宇宙戦争 第一部 火星人の到来, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

窓辺にて


感情の嵐に翻弄されて私が疲れ切っていたことはすでに述べた。しばらくすると自分が凍えてずぶ濡れなことに私は気がついた。階段のカーペットの上の私のまわりには小さな水たまりができていた。ほとんど無意識のまま私は立ち上がってダイニングルームへ入っていくとウィスキーを少し飲み、それから着替えるために歩いていった。

着替え終わると私は上階の書斎へと行ったが、自分がなぜそうしたのかはわからない。書斎の窓からは木々とホーセル共有地へと伸びる鉄道が見えた。急いで家を出たので窓は開いたままだった。廊下は暗く、窓枠で囲われた風景と対照的に部屋の壁は塗りつぶされたように暗かった。私はドアのところでしばらく佇んだ。

激しい雷雨は通り過ぎていた。オリエンタル・カレッジの塔とその周囲の松の木々は消え、はるか遠くに鮮やかな赤い光が灯っていて採砂場のまわりの共有地が見えた。その光の中をグロテスクで奇妙な形をした巨大な黒い影があちらこちらへと忙しく動き回っていた。

まるでその方角に見える全ての土地が燃え上がっているかのようだった――広い丘陵地帯は炎の執拗な舌に舐められ、死の嵐による突風で揺さぶられてねじ曲がり、上空をすばやく流れる雲に赤く照り返されていた。ときおりどこか近くで燃える建物から上がった煙のもやが窓にかかって火星人の影を隠す。やつらが何をしているのかも、そのはっきりとした形も、盛んにいじっている黒い物体が何なのかも私にはわからなかった。近くで燃える炎を直接見ることはできなかったが書斎の壁や天井では炎からの光が踊っていた。空気は燃えた物から出たきついヤニの臭いがした。

物音をたてないようにドアを閉じると私は窓へむかってゆっくりと近づいていった。近づくに従って視界の一方はウォーキング駅のあたりの家々まで、もう一方はバイフリートの焦げて黒ずんだ松林のあたりまで広がっていった。丘のふもとに光がひとつ見える。アーチ橋の近くの線路の上、メイベリー街道沿いの数件の家と赤熱する廃墟となった駅の近くの通りのあたりだ。線路の上に見えるその光は最初、私を困惑させた。黒いかたまりとあざやかな光りで、その右には黄色い長方形のものが並んでいる。次の瞬間、私はそれが大破した列車であることに気づいた。前の方は叩き潰されて燃えあがり、後ろの客車はまだレールの上にある。

これら三つの大きな光――家々、列車、チョブハムの方角の燃えている土地――の間にいびつな形の暗い土地が広がり、そこがにぶく光りながら煙を上げる地面によってところどころ侵食されているという具合だった。ひどく奇妙な光景だった。広がる黒い大地が燃え上がっているのだ。最も近いもので言えば、それが連想させたのは陶器作りが盛んなポッタリーズの街の夜中の様子である。私はその光景を夢中になって見つめていた。最初のうちは人の姿はまったく判別できなかったが、しばらくすると急ぎ足で次々に線路を横切るたくさんの黒い人影がウォーキングの駅の光の中に見えた。

この燃え上がる混沌が私の長年平穏に暮らしていた小さな世界なのである! 過去七時間のうちに何が起きたのか私はいまだにわからなかったし、見当もつかなかった。しかし機械の巨人とあの円筒から出てきた動きの鈍いかたまりの間の関係についてはおおよその察しがついた。奇妙な冷たい興味がわきあがり、私は机のイスを窓の方向に向けて腰を下ろすと黒い土地、とりわけ採砂場のまわりで光の中をあちらこちらへと動き回る三つの巨大な黒い物体を見つめた。

それは驚異的な勢いで動き回っているように見えた。あれは一体何なのだろうと私は自問した。知性のある機械なのだろうか? そんなものはあり得ない。あるいは中にそれぞれ火星人が座り、ちょうど人間の脳が肉体を制御しているのと同じ様に制御し、指図し、使役しているのだろうか? 私はあの物体と人間の持つ機械の比較を始め、装甲艦あるいは蒸気エンジンは知能の低い動物からはどのように見えるだろうかと人生で初めて自分に問うてみた。

