眠れる者の目覚め, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

アトラスの大広間


仕立て屋が頭を下げて別れを告げた瞬間から、自分がエレベーターに乗っているとグラハムが気づいた瞬間まで、全て合わせても五分あったかどうかというところだった。とてつもない期間に及ぶ睡眠のかすみはまだ彼の周りを漂っていたし、この遠く隔たった時代に五体満足で生きているという最初に感じた違和感が、触れるもの全てに驚きと不条理、何か現実さながらの夢を見ているような感触を与えていた。彼は驚く目撃者のようにいまだ部外者で、一方でまた半分は当事者だった。彼が目にしたもの、とりわけバルコニーから見たあの最後の群衆による騒乱は、まるで劇場のボックス席から見るような壮観な雰囲気を持っていた。「理解できない」彼は言った。「いったいあの騒ぎは何なんです? 頭がふらふらする。なぜ彼らは叫んでいるのです? 何か危険が迫っているのですか?」

「私たちには私たちの問題があります」ハワードが言った。その目はグラハムの問いを避けていた。「今は混乱の時期なのです。そして実のところ、あなたの出現、あなたがちょうど今、目覚めたことはそれにある種の関係が――」

まるで息切れする人間のように身を震わせながら彼は話した。唐突に彼が口をつぐんだ。

「理解できません」グラハムは言った。

「あとでもっとはっきりしますよ」ハワードが答えた。

まるでエレベーターの速度が遅いと気づいたかのように、彼は落ち着かない様子で上に目をやった。

「もう少しこの先のことが分かればもっとよく理解できることは間違いないのですが」グラハムは困惑して言った。「そうなのです――実に困惑させられる。今のところは全てがあまりに奇妙です。あらゆる可能性が考えられる。あらゆる可能性が。ほんのささいなことでさえです。あなたはそう考えてないことは理解しますが」

エレベーターが止まり、二人は高い壁の間に延びる狭くとても長い通路へと歩み出た。通路に沿って途方もない数の管や太いケーブルが走っている。

「なんて広い場所なんだ、ここは!」グラハムは言った。「これが一つの建物なんですか? ここはどういった場所なんですか?」

「これは都市道の一つで様々な公共サービスのためのものです。照明といったもののね」

「社会的な問題は起きないのですか――つまり――この巨大な道路の土地に関して? あなたたちはどうやって統治されているのです? まだ警察はあるのですか?」

「いくつかは」ハワードが言った。

「いくつか?」

「十四ほどです」

「私には理解できない」

「無理もありません。私たちの社会秩序はおそらくあなたにとっては複雑過ぎるのでしょう。実を言うと私自身も完全に明確には理解していません。誰も理解できていないでしょう。あなたにもたぶん――お手上げでしょう。私たちは評議会へ行かなければなりません」

グラハムの注意は自分の質問の差し迫った必要性と自分たちが進む通路やホールにいる人々の間で二分された。しばらくの間、彼の頭はハワードとその煮えきらない答えのことでいっぱいになったが、やがて予期せぬ鮮烈な印象に気を取られて話の筋道を見失ってしまった。通路沿いのホールにいる人々の半分ほどは赤い制服を着た男たちのようだった。動く道の通りにあれほどいた薄青色のキャンバス地の服はまったく見えなかった。そこにいた男たちはずっと彼を見ていて、彼とハワードが通り過ぎる時には敬礼をした。

長い回廊への入り口がはっきりと見えてきて、そこにはまるで教室のように、低い椅子に座ったたくさんの少女がいた。教師は見当たらず、ただ見たことのない装置があってそこから声が流れ出しているようだった。少女たちは彼とその道連れを見つめ、そこには好奇心と驚きの様子があるように彼は思った。しかしこの集団についてはっきりとした考えをまとめる前に彼は急かされて進んでいった。彼が見たところ、彼女たちは、ハワードは知っているようだが自分のことは知らず、自分が誰なのか不思議に思っているようだった。どうやらこのハワードは重要人物のようだった。しかしそれと同時に彼はたんなるグラハムの後見人でもあるのだ。なんとも奇妙だった。

