宇宙戦争 第一部 火星人の到来, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

ウェーブリッジとシェパートンの廃墟で見たもの


夜が明けていくに従って私たちは火星人が見える窓から身を引き、すばやく下階へと降りた。

この家に留まっているわけにはいかないことには砲兵も同意した。自分はロンドンに向かい、所属する砲兵隊――第十二騎馬砲兵隊――に合流するつもりだと彼は言った。私はというとすぐにレザーヘッドに戻るつもりだった。火星人の力のあまりの強大さに驚いた私は妻を連れてニューヘイブンへ行き、すぐさま一緒に国外へ出ようと決めたのだ。これほどの破壊を引き起こせる生き物の前ではロンドンの周囲の土地は必ずや壊滅的な戦いの場になるとすでにはっきりと悟っていた。

しかし私たちとレザーヘッドの間にはそれを守る巨人たちとともに第三の円筒が横たわっていた。私ひとりであれば隙を見てその土地を横切れるはずだと私は考えた。しかし砲兵が私を説得して思い留まらせた。「まともな御婦人にとってはあまりに酷です」彼は言った。「彼女を未亡人にするつもりですか」。最終的に私は彼についていくことにした。林の中に潜みながらチョブハム通りのあたりまで北に進み、そこで彼と別れる。そこからエプソムまで大きく迂回してレザーランドにたどり着くのだ。

すぐに出発しなければならなかったが道連れは現役の兵士で、私よりずっと知識があった。彼は私に家中をくまなく探させてフラスコをひとつ見つけ出し、それをウィスキーで満たした。さらに二人でポケットというポケットにビスケットの包みと薄切りにした肉を詰め込んだ。それが終わると私たちは家から這い出し、できる限りすばやく、私が昨夜来た荒れ果てた道を下っていった。建ち並ぶ家々に人はいないようだった。道には三つの焦げた死体が折り重なるように横たわっていた。あの熱線に撃たれたのだ。あちらこちらに人々が落としたものが散乱していた――時計、スリッパ、銀のスプーンといった慎ましい貴重品だ。郵便局に向かう曲がり角には箱や家具が満載された小さな荷車が馬も無く、壊れた車輪の上で傾いていた。大慌てでこじ開けられた様子の金庫がひとつ、がれきの中に投げ捨てられている。

まだ燃えている孤児院の小屋を除けばそこでは大きな被害を被った建物は無かった。熱線は煙突の上をかすめて通り過ぎたのだ。しかし私たち以外にメイベリー・ヒルに生きているものは何も無いように見えた。おそらくはオールド・ウォーキングの街道を通って住人の大半は逃げ出したのだろう――私がレザーヘッドへ向かう時に通った道だ――あるいは隠れているのだろうか。

昨夜の雹で今はずぶ濡れになった黒い服の男の死体のそばを通り過ぎ、私たちは小道を下って丘のふもとの林の中へと分け入っていった。鉄道へと向かって私たちがこうして進む間、誰とも出くわすことはなかった。踏み入れた林はひどい有様で黒く焦げていた。木々のほとんどは倒されていたが、灰色の陰気な幹に緑ではなく焦げ茶色の葉をつけて立っているものもまだいくらかはあった。

私たちのそばでは炎は近くの木をくすぶらせているだけだった。火勢を得るための確かな足掛かりを得られなかったのだろう。ある場所では森の管理人たちが土曜日のうちに仕事を終えていた。枝を払われて間もない切り倒された木々が空き地に並べられ、そばにはのこぎり盤とそいつのための発動機、そしてそこからでた木くずの山があった。すぐ近くには誰もいない仮小屋がある。その朝は風もなく全てが奇妙に静まっていた。鳥たちさえ静まり、先を急ぎながら私と砲兵はささやき声で言葉を交わしてはときおり肩越しにあたりを見回した。立ち止まって耳を澄ますことも一、二度あった。

しばらくすると私たちは街道の近くに出た。すると蹄の音が聞こえ、ゆっくりとウォーキングに向かって進む三人の騎兵が木々の幹の間に見えた。私たちが彼らに向かって声を上げると立ち止まってくれたので私たちは急いで走っていった。彼らは第八軽騎兵隊の兵士でひとりは中尉、他の者は兵卒だった。測量器のような道具を持っていて砲兵によるとそれは回光通信機ヘリオグラフだった。