嵐は去って空に雲はなく、燃えさかる大地からの煙の向こうでは小さく弱々しい針の穴のような火星が西に沈もうとしていた。その時、ひとりの兵士が私の家の庭に入ってきた。柵をこするかすかな物音が聞こえ、それが倦怠に浸っていた私を目覚めさせた。見下ろすと尖った穂先をよじ登って越えようとする人間がぼんやりと見えた。他の人間の姿を見て倦怠感は去り、私ははやる思いで窓から身を乗り出した。

「しーっ!」私はささやき声で言った。

相手は柵にまたがった姿勢でうろたえて動きを止めた。それから乗り越えると芝生を横切って家の角のところまで来たのだった。身をかがめ、足音を立てないよう気をつけていた。

「そこにいるのは誰です?」窓の下に立ち、見上げながら彼はささやき声で返した。

「どこへいくつもりです?」私は尋ねた。

「さてね」

「隠れようとしているのですか?」

「そうです」

「家に入って」私は言った。

私は下に降りてドアを開け、彼を招き入れると再び鍵をかけた。相手の顔は見えなかった。帽子は落ち、上着の前を開いている。

「助かった!」中に招き入れると男はそう言った。

「何が起きたんです?」私は尋ねた。

「何がですって?」暗がりの中で彼が絶望したというような身振りをするのが見えた。「やつらは俺たちを皆殺しにしたんです――皆殺しとしか言いようがない」彼は何度も繰り返した。

まるで意識が無いかのように彼は私の後についてダイニングルームへと入ってきた。

「ウィスキーを少し飲むといい」私は言って強い一杯を注いだ。

彼がそれを飲む。次の瞬間、彼はテーブルの前に座り込んで頭を抱えると、感情をあらわにしてまるで小さな少年のようにすすり泣き始めた。一方で私はというと奇妙にもついさっきまでの絶望を忘れ、横に立ったまま戸惑っていた。

彼が落ち着いて質問に答えられるようになるまでには長い時間がかかり、返ってきた答えも入り組んだ途切れ途切れなものだった。男は砲兵隊の御者で、今回の事件には七時ごろに加わったばかりだった。その時にはあの共有地のいたるところで砲撃が続いていて火星人の第一部隊は金属のシールドに隠れて第二の円筒に向かってゆっくりと這い進んでいたそうだ。

あとになってこのシールドはトライポッドの上に引きずりあげられ、私の目にした戦闘マシンの最初のひとつへと変わった。彼が引いていた砲は採砂場での作戦のためにホーセルの近くで前車から切り離され、到着するとすぐに作戦が始まった。前車にいた砲兵たちは後ろに移り、彼の馬はうさぎ穴の間を下っていった。そこで彼は地面の少しくぼんだところに投げ出されたのだ。その瞬間、背後で大砲が爆発し、砲弾が炸裂した。まわりを完全に火に囲まれて気がつくと彼は黒焦げになった人間の死体と馬の死骸の山の下敷きになって横たわっていた。

「身じろぎもせずに横たわっていました」彼が言った。「馬の上半身にのしかかられて、茫然自失状態でした。私たちは全滅させられたんです。そしてあの臭い――ああ! まるで焼けた肉だ! 馬から投げ出されて背中を痛めたんで、落ち着くまで倒れているしかありませんでした。ほんの一分前まではパレードみたいだったのに――次の瞬間にはひっちゃかめっちゃかだ!」

「全滅です!」彼が言った。

長い間、彼は死んだ馬の下に隠れて共有地の様子を覗き見していたそうだ。混乱状態の中で軽騎兵たちが穴に突撃をしかけたがただその存在を拭い去られただけだった。それが終わるとあの怪物は自分の足で立ち上がり、わずかに残った人々が逃げ回る共有地をゆうゆうとあちらこちらへと歩き回り始めた。頭を思わせるフードであたりを見回す様子はまさに僧帽をかぶった人間の頭のようだったそうだ。腕のようなものは複雑な形の金属の箱を持ち、その周囲では緑の閃光が瞬き、その漏斗状の部分から熱線が放たれた。

