宇宙戦争 第一部 火星人の到来, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

戦いの始まり


土曜日は不安なまま一日を過ごしたことを憶えている。気だるい一日だった。暑く、空気がよどんでいて聞いた話では気圧計がせわしなく動き続けていたそうだ。妻はよく眠っていたが私はわずかしか眠れずに朝早く起きた。朝食の前に庭に出て耳をすましてみたが共有地の方角からは一羽のヒバリの鳴き声が聞こえるだけで何の気配もなかった。

いつものように牛乳配達が来る。その二輪馬車の音に気づいて私は最新ニュースについて聞くために脇の門まで回って行った。聞くと夜の間に火星人たちは軍に囲まれて砲門が狙いを定めていると言う。そして――おなじみの心強い音色――ウォーキングに向かって走る列車の音が聞こえた。

「殺しやしないでしょうよ」牛乳配達は言った。「どうしてもそうしなけりゃならないってんじゃなければね」

私は庭仕事をしている隣人に会い、しばらく雑談をしてから朝食のために戻った。いつもどおりの朝だ。一日もあれば軍はあの火星人たちを捕まえるか殺すかできるだろうというのが隣人の意見だった。

「彼らがあれほど敵対的な態度をとってるのは残念ですよ」彼は言った。「別の惑星でどんな風に暮らしているのかぜひとも知りたいものです。学べることのひとつ、ふたつはあるでしょう」

彼は柵のところまで来るとひとつかみのストロベリーを差し出した。庭仕事に熱心なだけでなく気前もいい男だった。またバイフリートのゴルフ場のあたりの松林が燃えたことについても彼は話した。

「なんでも」彼は言った。「あのありがたい代物がもうひとつあそこに落ちたそうで――二つ目ですね。しかしあんなものひとつで充分です。全部が解決するまでに保険会社はかなりの金を支払うことになりますね」自分の言葉が実にすばらしいユーモアに満ちているといった風に彼は大きく笑った。林はまだ燃えているそうで彼はその煙のもやを私に指差してみせた。「何日かは下草が燃え続けるでしょう。積もった松葉と芝が厚いんです」彼は言ってから真剣な調子で締めくくった。「オグルビーのことは残念でした」

朝食が終わると仕事をする代わりに私はあの共有地まで歩いて行くことに決めた。鉄道橋の下で私は兵士の一団を目にした――工兵だろう。小さな丸い帽子をかぶっていて、くすんだ赤いジャケットの前が開けられて青いシャツが覗き、黒いズボンとふくらはぎまであるブーツを履いていた。この運河を渡ることは誰も許可されていないと私は彼らに言われた。街道に沿って橋の方に目をやると軽騎兵連隊のひとりがそこに見張りとして立っていた。私はしばらくの間、この兵士たちと話した。前の日の夜に見た火星人の様子を私は話して聞かせた。彼らの中に火星人を見た者はひとりもおらず、漠然としたイメージ以外には何もわかっていなかったので彼らは熱心に質問を繰り返した。誰がこの部隊を統率している責任者なのかわからないのだと彼らは言った。近衛騎兵連隊の中で何かいさかいが起きているのではないかというのが彼らの考えだった。普通、工兵は兵卒よりもずっと高い教育を受けているもので、彼らはかなりの鋭さで実行可能な戦闘の条件について議論を始めた。あの熱線の様子について教えると彼らは互いに意見をぶつけ合い始めた。