「あなた方が今朝この道で私が出会った最初の人間ですよ」中尉が言った。「いったい何が起きているんです?」

その声と顔には待ちきれない様子がうかがえた。背後の男たちも興味を引かれているようだ。砲兵は土手から道へ飛び降りると敬礼した。

「昨夜、砲は大破しました、サー。ここまでは身を隠していたのであります。砲兵隊への再合流を試みていました、サー。この道を半マイルほど進むと火星人たちが見えるものと思います」

「いったいどんなやつらなんだ?」中尉が尋ねる。

「装甲をつけた巨人です、サー。背丈は百フィートはあります。三本足、光沢のある金属のような体、そこにフードをかぶった非常に大きな頭が付いています、サー」

「馬鹿な!」中尉が言った。「そんな馬鹿げたものがあるか!」

「いずれご覧になれます、サー。やつらは箱のようなものを持ち運んでいます、サー、そこから火が放たれ、それに当たると死んでしまうのです」

「つまり――大砲か?」

「違います、サー」そして砲兵はあの熱線について詳しく説明を始めた。中ほどまで進んだところで中尉は彼の話をさえぎり、私の方を見上げた。私はまだ道路脇の土手の上に立ったままだった。

「まったくその通りです」私は言った。

「それでは」中尉が言った。「それを確認することも私の任務になるはずです。よく聞け」――砲兵に向かって言う――「建物に留まっている人間を退去させるために私たちは派遣された。君はこのまま進んでマーヴィン准将のところに出頭した方がいいだろう。彼に知っていることを全て話せ。彼はウェーブリッジにいる。道はわかるな?」

「そうします」私が言うと、彼は再び馬を南へ向けた。

「半マイルでしたね?」彼が聞いた。

「せいぜいその程度です」私は答え、南の方の木々の梢を指さした。彼は私に礼を言うと馬で去っていった。私たちが彼らを目にしたのはそれが最後になった。

さらに道を進むと労働者用の小屋から忙しく荷物を運び出す三人の女性と二人の子供の集団に出会った。彼女たちは小さな手押し車を押していて、そこにあまりきれいとは言えない包みと粗末な家具を積んでいた。全員、仕事に忙しくて私たちが通り過ぎる時にも話しかけてはこなかった。

バイフリートの駅のあたりで松の林を抜けると、そこは朝日の降り注ぐ穏やかで平和な土地だった。熱線の射程のはるか彼方にあるそこは、もぬけになった建物の静けさや互いに身を寄せる人々の激しい動き、鉄道にかかる橋の上に立ってウォーキングへ伸びる線路を見下ろす兵士の一団がなければいつもと変わらぬ日曜日を迎えているように見えたことだろう。

数台の農園の荷馬車と二輪馬車がきしむ音をたてながらアドルストンの方へ道を進んでいく。突然現れた野原のゲートの向こうの広がる牧草地にウォーキングの方角を向いた六門の十二ポンド砲が几帳面に等間隔で置かれているのが見えた。横には砲兵が立って待機し、砲弾の積まれた荷車は必要に応じた距離をおいて停まっている。男たちはまるで閲兵中であるかのような様子で立っていた。

「良かった!」私は言った。「ともかく準備は整っているらしい」

あの砲兵はゲートのところで尻込みした。

「先に進みましょう」彼が言った。

ウェーブリッジの方の遠く、橋を越えたあたりに白い軍服を着た無数の男たちがいて長い土塁を築いている。その背後にはさらに大砲があった。

「稲妻に弓と矢で応戦するようなものです」砲兵が言った。「まだあの火炎光線を見ていないんでしょう」

あまり忙しそうではない将校たちは立って南西の方角の木々の樹冠を見つめている。土を掘り返している男たちもときどき手を休めては同じ方向を見つめているようだ。

バイフリートは混乱状態だった。人々が押し合いへし合いし、馬から降りている者、馬に乗ったままの者、さまざまなおおぜいの軽騎兵が彼らのまわりで誘導している。白い円に十字のマークが入った三、四台の黒い政府の荷馬車、古い乗合馬車、その他のさまざまな乗り物が村の通りに停まって荷物の積み込みをしている最中だった。おおぜいの人々がいたがその高級な服装はまるで長期休暇中の者のようだった。彼らに現在自分が置かれた状況を理解させるのに兵士たちは四苦八苦していた。大きな箱とたくさんの蘭の鉢植えを持ったひとりのやせた老人が、それを置いていこうとしている伍長に怒りながら抗議する様子を私たちは目にした。私は止めに入って彼の腕をつかんだ。

