眠れる者の目覚め, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

静かな部屋で


しばらくするとグラハムは自分のいる部屋の調査を再開した。疲労にも関わらず好奇心が彼を突き動かし続けていた。彼の見たところ、奥の部屋は天井が高く、そのドーム型の天井の中央には長方形の開口部があって、漏斗状にすぼまったその先には幅広の翼がついた車輪が回転しているようだった。どうやら空気を縦穴の上へと駆動しているようだ。その緩やかな動きによるかすかなうなりの音がこの静かな場所で聞こえるただ一つの明確な音だった。翼が次々に現れる向こうにグラハムは空を垣間見ることができた。星が一つ見えて彼はびっくりしてしまった。

それで気づいたのだが、この部屋の明るい照明は天井近くの壁コーニスに据えられた実にかぼそく柔らかい光の、多数のランプによるものだったのだ。窓は無かった。そこで彼はハワードと歩いてきたどの大きな部屋にも通路にも窓がまったく見られなかったことを思い出した。窓があっただろうか? 確かに街路では窓を見た。しかしあれは明かり採りのためのものだったのだろうか? それとも都市全体が昼夜の区別なく常に照らされていて、ここには夜は無いのだろうか?

また別のことにも彼は気づき始めた。どの部屋にも暖炉がないのだ。季節が夏で、たんに夏用の住居があるというだけなのか、それとも都市全体が一様に暖められたり冷やされたりしているのだろうか? こうした疑問に興味を抱いて、彼は壁のなめらかな質感や簡素な構造のベッド、寝室を整える労働の一部を省力化できるような巧妙な配置を調べ始めた。中でも最も好奇心を惹かれたのは意図的な装飾の欠如、形状と色彩の素朴な優美さで、それが実に目に心地よいことに彼は気づいた。そこには何脚かの実に座り心地のよい椅子、静かに転がる車輪の付いた小さなテーブルがあって、テーブルの上には液体の入ったビンとグラスがいくつかとゼリーのような透明な物体が乗せられた二枚の皿が置かれていた。それから彼はそこには本も新聞も筆記具も無いことに気づいた。「確かに世界は変わったのだ」彼は言った。

彼が見たところ、手前の部屋の片側全体には風変わりな二重になった円筒が並べられていた。円筒には白地に緑で文字が書かれていてそれが部屋の内装の配色とよく調和していた。そちら側の中央には、白いなめらかな面を部屋に向けて、一ヤード四方ほどの小さな装置が突き出ていた。それに向かって椅子が一脚、置かれている。彼はすぐに気づいた。この円筒は本か、あるいは現代的な本の代替物なのだ。しかし最初はとてもそんな風には見えなかった。

円筒に書かれた文字は彼を悩ませた。一見したところロシア語のように見える。それから特定の単語が、ばらばらになった英語のように見えることに彼は気づいた。

「Thi Man huwdbi Kin」を無理やり読めば「The Man who would be King(王になろうとした男ラドヤード・キプリング(一八六五年十二月三十日-一九三六年一月十八日)によって一八八八年に出版された小説。二人のイギリス人冒険家がアフガニスタン奥地で王になろうと試みて挫折するまでを描く。)」となりそうだ。

「表音表記だ」彼は言った。このタイトルがついた話を読んだことを彼は憶えていて、その物語があざやかに思い出された。世界で最も優れた物語の一つだ。しかし目の前にあるのは彼が理解する意味での本ではなかった。彼は隣の二つの円筒のタイトルを苦労して読み解いた。「闇の奥ジョゼフ・コンラッド(一八五七年十二月三日-一九二四年八月三日)によって一九〇二年に出版された小説。アフリカ奥地で白人酋長として振る舞う男の元を訪れる旅の様子を描く。」も「未来のマドンナヘンリー・ジェイムズ(一八四三年四月十五日-一九一六年二月二十八日)によって一八七〇年代に出版された小説。イタリアを舞台に芸術に苦悩するアメリカ人画家を商業主義的芸術と対比的に描く。」も彼には聞き覚えが無かった――もしそれが物語なのであれば、ヴィクトリア朝以降の作家によるものであることは疑いない。

