眠れる者の目覚め, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

グラハムが言葉を語る


しばらくの間、この地球の主人は自分自身の頭脳さえも支配できてはいなかった。自分の意思がまるで自分のものでないように思え、自分のとる行動が彼を驚かせた。それらは彼という存在に浴びせかけられる奇妙な混乱した体験の一部でしかなかった。次のことは間違いないように思われた。あの黒人たちがやって来る。ヘレン・ウォットンが人々にその襲来を警告した。そして彼はこの地球の主人である。こうした事実のそれぞれが彼の思考全体の所有をめぐって争っているように思われた。人で混雑するホールや高所を走る通路、街区のリーダーが折り重なるように集まった評議会の部屋、映像室や電話室、行進する人々の逆巻く海を臨む窓、そうした背景からそれらが飛び出してくるようだった。黄色い服を着た者たち、それに彼の味方になってくれた者たちは「街区リーダー」と呼ばれていて、彼を前に押し出すとも彼の後を大人しくついてくるともつかない動きをした。どちらだったのかを言うのは難しい。おそらくは控えめに両方をおこなっていたのだろう。何か目に見えない、想像も及ばない力が全員を突き動かしているようだった。自分がこの地球の全ての人々に宣言をおこなおうとしていること、そして自分の頭の中をただよっている、ある壮大な言葉こそが自分が言おうとしていることであると彼はわかっていた。些末な出来事が色々と起こった後、気がつくと彼はあの黄色い服の男とともにこの宣言がおこなわれる小さな部屋に入って行くところだった。

この部屋の調度品はグロテスクなまでに現代的だった。中央には輝く楕円の円盤が置かれ、上から薄暗い電灯に照らされていた。他の部分は影に覆われ、彼がそこから入ってきた人でごった返すアトラスの大広間へと続く気密性の高い二重扉のおかげで、その場所はとても静かだった。彼の背後で扉が閉められると重いドスンという音がして、ずっと彼を取り巻いていた喧騒が唐突に止んだ。揺れるライトの円や、影の中にかすかに見える同席者たちのささやき声、そして音もなくすばやく動く様子が、グラハムに奇妙な印象を与えた。鈍く輝く金属製のハンドルやコイルの向こうでは録音機器の巨大な耳が彼の言葉を聞き取ろうと砲列を組んで大きく口を開き、巨大な撮影カメラの黒い瞳が彼がしゃべりだすのを待ち構え、周囲では何かが低いうなり声をたてながら回転していた。歩いて中央のライトのところまで行くと彼の影が集まって足元に黒くはっきりとした小さな染みを描いた。

言わんとすることは頭の中ですでにぼんやりとした形を取っていた。しかしこの静寂、孤立感、あの共感に燃える群衆からの隔離、大きく口を開いたまばゆい機械の聴衆は、彼にとって予想外のものだった。自分の支持者全員が一斉に引き上げ、この状況に突然投げ込まれ、それに突然気づいたかのような気分に彼はなった。一瞬のうちに彼は変わってしまった。自分は無力なのではないか、あまりに大仰なのではないか、声や言葉に込める機知は十分なものなのか、それを自分が恐れていること彼は今、気づいた。驚いた彼は落ち着こうとする仕草とともにあの黄色い服の男の方へ振り返った。「ちょっとの間」彼は言った。「落ち着かせてください。こんな風になるとは思わなかった。言うべきことをちゃんと考えなければなりません」

まだ彼の決心がつかないうちに、動揺した使いが報せを持ってやって来た。最初の飛行機がマドリード上空を通過したというのだ。

「飛行ステージの様子はどんな具合ですか?」彼は尋ねた。

「南西の街区の人々の準備は整っています」

「準備してくれ!」

いらだつように彼はレンズの黒い円の方へ再び向き直った。

「これは演説のようなものに過ぎないはずだ。願わくば、言うべきことを確かにわかっていますように! 飛行機がマドリードを過ぎたとは! やつらは主力飛行機隊よりも前に出発したに違いない。

ああ! 上手く話せようが話せまいが、なんの違いがあるというんだ?」彼は言って、ライトがますます明るくなっていくのを感じた。

彼はまとまりきらない民主主義的な所感の言葉を形にしようとして、そこで突然、疑念で頭がいっぱいになった。自分の英雄的資質と自分が見いだした天分に対する信念は、その強い確信を完全に失っていた。風の吹きすさぶ理解不能な運命の荒野で少し気取って無益に歩く光景がそれに取って代わっていた。不意に彼は完璧に悟ったのだ。オストログに対するこの反乱は早計な、最初から失敗が運命づけられたものであり、避けがたい物事に対する間違った感情的衝動なのだと。彼は高速で飛来するあの飛行機の群れのことを考えた。それはまるで彼に向かって襲いかかる運命のようだった。自分が物事に別の光を当てて見られることに彼はひどく驚かされた。この決定的な緊急事態に彼は熟考し、それを断固として脇に押しやり、いかなる代償を支払おうとも自分がとりかかったことをやり遂げようと決心した。しかし最初の言葉が見つからなかった。彼が立ったまま気まずそうにためらい、どうしようもない唇の震えに思わず謝っている間にも、大勢の人々のあげる叫びやあちらこちらへと走り回る足音が聞こえてくるようだった。「待ってください」誰かが叫んで、扉が開かれる。グラハムが振り向くと、照明が少し暗くなった。

