宇宙戦争 第二部 火星人に支配された地球, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

十五日間におこなわれたこと


しばらくの間、私は不安定な土の山の上で無防備に立っていた。這い出てきたあの不快な隠れ家の中で私は身の周りの安全のことだけに強く注意を払っていた。外の世界で何が起きているのかにまったく気づいておらず、この見慣れない驚くべき光景は予期せぬものだった。私が予想していたのは廃墟となったシーンの町だったのだ――しかし周りに広がる風景は奇妙に赤く染まった別の惑星のそれだった。

その瞬間に私は普通の人間は知ることのない感情に支配されたのだった。それは私たちが支配する哀れな獣だけ知るものだった。私が感じていたのは、巣穴に戻ると十数人の忙しく働く作業員が住処の土台を掘り返しているのを見つけたウサギが感じるであろう感情だった。最初はぼんやりとしていたものが頭の中で次第にはっきりとしていき、それは何日も私を苦しめた。それは没落の感覚、もはや自分は主人でなく動物の一種に過ぎず火星人に踏みつけにされているのだという感覚だった。動物たちが人間に恐怖し、その帝国をやり過ごすためにこそこそと走り回っては身を隠すのと同じように、私たちもそうすることになるのだ。

しかしこの奇妙な感覚はそれに気がつくやいなや過ぎ去り、私の頭は長く陰気な断食による飢えに支配された。穴と反対の方向、赤く覆われた壁の向こうに土に埋もれていない庭園の一区画が見えた。これが私にヒントを与え、私は膝の高さ、時には首の高さまで埋もれながら赤い草の中を進んでいった。繁った草のおかげで姿を隠せるという安心感があった。壁は六フィートほどの高さだった。壁に取りついて登ろうとしたがとてもではないが上まで体を持ち上げることはできなさそうだった。そこで私は壁に沿って進んで行ったのだが角のところまで来ると石細工があってそれを足がかりに壁に登ることができ、私は待望の庭園へと転がり込んだ。そこで私は新芽のたまねぎをいくらかと、グラジオラスの球根をいくつか、それにたくさんの未熟なニンジンを見つけた。その全てを腹に収めると私は壊れた壁をよじ登り、真っ赤になった木々の間をキューに向かって進んでいった――まるで巨大な血のしずくがしたたる通りを歩いて通り抜けていくようだった――頭には二つの考えがあった。さらに食料を得ること、そして体力が許す限りできるだけ早く、できるだけ遠くへ進んで穴の周囲に広がるこの呪われた、地球のものとも思われない地域から脱出することだ。

少し行くと草の繁った場所にキノコが群れ生えていて私はそれも貪り食べた。さらに以前は牧草地だった場所で流れる茶色い水が浅く広がっているのにでくわした。こうして得たわずかな食べ物も私の飢餓感を強めるだけだった。最初、この暑く乾燥した夏場に水があふれていることに驚いたが、後になってそれはあの赤い草がこの暑さに繁茂していることが原因であるとわかった。この異様な茂みはまっすぐに流れる水に出くわしたことで巨大になり、かつてない成長力を得たのだ。その種子はウェイ川やテムズ川の水に流れ落ち、即座に巨大に成長してその水性の葉状体がすばやく両方の川を詰まらせたというわけだ。 

パトニーでは後で私も目にしたようにこの草に巻き付かれて橋がほとんど見えなくなっていた。リッチモンドでも同じだ。テムズ川の水は浅く幅の広い流れとなってハンプトンやトゥィックナムの牧草地へと注いでいた。広がる水の後を追って草は広がり、テムズ川流域の破壊された住宅がしばらくの間、この赤い沼で見えなくなるほどだった。私が調べたあたりや火星人によって作り出された廃墟のほとんどは隠れてしまっていた。

