眠れる者の目覚め, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

飛行機隊の到来


薄青色の服の二人の男が、占領したローハンプトンの飛行ステージの端から端まで延びるいびつな線の上に横たわって、カービン銃を握ったまま、飛行ステージの影、ウィンブルドン・パークと呼ばれる場所を見つめていた。ときおり互いに言葉を交わす。彼らはその時代のその階級に特有なぞんざいな英語を話した。オストログ側からの発砲はだんだん減っていって、やがて止み、わずかばかりの敵がときおり姿を見せるだけだった。しかしはるか下方、ステージの下層の空中廊下では、今も続く戦いの残響がときおり、民衆側からの断続的な発砲音の合間に聞こえた。男のうちの一人はもう一人に向かって、どうやって下にいる梁の影に隠れた男を見つけ出し、先を読んで狙いをつけ、姿をさらしたところを撃ち抜いたかを説明してみせていた。「まだあそこに倒れている」狙撃手は言った。「あの小さな染みが見えるか。そうだ。あの柱の間だ」

彼らの背後、数ヤードのところには見知らぬ人間が死んで横たわっていた。その顔は空を見上げているようで、その青いキャンバス地のジャケットは胸に開いたきれいな銃痕の周りが丸くくすぶっていた。そのかたわら近くでは、足に包帯を巻いた怪我した男が座り込んで無表情な顔で燃え広がる火災を見つめていた。こうした人々の背後に、奪取された単葉機が輸送台に斜めに乗せられて置かれていた。

今は見えない」二番目の男が怒ったような調子で言った。

状況をわかりやすくしようと熱心に説明を始めた狙撃手の口調は口汚い甲高いものに変わった。そこで突然、彼は口を閉じた。サブ・ステージから大きな叫び声があがったのだ。

「いったい何が起きているんだ?」彼は言うと片腕立ちで体を起こし、ステージの中央の溝にある、階段の最上部出口に目を凝らした。大勢の青い姿がそこから現れて、ステージ全体を動き回っている。

「あの馬鹿どもはみんな邪魔だな」相棒の方が言った。「動き回りやがって、狙撃の邪魔だ。いったい何をやろうとしてるんだ?」

「しっ!――何か叫んでる」

二人は耳をすませた。新しく現れた者たちは機体の周囲に集まっていた。黒いコートとバッジでひときわ目立つ三人の街区リーダーが機体をよじ登り、その上に姿を現す。下っ端の兵卒は数台のトラックへと飛び乗って車体にしがみつき、ついにはその輪郭全体が人間で覆われ、場所によっては三人が折り重なるようにしがみついていた。狙撃手の一人が膝立ちになる。「あいつらあれを輸送台に乗せようとしている――どうやらそれがあいつらのやりたいことらしい」

彼は立ち上がり、相棒の方も続いて立った。「何のつもりだ?」相棒の方が言った。「俺たちの側に飛行士はいないってのに」

「とにかくあいつらはそうしてる」彼は自分のライフル銃を見つめ、奮闘する人々を見つめ、それから唐突に怪我した男の方を向いた。「どうも気になるな、おい」カービン銃と弾帯を手に取りながら言うと、彼はすぐさま単葉機に向かって駆けていった。十五分ほどの間、彼は押したり引いたり、叫んだり叫び声に従ったりして、ようやく仕事を成し遂げ、自分たちの仕事の成功に歓声をあげる他の人々と一緒に立ち尽くした。その時には彼ももう都市にいた皆が知ったことを知っていた。世界の主人がいまだ未熟ながらもこの機体で自ら飛ぼうと考え、その操縦桿を握るために今もこちらに向かっているのだ。他の者にそれを任せるつもりはないのだという。

「とてつもない危険を犯す者、とてつもない重荷を背負う者、そんな者こそが王なのだ」世界の主人はそう語ったと言われていた。そしてこの男が歓声をあげ、汗がしずくとなってまだ乱れた髪の間から滴り落ちている間にも、あの革命の歌のビートと拍動をときおりかき消すようにして、いっそう大きな騒ぐ声が雷鳴のように聞こえてきた。周囲の人々の隙間に、階段からいまだにわき出し続ける人々の密集した頭の濁流が見えた。「世界の主人が来る」たくさんの声が叫んだ。「世界の主人が来る」そうして彼の周囲の群衆はますます密になっていった。彼は人混みをかき分けて中央の溝へと向かった。「世界の主人が来る!」「眠れる者、世界の主人が!」「神と世界の主人が!」声はそう怒鳴っていた。

