眠れる者の目覚め, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

飛行機隊が近づくあいだ


あの黄色い服の男は二人のすぐ横にいた。二人とも彼が近づいてきていたことに気づいていなかった。南西の街区では前進が始まっていると彼は言った。「こんなに早くことが進むとはまったく予想外です」彼は叫んだ。「驚くべき成果をあげています。進む彼らの助けとなる言葉をあなたから送らなければなりません」

グラハムはぼんやりと彼を見つめていた。それからはっとして、さっきまで彼の頭をいっぱいにしていた飛行ステージのことを思い出したのだった。

「ああ」彼は言った。「それはよかった。それはよかったです」彼は伝える言葉を考えた。「こう伝えてください――よくやった、南西区」

彼は再びヘレン・ウォットンへと目を向けた。彼の顔からは相反する考えが争っていることが見て取れた。「私たちは飛行ステージを占拠しなければなりません」彼は説明した。「それができなければやつらは黒人たちを着陸させるでしょう。何をおいてもそれは防がなければならない」

そう話している間にも、これは中断がはいる前に自分の頭の中にあったことではないという思いを彼は感じた。彼女の目に驚きの色が浮かぶのが見えた。彼女が何か言いかけたが甲高いベルの音がその声をかき消した。

彼女は自分にあの前進する人々を先導することを期待していて、それこそが自分のすべきことなのだとグラハムは思った。彼は唐突に提案した。言葉を告げている相手は黄色い服の男だったが、話す間も顔は彼女の方に向いていた。彼女の顔に浮かぶ反応を彼は見た。「ここにいても私のやれることは何もありません」彼は言った。

「不可能です」黄色い服の男は反対した。「入り組んだ地区での戦いなのです。あなたのいるべき場所はここだ」

彼は事細かに説明してみせた。グラハムが待機すべき部屋を指し示し、他に取り得る選択肢はないと断言した。「あなたがどこにいるのか私たちはわかっていなければなりません」彼は言った。「あなたの存在と決定を必要とする難局がいつ起こるかもわからないのです」

廃墟にいた群衆が見せたようなとてつもなく激しい戦いの光景が彼の脳裏に浮かんだ。しかしここには彼が想像するような目を見張る戦場は無い。代わりにあるのは隔絶――そして不安である。午後遅くになってなんとか彼は、四マイル向こうのローハンプトンの飛行ステージの足元でくり広げられている、見えも聞こえもしない激しい戦いのそれらしい光景を断片から復元できた。それはこれまでに例のない奇妙な戦いだった。十万もの小さな戦いからなる一つの戦い、街路や運河といった緩衝地帯での戦い、空も太陽も見えない場所でまばゆいライトの下、武器の扱いに不慣れな群衆によってとてつもない混乱の中でくり広げられる戦いである。そのほとんどは歓声によって指揮されていた。群衆は単純労働によって思考が鈍り、わずかな権利と官能的な耽溺の暮らしによって活力を失った群集への奴隷的な扱いという二百年にわたる伝統のために無気力になっていた。砲兵隊もいなかったし、あれこれと部隊に分けられることもなかった。どちらの側も手にしている唯一の兵器はあの小さな緑色の金属製カービン銃で、その秘密裏の製造と突然の大規模な流通はオストログの評議会に対する最終行動の一部だった。この兵器を扱った経験のある者は少なく、多くの者は一度もそれを撃ったことがなかったし、それを持つ者の多くは銃弾を支給されることもないままだった。戦争の歴史においてこれほど乱暴な銃撃戦はなかった。それは素人の戦い、恐るべき実験的戦争、武装した暴徒と武装した暴徒による闘争だった。言葉と歌の激情によって、また数を頼みとした蹂躙への同調によって武装した暴徒は前進し、数え切れないほどの大群衆がさらに細い小道へ、止まったエレベーターへ、血で足を滑らせる空中廊下へとなだれ込んだ。飛行ステージの足元にあるホールと通路には煙が充満し、撤退が絶望的となった時にはそこであの古代の戦争の秘儀が学ばれた。屋上にいるわずかな狙撃手、そして夜になるに従って増えながら黒くなっていく煙の帯と筋を別にすれば、頭上はその日一日、静かに澄み渡っていた。オストログの指揮下にある爆弾は無いようだったし、この戦いの初期の段階では飛行機械は何の役にも立たなかった。晴れ渡った空の美しさを汚す雲はわずかばかりも無かった。それはあたかも飛行機隊の到来まで何物も受け入れずに待ち構えているかのようだった。