やがて薄暗い通路へやって来た。この通路の上の方には歩道が見えてそこを行き交う人々の足や足首が見えたが、そこから上は見えなかった。空中廊下、そして赤い服の護衛を連れた自分たち二人の背中を振り返って見る、思いがけず驚いた様子の通行人のぼんやりとした印象だけが残った。

彼が感じた回復の活力は一時的なものに過ぎなかった。このひどい急ぎ足に彼は急速に疲弊していった。彼はハワードに歩を緩めるように頼んだ。やがてエレベーターに乗り込んだ。エレベーターにはあの巨大な通りに面した窓があったが、はめ殺しのガラス張りで、あまりに高くて彼には眼下のあの動くプラットフォームは見えなかった。しかしケーブルや奇妙で華奢な外観の橋に沿ってあちらこちらへと行き交う人々は見えた。

そこから二人は通りを渡って、そのはるか頭上へと到達した。二人はガラスが張り巡らされた細い橋を渡って進んだが、橋はあまりに透明で思い出しただけで彼は目がくらむようだった。その床までもがガラス製だったのだ。ニューキーとボスキャッスルの間の断崖を彼は思い出した。遠く隔たった時代の、しかし記憶の中ではつい最近見たばかりのそうした断崖からすると、二人がいるのはあの動く道の上空、四百フィート近くであるに違いなかった。彼は立ち止まって自分の足の間から動き回る青と赤の群衆を見下ろした。小さく縮んだそれは、争うようにしながら、はるか下に見えるあの小さなバルコニーに向かってまだ手を振り動かしている。ついさっきまで立っていたそのバルコニーはまるで小さなおもちゃのように見えた。薄いもやとあの巨大な光の球体のまばゆい輝きが全ての輪郭をぼやけさせていた。小さな透かし細工の揺り籠に似たものに座った一人の男が、小さな細い橋よりもなお高いどこかから打ち出されてまるで落ちているのではないかという速さでケーブルを駆け下っていく。グラハムは思わず立ち止まってその下へと消えていった奇妙な乗員を見つめ、それからその目は騒々しい争いへと戻された。

速い道の一つに沿って赤い点の濃いかたまりが殺到していた。あのバルコニーに近づくにつれてそれは個々の点に分かれ、中央のエリアの密になって争っている群衆に向かって遅い道を流れ下っていく。赤い服を着たこの男たちはこん棒か警棒で武装しているように見え、殴りかかって猛撃を加えているようだった。大きな叫び声や怒号、金切り声が巻き起こり、それが上にいるグラハムにも切れぎれに届いた。「進んで」彼を手で押すようにしてハワードが叫んだ。

また別の男がケーブルを駆け下る。グラハムが、やって来た所を見ようと唐突に視線を上げると、ガラスの屋根とケーブルの網目、大梁の向こうに風車の翼のように一定間隔で通り過ぎるはっきりしない形状が見え、その隙間に遠く青白い空がちらりと見えた。次の瞬間、ハワードが彼を前へ押しやって橋を渡りきり、彼は幾何学的な模様で飾られた小さな狭い通路に入っていった。

「もっとよく見させてください」抗いながらグラハムは叫んだ。

「だめだめ」まだ彼の腕をつかんだままハワードは叫んだ。「こちらです。こっちへ進むのです」二人についてきた赤い服の男たちは命令を実行に移す準備ができているようだった。

奇妙なスズメバチのような黒と黄の制服を着た黒人が何人か通路の向こうから現れ、一人が、グラハムには扉に見えたスライド式のシャッターを急いで上へと押し上げてその中へと導いた。気がつくとグラハムは巨大な会議場の端にせり出た廊下にいた。黒と黄の服を着た案内人はそこを進み、二つ目のシャッターを押し上げると立ったまま待った。