唐突に彼は黒い制服の革命防衛隊のすぐ近くに出た。そして人生で最初で最後のことだったが彼は間近でグラハムを見たのである。彼は背の高い、黒いローブをはためかせた黒衣の男だった。白い毅然とした顔に、前方を断固として見据えた目。周囲の些末な出来事は耳にも、目にも、思考にも留まっていない男だった……。

この男が、目の前を通り過ぎたグラハムの血の気の引いた顔を忘れることは生涯なかった。一瞬にしてそれは去り、揺れ動く人混みの中で彼はもがいた。恐怖にすすり泣く若者に突き飛ばされ、彼は階段の方へと進みながら「離陸するんだ。道をあけろ、この馬鹿ども!」と怒鳴った。飛行ステージからの退避を知らせるベルが耳障りな大きな音をたて始める。

このベルの音を聞きながらグラハムは単葉機へと近づいていき、その斜めに傾いた翼の影の中へと歩んで進んだ。そこで周囲にいる大勢の人々が彼と一緒に行こうと申し出ていることに気づき、その申し出を脇に払いのけた。どうやってエンジンを始動させるか、彼は考えたかった。ベルの音はますます速くなっていき、遠ざかる人々の足音はますます速く大きくなっていった。黄色い服の男が、機体の骨組みの間から乗り込む彼の手助けをしてくれた。操縦席へよじ登ると、彼はとても慎重に細心の注意を払って体を固定した。あれは何だ? 黄色い服の男が南の空を駆け上がっていく二機の小さな飛行機械を指さしている。それが近づく飛行機隊を探すためのものであることは疑いようがなかった。とにかく――今のところ――すぐになすべきことは飛び立つことだ。状況が彼を責めたて、疑問や警告が彼に襲いかかる。それが彼を悩ませた。彼は機体のことだけを考え、これまでに学んだ全ての項目を思い出そうとした。彼は人々に向かって手を振り、黄色い服の男が骨組みの間から下に降り、彼の身振りに従って群衆が柱の列の向こうに退いていくのが見えた。

しばらくの間、彼は身じろぎもせずにエンジンを操作するレバーやハンドル、彼には詳しくはわからないたくさんの繊細な機器を見つめていた。自分に向かって泡を昇らせるアルコール水準器に目を留め、そこで何かを思い出し、十秒ほどかけてその泡が管の中央に来るようエンジンを前方へ調整した。人々の叫び声が止んでいることに気づいて、彼らが自分の試行錯誤を見守っていることに彼は気づいた。頭上のフレームに一発の弾丸が撃ち込まれる。誰が撃ったのだ? あの退避している人々か? 様子を見るために彼は立ち上がり、それから再び腰を下ろした。

次の瞬間にはプロペラが回転を始め、彼は滑走路を駆け抜けていった。ハンドルを握りしめ、機首を持ち上げるためにエンジンを後方へ動かす。その時、人々から叫び声があがった。一瞬、エンジンの振動に彼は揺さぶられ、叫び声はすばやく後ろへ遠ざかって、静寂の中へと突っ込んでいった。風防のふちで風が音をたて、とてつもない速さで彼から世界が沈んで遠ざかる。

ドッ、ドッ、ドッ――ドッ、ドッ、ドッ。彼は駆け上がっていった。自分がまったく興奮していないように彼には思われた。冷静で慎重であるように感じられた。機首をさらにもう少し上げ、左翼側にあるバルブの一つを開けて、弧を描きながら上昇していく。頭を動かさずにじっと下を見つめ、それから上を見る。オストログ側の単葉機の一機が彼の進路を横切るように飛んでいて、彼は急降下してくぐり抜けようとそいつに向かって斜めに飛んだ。小さく見える向こうの飛行士は彼をじっと見下ろしていた。やつらは何をしようとしているのだろう? 彼の頭脳が忙しく働く。狙いを定めた武器を積んでいるのが見え、一機は銃撃をするつもりのようだ。やつらは彼が何をするつもりだと考えているのだろう? 一瞬のうちに彼は相手の戦術を見抜き、決心した。つかの間の迷いは過ぎ去っていた。左側のバルブをさらに二つ開いてぐるりと回転し、この敵機の方へと向いたところでバルブを閉める。これで正面から撃たれても機首と風防が弾丸から彼を守る。まるで彼を避けるかのように相手は少し機体を傾けた。彼は機首を引き上げた。

