスターは私のところの人間によるものですよ」

「いいポスターです」事務弁護士は認めた。「あそこにあるのを見ると残念に思いますがね」

「崖と同じくらい長持ちしますよ、必要とあらば」イズビスターは満足気に叫んだ。「世界は変わっていきます。二十年前、彼が眠りに落ちた時には、私は水彩絵具の箱を手に、気高く古風な大志を抱いてボスキャッスルに逗留していた。いつの日か私の絵筆が、ランズ・エンドからリザードにいたるまでのイングランドの風光明媚な海岸全体を飾る日が来るとは予想もしていませんでした。幸運というものはそれを望んでいない者を訪れることが実によくある」

ワルミングはその幸運の内実を疑っているように見えた。「前の時は運悪く会えなかったのでしたね。私の記憶が正しければ」

「キャメルフォードの鉄道駅に私を乗せていった軽二輪馬車であなたが戻ってきた時のことですね。在位記念式典ジュビリー、ヴィクトリア女王の在位記念式典の頃でした。ウェストミンスター寺院での式典やチェルシーでの辻馬車の列を憶えているから確かですよ」

在位六十周年記念式典ダイアモンド・ジュビリーでしたね」ワルミングが言った。「二度目のやつだった」

「ええ、そうです! 正式の在位記念式典――五十周年の時には――ウーキーに住んでました――まだほんの少年だった。全てが懐かしい……。彼のおかげでどれほどの大騒ぎになったことか! 大家の女主人は彼を部屋に置いておくことも、泊めることも許さなかった――硬直した彼は実に奇妙に見えたのです。私たちは彼を椅子に座らせたままホテルまで運ばなければならなかった。そしてボスキャッスルの医者――たまたま居合わせたやつじゃなく、彼の診察をしていた開業医――が私や灯りを持った大家や他の人たちと一緒に二時近くまで彼についていたんです」

「つまり――硬直して固くなった彼に?」

「完全な硬直です!――体のどこだろうが折り曲げられないくらい固かった。頭の上に立っても彼は身じろぎもしなかったでしょう。あんな硬直状態はこれまで見たこともない。もちろん、これとは――」彼は頭の動きで横たわる人物を指した。「まったく違う。それであの小柄な医者は――彼の名前はなんでしたっけ?」

「スミザース?」

「スミザース、そう――あいつをすぐに連れて来ようとしたのはまったくの間違いでした。全部、勘定にいれてみればね。あいつのやったことと言ったら! 今でもまったく気分が悪くなりますよ――ああ! マスタード、嗅ぎ薬、針での刺突。それにあの不快な小道具の一つ、発電機、いや違うな――」

「コイルです」

「そうです。彼の筋肉が痙攣して跳ね上がるのが見え、彼は身を捩らせました。灯りは燃える黄色の蝋燭が二本だけで、あらゆる影がゆらめき、緊張した様子の小柄な医者がかたわらにいて、そしては――実に不自然な動きで硬直し、身悶えしていた。ええ、それを夢に見るのです」

しばしの静寂。

「まったく奇妙な状態だ」ワルミングが言った。

「ある種の完璧な意識喪失です」イズビスターは言った。「ここに肉体はある。空っぽの。これっぽっちも死んではいないが、しかし生きてもいない。まるで『予約済み』のしるしがついた空の席のようです。何も感じず、消化もせず、心拍もない――身じろぎひとつしない。そこに一人の人間がいると私には感じられないほどです。ある意味で死人よりも死んでいる。医者たちが教えてくれたところによると髪が伸びるのさえ止まっているのです。普通の死人の場合、髪は伸び続けるのだとか――」

「知っています」苦悶の表情を浮かべながらワルミングは言った。

二人は再びガラスの向こうを見つめた。グラハムは確かに奇妙な状態にあった。昏睡の弛緩段階にあるが、医学の歴史において前例のない昏睡である。これまでであれば昏睡が続くのはせいぜい一年かそこら――そして最後は覚醒するか、死ぬのだ。時には前者となり、時には後者となる。医者が栄養源を注射した跡にイズビスターは気づいた。そうやって死を先延ばしにしようとしたのだ。彼はその跡をワルミングに指さしてみせたが、彼はそこから目を背けた。

「そして彼がここに横たわっている間に」惜しみなく費やされる命の活力とともにイズビスターは言った。「私は人生の計画を変更し、結婚し、家庭を持ち、長男は――当時は息子のことなんて考えもしなかったが――アメリカ市民になって、ハーバード大学を卒業するのを心待ちにしている。髪には白いものが混じり始めました。そしてこの男は私がひよっこだった当時と比べて(実際のところ)一日たりとも歳を取ることも賢くなることも無かったのです。考えてみると実に不思議な気持ちになります」

ワルミングが振り向く。「私も歳を取りました。私がまだほんの少年だった頃、彼とクリケットをやったことがあります。そして彼はいまだに若者のように見える。たぶんこれは嫉妬でしょうな。だけどそれでも若者であることは違いない

「あの戦争もあった」イズビスターは言った。

「最初から最後まで」

「そしてあの火星人たち」

「思うに」イズビスターは少し黙ってから言った。「彼にはいくらかの個人資産がありますよね?」

「そうですね」ワルミングは答えた。取りすましたように彼は咳払いをした。「偶然にもね――管財人は私です」

「ああ!」イズビスターは考え込んでからおずおずと言った。「きっと――ここで彼の面倒をみるのに金はそうかからんでしょう――間違いなく資産は増えていく――だんだんと」

