宇宙戦争 第二部 火星人に支配された地球, ハーバート・ジョージ・ウェルズ

死に絶えたロンドン


砲兵と別れた後、私は丘を下ってハイ・ストリートに沿って進み、フラムへとかかる橋を渡った。当時はあの赤い草がひどく繁っていてほとんど橋をふさがんばかりだった。しかしその葉状体は、疫病によってすでにところどころ白化していた。疫病はゆっくりと着実に赤い草を蝕んでいた。

パトニーブリッジ駅へと続く線路の曲がり角のところで私はひとりの男が倒れているのを見つけた。あの黒い塵を浴びたらしく真っ黒で、生きてはいたが力なく無言で意識はもうろうとしていた。どうすればいいか思いつかない自分を呪って怒りを向けることの他には私には彼のためにできることはなかった。彼の顔に浮かぶ残忍な表情がなければそばに留まるべきだと私は考えたはずだ。

橋から先の街道沿いには黒い塵が積もり、フラムに近づくに従ってそれは次第に厚くなっていった。通りは恐ろしく静かだった。そこにあった一軒のパン屋で私は食べ物――酸っぱく固く、かび臭かったが食べることは十分できた――を手に入れた。ウォラム・グリーンに向かう途中に通った通りには粉は無く、私は燃え続ける白いテラスのある家の前を通り過ぎた。炎の音がひどく私を安心させた。ブロンプトンに向かって進むうちに通りは再び静かになっていった。

ここでも再び私は通りや死体の上に積もった黒い粉に出くわした。死体の数はフラム・ロードに沿って全部で一ダースほどだろうか。死んでから何日も経っていたので私は足早に死体のそばを通り過ぎた。死体は黒い粉に覆われてその輪郭ははっきりとしない。死体のいくつかは犬に荒らされていた。

黒い粉が無いところはまるで日曜日のロンドン中心街のようで実に奇妙だった。店は閉まり、建物は扉を閉じてよろい戸が下ろされている。人気が無く静かだった。いくつかの場所では略奪がおこなわれたようだが、食料品店と酒屋を除くとそうした形跡はほとんどなかった。ある場所では宝飾品店の窓が破られていたが、明らかに泥棒は動転していたらしく、たくさんの金鎖と腕時計が歩道に散らばっていた。私はわざわざそれに触れようとも思わなかった。先に進むと戸口のところにぼろぼろの服の女性が力なくうずくまっていた。ひざのあたりにまで下がったその手には長く深い切り傷があって、さびの浮いたような茶色の服を血が汚している。割れたシャンパンの大瓶が歩道にみずたまりを作っていた。彼女は眠っているかのように見えたが実際は死んでいた。

私はさらにロンドンの中心へと進んでいった。あたりはますます静かになっていく。しかしそれは死の静寂だけによるものではなかった――それは不安と予感に満ちた静寂だった。ロンドンの北西の境を焼き払い、イーリングとキルバーンを壊滅させた破壊の主がこの地の家々を打ち壊して煙を上げる廃墟に変えるかもしれないのだ。そこは死刑を宣告され、見捨てられた街だった……。

サウス・ケンジントンの通りには死体も黒い粉も無かった。私が初めてあの遠吠えを聞いたのはサウス・ケンジントンの近くでのことだった。気がつくとそれは私の五感に絡みついていた。すすり泣くような二つの響きの繰り返しだ。「ウラー、ウラー、ウラー、ウラー、」それが果てしなく続く。私が北へ走る通りを渡った時には音は大きくなったが、家々と建物にさえぎられたようで再び聞こえなくなった。エキシビション・ロードに出ると音は最高潮に達した。私は足を止めるとケンジントン公園の方に目を凝らしてこの遠くから聞こえる奇妙なすすり泣きをいぶかしんだ。まるで広大な不毛の土地に建つ家々が恐怖と孤独を訴えるための声を手に入れたかのようだった。

「ウラー、ウラー、ウラー、ウラー、」人間離れした響きはうめき続けた――巨大な音の波が、両側に高い建物の建つ日の差した幅のある街道を広がっていく。私は驚きながらも北へ進路を変えてハイド・パークの鉄の門扉へと向かっていった。ロンドン自然史博物館へと侵入して塔のてっぺんに上がれば公園全体を見渡せるのではないかと思ったのだ。しかし途中で私は地上に留まることに決めた。地上にいればすばやく身を隠すことも可能だ。そこで私はエキシビション・ロードへと進んでいった。道の両側に建つ大きな屋敷は無人でひっそりとしていて、私の足音がその家々にこだました。公園の門の近くの突端で私は奇妙な光景にでくわした――ひっくり返ったバスと、ついばまれてきれいになった馬の骨があったのだ。しばらくそれに思いを巡らせた後、私はサーペンタイン池にかかる橋に向かって進んだ。あの声はますます大きくなっていったが、公園の北側に連なる屋根の向こうには何も無く、ただ北西へと流れる煙のもやだけが見えた。