ドッ、ドッ、ドッ――少しの間――ドッ、ドッ――歯が食いしばられ、思わず顔がゆがむ。そしてぶつかった! 上昇しながら近い方の翼のすぐ下に彼はぶつけたのだ。

敵機の翼がとてもゆっくりと大きくなっていくように見え、それから彼の加えた一撃が走る。敵機の全体が見え、それからそれが視界の外へと下に向かって滑っていった。

機首が下がるのを感じて彼の手がレバーを強く握りしめ、勢いよくエンジンを後ろに下げる。動作に引っかかりを感じたかと思うと機体の鼻先が急に上へと跳ね上がって、しばらくの間、彼は仰向けに横たわっているかのようになった。機体はよろめきながら旋回し、まるでらせんを描いて踊っているかのようだ。彼はひどく苦労しながら、しばらくの間、レバーにしがみつき続け、やがてエンジンはゆっくりと再び前方へと戻った。彼は上昇していったが、もはやその勢いは失われていた。息を切らせながらしばらくの間、彼は再びレバーと格闘した。周囲では風が音をたてている。さらなる努力の末に、機体はほとんど水平に戻り、彼は息をついた。そこで初めて彼は敵機がどうなったかを確認しようと頭をめぐらせた。しばらくレバーの操作に戻り、それから再び見る。しばらくの間、彼は相手を撃墜したように思った。その時、二つの飛行ステージの間、東の方に、裂け目のようなものがあることに彼は気づき、その下に何か細い線状のものがすばやく落ち、そして消えるのが見えた。まるで亀裂へ落ちる六ペンス硬貨のようだった。

最初、彼は何が起きているのか理解できなかったが、次の瞬間、激しい喜びが彼を包んだ。彼は声を限りに叫びをあげた。それは言葉にならない叫びで、そのまま彼は高く高く上空へと舞い上がっていった。ドッ、ドッ、ドッ、少しの間、ドッ、ドッ、ドッ。「もう一機はどこだ?」彼は考えた。「あいつらも――」彼は晴れ渡った天空を見回し、あの二機目に頭上を取られているのではないかとしばし怯えた。それからノーウッドの飛行ステージへと降りていくそいつを見つけたのだった。相手がたくらんでいたのは銃撃だった。しかし上空二千フィートで正面衝突の危険を犯すことはこの時代における人間の勇敢さを超えるものだった……。

少しの間、彼は円を描くようにして飛び、それから西の飛行ステージへ向かって急降下した。ドッドッドッ、ドッドッドッ。黄昏がすばやく忍び寄り、ストリーサムの飛行ステージから立ちのぼる煙はとても濃く、黒く、今では炎は火柱となっていた。動く道の編み合わさった曲線や半透明の屋根屋根、ドーム、ビルの間の隙間といった全てが今では柔らかく輝き、日中にはまぶしすぎた電気の光のちょうどよくなった明かりに照らされていた。オストログが掌握する使用可能な三つの飛行ステージ――ウィンブルドン・パークのものはローハンプトンからの銃火によって使いものにならず、ストリーサムのものは燃え上がっていた――は近づいてくる飛行機隊のための滑走路灯で輝いていた。ローハンプトンの飛行ステージを飛び越すように滑空すると、そこにいる黒山の人だかりが見えた。熱狂的な応援の拍手、それに小鳥のさえずりのような音をたてて空を切る、ウィンブルドン・パークの飛行ステージからの銃声を聞きながら、彼はサリーの荒れ地の上を飛んで行った。南西からのそよ風を感じ、そうするよう教えられたとおりに西側の翼を持ち上げ、空気が薄くて風の強い上空へと横に傾きながら昇っていく。ヒュー、ヒュー、ヒュー。

拍動するリズムに乗って上へ上へと彼は駆け上がり、ついには眼下の土地は青くぼんやりとした姿に変わって、ロンドンはまるで光でなぞられた小さな地図、地平線の近くに浮かぶたんなる都市の模型になった。南西には影になった世界の境界の上に広がるサファイア色の空が見え、上昇していくに従って星の数はどんどん増えていった。

そして見えた! 南の方角、低空ですばやく近づいてくる輝き。星雲のような光を放つ二つの小さな点群があった。それからさらに二つ、そしてすばやく疾走する姿が輝く。今や彼はその数を数えることができた。そこには二十四機いた。飛行機部隊の第一陣がやって来たのだ! その向こうにはさらに大きな輝きが姿を現しつつあった。