しばらくの間、この風変わりな円筒に頭を悩ませた後、彼はそれを元の位置に戻した。それから彼は四角い装置の方へ向き直り、それを調べた。ふたのようなものを開けるとあの二重になった円筒の一つが中に入っているのを彼は見つけた。上側のふちに電気ベルの鋲のような小さな鋲があった。彼がそれを押すとすばやくかちりという音が鳴って止んだ。彼は声と音楽、そしてなめらかな前面に色が流れているのに気づいた。これが何なのかを突然、彼は悟り、後ずさってそれを見つめた。

平らな表面には今では小さな画像が現れていた。とてもあざやかな色がついていて、その画像の中では人々が動き回っていた。ただ動き回っているだけでなく、小さいが明瞭な声で会話までしている。ちょうど、まるで現実のものを反対向きにしたオペラグラスを通して見て、長い管を通して聞いているようだった。たちまち彼はその場面に引き込まれた。そこでは一人の男が歩き回りながら大声で何か怒りの言葉をかわいらしいが不機嫌そうな女性に向かって叫んでいる。両方ともグラハムからすると奇妙に見える、絵画のように美しい衣装をまとっていた。「私は働いてきたのに」男の方が言った。「君はいったい何をやっていたんだ」

「ああ!」グラハムは声をあげた。他のことを全て忘れて彼は椅子に腰を下ろした。五分も経たないうちに彼は自分が名指しされているのを耳にした。「眠れる者が目覚めた時に」予定を遠く先延ばしにすることわざとして冗談めかすようにそう使われていた。無関係で信じがたい物事を指しているように彼には思われた。しかし少しするとこの二人が親しい友人であるかのように彼には思われ始めた。

ついにこのミニチュアの演劇は終わりを迎え、装置の四角い面は再び何も映し出さなくなった。

これこそ彼が目にすることを許された奇妙な世界だった。無節操で、享楽的で、活力に満ち、巧妙で、しかも恐ろしいまでの経済的闘争の世界だ。そこには彼に理解できないほのめかしや、道徳的理想の変化を奇妙に示唆する出来事、怪しげな啓蒙のひらめきが描かれていた。都市の街路の第一印象で大きな部分を占めていた青いキャンバス地が、一般の人々の衣装として何度も何度も現れている。この物語が現代を舞台にしていることは疑いなかったし、その強烈な現実感は否定しようがないものだった。そしてその結末が悲劇的だったことが彼を憂鬱にさせた。彼は何も映っていない画面を見つめたまま座っていた。

彼ははっとして目をこすった。未来における小説の代替物にあまりに没頭していたので、最初に目覚めた時の驚き以上にこの小さな緑と白の部屋に目が覚める思いだった。

彼は立ち上がり、そこで唐突に自分の不思議な世界へと引き戻された。映写機で映し出された演劇の鮮明さが薄れると、通りの広大な空間でのあの争い、得体の知れない評議会、目覚めた時に通り過ぎていった場面のことが戻って来た。評議会について話す人々の口調はあいまいながら絶大な権力をほのめかすようだった。それから眠れる者についても話していた。その時には自分こそが眠れる者であることは彼にさして感動を与えなかった。彼らが何と言っていたのか彼は正確に思い出そうとした……。

彼は寝室へと歩いていき、回転するファンのすばやく通り過ぎる隙間越しに見上げた。ファンが回転するたびに機械のノイズのような不鮮明な騒音が律動する渦となって聞こえた。他は静かなものだった。部屋に静かに差し込む永久に沈まない日の光の向こうで、空の小さな切れ端が深い青に変わっていることに彼は気づいた――ほとんど黒と言ってもいいそこには小さな星くずが舞っていた……。

彼は部屋の調査を再開した。詰め物がされた扉を開ける方法は見つからなかったし、人を呼ぶためのベルといったものも無かった。彼の驚嘆の感情は削がれたが、彼は情報を求めて好奇心と焦燥に駆られていた。この新しい状況にどう立ち向かうべきか彼は正確に知りたかった。誰かがやってくるまで待つために彼は自分を落ち着かせようとした。次第に彼は落ち着きをなくして情報を、気晴らしを、新しい興奮を切望するようになっていった。

彼はもう一つの部屋のあの装置のところへ戻ると、まもなくあの円筒を別のものと入れ替える方法を見つけ出した。そうしているうちに彼はふと思った。この小さな装置は言語を修正しているに違いない、だから二百年経った後にも明瞭に理解できるのだと。入れ替えた円筒は適当に取ったものだったが、それは幻想的な歌劇を映し出した。初めは美しく、次に官能的に変わった。次第に彼は自分の前に映し出されているのが改変されたタンホイザーの物語であることに気づき始めた。その音楽は耳慣れないものだった。しかし演出は写実的で、この時代特有の見知らぬ感触を持っていた。タンホイザーはヴェヌスベルクへは行かず、喜びの都へ行く。喜びの都とは何だろうか? それは間違いなく幻想的で官能的な作家の夢であり、空想だった。