「あそこに何がいるのかわかっているんですか?」火星人たちを覆い隠している松林を指さしながら私は言った。

「何だって?」振り向きながら彼が答える。「これがどれほど貴重なものなのか説明しているところなんだ」

「死んでしまいますよ!」私は叫んだ。「死が迫っているんです! 死だ!」これで彼が事態を飲み込んでくれればと思いながら私は彼を残して砲兵のあとを急いだ。曲がり角のところで私は振り返ってみた。兵士は老人を残して立ち去り、彼はまだ自分の箱とその蓋の上に置かれた蘭の鉢植えの横に立ったまま、ぼんやりと木々の向こうを見つめていた。

本部がどこに置かれているか私たちに教えられる者はウェーブリッジにはひとりもいなかった。どこもかしこも、いまだかつて私がどの町でも見たことが無いほどの混乱状態だった。いたるところに荷馬車と大型馬車が停まっていて馬と乗り物が驚くほど集められていた。ゴルフやボート用の服を着た男たちや上品なドレスを着た夫人たちといったこの土地の上流階級の住人が押し合いへし合いし、普段は河岸にたむろしている者たちが精力的に手助けに働き、子供たちは興奮していた。その大部分はこの日曜日のいつもと違う驚くような出来事に大喜びしていた。そのまっただ中でご立派な牧師たちは皆、実に勇敢にも朝の礼拝を執りおこない、彼らの鐘の音が興奮状態の中で鳴り響いていた。

私と砲兵は水飲み場の台座のところに腰かけ、自分たちで持ってきたもので何とか食事を済ませた。巡回する兵士たちは――もはや軽騎兵ではなく白い軍服の擲弾兵たちがその任にあたっていた――人々に今すぐ移動するよう警告したり、砲撃が始まったらすぐに地下室に避難するよう警告したりしていた。ふくれあがった人々の群れが鉄道の駅の周りに集まってなだれ込み、ごった返すプラットフォーム上には箱と荷物が積まれているのが鉄道橋を渡る時に見えた。普段の運行は停まっているようで、軍の部隊と大砲がチャートシーへ移動できるようにするためだろうと私は考えた。後になって用意された特別列車の席を巡っては激しい争いが起きたと聞いた。

昼頃になるまで私たちはウェーブリッジに留まっていて、その時にウェイ川とテムズ川が合流するシェパートン・ロックの近くに自分たちがいることを知った。時間の一部は二人の老婆が小さな荷車に荷物を積み込む手助けをするために使った。ウェイ川には三つの河口が合わさる場所があり、そこではたくさんのボートが客を待ち構えていて、川を渡る渡し船も出ていた。シェパートン側の岸には芝地のある宿があって、その向こうに木々の上に頭を出したシェパートン教会の塔――尖塔に建て替えられていた――が見えた。

ここにも興奮して騒がしい避難中の群衆がいた。その勢いはまだパニックにまではなっていなかったが、人々の数はすでに行き交うボート全てをもってしても川を渡しきれないほどになっていた。人々は重い荷物の下で息も絶え絶えだった。ある夫婦はなんと二人で納屋の小さなドアを運んでいた。その上には家財道具が山積みになっている。ひとりの男は私たちに自分はシェパートンの駅から脱出するつもりだと教えた。

いたるところで叫び声が上がっていて、ある男は冗談さえ口にしていた。どうやらここにいる人々は火星人とはたんに恐ろしいだけの人間で町を攻撃して略奪はおこなうだろうが最終的には間違いなく撃退されると考えているようだった。ときどき人々は心配そうにウェイ川の向こう、チャートシーの方の牧草地へ目をやっていたがそちらでは何も動きは無かった。