この前進する飛行機隊をじっと見つめながら、彼は半円を描いて旋回した。それはくさびのような形で飛行していた。巨大な燐光を放つ姿が三角形の隊列を組んで低空を滑るように近づいてくる。彼はその速度をすばやく計算し、エンジンを前方に動かす小さなハンドルを回転させた。レバーの一つに触れるとエンジンの拍動する動きが止んだ。彼は落下を始め、落下速度はどんどん速くなっていった。彼が狙っているのはくさび形の頂点だった。風を切って飛ぶ石のように彼は落下していった。一番前の飛行機にぶつかるまでの滑空時間は一秒にも満たないように思えた。

大勢の黒人の中の誰一人として自らの運命の行方をわかっていた者はいなかったし、空から自らに襲いかかる鷹がいるとは誰一人として夢にも思っていなかった。飛行機酔いの苦しみに力を失っている者を別にすれば、彼らはその黒い首を伸ばしてもやの中にそびえ立つ霞んだ都市をじっと見つめていた。「ご主人様である指導者マッサ・ボス」が彼らの従順な筋肉を呼び寄せた先の、豊かで壮大な都市を。白い歯が光り、光沢のある顔は輝いていた。パリのことは彼らも耳にしていた。自分たちが貧しい白人のくずどもの間で王侯のような時間を過ごせると知っていたのだ。

唐突にグラハムは彼らに襲いかかった。

狙っていたのは飛行機の胴体だったが、最後の最後の瞬間になってもっといい考えが脳裏にひらめいた。彼は機体をひねり、右翼の先端近くにその全重量をかけてぶつかった。ぶつかると同時に体が後ろに引かれる。機首がなめらかな翼の上をそのつけ根に向かってすべっていく。猛烈な勢いで迫ってくる巨大な外装の上を彼と単葉機は流れていき、一年にも思えたその一瞬の間、彼は何が起きているのかわからなくなった。大勢の人間からあがるわめき声が聞こえ、自分の乗った機体が巨大な補助浮体フロートの端で危なっかしくバランスを取ったまま下へ下へと落ちていっていることに彼は気づいた。肩越しにちらりと振り返って見ると、飛行機の骨組みの主軸と上に傾いた反対側の補助浮体が見えた。スライド式の座席の骨組みの間から、たくさんのじっと見つめる顔と傾いた手すりをつかむ手が見えた。さらに遠くの補助浮体についた窓が勢いよく開けられる。飛行士が機体を立て直そうと試みているのだ。遠く向こうに、先導する僚機の迷走を避けようと鋭い角度で上昇する二番目の飛行機が見えた。ふらふらと揺れる両翼の大部分が上に向かって引っ張り上げられているように見える。自分が落ちていっていることを彼ははっきりと感じた。完全に裏返った巨大な外装がまるで斜めになった壁のように頭上に垂れ下がっていた。

自分が飛行機の側面にある補助浮体にぶつかってそこから滑り落ちたことを彼ははっきりとは理解していなかったが、自分が滑空降下しながら自由に飛んでいて、地面が急速に近づいていることはわかった。自分は何をやったのだろうか? うなるエンジンのように鼓動する心臓が喉から飛び出しそうで、危機の瞬間には手がしびれてレバーを動かすこともできなかった。エンジンを後ろに動かすためにハンドルをひねって、二秒ほどの間、その重さと格闘し、機体の姿勢が戻って水平飛行に移ったのを感じると、再びエンジンを始動させた。

見上げると、はるか頭上で二機の飛行機が叫びをあげながら滑空しているのが見え、後ろを振り向くと飛行機隊の本体が散開して上や左右へと勢いよく進路を変えているのが見えた。彼がぶつかった一機は軌道から外れて落ちていき、巨大なナイフの刃のように眼下の風車の列に沿って突き進んでいた。

機体の尾翼を下げてから彼は再び見た。進む先に目も向けずに上昇しながら彼は観察を続けた。風向計が外れて、巨大な外装が地面にぶつかるのが見えた。下側の翼が落下の重みでひしゃげ、それから全体がひっくり返って、逆さまになったまま斜面に立つ風車の列にぶつかる。そして膨らんだようになった残骸からあがる白い炎の薄い舌が天頂に向かってなめるようにあがった。そこで彼は巨大な物体が自分に向かって飛んで来るのに気づき、上昇して間一髪のところでその二機目の飛行機の体当たり――もしそれが体当たりならばだが――から逃れた。そいつは風を切って落下し、それが周囲に巻き起こした突風によって彼の機体は一尋ほども下に吸い寄せられ、あやうくひっくり返されそうになった。