「ウラー、ウラー、ウラー、ウラー、」声が叫ぶ。どうやらリージェンツ・パークのあたりの地区から聞こえるようだ。寂しげな叫びが私の心に訴えかける。その雰囲気が私の足を止めさせた。すすり泣きが私を捕らえる。自分がひどく疲れていて、足は痛み、再び空腹と喉の渇きが訪れていることに私は気づいた。

すでに時間は正午を過ぎていた。なぜ私はひとりでこの死者の町をさまよっているのだろう? なぜロンドン全体が倒れ伏し、黒い埋葬布の下にある時に私はひとりなのだろう? 耐え難い孤独を感じた。何年も忘れていた古い友人のことが頭をよぎる。薬局にある毒薬や酒屋にある強い酒のことを私は考えた。私は絶望していたあの二人の無気力な者たちを思い出した。私の知る限りでは、彼らは私と共にこの都市で暮らしていたのだ……。

マーブル・アーチからオックスフォード・ストリートに踏み込んだが、ここにも黒い粉といくつかの死体があり、さらに一部の家の地下室の明り取りからは不吉な悪臭が立ち昇っていた。長いこと歩いてきたので暑くてひどく喉が渇いていた。ひどく苦労してなんとか私は一軒の酒場に入り込み、食べ物と飲み物を手に入れた。食事が終わると疲れがきて私はバーの背後の接客室に行くとそこにあった黒い馬巣織りのソファーで眠った。

目覚めた時にはまだあの陰気な遠吠えが聞こえていた。「ウラー、ウラー、ウラー、ウラー、」時間は夕暮れ時で、バーでいくらかのビスケットとチーズ――保存されていた肉もあったが蛆虫だらけになっていた――を見つけ出した後、私は静まり返った住宅街をベイカー・ストリートへ向かってさまよい歩き――憶えているのはポートマン・スクウェアだけだ――最後にリージェンツ・パークに出た。ベイカー・ストリートの端から踏み出すやいなや、遠くの木々の向こうの晴れわたった夕日の中にあの火星の巨人のフードが見えた。そいつがこの遠吠えを続けているのだ。恐ろしくはなかった。まるで当然のように私はそいつに近づいていった。しばらくの間、私はそいつを見守ったが動く様子は無い。立ったまま大声で叫んでいるようだがその理由は私には見つけられなかった。

私は行動の計画を立てようと試みた。果てしなく続く「ウラー、ウラー、ウラー、ウラー、」という音が私の頭を混乱させる。おそらくあまりに疲れていたために私は強い恐怖を感じなかったのだろう。恐れるよりもこの単調な叫びの理由を知りたいという好奇心の方が間違いなく勝っていた。私は公園から引き返してパーク・ロードへ出た。公園を回り込もうと思ったのだ。テラスの影に沿って進み、セント・ジョンズ・ウッドの方向からこの動かずに叫んでいる火星人の姿をとらえる。ベイカー・ストリートを離れて数百ヤードほどのところで甲高い鳴き声が一斉に上がるのが聞こえた。半分腐った赤い肉のかけらを咥えた犬が私に向かってくるのがまず見え、次にそれを追う飢えた雑種犬の群れが見えた。最初の一頭は私を避けるように大きく弧を描いて走った。まるで私が新しい競争相手として名乗りを上げるのを恐れているかのようだ。甲高い鳴き声が通り過ぎて道が静かになると、あの「ウラー、ウラー、ウラー、ウラー、」というすすり泣きの音が再び大きく響いた。

セント・ジョンズ・ウッド駅へと向かう途中で壊れたハンドリング・マシンと出くわした。最初、私は道のまんなかに家が崩れ落ちているのだと思った。廃墟によじ登ってその姿を見た私は息をのんだ。この機械仕掛けのサムソンはその触手を曲げ、打ちのめされ、ねじれたようになって自らが作り出した廃墟の真ん中に倒れていた。体の前の部分は砕け散っていた。まるでやみくもに建物に突進して、崩れてきた壁に埋もれたかのように見える。次に私が思ったのは、これは乗り込んだ火星人の操縦をハンドリング・マシンが失った結果だろうということだ。それを確認するために廃墟をよじ登ることはできなかったし、たそがれが迫っていたためにマシンのシートを汚す血も犬に噛み切られた火星人の軟骨の残りも私には見えなかった。