テムズ川の向こう岸はボートが着岸しているところ以外はいたって静かでサリー側の岸と鮮やかな対比をなしていた。ボートから岸に降り立った人々は小道に沿って歩いていっていた。大きな渡し船がちょうど出発するところだった。三、四人の兵士が宿屋の芝地の上に立って手助けしようともせずに避難者を眺めて冗談を言い合っていた。宿屋は閉まっていて営業していないようだった。

「あれは何だ?」ボートの漕ぎ手が叫び、私の近くにいた男が「馬鹿! 騒ぐな」と吠える犬に言った。次の瞬間、またあの音が聞こえた。今度はチャートシーの方角からだ。くぐもった鈍い音――砲声である。

戦闘が始まったのだ。ほとんど間をおかず右手方向の川の向こう、木々で隠れて見えないところにいる砲兵隊がいっせいに声を上げて次々に大砲の轟音を響かせた。ひとりの女が悲鳴を上げる。唐突な戦いの始まりに全員が呆然と立ち尽くした。場所は近いがまだ視界には何も映らない。平穏で開けた牧草地には何も見えなかった。そのほとんどの場所で牛が我関せずといった様子で草を食み、枝を刈り込まれた銀灰色の柳の木が温かい日光の中で揺れることもなく立っていた。

「兵隊さんがあいつらを止めてくれるでしょう」私の横にいた女が自信なさげに言った。木々の上から煙のもやが立ち昇る。

次の瞬間、突然、川の上流遠くに煙が勢いよく上がるのが見えた。噴出した煙はジグザグに折れ曲がりながら空に昇っていってそこに留まる。すぐさま足の下で地面がうねり、激しい爆発の衝撃が空気を震わせたかと思うと近くの建物の窓が二、三枚吹き飛ばされ、私たちは恐慌状態に陥った。

「やつらがいるぞ!」青いジャージー地の服を着た男が叫んだ。「あそこだ! 見えたか? あそこだ!」

すぐさま武装した火星人たちが次々に現れた。一体、二体、三体、四体、小さな木立のさらに先だ。チャートシーに向かって広がる開けた牧草地を、川に向かってすばやい大またで歩いてくる。まず小さな僧帽を被った様な姿が見え、それが転がるような動きで鳥のように速く進んでいくのだ。

そして大回りに私たちに向かって進んでくる五体目が現れた。大砲に向かってすばやく歩を進めるその装甲で覆われた体は日光にきらめき、近づいてくるに従って急速に大きくなっていった。ずっと左の方、一番遠くにいる一体が大きな箱を空高く掲げ、私が金曜の夜に見たあの不気味で恐ろしい熱線がチャートシーに向かって放たれて町を襲った。

こうしたすばやく動き回る奇妙な恐ろしい生き物を目にして水際近くにいた群衆はしばらく恐怖に打たれたかのようだった。悲鳴も叫び声も上がらず静寂があたりを満たした。やがてしわがれたざわめきと足音がわき起こった――水が跳ね上げられる。驚きのあまり男のひとりが肩に担いでいた旅行かばんをとり落とし、振り子のようになったその荷物の角が体に当たって私はよろめいた。ひとりの女が手で私を強く押しのけ、そばを通り過ぎていく。私は人々が殺到する方向についていったが心の中ではそれほど怯えてはいなかった。あの恐ろしい熱線のことはわかっていた。水の中に入るのだ! それしかない!

「水に入れ!」私は叫んだが誰もそれに耳を貸そうとはしなかった。

再び回れ右をすると私は近づいてくる火星人に向かって走り、砂利の河原に駆け込むと頭から水へ飛び込んだ。他の者も同じようにした。ボートに乗り込んでいた人々も引き返して私に倣って水に飛び込んだ。足元の石は泥にまみれて滑りやすかった。川はとても浅く、二十フィートほど走ってようやく胴の高さになるほどの深さしかない。頭上高くそびえ立つ火星人がほんの数百ヤード向こうに迫り、私は前方の水面下へと飛んで潜った。ボートに乗った人々が川へ飛び込んでたてる水しぶきの音がまるで雷鳴のように私の耳に響いた。人々は急いで川の両岸へと上がっていく。しかし火星人のマシンはそちらへ走る人々にはさしあたって関心を払わなかった。足で蹴りつけたアリの巣の混乱に人間が関心を払わないのと同じことだ。窒息しかけながら水面上に頭を上げた時、火星人のフードはまだ砲撃を続けている対岸の砲兵隊に向けられ、あの熱線の発生源に違いないものをゆっくりと振り回しながら前進してくるところだった。