最終的にこの赤い草は広がるのと同じくらいすみやかに枯れた。ある種のバクテリアの働きによるものと思われる腐敗病が次第にそれを蝕んだのである。そう、自然選択の働きによって地球上の全ての植物はバクテリアによる病気に対する抵抗力を獲得していた――つまりよほどのことがなければ決して敗北することはない。しかし、あの赤い草は過去に死に絶えたものたちと同じように腐っていったのだ。その葉は白く変わり、しなびてもろくなっていった。わずかに触れるだけで砕け散り、草の成長を促した水の流れがその最後の痕跡を海へと運び去った。

この水辺に出くわした私の最初の行動はもちろん喉の渇きを癒やすことだった。私は大量の水を飲んでから、ふと衝動にかられてあの赤い草の葉をかじってみた。葉は水っぽく、さらには粘つき、金属的な味がした。あの赤い草が少しばかり歩く妨げになりはしたが、安全に歩いて進めるほど水が浅いことに私は気がついた。しかしあふれた水は川に向かって行くに従って明らかに深くなっていき、私はモートレイクへと引き返した。廃墟となった住宅や柵、街灯をときおり頼りにして私はなんとか道を進み、ようやくこの洪水から逃れるとローハンプトンに向かって高くなっていく丘を進み、パトニー共有地へと出たのだった。

ここで風景は奇妙な見慣れぬものから破壊されている見知ったものへと変わった。地面のあちらこちらが竜巻の被害にあったようにむき出しになっていたが、数十ヤードほどの距離でまったく被害を受けていない場所に出くわすこともあった。きちんとよろい戸が下ろされ、ドアの閉まった家々は、まるで昨日家主が出ていったばかりか、中で住人が眠っているかのようだった。赤い草はあまり繁っていない。小道に沿った背の高い木々にはあの赤いつるは巻きついていなかった。私は木々の間を食べ物を求めてさまよったが何も見つかりはしなかった。また何件か物音のしない家に入り込んでみもしたがそこはすでに押し入られて荒らされた後だった。私は植え込みで日の名残りを浴びて休んだ。体は衰弱していて、さらに先に進むには疲れ切っていたのだ。

こうしている間、私はひとりも人間を見かけず火星人の存在を示すものも皆無だった。数匹の飢えた様子の犬とは出くわしたが、どれも私の行く手を足早に回り込んで逃げていった。ローハンプトンの近くでは二人の人間の骸骨――骨の他には何も残っておらずきれいなものだった――を目にしたし、脇の林の中では数匹の猫やウサギの砕けて散らばった骨と羊の頭蓋骨を見つけた。しかしそれらの一部を口に入れてかじっては見たものの何も得るものは無かった。 

日が沈んだ後はパトニーへ向かう街道に沿って力を振り絞って進んだ。ここでは何かの理由であの熱線が使われたに違いないと私は思った。ローハンプトンの先の庭園ではたくさんの未熟なじゃがいもを手に入れ、それで空腹をなだめることができた。この庭園からパトニーと川を見下ろすことができた。夕暮れの中で見るその場所はひどく荒れ果てていた。黒焦げになった木々、黒ずみ荒れ果てた廃墟、丘の下では川があふれて薄く広がり、あの草で赤く染まっている――そしてとりわけその静けさだ。この荒廃がどれほどすばやくもたらされたかを考えると私は言い表すことのできない恐怖でいっぱいになった。 

しばらくの間、人類はその存在を一掃されて自分はただひとりそこに残された最後の生き残りなのだと私は信じた。パトニー・ヒルの頂上のすぐ近くでまた別の骸骨に出くわした。腕が外れて残りの体から数ヤード離れたところにあった。進んでいくに従って、私のようなはぐれ者を別にすれば世界のこの地域ではすでに人間は絶滅したのだという確信はますます深くなっていた。火星人たちはこの荒廃した土地を去り、食料を求めて別の場所へ向かったのだろうと私は思った。恐らく今頃はベルリンかパリを破壊しているか、あるいは北へ向かったのだ。


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