彼は興味と好奇心を惹かれた。物語は奇妙にねじれた感傷的な雰囲気とともに展開していった。急に彼はそれが嫌になった。物語が進んでいくに従ってますます彼はそれが嫌になっていった。

強い嫌悪を彼は感じた。そこには何の観念も理想もなく、ただ写実された現実だけがあった。二十二世紀のヴェヌスベルクをこれ以上、彼は目にしたくなかった。十九世紀の芸術様式で演じられたその舞台を思い出せず、彼は古風な憤りに捕われた。憤り、怒り、自分ひとりであろうとこんな代物を目にしていることで半ば羞恥心を感じていた。彼は装置に近づき、その動作を止める方法をいくらか乱暴に探った。何かが弾ける音がした。紫色の火花が散って彼の腕に振動が伝わり、それは静かになった。次の日にこのタンホイザーの円筒を別のいくつかと取り替えようとした時になって、彼はその装置が壊れていることに気づいたのだった……。

彼は部屋を斜めに横切るように突き進んで歩き回り、耐えがたい膨大な感情に苦しんだ。あの円筒から得たもの、目にしたもの、それらは互いに矛盾し、彼を困惑させた。何より驚くべきは自分の三十年の人生でこうした来たる時代の描像を自分が一度も描こうとしなかったことであるように彼には思えた。「未来を作っているのは私たちだと言うのに」彼は言った。「自分たちがどんな未来を作っているのか、あえて考えようとする者は私たちの中にはほとんどいないのだ。そしてこの有様だ!」

「何を求めて、何がなされたのか? 私はどうやってそれら全てのまっただなかに入っていくのか?」街路や建物の巨大さには彼も覚悟ができていた。あの群衆にも。しかしあの都市の街路での争いは! それに富裕階級のあの体系化された色欲は!

彼はベラミーエドワード・ベラミー(一八五〇年三月二十六日-一八九八年五月二十二日)。アメリカの作家、社会主義者。ユートピア小説「顧みれば」は当時の知識人の多くに影響を与えた。のことを考えた。あの偉人の描く社会主義的ユートピアはこの現実の体験を奇妙なほどよく予見していた。しかしここはユートピアではないし、社会主義国家でもない。一方にある贅と浪費と色欲と他方にある悲惨と貧窮という古代からの対照がいまだ広がっていると気がつけるだけのものを彼はすでに目にしていた。この相関関係を理解するための人生の本質的要素を彼は十分にわかっていた。都市に建つ巨大なビルや通りの巨大な群衆だけではない。街路で耳にした声やハワードの不安そうな様子、雰囲気そのものが巨大な不満を物語っていた。彼がいるのはどんな国なのだろう? いまだイングランドではあるようだったが、しかし奇妙に「非イギリス的」だった。世界の他の地域について彼の頭にちらりと浮かんだが、見えるのは謎めいたヴェールだけだった。

檻に入れられた動物がそうするようにあらゆるものを検分しながら彼は自分のいる小部屋をうろついた。とても疲れていたが、微熱をともなうその疲労は休むことを許してくれなかった。都市で進行しつつあるに違いないように思われる、あの騒乱の遠い音が聞こえないものかと換気扇の下で長い間、彼は耳をすました。

彼は独り言をつぶやき始めた。「二百と三年とは!」馬鹿みたいに笑いながら何度も何度も彼は独り言を繰り返した。「ということは私は二百三十三歳ということだ! 最高齢の人間だな。どうやら彼らは私のいた時代にあった動きを反転させずに古代のルールに逆戻りしたようだ。私の主張に議論の余地は無かったわけだ。まったくたわごとを。あのブルガリアでの残虐行為をまるで昨日のことのように思い出せる。とてつもない時代だ! ははは!」自分の笑い声を耳にして最初、彼は驚いたが、その後で再び意識して声を大きくして彼は笑った。それから自分がまるで愚か者のように振る舞っていると気づいた。「落ち着け」彼は言った。「落ち着くんだ!」