丘の上にいたかと思うとそいつはおおまたで水中に歩を進めて川の中程まで到達した。向こう岸で前脚の膝を曲げ、次の瞬間には再び元の高さまで自分の体を持ち上げるとそいつはシェパートンの村に迫った。右岸にいた者には知るよしもなかったが村の外れに隠されていた六門の大砲がすぐさま同時に火を吹く。これほど近くにいたのは初めてのことだったので突然近くで起きた衝撃に私の心臓は飛び上がった。怪物はすでにあの熱線を発生させる箱を掲げていたが最初の砲弾がフードの上方、六ヤードのところで炸裂した。

私は驚きの叫びを上げた。他の四体の火星の怪物は目に映らず頭の中から消えていた。すぐ近くで起きたことに私の注意は奪われていたのだ。別の二つの砲弾がボディーの近くで同時に炸裂し、フードが回転してそれを受け止めるが身を交わすだけの間は無い。そして四発目の砲弾だ。

砲弾は標的の顔面に当たって炸裂した。フードが膨れて閃光が走り、十ほどの赤い肉片と輝く金属のかけらが飛び散った。

火星人が倒れていく。

「当たった!」悲鳴とも喝采ともつかない叫びを私は上げた。

それに応えるように周囲の水に浸かった人々からも叫び声が上がるのが聞こえた。つかの間の喜びに水面から飛び上がらんばかりだった。

頭を吹き飛ばされた巨像は酔っ払った巨人のようによろめいたが崩れ落ちはしなかった。奇跡的にバランスを取り戻すと、もはや足元に関心も払わずに今度は熱線を放つ暗箱をしっかりと掲げて、よろめきながらすばやくシェパートンへと向かう。生きた知性体、つまりフードの中の火星人は天の国の四方に吹き散らされていた。従ってあの物体は今や崩壊へとひた走る、たんなる金属の複雑な装置に過ぎなかった。そいつは制御を失いながらも一直線に進んでいく。そしてシェパートン教会の塔に突き当たってまるで破城槌のようにそれを打ち崩すと、横に逸れ、つまずき転んで凄まじい勢いで川に崩れ落ちて視界から消えた。

激しい爆発が空気を震わせ、水と蒸気と泥が吹き上がり、粉々になった金属片が空へと舞い上がった。熱線を放つ暗箱が水を撃つと瞬時に水が熱されて蒸気へと変わった。次の瞬間、巨大な波が起きた。まるで泥の大津波のようだったがやけどするほど熱い。それがカーブを描く上流へと回り込みながら押し寄せたのだ。岸へと進もうとする人々が見え、崩れ落ちた火星人のたてる水しぶきの音と咆哮の中にかすかに彼らの悲鳴と叫び声が聞こえた。

しばらくの間は私はその熱さに気が付きもせず、自衛本能の要請は忘れ去られていた。横で私と同じようにしている黒い服の男を押しのけながら、私はわき立つ水の中をしぶきを上げてカーブの先を見通せるところまで進んだ。半ダースほどの無人のボートが激しく打ち寄せる波の上であてどなく揺れていた。下流に目をやると倒れた火星人が視界に入った。川と交差するように倒れ、そのほとんどは水面の下だ。

蒸気の厚いもやが残骸から立ち昇っている。激しく渦巻く蒸気の噴出の向こうで巨大な足が水をかき回し、泥と泡を空中に撒き散らしているのがきれぎれにぼんやりと見えた。触手はまるで生きた腕のように振り回され打ちつけられている。その動きが無力で無目的であることを除けば、まるでそれは傷を負った者が波の中で助かろうともがいているかのようだった。膨大な量の赤茶色の液体が激しい噴流となってマシンから吹き出していた。