「覆いをかぶって這い進んで突撃すればいいんじゃないか」ひとりが言った。

「馬鹿を言え!」別の者が答える。「この熱に耐えられる覆いがあるか? 丸焼けになっちまうぞ! できるだけ近づいてそこから塹壕を掘り進めるんだ」

「そんな塹壕、吹き飛ばされちまうだろうさ! お前は何かと言えば塹壕だな。つまらんウサギにでも生まれればよかったのにな」

「やつらには首が無いんだって?」唐突に三番目の男が声を上げた――小柄な落ち着いた様子の色黒の男でパイプをくゆらせていた。

私は説明を繰り返した。

「タコだな」彼が言った。「つまりやつらのことだが。人間をとる漁師ってのは聞いたことがあるが――今度は魚と戦う戦士ってわけだ!」

「そんな生き物を殺したとこで殺人にはならないぜ」最初に発言した男が答える。

「あのいまいましい代物を砲撃して終わりにできないのか?」小柄な色黒の男が言った。「やつらが何をやらかすかわかったもんじゃないんだ」

「砲弾なんてどこにある?」最初に発言した男が答える。「時間がない。大急ぎでやるんだ。それが俺の言いたいことだ。すぐにやらなきゃならない」

こうして彼らは議論を続けた。しばらくしてから私は彼らの元を去り、できる限り多くの朝刊を手に入れるために鉄道の駅へと向かった。

しかし長々と午前中の様子を説明したり、さらに長い午後の様子を説明して読者をうんざりさせようとは思わない。共有地はもちろん、軍当局の管理下におかれたホーセルやチョブハムの鐘楼さえ一瞬たりとも目にすることはできなかった。話しかけた兵士たちは何も知らず、将校たちは口を閉ざして忙しく動き回っていた。軍隊がいることで町の人々が完全に安心しきっていることに私は気がついた。またタバコ屋のマーシャルから共有地で死んだ者の中に彼の息子がいたことを初めて聞いた。兵士たちはホーセルの外れに住む人々に家に鍵をかけて避難するよう言っていた。

二時ごろになって私は昼食に戻った。私は疲れ切っていた。先に言ったようにその日は実に蒸し暑かったのだ。気力を回復させるために私は午後の水浴びをした。四時半頃になると夕刊を手に入れるために鉄道駅へ向かった。朝刊にはステントやヘンダーソン、オグルビーを始めとした人々が殺されたことに関するひどく不正確な説明しか載っていなかったからだ。しかし読んでわかったことは少なかった。火星人たちは少したりとも姿を見せていなかった。穴の中では何かが忙しく動き回り、ハンマーの音が続き、ほとんど間断なく煙が立ち昇っている。明らかにやつらは忙しく戦いの準備をしているのだ。「新しい試みとして信号による交信がおこなわれているが現在のところ成果はあがっていない」実に新聞的ステレオタイプな決まり文句だった。工兵に聞いたところによると旗をつけた長い棒を持った者が掘られた溝に入ってこの試みをおこなったらしい。この申し入れに対して、私たちが牛の鳴き声に払うほどの関心さえ火星人たちは払わなかった。

こうした軍の装備、作戦準備の様子を見て私がおおいに興奮したことは告白しなければならない。私の想像力は好戦的になり、十を超える攻撃方法で侵略者を打ち負かしていた。戦いと英雄的行動に対する子供じみた夢想とでも言うべきものが舞い戻ってきていたのだ。その時には互角の戦いにはならないように思えた。穴蔵に隠れたやつらに勝ち目はほとんどないように思えた。

三時ごろにはチャートシーかアドルストンから一定間隔の鈍い砲声が聞こえ始めた。くすぶる松林の中に落ちた二番目の円筒が砲撃を受けているのだとわかった。開く前にそいつを破壊してしまおうというのだ。しかし最初の火星人の群れに対して使うための野砲がチョブハムに到着したのは五時ごろになってのことだった。

夕方の六時ごろ、庭のあずまやで降り掛かってきた戦いについて盛んに話しながら座って妻とお茶を飲んでいると共有地の方で炎が上がり、直後にくぐもった爆音が聞こえた。続いてすぐ近くで激しい衝突音が聞こえて地面が揺さぶられる。芝生に飛び出して見るとオリエンタル・カレッジのあたりの木々の樹冠が弾けて煙を上げる赤い炎へと変わるのが見えた。かと思うと、そばにあった小さな教会の鐘楼が崩れ落ちてがれきへと変わる。モスクの尖塔は消え、カレッジの屋根の輪郭はまるで百トン砲で砲撃されたかのようになっていた。我が家の煙突のひとつがまるで砲撃されたかのように砕けて飛び散り、そのかけらがカタカタと音をたてながら瓦の上を転げ落ちて書斎の窓の横にある花壇に赤いがれきの山を作った。

私と妻は驚いて立ち尽くしたままだった。そして消え去ったカレッジがあったメイベリー・ヒルの頂上が今や火星人たちの熱線の射程に入ったことを私は悟ったのだった。

妻の腕をつかみ、礼儀作法も気にせず彼女を道へと急き立てた。それから荷物箱を持ってこなければとやかましく訴える使用人を、あとで私が二階に行って取ってきてやるとなだめながら連れてきた。