彼の歩みが前より几帳面なものに変わった。「この新しい世界を」彼は言った。「私は理解できていない。なぜなんだ? しかしまったくわからない!」

「彼らは飛行だとか、そういったあらゆることができるだろう。始まりがどんな風だったか思い出してみよう」

最初、彼は自分の前半生三十年の記憶がどれほどぼんやりしたものに変わったかに気づいて驚かされた。思い出されるのは断片的な記憶ばかりで、そのほとんどは些末な瞬間、彼が見たことのあるたいして重要でもないものだった。最初は少年時代のことが最も思い出せるように思え、彼は教科書や測量の授業のことを思い出した。それから自分の人生のもっと際立った場面がよみがえった。ずっと前に亡くなった妻の記憶、彼女の魔法のような影響力は今は腐敗の向こうに消え去っていた。ライバルや友人や裏切り者の記憶、あれやこれやの問題に対して下した決断の記憶、それから惨めだった最後の数年間の記憶、揺れ動いた決意の記憶、そして最後に、大変な努力を要した研究の記憶。少しすると彼は自分が全てを再び思い出したように感じた。長い間、放り出されていた金属のようにおそらくは少し曇っているが、欠落も傷も無く、再び磨くことができる。しかしその色合いは深い憂いに満ちていた。再び磨く価値はあるのだろうか? 奇跡によって、彼は耐え難く変わっていた人生から救い出されたのだ……。

自分の置かれた現在の状況へと彼は舞い戻った。彼は無為に事実と格闘した。それは解きほぐせない三角形を形作っていた。換気扇の向こうの、ピンク色に染まる夜明けの空を彼は見た。記憶の暗い奥底から古い呼びかけが聞こえてきた。「眠らなければ」彼は言った。それはこの精神的苦悩や大きくなりつつある痛み、四肢の気だるさからの喜ばしい解放のように思えた。彼は奇妙な形の小さなベッドへ行き、横たわると次第に眠りに落ちていった。

そこを離れる頃には彼はこの小部屋に実によく精通することになった。三日にわたって彼は閉じ込められていたのだ。その間、ハワードを除けば誰も部屋には入ってこなかった。彼の運命の驚異は彼の生存の驚異と混然となって、ある意味でそれを小さなものへ変えた。人類の中に彼は目覚めたが、それはまるで誘拐されてこの説明のつかない孤独の中に放り出されたかのように思われた。グラハムにはまったく見慣れない、いくらかの元気を与えてくれる栄養のある液体や美味しい軽食を持ってハワードは定期的にやって来た。部屋に入ると彼は決まって慎重に扉を閉めた。細かい問題に関しては彼はだんだんと譲歩していったが、取り囲む防音壁の向こうで緊密に争われているに違いない大問題においてグラハムが持つ意味に関しては、彼は説明しようとはしなかった。外の世界での情勢に関するあらゆる質問を、彼はできるだけ丁寧なやり方ではぐらかした。

そしてその三日のうちにグラハムの絶え間ない思考ははるか遠くにまで及んだ。彼が見た全て、彼の探査を阻むためのこの入念な計略の全てが一緒になって彼の思考に働きかけた。自分の立場に対するほとんど全てのありえる解釈を彼は熟考した――偶然にしろ、正しい解釈を。状況が次第に浮かび上がり、ついにはもっともらしい考えに彼は行き着いたが、それもこの隔離のおかげだった。ついに彼が解放される瞬間が訪れた時には彼の準備は整っていた……。

ハワードの態度からグラハムは自分が奇妙にも高い身分になったのだという確信を深めた。扉が開いてまた閉じるまでの間に、彼は重大な出来事の予感を感じとれたように思えた。彼の問いはますますはっきりとした鋭いものになっていった。ハワードは抗議と口論の中、退却していった。この目覚めは予想外のものだった、そう彼は繰り返した。それが偶然にも社会的動乱の動きと一致してしまったのだ。「説明するためにはグロス百四十四年と半分の年月の歴史をあなたに教えなければならないのです」ハワードはそう反論した。

「状況はこうだ」グラハムは言った。「あなたは私がおこなうであろう何かを恐れている。何らかの意味で私は調停者なんだ――調停者になり得るんだ」

「違います。そうではなく、あなたは――これくらいは教えてもいいでしょう――あなたの財産の自動的な増加によって大きな干渉の可能性を手に入れたのです。そしてあるいくつかの点であなたは影響力を持っている。それにあなたの十八世紀的な考え方だ」