自分に向かって突進してくる別の三機に彼は気づき、なんとかその上を飛び越さなければならなかった。全方位に飛行機がいて激しく飛び回っていたが、どうやらそれは彼を避けるためらしかった。上へ下へ、東へ西へ、飛行機は彼の周りを駆け抜けていった。遠く西の方角で衝突する音が聞こえ、炎をあげる二機が落ちていく。遠く南の方角からは第二部隊が近づいていた。少しずつ彼は上昇していった。やがて全ての飛行機が下に見えるようになったが、しばらくの間、彼は敵機に対する自分の高さに確信が持てなかったので、再び急降下して襲いかかろうとはしなかった。それから二番目の犠牲者へと舞い降り、それに乗った兵士全員が近づいてくる彼に気づいた。巨大な機体は揺れながら逃げ出し、恐慌状態の男たちは武器を求めて機体の後部へと殺到した。数十発の弾丸が空を切って撃ち込まれ、彼を守る風防の厚いガラスに星のような亀裂が走る。彼の急襲から逃れるためにその飛行機は速度と高度を落としたが、あまりに高度を落としすぎた。ブロムリーヒルに建つ風車が自分に向かって急速に迫ってくるのに彼が気がついてそれを避けて上昇すると同時に、彼が追っていた飛行機が風車の群れの中央にぶつかった。そこからあがった全ての声が悲鳴を織りなして響いた。巨大な骨組みが、傾いて裂けた貨物室の間で一瞬、逆立ちしたかと思うと、ばらばらに砕けて吹き飛んだ。巨大な破片が空を飛び、エンジンはまるで炸裂弾のように爆発した。炎の熱い突風が頭上の薄暗い空へと吹き上がった。

二機目だ!」彼が叫ぶと同時に、頭上から落とされた爆弾が落下しながら爆発し、すぐさま彼は再び上昇を始めた。すばらしい高揚感が今、彼を満たしていた。なんと偉大な戦果だろう。人類についての憂い、自らの力不足についての心配は完全に消え去っていた。彼は自分の力に喜びを感じながら戦う一人の男だった。飛行機隊は彼を中心に全方位に散り散りになっているように見えた。ただ彼から逃れることだけを考えているようで、飛行機が進路を変えるたびにそこに詰め込まれた乗員のわめき声が短い突風となって聞こえた。三番目の獲物に彼は近づいて猛スピードで体当たりしたが、今度はわずかにかすめただけに終わった。獲物は彼から逃れたが、ロンドン・ウォールの高い断崖に激突した。その衝撃を避けて飛び上がった彼の目に薄暗い地面が一瞬、映ったが、それは驚いて斜面を駆け上がる野ウサギが見えるほど近かった。がたがたと揺れながら急上昇し、気がつくと彼はサウス・ロンドンの上空を飛んでいた。周囲には誰もいない。右手方向ではオストログ側からの何発もの信号弾が激しく空を染めていた。南では半ダースほどの航空機の残骸が炎をあげ、東と西と北では彼を前にした敵機が逃げ回っていた。敵機は東と北へと飛び去ってから、南へと進路を変えていた。空中で停まることはできないからだ。今の混乱状態で旋回を試みれば破滅的衝突を招くだけだろう。

ローハンプトンの飛行ステージの上空二百フィートほどのところを彼は通過した。そこは黒山の人だかりで、その熱狂的な叫び声で騒がしかった。しかし、なぜウィンブルドン・パークの飛行ステージにも人が集まって歓声をあげているのだろう? 遠くの三つの飛行ステージは今はストリーサムの煙と炎で隠されている。それらと北の地区を見ようと彼は弧を描きながら上昇した。煙の背後から最初に視界に飛び込んできたのはシューターズ・ヒルの四角い影で、着陸した飛行機と降りたった黒人たちが照明に照らされて整然と並んでいた。次にブラックヒース、その次に煙の端の下のノーウッドの飛行ステージ。ブラックヒースには飛行機は着陸していない。ノーウッドは、熱狂的な混乱の中であちこちに走り回る小さな人影の群れに覆われていた。なぜだ? 唐突に彼は理解した。飛行ステージの執拗しつような防衛が終りを迎え、人々はオストログが奪い取った最後の拠点である地下道へとなだれ込んでいるのだ。そしてその時、都市の北の境界遠くから彼に大いなる栄光がもたらされた。音が聞こえたのだ。それははっきりとした勝利の響きだった。機関砲の重低音である。彼のくちびるが薄く開き、その顔に感情が広がっていく。