ときおりその接近の報せが届いた。まずスペインの町から、しばらくするとフランスから。しかし、オストログが製造してこの都市にあることが知られている新しい機関砲については、グラハムの緊急指令にも関わらず何の報せもなかったし、飛行ステージの周囲で密集しておこなわれている混戦からの勝利の報告もなかった。労働者組織の部隊からは次々にその結集の報告が上がり、自分たちは前進していると報せてきたが、それもこの戦争の迷宮へと消えて行方知れずとなっていた。向こうでは何が起きているのか? 忙しく動き回る街区のリーダーたちでさえわからなかった。開いてはまた閉まる扉や慌ただしい伝令、鳴り響くベル、絶え間ない録音装置の作動音にも関わらず、グラハムは孤立と奇妙な倦怠、無力感を感じていた。

この孤立感は時にまったく奇妙なものに思え、目覚めてからこれまでに起きたことの中でも最も予想外のものだった。夢の中で感じるような倦怠的な感覚にどこか似ている。騒乱、オストログと彼の間での世界的闘争の驚くべき現実化、その上、送信機とベルと割れた鏡のあるこの密閉された静かな小部屋である!

今、扉は閉じられているようで、グラハムとヘレンは二人きりで取り残されていた。二人は、このかつてない世界の嵐全体から完璧に切り離されたかのようで、互いを強く意識し、互いのことだけを考えていた。その時、扉が再び開かれて使いの者が入ってきたか、あるいは鋭いベルの音が二人だけの静かな空間に割り込んだかした。それはまるで頑丈で明るい灯りがともった家の窓の一つが突然、ハリケーンに向かって開け放たれたかのようだった。不穏なあわただしさと喧騒、戦いの緊張と興奮が二人に襲いかかり圧倒した。二人はもはや主体を失ったたんなる傍観者であり、とてつもない動乱の観客でしかなかった。自分自身にとってさえ自分が非現実的に感じられ、ちっぽけな個人、言い表せないほど小さな存在に思えた。そして二つの敵対的現実。目の前にある現実は、第一に遠く向こうで揺れ動き吠え声をあげて遅ればせながら防衛に奮闘する都市であり、第二に無常にも自分たちに向かって世界の向こうから高速で飛来する飛行機隊、それだけだった。

不意に外の動きが慌ただしくなり、あちらこちらへ走り回る音や叫び声が聞こえた。少女が黙ったままいぶかしげに立ち上がった。

金属的な声が叫んでいる。「勝利です!」そう、そう言っていたのだ。「勝利です!」

カーテンを開け放って現れたのはあの黄色い服の男だった。驚き、興奮のあまり混乱している。「勝利です」彼は叫んだ。「勝利です! 人々は勝ったのです。オストログ側は敗走しています」

彼女が興奮して声をあげた。「勝利ですって?」

「どういうことなんです?」グラハムは尋ねた。「教えてください! 何が起きたのです?」

「ノーウッドにある空中廊下の下からやつらを追い出したのです。ストリーサムでは火が出て、ひどく燃えています。ローハンプトンは私たちのものだ。私たちの支配下です!――その上、そこに駐機していた単葉機を私たちは手に入れました」