「十九世紀です」グラハムは訂正した。

「いずれにせよ、あなたの古い世界の考え方です。あなたは私たちの国のあらゆる特徴について無知だ」

「私は愚か者だと?」

「もちろん違います」

「私が軽率に振る舞うような人間に見えますか?」

「あなたの活動はまったく予想外だったのです。誰一人としてあなたの目覚めを勘定に入れていなかった。あなたが目覚めるなどとは誰一人として夢にも思っていなかった。評議会はあなたを滅菌状態に置いていた。実のところ私たちはあなたが死んでいると思っていたのです――ただ腐っていないだけだと。そして――いや込み入り過ぎている。私たちはあえて急ぎはしません――あなたがまだ半覚醒状態の間は」

「うまくはいきませんよ」グラハムは言った。「あなたが言う通りだったとしましょう――なぜ夜となく昼となく私に事実と忠告とこの時代のあらゆる知識を詰め込んで、私に課せられた責任に見合うようにしないのです? 二日前よりも私は多少なりとも賢くなっているのではないですか? 私が目覚めたのが二日前だとしたらですが」

ハワードは自分の唇を引っ張った。

「私は感じ始めているんです――時々刻々とはっきりとしてきている――あなたがその窓口となっている隠されたシステムの存在を。評議会だか委員会だか知らないが、そいつらは私の財産の勘定をごまかしているのではないですか? そうでしょう?」

「そんな疑惑は――」ハワードは答えた。

「ああ」グラハム言った。「さあ、よく聞いてください。私は自分をここに押し込めたやつらにうんざりしそうなんです。まったくうんざりだ。私は生きています。疑いようもなく私は生きている。日ごとに脈拍は強くなり、頭は明晰で活力に満ちてきている。私は人生を取り戻した人間なんです。そして生きたいと思っている――」

生きる!」

何か思いついたようにハワードの顔が明るくなった。彼はグラハムに向かって歩いてきて親しい相手と秘密話をするような口調で話し始めた。

「評議会はあなたのためを思ってここにあなたを隔離しています。あなたは落ち着かない様子だ。それも自然なことです――あなたは活力に満ちた人間だ! ここで退屈している。しかし私たちは、あなたが欲するであろうあらゆることを気づかっているのです――あらゆる欲望――あらゆる種類の欲望を……。何かできるかもしれない。誰か交際したいお相手はいますか?」

意味ありげに彼はそこで言葉を止めた。

「ええ」考え込みながらグラハムは言った。「います」

「おや! それはそれは! 私たちはあなたに不調法をしてしまったようだ」

「むこうのあなた方の街路にいる群衆です」

「それは」ハワードが言った。「失礼ですがそれは――しかし――」

グラハムは部屋を行ったり来たりし始めた。ハワードは扉の近くに立って彼を見守っていた。ハワードが言ったことが何をほのめかしているのか、グラハムにははっきりとわからなかった。交際相手だと? 提案を受け入れるとして、誰か交際相手を求めるとは? この新しい人間の話から、自分が目覚めた時に激しく巻き起こった争いに関する何らかの手がかりを集められる可能性はないだろうか? 彼は再び深く考え込んで、この提案について熟慮した。唐突に彼はハワードの方に向き直った。

「交際相手とはどういう意味です?」

ハワードは視線を上げて肩をすくめた。「人間です」彼は言って、その厳しい顔に奇妙な笑みを浮かべた。「現在の社会の考え方は」彼は言った。「おそらくあなたの時代と比べていくらか寛容さを増しています。もし人が今のような退屈さから逃れたいと願えば――例えばですが、女性との交流でそうします。それはまったく恥ずべきことではないと私たちは考えています。私たちは自分の頭から因習を一掃したのです。この都市にはある階級がいます。必要不可欠な階級、もはや見下されたり――隠されたり――」

グラハムは不意に動きを止めた。

「暇つぶしになります」ハワードは続けた。「たぶんもっと前に考えておくべきだったのでしょうが、実際のところ、あまりに多くのことが起きているので――」

彼は外の世界を指すようにしてみせた。

グラハムはためらった。一瞬、想像上の女性の姿が強い魅惑で彼の頭を支配した。それから彼は怒りの感情に襲われた。

違います!」彼は叫んだ。

彼はおおまたで足早に部屋を行ったり来たりした。「あなたの発言、行動の全てで確信しました――私が考えていたある大きな問題をね。私はあなたが言うような暇つぶしをしたいのではないのです。ええ、わかっています。欲望と耽溺こそ人生です。ある意味ではね――それに死だ! 絶滅だ! 眠りに落ちる前の人生で私はその卑しむべき疑問について考えていた。再びそれを始めるつもりはありません。都市があり、大勢の人がいる――。それなのに私はまるでかばんに詰められたうさぎのようにここにいる」

