宇宙戦争 第二部 火星人に支配された地球, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

牧師補の死


最後に覗き見をしたのは囚われの身になって六日目のことで、気がつくと私はひとりだった。そばに身を寄せて私を隙間から押しのけようとする代わりに牧師補は食器洗い場に戻っていた。突然、ひとつの考えが頭に浮かんだ。私はすばやく物音をたてないように食器洗い場に戻った。暗闇の中で牧師補が何かを飲んでいる音が聞こえる。私は暗闇の中に飛び込み、私の指がブルゴーニュ・ワインのビンを奪い取った。

数分の間、激しい取っ組み合いが続いた。ビンが床に当たって砕けると私は動きを止めて立ち上がった。私たちは息を切らしながら互いを脅し合った。最後には私は相手と食べ物の間に陣取って、厳しい管理を始めることに決めたと告げた。食料庫の中で私は食料を分けてあと十日間、私たちを生きながらえさせるだけの割り当てになるようにした。その日はこれ以上、彼が何かを食べることを許すつもりはなかった。午後の間中、彼は食料を求めて弱々しく努力を続けた。私はうとうととまどろんでいたが必要な時は即座に目を覚ました。一昼夜の間、私たちは向かい合っていた。私は疲れ切っていたが意思は揺らがず、彼は自分の直面している飢えについてめそめそと不平を言っていた。一昼夜の間のことだったが、私には――今振り返ってみると――それが果てしなく続くように思われた。

こうして私たちのひどい相性の悪さはついにあからさまな対立へと変わったのだった。二日もの長い間、私たちは小声で言い争っては取っ組み合いを続けた。彼を激しく殴ったり蹴ったりした時もあるし、なだめすかして説き伏せた時もある。一度はブルゴーニュ・ワインの最後の一ビンで彼を懐柔しようと試みたこともあった。雨水を汲み上げて水を得られたからだ。しかし力も厚意も通用しなかった。間違いなく彼は正気を失っていた。食料に飛びかかることも、ぶつぶつと耳障りなひとり言を続けることも彼はやめようとしなかった。囚われの身をなんとか耐え続けるための基本的な注意を払う様子も見えなかった。彼の知性が完全に失われていることに私はゆっくりと気がつき始め、この狭く薄暗い中でともに過ごすただひとりの仲間は狂った男なのだということを理解したのだった。

ひどくあやふやな記憶によれば私自身の思考もときおり散漫になっていたように思う。眠っている時には必ず奇妙な恐ろしい夢を見た。不思議に聞こえるだろうが牧師補の弱さや狂気は私に警鐘を鳴らし、勇気づけ、正気を保つ助けになっていたように思う。

八日目になると彼はささやく代わりに大声で話すようになり、私が何をしようとその声を小さくすることはできなかった。

「当然の報いです、神よ!」彼は何度も何度も繰り返した。「これは当然の報いなのです。私も私の身も罰を受けるに値します。私たちは罪深く、至らない身でした。貧しく苦しんでいる者がいたというのに。哀れな者たちが土埃の中で踏みにじられていたというのに、私は安穏と暮らしていた。耳に心地いい愚かな説教をしていた――神よ、まったく愚かなものでした!――たとえそのために死ぬとしても立ち上がり、悔い改めるよう彼らに呼びかけるべきだった――悔い改めよと!……哀れで愛に飢えた迫害者たちに……! 神の酒ぶねが来ると!」

それから不意に私が遠ざけていた食べ物の問題に彼は立ち返った。頼み込み、乞い願い、すすり泣き、最後には脅し始めた。その声がだんだんと大きくなり始める――私はやめるよう彼に頼んだ。彼は私への対抗手段をついに見つけ出したのだ――叫んで私たちの元に火星人を呼び寄せるぞと彼は脅し始めた。しばらくの間、私はそれに怯えたが、どんな譲歩をしようとも脱出の可能性は計り知れないほど下がるのだ。私は彼を挑発したが、彼が本当に叫びだしはしないという確信があるわけではなかった。だが少なくともその日は彼は叫びだしはしなかった。彼はゆっくりと声を大きくしながら話し、八日目と九日目の大半の間それを続けた――半分正気を失ったたわ言を交えながら脅し、懇願し、絶えず空虚でまがい物な神の御業に薄っぺらな懺悔を続けたのだ。その様子は哀れみを催させるほどだった。その後、しばらく眠って力を取り戻すと彼は再び、私が止めなければならないほどの大声で話しだした。

「静かにしてくれ!」私は懇願した。

大釜の近くの暗闇に座っていた彼は膝立ちになった。

「静かにするのはもうたくさんだ」彼が言った。その声の大きさは間違いなく穴に届くものだった。「今こそ証人とならなければならない。災いなるかな、この背信の市よ! 災いなるかな! 災いなるかな! 災いなるかな! 災いなるかな! 災いなるかな! この地に住める者よ、さらなるラッパの音により――」

「黙れ!」立ち上がりながら私は火星人に聞こえないよう怯えながら言った。「どうか頼むから――」

「いやだ」同じように立ち上がって腕を伸ばしながら牧師補が声を限りに叫ぶ。「断言する! 主の言葉は私にある!」

大股に三歩でドアまでたどりつくと彼は台所へと進んでいった。

「私は証人とならなければならない! 決めた! すでに遅すぎたのだ」

壁に手をつくとそこに掛けられた肉切り包丁が手に触れた。瞬間的に私は彼の後を追った。恐怖が私を逆上させていた。彼が台所を横切る前に追いつく。慈悲心の最後の一片が私に刃を反転させ、私は柄の部分で彼を殴りつけた。彼は頭から倒れ込んで地面に伸びた。彼の体につまずいて私は息を切らしながら立ち尽くした。彼は静かに倒れていた。