この場所はどうやら控えの間のようだった。中央の空間には大勢の人々がいて、反対側の壁には長い階段の上に巨大な堂々とした扉があって厚い幕で覆われていたが、その先にはさらに大きなホールがちらりと見えた。そこにある出入り口の周囲に赤い服を着た白人たちと黒と黄の服を着た黒人たちが直立不動で立っていることに彼は気づいた。

廊下を進むうちに、下から「眠れる者だ」というささやき声が聞こえ、何人かの頭が振り向いて、ざわめきが起きた。二人は控えの間の壁から延びる別の通路へと進み、気がつくと鉄製の手すりのある金属でできた空中廊下にいた。廊下は彼がすでに幕越しに見たあの巨大なホールの側面を弧を描いて走っている。彼は隅の方からその場所に入ったので、その巨大な空間全体を見て取ることができた。スズメバチのような制服の黒人が熟練の使用人のように脇に立ち、彼の背後でバルブが閉まった。

これまでグラハムが見てきたどの場所と比べても、この二番目のホールはとてつもなくきらびやかに飾り付けられているように見えた。遠くの方の突き当りにある台座の上には他と比べてもひときわ明るく照らされた、たくましく力強い、曲げた両肩のうえに地球を背負う、巨大な白いアトラスの像があった。最初に彼の注意を引いたのはその像だった。とても大きく、その忍耐強さと痛々しさは真に迫っていて、真っ白で飾り気が無かった。この像と中央の演壇を別にすれば、広々としたフロアはきれいなもので、何も無かった。演壇はその広い領域の遠くにあった。もしその上のテーブルの周りに立つ七人の集団がいなくて、その大きさを推察できなければ、それはただの金属の厚板に見えたことだろう。彼らは全員、白いローブを身に着けていて、ちょうど席から立ち上がったところのようで、グラハムをじっと見つめていた。テーブルの端で何か機械装置が光っていることに彼は気づいた。

ハワードは空中廊下の端に沿って、この苦役に服する巨大な像に二人が正対するところまで彼を導いていった。そこで彼は立ち止まった。後を追って空中廊下をついて来た赤い服の二人の男がグラハムの両側に立った。

「ここで待っていてください」ハワードが声をひそめて言った。「しばらくの間です」そう言うと返事を待たずに廊下に沿って足早に去っていった。

「しかし、なぜ――?」グラハムは言いかけた。

彼はハワードを追うように体を動かしたが、そこで赤い服の男の一人に進路を塞がれていることに気づいた。「ここでお待ちいただかなければなりません、閣下」赤い服の男は言った。

なぜ?」

「命令であります、閣下」

「誰の命令?」

「我々の命令であります、閣下」

グラハムは憤慨の表情を浮かべた。

「この場所は何なのです?」少しして彼は言った。「あの人たちは誰です?」

「彼らは評議会の議員であります、閣下」

「何の評議会です?」

「評議会は評議会であります」

「まったく!」もう一人の男と同じように無益な問答をした後でグラハムは言うと、手すりに近づいて遠くの白い服の人々を見つめた。彼らは立ったまま彼を見て互いにささやきあっているようだった。

評議会だと? 今では八人になっていることに彼は気づいたが、新しい人物がどこから現れたのか彼は見ていなかった。彼らは挨拶をする様子も無く、彼を見つめながら立っていて、その様子はまるで、急に視界に浮かび上がった遠くの気球を見つめる、街路に立つ十九世紀の人々の一団のようだった。いったい何の評議会だと言うのだろう。巨大な白いアトラス像の足元に集まった、どんな盗聴者からも隔離されたこのとてつもなく広い場所に集まった少人数の集団が? そしてなぜ自分はそこに連れて来られ、物珍しそうに観察され、聞こえないところで論評されなければならないのだ? 下の方にハワードが現れ、彼らに向かって磨かれたフロアを足早に横切っていった。近くまで来ると彼は頭を下げて何か奇妙な動きを演じてみせた。あきらかに儀礼的な意味を持つものだ。それから演壇の階段を登り、テーブルの端の装置の横に立った。