怒りはますます募っていった。一瞬、息が止まり、彼は握りしめた拳を振り回した。怒りの発作に飲まれて彼は古い罵りの言葉を吐いた。その身振りには肉体的な脅しの調子があった。

「あなたのお仲間が誰なのか私にはわかりません。私は暗闇に置かれていて、あなたが私を暗闇に閉じ込めているんです。しかしこれだけはわかる。私がここに隔離されているのは良い目的のためではない。良い目的のためではないんだ。警告しておきます。どんな結果になるか警告しておきましょう。私が力を手に入れたあかつきには――」

そこで彼は、こんな脅しをすれば自分の身が危険にさらされることに気づいた。彼は立ち止まった。ハワードは奇妙な表情を浮かべて彼を見つめたまま立っていた。

「これは評議会へのメッセージと受け止めておきましょう」ハワードは言った。

この男に飛びかかって押し倒すか、失神させてやろうという瞬間的な衝動にグラハムは襲われた。それが顔に表れたに違いない。いずれにせよ、ハワードの行動はすばやかった。すぐさま扉は音もなく再び閉じて、十九世紀から来た男は一人取り残された。

しばらくの間、彼は握りしめた手を半ば振り上げたまま、固まったように立っていた。それからだらりと手を下ろした。「私はなんて愚かなんだ!」彼は言って再び怒りに駆られ、足を踏み鳴らしながら部屋を歩き回って、悪態を叫んだ……。ずいぶん長い間、彼は激昂したような状態のままだった。自分の置かれた立場、自分自身の愚行、自分を閉じ込めている悪党どもに彼は怒り続けていた。そうしたのは自分の置かれた立場を落ち着いて観察したくなかったからだった。彼は自分の怒りにすがりついていた――怖がることを怖がっていたのだ。

次第に彼は自分が冷静さを取り戻してきたことに気づいた。この幽閉の説明はつかなかったが、この時代の法的形式――新しい法的形式――としては許されているものであることは疑いなかった。もちろん合法であるに違いない。この時代の人々は文明の進歩においてヴィクトリア朝時代と比べて二百年も先を行っているのだ。彼らが――人道において――その程度を減じている可能性は低いだろう。しかし彼らは自分の頭から因習を一掃しているのだ! 人道性は純潔と同じような因習なのだろうか?

彼の想像力は自分に起きるであろうことを思い浮かべる仕事に取りかかった。そうした想像を振り払おうという彼の理性的試みは、そのほとんどの部分が論理的にもっともなものだったにも関わらず、まったく無駄に終わった。「なぜ何かが私に起きると言えるんだ?」

「もし最悪の事態になれば」ついに彼はそう言葉を漏らした。「やつらが求めるものを何でも差し出してやろう。だがやつらは何を求めているんだ? それになぜそうする代わりに私を閉じ込めているんだ?」

彼はさっきまで没頭していた評議会の考えられる意図の考察に戻った。ハワードの振る舞いの細部を彼は再検討し始めた。悪意ある目つき、説明のつかない躊躇。それから少しの間、この部屋から抜け出すという考えが彼の頭の中を渦巻いた。しかしこの広大な、人々の群れ集まる世界の中でどこへ逃げ出せるというのだろうか? 彼の状況は十九世紀のロンドンに突然放り出されたサクソン人の農夫ヨーマンよりもなお悪いだろう。その上、この部屋からどうやって抜け出せるというのか?

「私に危険が降りかかったとして、どうしてそれが誰かの利益になるだろう?」

あの騒乱のことを彼は考えた。どうしたわけか自分を中心に巻き起こっているあの大規模で社会的な問題のことを。まったく脈絡なく、しかし奇妙にしつこく、ある文句が彼の記憶の暗がりから浮き上がって来た。それもまたある評議会で述べられたものだった。

一人が人民に代わって死ぬのが私たちにとっては好都合なのだヨハネによる福音書十一章五十節


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