わずか数分のうちにこの兵士から見える範囲の共有地に生きているものは何もなくなった。生えていた、まだ黒焦げの残骸になっていない茂みや木々も炎を上げて燃えていた。軽騎兵隊は地面の隆起の向こうの街道にいたので彼からは何も見えなかった。ときどき聞こえていた火星人のたてる音は止んでいる。巨人はウォーキングの駅とその周りに群れ集まる家々には最後になるまで手を出さなかったが、ついには熱線が放たれ、町は燃え上がる瓦礫の山へと変わった。それが終わるとそいつは熱線を撃つのを止め、砲兵に背を向けて第二の円筒を守っているくすぶる松林へ向かってぎこちない足取りで歩き出した。そうしている間にも第二の輝く巨人が身を起こして穴から出てきていた。

第二の怪物が最初のものの後をついていったので砲兵は慎重に注意をはらいながら熱いヒースの灰の中をホーセルに向かって這っていった。彼はなんとか生きたまま街道の横の側溝までたどり着き、ウォーキングに向けて逃げ出した。そこで彼の話は絶叫するように変わった。進むのは容易ではなかった。生きている人間はほんのわずかしかいないように見え、その多くが身を焦がし、やけどを負っていた。彼は炎を避けて進み、火星から来た巨人の一体が戻ってきた時には焼けるように熱い破壊された壁の残骸に身を隠した。そいつがひとりの男を追って鋼の触手で捕まえ、松の木の幹にその頭を打ちつけるのを彼は目にした。ようやく日が落ちると砲兵は駆け出し、鉄道のレールが走る土手を乗り越えた。

そこからは身を隠しながらメイベリーへ向けて進んでいった。ロンドンへ向かえば危険から抜け出せるのではないかと望みをかけたのだ。人々は側溝や地下室に隠れ、生き残りの多くはウォーキングの村やセンドを目指して逃げていた。破壊された鉄道橋の近くに水道の本管のひとつを見つけるまでは喉の渇きにひどく苦しめられたそうだ。水はまるで泉のように道の上へと湧き出していた。

私が彼から切れ切れに聞き出した話は以上である。彼は次第に落ち着きを取り戻し、自分が見たものをなんとか私に伝えようとした。昼から何も食べていないことを話の中で彼が口早に教えたので私は食料庫から羊肉とパンをいくらか探し出して来て部屋へ戻った。火星人を呼び寄せはしないかと明かりはつけていなかったので、ときおりパンや肉の上で互いの手が触れた。彼が話している間に周囲の物が暗闇から姿を現し、窓の外の踏み荒らされた茂みや折れたバラの木々が次第にそれとわかるようになった。多くの人間や動物が芝生の上を駆けていったらしい。見ると彼の顔は黒く、やつれていた。私の顔も同じであることは間違いなかった。

食事を終えると私たちは足音をたてないように気をつけながら二階に上がって書斎へと向かい、私は再び開いた窓の外へ目をやった。一晩のうちに低地のあたりは灰へと変わっていた。火の勢いは今では衰えている。炎をあげて燃え上がっていた場所からは今は煙が立ち昇っていた。夜の闇が隠していた焼けて崩れ落ちた建物の無数の残骸や立ち焦げた木々が冷たい夜明けの光に荒涼と恐ろしげに浮かび上がっていた。一方であちらこちらに運良く難を逃れたものもあった――白い鉄道信号がここに、温室の一部があそこに、廃墟に囲まれて白く無傷で残っていた。戦争の歴史を振り返ってもこれほど見境の無い全面的破壊は例がない。そして東からの次第に明るくなっていく光に輝いて三体の金属の巨人があの穴の周りに立っていた。まるで自分たちが作り出した廃墟を調べるかのようにその僧帽を巡らせている。

穴は大きくなっているようだった。そしてときおりそこから鮮やかな緑色の蒸気の噴出が起き、まぶしい夜明けの空に立ち昇っている――蒸気はまっすぐに立ち昇り、うずまき、ちりぢりになって消えていく。

その向こう、チョブハムのあたりにはいくつもの細い炎の柱があった。それは夜が明けるまでに血のように赤い煙の柱へと変わっていった。


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