「そうなるでしょう。彼は目覚めた時には――目覚めたとしたらですが――眠った時よりもずっと裕福になっているでしょうな」

「ビジネスマンなもので」イズビスターは言った。「こうした考えが自然に頭に浮かんでしまうのです。そう、ときおり思ってしまうのです。もちろん商業的な観点からですが、この睡眠はたぶん彼にとっては実に結構なことなのではないかとね。自分の置かれた状況、言ってみればこれほど長い知覚の欠如を彼がわかっていたら。もし普通に生きていたとしたら――」

「彼が前もって十分な計画を持っていたかは疑わしいですな」ワルミングは言った。「彼は将来を見通すタイプの人間ではなかった。実際のところ――」

「そうですか?」

「その点については私たちの間には意見の相違があるようですね。いずれにせよ、庇護者の身として私は彼の側に立ちますよ。おそらくあなたは、そうしたときおり起きる争いを思い起こさせる出来事をたくさん見てきたのでしょう――。しかし仮にあなたの思うような事例だったとしても、彼が目覚めるかどうかについては疑問が残る。この睡眠はゆっくりと体力を消耗させています。ゆっくりだが消耗は消耗です。明らかに彼は長い坂をゆっくりと滑り落ちています。とてもゆっくり、うんざりするほどの速さで。何が言いたいかおわかりでしょう?」

「彼が驚くことなく終わったとしたら哀れですね。この二十年、たくさんの変化がありました。現実世界のリップ・ヴァン・ウィンクルだというのに」

「確かにたくさんの変化がありました」ワルミングは言った。「中でも一番の変化は私自身の変化だ。今や私は老人です」

イズビスターは少しためらってから、遅れて驚いた風を装った。「私はそうは思いませんよ」

「彼の銀行から連絡が来た時――彼の銀行に電話したのはあなたです、憶えているでしょう――私は四十三歳でした」

「彼のポケットにあった小切手帳から銀行の連絡先を知ったんでした」イズビスターは言った。

「ええ、それ以来、あっという間でした」ワルミングは言った。

またしばしの沈黙があり、それからイズビスターは抑えきれない好奇心に道をゆずった。「たぶん、まだ何年も彼はこのままでしょう」彼は言ってから、少しの間、ためらった。「それについて私たちは考えなければなりません。おわかりでしょうが、彼の件はいずれ誰かの手に移ります――誰か別の者へ。おわかりでしょう」

「信じてもらえますか、イズビスターさん。それこそ私の頭の中にずっとある問題の一つなのです。私たちは偶然出会った――実際問題として私たちの間には強い信頼関係があるわけではない。これは実に奇怪で前例のない状況なのです」

「まったくです」イズビスターは答えた。

「これは公共の機関が扱う問題のように思えるのです。実質的に死ぬことのない庇護者です。もし――医者たちの一部が考えているように――本当に彼が生き続けるのであれば。実を言うと、私は一、二人の役人のところへ行ってきました。しかし今までのところ何の成果も得られていません」

「彼をどこか公共の機関へ引き渡すというのは悪いアイデアじゃないですね――大英博物館管財委員会か、王立内科医協会はどうです。もちろん、ちょっと変に聞こえるかもしれませんが、それを言えばこの状況全体が変なんです」

「問題はどうやって彼を引き取るよう彼らを説得するかです」

「お役所仕事なのですか?」

「そういう面もあります」

しばらくの沈黙があった。「興味深い状況ではありますね。確かに」イズビスターは言った。「そうして複利は積み上がっていく」

「そうです」ワルミングは答えた。「それに今はきんの供給が不足していて、向かう先は……価格の高騰です」

「それは私も感じていました」顔をゆがめてイズビスターは言った。「しかしにとっては好都合だ」

もし彼が目覚めるのならね」

「もし彼が目覚めるのなら」イズビスターがオウム返しに繰り返した。「彼の鼻の縮んだ外観と彼のまぶたの落ちくぼんだ様子がわかりますか?」

ワルミングは見て、しばらくの間、考え込んだ。「彼が目覚めるかは疑問ですな」ついに彼は言った。

「私にはまったく判断がつきませんよ」イズビスターは言った。「これがいったいどんな事態をもたらすのかね。彼は何か過度な研究について話していました。私はよくそれが気になるのです」

「彼はかなりの才能を持つ人間でしたが、発作的で、感情的だった。家庭の問題を抱え、妻とは離婚した。実のところ、そうして解放されたために彼はあの過激な政治活動に取り組むようになったのだと私は思うのです。彼は熱狂的な急進主義者――社会主義者――あるいは彼らがよく使う自称に倣えば典型的な自由主義者の進歩的一派だった。精力的で――気まぐれで――無規律な。論争にひどく熱中したことが彼にこの状況をもたらしたんだ。彼の書いたパンフレットを憶えていますよ――興味深いものだった。大胆で、めまいのするような代物でした。いくつか予言も含まれていた。一部はすでに外れていて、一部は実現しています。しかしこうした論文を読むと多くの場合、この世界がいかに予測不可能なものなのかを痛感させられます。目覚めたら彼は多くのことを学び、多くのことを捨て去らなければならないでしょう。もし目覚めが訪れるとしたらですがね」

「できることなら」イズビスターは言った。「それに対して彼が何と言うのか聞きたいものです」

「私もですよ」ワルミングは答えた。「まったく! 私もです」老人らしい唐突な自己憐憫に駆られながら彼は言った。「しかし彼が目覚めるところを私が目にすることは決して無いでしょう」

考え込むようにして蝋人形のような姿を見つめながら彼は立ち尽くした。「彼が目覚めることは決して無い」ついに彼は言うとため息をついた。「彼が再び目覚めることは決して無いでしょう」


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