激しい咆哮によって私の注意はこの死のもがき苦しみからそらされた。咆哮はまるで工場の町に響くサイレンのようだった。引き船道の近くで膝まで水に浸かったひとりの男が私に向かって声にならない叫びを上げて指を差した。振り向くと別の火星人が巨人のような歩幅でチャートシーの方向から河原を進んで来るのが見えた。シェパートンの大砲の砲撃も今回は無駄だった。

私は急いで水に潜り、水面下で苦しくなって痛々しくもがくようになるまでできるだけ長く息を止めた。周囲の水は揺れ動き、急速に熱くなっていった。

しばしの後、私は息をするために頭を上げて目にかかる髪と水を払った。渦巻く白いもやとなって蒸気が立ち昇り、最初は火星人の姿がまったく見えなかった。耳をつんざくような轟音が聞こえる。次第にぼんやりとやつらが見えてきた。灰色の霧で実際よりも大きく見える巨大な姿だ。私の横を通り過ぎると二体が足を止め、泡を吹き出しながらもがく仲間の残骸を見下ろした。

三体目と四体目は倒れた仲間の横の水の中に立っていた。一体の距離は私からおよそ二百ヤード、もう一体はレイルハムの方向にいる。熱線の発生機が甲高く震え、シューシューと音を立てる光線があちらこちらへと放たれている。

あたりは音で満たされていた。耳をつんざく混沌とした重なり合う轟音だ――火星人のたてている鳴り響く鐘のような音、建物の崩れ落ちる音、閃光を発して炎へ変わる木々や柵や納屋のたてる低い音、そして炎の爆ぜる音とうなり。濃く黒い煙が川からの蒸気と混じりながら上がり、熱線がウェーブリッジのあちらこちらへ向かって放たれる。その威力はそのまばゆく白い光りを見れば一目瞭然で、瞬時にあたりに恐ろしい火炎の煙が舞い踊る。近くの建物はまだ無傷で残ったまま、あちらこちらへと走る炎を背後に蒸気の中で白く煙る影となって自らの運命を待ち受けていた。

私はしばらくそこに立ち尽くしていたように思う。沸騰しそうな水に胸の高さまで浸かったまま自分の置かれた状況に呆然として逃げ出せる望みは無かった。私と一緒に川の中にいた人々が葦をかき分けながら大急ぎで水から上がり、あるいはひどく狼狽しながら引き船道をあちらこちらに走っているのが蒸気の向こうに見えた。まるで進んでくる人間から逃げる草の中の小さなカエルの群れのようだ。

その時、突然、熱線の白い閃光が私の方に向かって放たれた。それが触れた瞬間、まるで溶けるように建物が崩れ落ちて炎が吹き出した。轟音をたてて木々が火炎に変わる。熱線は引き船道の上で上下に瞬き、そのあたりを走っていた人々を舐め去りながら水際まで走った。私が立っている場所から五十ヤードもない。熱線はシェパートンに向かって川を横切り、通り道となった水面は蒸気のミミズ腫れとなって膨れ上がった。私は岸の方へと向きを変えた。

次の瞬間、ほとんど沸点に近い温度の巨大な波が押し寄せてきた。私は大声で叫びを上げた。やけどしてなかば目も見えない状態になって、苦痛の中、私は飛び散りながらシューシューと音をたてる水の中をよろめきながら岸へ向かった。もし足を滑らせていたら一巻の終わりだったことだろう。火星人に全身を晒しながら私は、ウェイ川とテムズ川が交差する場所へと続く広い砂利の陸地へと倒れ込んだ。死以外の何物も予期していなかった。

かすかに記憶にあるのは私の頭から二十ヤードまで迫った火星人の脚のことで、それは砂利の中をまっすぐと突き進んでくるとあちらこちらへ向きを変えてはまた歩み去った。それから長い不安、そして仲間の残骸を取り囲んで運びながら煙のベールの向こうに次第に消えていく四体の姿も憶えている。川と牧草地の広大な空間を退いていくその様子は永遠に続くように思えた。そして私は奇跡的に自分が助かったことにゆっくりと気づいていったのだった。


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