彼は大きく息をついた。「勝った」澄んだ空に向かって彼は叫んだ。「人民が勝利したんだ!」それに応えるように二度目の砲声が響いた。その時、ブラックヒースで単葉機が飛び立とうと滑走路を疾走しているのが見えた。そいつは整然と離陸して上昇していく。弾丸のように空へと駆け上がり、一直線に西の方角へと飛び去っていく。

これが何を意味しているのか一瞬で彼は悟った。飛んでいるのはオストログに違いない。叫びをあげて彼はそいつに向かって急降下した。上昇で得た勢いのままに空を斜めに駆け下り、それはとてつもない速度だった。彼が近づくに従ってそいつは急角度で上昇を始めた。相手の速度を見越して彼はまっすぐにそいつめがけて飛んでいった。

突然、そいつがたんなる平らな線へと変わったかと思うと、見よ! 彼は相手を通り過ぎたのだ。真っ逆さまに降下して、全力の一撃を加えたが無駄に終わった。

彼は激怒していた。機体のシャフトに沿ってエンジンを背後へと移動させ、円を描きながら上昇する。オストログの機体がらせんを描きながら駆け上がっていくのが前方に見えた。それに向かって彼はまっすぐに上昇して上を取った。急降下の勢いがあったことと一人分重量が少ない分だけ有利だったのだ。彼は真っ逆さまに降下した――降下したが、また失敗した! 通り過ぎる時に、オストログの飛行士の自信に満ちた冷静な顔とオストログの恐怖に怯えた様子が見えた。オストログは断固として彼から顔を背けている――南の方角を見ていた。目もくらむような怒りとともに彼は自分の操縦がいかに拙いかを悟った。眼下にクロイドン・ヒルが見えた。もう一度、急上昇し、彼は敵機に追いついた。

肩越しにちらりと後ろを見て、そこで目が離せなくなった。東の方角の飛行ステージ、シューターズ・ヒルのものが浮き上がったように見えたのだ。閃光が背の高い灰色の姿、煙と埃からなる僧帽のような形に変わり、空へと巻き上がる。しばらくの間、その肩のあたりから巨大な金属のかたまりを降り注がせながらこの僧帽のような形は静止したまま屹立し、それから煙の濃い頂点から崩れ始めた。人々が吹き飛ばしたのだ。飛行機も何もかも! 唐突にノーウッドの飛行ステージから二度目の閃光が走り、灰色の影が立ちのぼった。彼がそれを見つめている間にも死の報せが届き、最初の爆発で起きた空気の波が彼に襲いかかった。彼は脇へと吹き飛ばされた。

少しの間、彼の乗った単葉機は鼻先を下にしてほとんど横倒しで落ちていき、まるで完全にひっくり返ろうかどうか迷っているようだった。彼は風防の上に立って、頭上で揺れているハンドルを回し続けた。そこで二度目の爆発の衝撃が彼の機体を脇に押しのけた。

気がつくと彼は機体の骨組みの一本にしがみついていた。爆風は通り過ぎる時に上へと吹き抜けていた。上へと吹き抜けた爆風で、彼はまるで空中に静かに吊り下げられているようだった。自分は落下しているのだと彼は思い当たった。そして自分が落下していることを確信した。下を見ることはできなかった。

気がつくと彼は目覚めてからこれまでに起きた全ての出来事を信じがたい速さで思い起こしていた。疑いの日々、帝国の日々、そして最後にオストログの謀った裏切りが発覚して大騒ぎになったこと。

そうした光景にはまったく非現実的な質感があった。自分は誰なのだろう? なぜ自分は手をこれほど固く握りしめているのだろう? なぜ離すことができないのだろう? 今と同じような落下で何度となく夢が終わったものだ。そしてすぐさま目が覚める……。

彼の思考はどんどん速くなっていく。またヘレンに会えるだろうかと彼は思った。二度と彼女に会えないというのはまったく不条理なことに思えた。これは夢に違いない! 彼女に会えるに決まっている。少なくとも彼女だけは現実だ。彼女は現実のものだ。目を覚まして彼女に会うのだ。

しかし彼がそれを目にすることはなかった。不意に彼は気づいた。地面はすぐそこだ。


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