グラハムはその見えるだけで聞こえない話し合いを見守った。ときおり白いローブの者たちの一人が彼の方を見やった。彼は耳をすましたが無駄だった。話している二人の身振り手振りが激しくなっていく。彼は彼らから自分の付添人の泰然とした顔へと目を移した……。再び視線を戻すとハワードはまるで抗議するかのように両手を広げて頭を振り動かしていた。どうやら白いローブの者たちの一人がテーブルを叩いて彼を遮ったようだった。

この話し合いは果てしなく続くようにグラハムには思われた。彼はその足元に評議会が陣取っている凍りついた巨人の方へと目を上げた。それからそのホールの壁へと目をさまよわせる。壁は日本風の絵が描かれた長いパネルで飾られ、その多くは実に美しかった。そうしたパネルは大きくて精巧な造りの黒っぽい金属の枠で囲むようにまとめられていて、その枠は廊下に立ち並ぶ金属製の女像柱カリアティードと室内の巨大構造の作る線の間を走っていた。そうしたパネルの卓越した優雅さが、中央に配置された苦役に服する巨大な白い作品をいっそう際立たせていた。グラハムの目が評議会の方へと戻されると、ちょうどハワードが階段を下りていくところだった。彼が近づいてくるに従ってその顔の様子がわかるようになり、グラハムは彼が顔を紅潮させて頬を膨らませているのを見て取った。廊下に沿って再び姿を現した時にもその表情はまだ険しいままだった。

「こちらです」彼はそっけなく言って、近づくのに合わせて開いた小さな扉へと二人は無言で進んだ。あの赤い服の男たちはこの扉の両側に立って止まった。ハワードとグラハムは中に入ったが、グラハムがちらりと背後を見るとあの白いローブの評議会はまだ立ったまま寄り集まって彼の方を見つめていた。それから重い音をたてて扉が背後で閉まり、そこで目覚めて以来、初めて彼は静寂の中に身を置いたのだった。その床は足音さえ響かせなかった。

ハワードが別の扉を開き、二人は白と緑で統一された続き部屋の最初の間に入った。「あの評議会は何なのです?」グラハムが口を開いた。「彼らは何を議論しているのですか? 私とどんな関係があるのですか?」ハワードは慎重に扉を閉じ、大きなため息を吐くと、何事かを低い声でつぶやいた。歩いて部屋を斜めに横切ると、振り向き、再び頬を膨らませた。「ああ!」彼はうなって、安心したようだった。

グラハムは相手を見つめながら立っていた。

「あなたが理解しなければならないのは」グラハムの視線を避けるようにしながら唐突にハワードは話し始めた。「現代の社会秩序は非常に複雑だということです。中途半端な説明の仕方、雑で精査されていない言い方ではあなたに誤った印象を与えかねない。実際のところ――一部は複利の問題なのです――あなたの少額の財産、それからあなたのいとこのワルミングがあなたに遺した財産――そして一定量の他の原資――それがとてつもない量へと変わったのです。そしてあなたには理解が難しいであろう他のいくつかの出来事によって、あなたは重要人物となったのです――とてつもない重要人物――世界の運命に関わる人物にです」

彼はそこで口を閉じた。

「それで?」グラハムは言った。

「私たちは深刻な社会問題を抱えています」

「それで?」

「面倒な事態になっているのです。実際のところ、あなたはここに閉じこもっていた方が賢明だ」

「私を隔離するというのですか!」グラハムは声を荒らげた。

「いや――隠れていてくれと頼んでいるのです」

グラハムは彼の方に向き直った。「まったく奇妙な話だ!」彼は言った。

「あなたの身に危害は加えられません」

「危害は加えられない!」

「ただしあなたはここにいなければ――」

「自分の立場を私が学んでいる間は、ということでしょうね」

「その通りです」

「いいでしょう。始めましょう。なぜ危害が?」

「今はだめです」

「なぜだめなのです?」

「あまりに長い話だからです、閣下」

「それではなおさらすぐに始めなければ。あなたは、私が重要人物だと言った。あの聞こえてくる叫びは何です? なぜ私の昏睡が終わったからと言って大群衆が興奮して叫び回るのです? それにあの巨大な会議室にいた白い服の人間たちは誰なのです?」