けたたましいベルの音が響いた。興奮した白髪の男が街区リーダーの部屋から姿を現す。「全て終わりだ」彼は叫んだ。

「今、ローハンプトンを手に入れたからと言って何になる? 飛行機隊はブローニュイギリス海峡の最狭部であるドーバー海峡に面するフランスの都市で目撃されているんだ」

「イギリス海峡ではないですか!」黄色い服の男は言った。彼はすばやく計算した。「半時間しかない」

「やつらはまだ飛行ステージを三つ持っている」年老いた男は言った。

「あの機関砲はどうなったのです?」グラハムは叫んだ。

「とても配備できません――半時間では」

「つまり見つかったということですか?」

「遅すぎた」年老いた男は言った。

「一時間だけでも足止めできれば!」黄色い服の男は叫んだ。

「もうやつらを止められるものはない」年老いた男は言った。

「一時間あればいいのですか?」グラハムは尋ねた。

「これほど近いとは!」街区のリーダーが言った。「ようやく機関砲を見つけたところです。これほど近いとは――。そいつを屋上に出すことさえできたなら」

「時間はどれくらいかかるのです?」唐突にグラハムは尋ねた。

「一時間は――確実に」

「遅すぎた」街区のリーダーは叫んだ。「遅すぎたんだ」

「本当に遅すぎたと?」グラハムは言った。「今ならまだ――。一時間ですね!」

不意に彼はある可能性に気づいた。穏やかに話そうとがんばったが、その顔は蒼白だった。「チャンスはあります。単葉機があるとあなたは言っていましたね――?」

「ローハンプトンの飛行ステージにあります、閣下」

「壊れているのですか?」

「いいえ。輸送台へ乗せる途中で放棄されたのです。滑走路へ運ぶことはできるでしょう――簡単に。しかし飛行士がいません――」

グラハムは二人の男をちらりと見て、それからヘレンに目を移した。長い沈黙の後で彼は話しだした。「私たちの側に飛行士はいないのですか?」

「いません」

唐突に彼はヘレンの方に向き直った。心は決まっていた。「私がやらなければ」

「何をです?」

「その飛行ステージまで――その機体のところまで行きます」

「どうするつもりなのです?」

「私は飛行士です。結局のところ――。あなたが責めたあの何日かも全くの無駄ではなかったわけだ」

彼は黄色い服の年老いた男の方を向いた。「機体を滑走路に運ぶよう伝えてください」

黄色い服の男はためらった。

「何をするつもりです?」ヘレンが叫び声をあげた。

「この単葉機は――チャンスなのです――」

「まさかあなたは――?」

「戦うつもりです――その通り。空中で戦います。以前にも考えたことがある――。巨大な飛行機は鈍重な代物です。覚悟を決めた者であれば――!」

「しかし――飛行が始まって以来、そんなことは決して――」黄色い服の男は叫んだ。

「それはその必要が無かったからです。しかし今、その時が来たのです。さあ、伝えてください――私のメッセージを彼らに送ってください――滑走路へ機体を運べと。自分が何をすべきかが今わかりました。なぜ自分がここにいるのか今わかったのです!」

年老いた男は無言のまま黄色い服の男をもの問いたげに見てから、急いで出ていった。

ヘレンがグラハムに向かって一歩進み出る。その顔は蒼白だった。「ですが、閣下!――一人でどうやって戦えるのです? 殺されてしまいます」

「おそらくは。ですが、そうしないだとか――あるいは他の誰かにやらせようとするのは――」

「殺されてしまいます」彼女は繰り返した。

「言ったでしょう。わかりませんか? そうすれば救えるかも知れないのです――ロンドンを!」

彼は口を閉じた。これ以上、言えることはなかった。彼は身振りで他の選択肢を脇に払いのけ、二人は互いを見つめたまま立ち尽くした。

彼が行かなければならないことは二人ともがはっきりと分かっていた。目の前にそびえる英雄的行為から一歩も引くことはできなかった。

彼女の目から涙があふれそうになる。両手を探るように動かしながら彼女は彼に近づいた。それはまるで目が見えないまま進む先を手探りしているかのようだった。彼女は彼の手を握り、そこに口づけをした。

「目覚めたのは」彼女は泣きながら言った。「このためだったと言うのですか!」

つかの間、彼は彼女を不器用に抱きしめ、頭を垂れたその髪に口づけし、そして彼女の体を突き離すようにして黄色い服の男の方に向き直った。

彼は何も言えなかった。その腕の手振りが「行きましょう」と語っていた。


©2024 H. Tsubota. クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示-非営利-継承 4.0 国際