「ここにはいられない」私は言った。私が話している間にも共有地では再び砲声が上がっていた。

「だけど、どこへ行くというの?」怯えながら妻が聞いた。

私はまごつきながら考え、そこでレザーヘッドに住む彼女の従兄弟のことを思い出した。

「レザーヘッドだ!」突然起きた轟音にかき消されないように私は叫んだ。

彼女は私から目をそらして坂の下の方を見ていた。人々が驚いて家から飛び出してくる。

「どうやってレザーヘッドまで行くっていうの?」彼女が言った。

丘の下の方に目をやると鉄道橋の下を走る軽騎兵の一団が見えた。オリエンタル・カレッジの開け放たれた門を馬に乗った三人が全速力で駆け抜ける。他の二人は馬から降りて家から家へと走り回り始めた。木々の樹冠から立ち昇る煙の向こうで輝く太陽は血のように赤く、見慣れぬ赤い光であらゆるものを照らしていた。

「ここにいてくれ」私は言った。「ここなら安全だから」そう言ってすぐに私はスポッテッド・ドッグ酒場に向かって駆け出した。そこの主人が馬と軽馬車を持っていることを知っていたからだ。私は走り続けた。丘のこちら側に住む全員がじきに移動を始めるだろうことはわかっていた。主人は自分の経営する酒場にいて自分の家の背後で何が起きているのかにまったく気がついていなかった。ひとりの男が私に背を向けて彼と話している。

「一ポンドはもらわなくちゃあな」主人が言った。「それと余分な人手はないよ」

「二ポンド払います」見知らぬ男の肩越しに私は言った。

「何の話だ?」

「夜中までには返します」私は続けた。

「おいおい!」主人が言った。「何をそんなに急いでるんだい? こっちは豚を一頭売る話をしてるんだ。二ポンド? 返す? いったい何の話だ?」

家を離れなければならなくなったこと、そのために軽馬車が必要なことを私は急いで説明した。その時にはそんなにすぐに主人が自分の家を離れなければならなくなるとは私は思いもしなかった。なんとか馬車を手に入れると私はそれを走らせて道を戻り、妻と使用人を乗せておいて、家の中に駆け込んでいつも使っている皿といったいくつかの貴重品を荷造りした。私がそうしているうちにも家の下の方のブナの木が燃え、道との間の柵が赤く燃え上がった。こうして私が手一杯になっているうちに馬から降りた軽騎兵のひとりが駆け上がってきた。彼は家から家へと走り回って人々に避難するよう知らせて回っていたのだ。テーブルクロスの上に貴重品をまとめようと運んでいる私が表玄関から出てきた時にちょうど彼が通りかかった。彼の後ろ姿に私は叫んだ。

「何か新しい動きは?」

振り返ってこちらをにらみつけると「ディッシュ・カバーみたいなものに乗って這い回っている」といったようなことを彼は叫び、上の方にある家の門へと走っていった。道をさえぎるように突然巻き起こった黒い煙ですぐに彼の姿は見えなくなった。私は隣家に走ると確認のためにドアを叩いた。隣人夫妻はロンドンへ行っていて家には鍵がかかっていることはすでにわかっていた。私は戻ると、約束していた使用人の荷物入れを取りに行き、なんとかそれを運び出して軽馬車の後部座席に座った彼女の横に置いた。そして手綱を握ると妻の横の御者席に飛び乗ったのだった。次の瞬間には煙と騒音を抜け、馬車はオールド・ウォーキングへと向かってメイベリー・ヒルの坂を駆け下りていった。

目の前に広がるのは静かな陽の降り注ぐ風景で、道の両側には小麦畑が広がり、揺れる看板を出したメイベリーの宿屋があった。前に医者の馬車が見える。丘を下りきったところで私は振り返ってやって来た丘の中腹を見た。ところどころに赤い炎が燃える黒い煙の厚いもやが静まった空に立ち昇って東の方の緑の樹冠に黒い影を落としていた。煙はすでに東西のずっと遠く――東はバイフリートの松林、西はウォーキングまで伸びている。道には私たちの方へ走ってくる人々がちらほらといた。熱く静かな空気の向こうから今はかすかな、しかしはっきりそれとわかる、次第に聞こえなくなっていく機関銃のうなり声と途切れ途切れのライフルの銃声が聞こえた。火星人たちが熱線の射程に含まれる全てを燃やし尽くそうとしていることは明らかだった。

馬車を操るのには慣れていなかったのでその時はとにかく馬に注意を向けていた。再び振り返った時には別の丘が黒い煙を覆い隠していた。ウォーキングとセンドまでは馬に鞭をやってあとは手綱をゆるめ、あの騒動と距離をとろうとした。ウォーキングとセンドの間を走るうちに医者に追いついて抜き去ることになった。


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