「全ていずれ時が来ればわかります、閣下」ハワードが言った。「しかしぞんざいには説明できません。ぞんざいには。現代は誰一人として確実なことを言えないあやふやな時代なのです。あなたの目覚めは――誰一人としてあなたが目覚めるとは予測していなかった。評議会は協議中なのです」

「どの評議会です?」

「あなたが目にしたあの評議会ですよ」

グラハムは癇癪を起こすように身震いした。「こんなのは不当だ」彼は言った。「私は何が起きているのか知らなければならない」

「待たなければなりません。まったくのところ、あなたは待たなければならないのです」

グラハムは唐突に腰を下ろした。「人生を再開するまでにずいぶん長い間、待ったのだから」彼は言った。「さらにもう少し待たなければならないというわけですね」

「そうした方が良いのです」ハワードは答えた。「ええ、そうした方がずっと良くなる。しばらくの間、あなたを一人きりにしなければなりません。私が評議会の議論に出ている間……申し訳ありません」

音も立てずに開く扉の方へ彼は進み、少しためらってから消えた。

グラハムは扉へと歩いて行って開けられるか試してみたが、何か彼には決して理解できないやり方で扉がしっかりと閉め切られているとわかった。振り向くと彼は落ち着かない様子で部屋を歩き回り、それから腰を下ろした。しばらくの間、彼はじっと座ったまま腕を組み、眉間にしわを寄せ、指の爪を噛みながら、目覚めてからのこの一時間の万華鏡のような印象をつなぎ合わせようと試みた。巨大で機械的な空間、果てること無く続く部屋と通路、あの奇妙な道で巻き起こっていた大きな争い、壮大なアトラス像の足元に遠く見えたよそよそしい人間たちの小さな群れ、ハワードの不可解な振る舞い。あのほのめかされた莫大な遺産のことも頭の中にあった――莫大な遺産とはたぶん何かの間違いだろうが――かつてないほどの重要性と機会の予感。自分は何をすべきだろうか? この部屋の外界から隔絶された静けさが幽閉されたことを物語っている!

グラハムの頭の中に否定しがたい説得力をもって、この一連のとてつもない体験は夢なのだという考えが浮かんだ。目を閉じようとすればそれはできたが、その昔ながらのやり方でも目が覚めることはなかった。

しばらくすると彼は、自分がいるこの小さな二間の続き部屋にある見慣れぬ設備の全てに触れて調べることを始めた。

長い楕円形の鏡の中に自分を見て彼は驚いて立ち止まった。彼は紫と青みがかった白の優雅な衣服を身に着け、短い灰色の混ざったあごひげはいくらか切り揃えられ、黒い中に今では灰色の筋が入った髪の毛は、額の上で見慣れぬ、しかし魅力的なやり方で整えられていた。おそらく四十代半ばといった男に見えた。一瞬、それが自分だと彼にはわからなかった。

それが誰なのか理解したと同時に思わず笑い声がもれた。「こんな風にワルミングのじいさんと出会うとは!」彼は叫んだ。「頭がおかしくなりそうだ!」

それから彼はその人と会った時のことを思い出し、それから自分が若かった頃の何人かの親類のことを思った。そうして物思いに耽っている最中に、彼は、冗談を言い合ったそうした全ての人が何十年も前に死んでしまったことに気づいたのだった。その考えに彼は激しく不意を突かれた。しばし彼は固まり、その顔の表情は血の気の引いた驚愕に変わった。

動くプラットフォームの騒々しい記憶とあのすばらしい通りの巨大な建物の姿が再び強く迫ってきた。叫び声をあげる群衆の様子がはっきりとあざやかに呼び覚まされる。そして遠くに見え、言葉を聞き取れなかった、よそよそしい様子のあの白い服の評議員たちも。彼には自分がちっぽけな人間に思えた。取るに足らない無力で哀れな存在。そして自分の周りの全てが、この世界が――奇妙だった。


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