突然、外から物音が聞こえた。剥がれたしっくいが転がり砕ける音だ。そして壁に開いたあの三角形の隙間が暗くなった。見上げるとゆっくりと穴の向こうから近づいてくるハンドリング・マシンの底部が見えた。その腕の一本ががれきの中央でうねり、崩れ落ちた梁の中で通り抜けられそうな場所を手探りしている。私は硬直したように立ち尽くしたままそれを見つめていた。その時、ボディーの端近くにあるガラス面と思しき場所の向こうに、火星人の顔とでも呼ぶべきものと黒く大きな目が見えた。次の瞬間、金属光沢を放つ、長い蛇のような触手がゆっくりと壁の穴から入ってきた。

触手が牧師補をつかみあげる。

私は牧師補につまずきながらもなんとか向きを変え、食器洗い場のドアのところまで進んでから立ち止まった。触手は部屋の中に二ヤードほど入り込み、奇妙で予測不能な動きで部屋の中をあちらこちらへとねじれ、振り回されていた。そのゆっくりとした不規則な前進から目を離せずに私はしばし立ち尽くした。それからかすかなしゃがれた悲鳴をあげながら、なんとか食器洗い場へと歩を進めたのだった。体は激しく震えていて、かろうじて立っている状態だった。石炭貯蔵庫のドアを開き、暗闇の中、そこに立って台所の戸口のぼんやりとした明かりを見つめ、耳をそばだてた。火星人に姿を見られただろうか? 今、やつは何をしているのだろう?

何かがあちらこちらへととてもすばやく動き回り、ときおり壁が軽く叩かれる。動き回る時にたてるかすかな金属的な音や、ちょうど輪に通されたたくさんの鍵が動いたときのような音が聞こえた。次に重い物――それが何かを私はよくわかっていた――が台所の床の上を壁に開いた穴に向かって引きずられていく。抗い難い力に引かれて私はドアへと忍びよって台所を覗き込んだ。明るい外から差す日光が落とす三角形の中にいる火星人が見えた。ハンドリング・マシンというブリアレオスに乗り、牧師補の頭を入念に調べている。私がすぐに思ったのは、彼に与えた一撃の跡を見れば私の存在に気がつかれてしまうだろうということだった。

私は石炭の貯蔵庫へとゆっくりと戻ってドアを閉じると、暗闇の中でできるだけ音をたてないようにしながら、精一杯、身を隠そうとたきぎや石炭の中に潜り込む作業を始めた。ときおり手を止め、息を殺しては火星人がドアを開けて侵入してきはしないかと耳をそばだてた。

その時、あのかすかな金属音が戻ってきた。台所のどこから聞こえるのかを私はゆっくりと探った。音が次第に近づいてくる――どうやら食器洗い場にいるようだ。自分のところに届くほど触手は長くないはずだと私は考えた。私は必死に祈った。音が止まり、貯蔵庫のドアがかすかに引っかかれる。耐え難いほどの不安に包まれた時間が過ぎた後、ぎこちなく掛け金が動かされる音が聞こえた! ドアが見つかったのだ! 火星人はドアが何なのかを理解している!

しばらく手間取ったようだったが、次の瞬間、ドアが開かれた。

暗闇の中で見えたのは私に向かってうねる物体――象の鼻によく似ていた――だった。壁や石炭、たきぎ、天井に触れて調べている。まるで目のない頭をあちらこちらへと振る黒い芋虫のようだ。

一度はそれが私のブーツのかかとに触れさえしたのだ。私は叫び声をあげるぎりぎりのところまで追いつめられたが自分の手を噛んでこらえた。しばしの間、触手のたてる物音が止んだ。触手が去ったのではないかと私は想像した。しばらくすると不意の物音とともに触手が何かをつかんだ――捕まってしまった! 私はそう思った――再び貯蔵庫の外に引きずり出されてしまうかと思われた。しばらくは状況がわからなかった。しかしどうやら触手は石炭の塊をつかんで調べていたのだった。

私は窮屈になってきた姿勢をわずかに変える機会をとらえ、あとは耳をすませていた。私は懸命に身を護る祈りの言葉をつぶやいた。

その時、ゆっくりと慎重に私に向かって這い寄ってくる音が再び聞こえた。ゆっくり、ゆっくりと触手が近づいてくる。壁をひっかき、置かれた道具を軽く叩いている。

私がまだ確信を持てないうちに触手は貯蔵庫のドアをすばやい動きで軽く叩き、閉めた。触手が食料庫に入っていく音、さらにビスケットの缶がぶつかり合いビンが割れる音が聞こえ、次に貯蔵庫のドアに激しく何かがぶつかる音が聞こえた。それから静寂が訪れ、まったく状況がわからなくなったのだった。

やつは去ったのだろうか?

ついに私はやつが去ったのだと結論した。

やつが食器洗い場に入ってくることは二度となかったが、私は十日目の間中、狭い暗闇で石炭とたきぎに埋もれたまま横たわっていた。喉がひどく渇いていたがそのために這い出ていこうとも思わなかった。思い切って隠れ家から出たのは十一日目になってのことだった。


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