開いた扉の向こうに近づいてくるほっそりとした少女の姿が見えた。彼の心臓が飛び上がる。それはヘレン・ウォットンだった。黄色い服の男が近くの影からライトの円の中へと歩み出た。

「この少女が私たちにオストログのやったことを教えてくれたのです」彼は言った。

彼女はとても静かに入ってくるとじっと立ち、それはまるでグラハムの弁舌を邪魔したくないとでも言うようだった……。しかし彼女が現れる前に彼の疑念と問いは消え失せていた。自分が言おうとしていることを彼は思い出した。彼が再びカメラの方に顔を向けると周囲のライトが明るくなっていった。彼は彼女の方を振り向いた。

「あなたが私を助けてくれました」彼は弱々しく言った――「おおいに助けられました……まったく難しい状況だ」

彼はそこで口を閉じた。このグロテスクな黒い瞳を通して彼を注視する見えない群衆に向かって彼は語りかけるのだ。彼はゆっくりと話し始めた。

「新しい時代の男性、女性の皆さん」彼は言った。「あなた方はまさに人類の命運がかかった戦いのために立ち上がりました……! 目の前にあるのは簡単に得られる勝利ではありません」

言葉をまとめるために彼はいったん口を閉じた。感動的な演説をおこなう才能を彼は心の底から望んだ。

「今夜は開始地点です」彼は言った。「来たるこの戦いは、今夜、私たちに襲いかかるこの戦いは、始まりに過ぎません。全ての命をかけて戦わなければならないでしょう。私が敗北し、完全に打ち負かされようとそれを気に留めてはいけません。私は打ち負かされるかもしれない。そう思います」

自分の頭の中にあるものが言葉にするにはあまりにあいまいであることに彼は気づいた。彼はしばらく言葉を止め、あいまいな激励の言葉を手探りしていたが、そこで言葉が彼の中にあふれ出した。彼の語ったことの多くは消え去った時代にはありふれていた人道的なものに過ぎなかったが、確信のこもった彼の声がそれに生命を吹き込んでいた。古い時代のことを彼はこの新しい時代の人々へ、自分のそばにいるあの少女に語った。

「私は過去からあなたたちのもとへやって来ました」彼は言った。「希望を抱いた時代の記憶を手に。私のいた時代は夢の時代――始まりの時代、気高い希望の時代でした。世界のあらゆる場所で、私たちは奴隷制を終わらせました。世界のあらゆる場所で、私たちは望みと期待を広げていきました。戦争は無くなるだろう、全ての男と女が自由と平和の中で気高く暮らしていくだろうと……。過ぎ去った時代に私たちはそのように希望を抱いていたのです。そうした希望は何だったのでしょう? 二百年後の人間はどのようになったのでしょう?

巨大な都市、絶大な力、集団としての偉大さは私たちの夢をはるかに越えています。私たちはそうしたもののためには働いたわけではありませんでしたが、それは実現したのです。しかしこの偉大な生命を形作る小さな生命についてはどうでしょう? 一般の人々の暮らしはどうでしょう? これまでと変わりません――悲嘆と労働、窮屈で満たされない人生、権力に誘惑され、富に誘惑され、浪費と愚行へと消えていく人生。古くからの信念は色褪せ、変化し、新しい信念は――。新しい信念があるのでしょうか?」

「慈善と慈悲」彼は苦しげに声をしぼり出した。「美、美しいものへの愛――努力と献身的情熱! 身を捧げてください。私がそうするように――十字架の上でキリストがそうしたように。理解できるかは問題ではありません。失敗したように思えても問題ではないのです。あなたはわかっている――心の奥底ではわかっているのです。約束するものはありません。安全もありません――信念の他には頼るべきものはありません。信念の他には信念はないのです――信念、それは勇気なのです……」

長い間、信じたいと思っていたことを自分が信じていることに彼は気づいた。彼は激しい調子で話した。つたない途切れ途切れの言葉だったが、全身全霊を込めてこの自身に宿った新しい信念について語ったのだ。自己犠牲の偉大さ、そして自分たちが生き、動き、存在している、人類の不滅の生命に対する自らの信念について彼は語った。その声は時に高く時に低くなり、彼が話すのに合わせて録音機器はうなりをあげ、影の中からぼんやりとした同席者たちの姿が彼を見守っていた……。

自分の横にこの押し黙った観客がいるという感覚が彼の誠実さを支えていた。つかの間の栄光の瞬間、彼は我を忘れて夢中になった。自身の英雄的資質、英雄的な言葉に何の疑念も感じることなく、その全てを率直かつ明白に信じた。そしてついに演説を締めくくったのだった。「今この場で」彼は叫んだ。「私の決意を表明します。この世界で私が所有する全てを、私はこの世界の人々へ与えます。この世界で私が所有する全てを、私はこの世界の人々へ与えます。あなた方の全員へです。あなた方へ与え、私自身もあなた方へ与えます。そして今夜、神が望まれるままに、あなた方のために生き、あるいは死にましょう」

彼はそこで話を終えた。今の自分の高揚の光があの少女の顔にも反射していることに彼は気づいた。二人の目はうるんでいた。彼女の目には情熱の涙がたたえられていた。

「わかっていました」彼女がささやいた。「ああ! 世界の父よ――閣下! あなたがそう言うだろうと私にはわかっていました……」

「私にできることを言っただけです」彼は弱々しく答えると、伸ばされた彼女の手を握ってそれにすがりつくようにした。


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