自分が目にしたあらゆるものについてさらに考えを巡らせながら私はプリムローズ・ヒルに向かって進んでいった。遠く、木々の隙間を通して二番目の火星人が見えた。最初のものと同じく動きは無く、ロンドン動物園の方を向いて公園の中に立ったまま沈黙している。破壊されたハンドリング・マシンの周囲の廃墟の少し向こうには再びあの赤い草が見え、さらにリージェンツ運河と赤黒い植物のスポンジ状のかたまりが目に映った。

水面に火星人の影が映る。

橋を渡っている間にあの「ウラー、ウラー、ウラー、ウラー、」という音は止んだ。まるで唐突に切り落とされたかのようだった。雷鳴の後のような静寂が訪れる。周囲にはくすんだ色の家々が立ち並んでいた。弱々しく、背が高く、頼りなげに見えた。公園に向かって立つ木々は黒くなっていた。そこら中であの赤い草が廃墟に這い登り、薄暗い中で上に伸びようとねじくれている。恐怖と神秘の母たる夜が近づいていた。あの声が聞こえている間は孤独と寂しさにも耐えられた。声のおかげでロンドンがまだ生きているように思え、近くに生命の気配があることが私を安心させてくれていたのだ。それが唐突に変わり、何かが消滅し――それが何なのかはわからない――静けさが感じられた。荒涼とした静寂の他には何も無かった。

周囲のロンドンが亡霊のように私を凝視していた。

周囲のロンドンが亡霊のように私を凝視していた。白い家々の窓はまるで頭蓋骨の眼窩のようだ。物音を立てずに動き回るたくさんの敵を私の想像力が周囲に見つけ出した。恐怖が私を捕らえ、向こう見ずな行動が恐ろしくなる。目の前ではまるでタールを塗ったように道が真っ黒に変わり、進む先には横たわった歪んだ形の何かが見えた。私は進むことができなくなっていた。セント・ジョンズ・ウッド・ロードへと進路を変えると、この耐え難い静けさから大急ぎで逃げ出してキルバーンへと向かった。私は深夜遅くを過ぎるまでハーロー・ロードにある辻馬車の御者の住処に身を隠して夜と静けさをやり過ごした。しかし夜明け前になると勇気を取り戻し、まだ空に星が瞬いているうちに私はもう一度リージェンツ・パークへと取って返した。通りでは道に迷ったが、やがて長い大通りへ出て、早朝の薄暗がりの中、プリムローズ・ヒルの曲がり角へとたどり着いた。丘の頂上には消えていく星に届かんばかりにそびえ立った第三の火星人がいて、他のものと同じように立ったまま静止していた。

正気とは思われない決心が私に宿った。死んで終わりになるかもしれない。それでも自殺の手間は省けるだろう。私は無謀にもこの巨人に向かって前進していった。近づいて明るくなっていくに従って無数の黒い鳥がフードの周りに群れ飛び回っているのが見えた。それを見て心臓が跳ね上がる。私は道に沿って走り出した。

セント・エドモンド・テラスを詰まらせている赤い草をかき分けて私は急ぎ(胸まで水に浸かって上水道からアルバート・ロードへ向かって下る水の流れを渡った)、太陽が昇る前に芝生の上に出た。丘の頂上の周囲には大きな土盛りができていてそれが巨大な砦となっている――そこは火星人たちが作り出した最後にして最大の場所だった――この土盛りの背後からは細い煙が空に立ち昇っていた。脳裏をよぎった思いつきが次第に現実味を帯び、確かなものとなっていく。恐怖は感じなかった。ただ体を震わせるような激しい喜びだけがあり、私は動かない怪物に向かって丘を駆け上がっていった。フードの外にひょろ長い茶色の残骸が垂れ下がり、腹を空かせた鳥たちがそれをついばみ、引き裂いていた。

マシンに生き物の気配は無い。

次の瞬間には私は土の城壁をよじ登ってその頂上に立っていた。砦の内部が足元に広がる。広大な空間があり、そのあちらこちらに巨大なマシンがある。資材の大きな山や奇妙な住処もあった。周囲に散らばるのは横転したやつらの戦闘マシンや今では固まったようになったハンドリング・マシンで、一ダースほどのそれらは硬直し沈黙して列をなして倒れていた。火星人は――死んだのだ!――腐敗や病をもたらす細菌による殺戮に対してやつらのシステムは備えが無かったのである。あの赤い草が殺されていくのと同じ殺戮、人間の全ての手段が失敗した後、神がこの地に置かれた最も慎ましやかなものによってもたらされた殺戮である。

恐怖と災厄によって思考停止に陥っていなければ私も多くの人々も予見できていたであろうことが今、起きたのだ。世の始まり以来、こうした病原菌は多くの人間の命を奪ってきた――この地で生命が生まれて以来、人類に至るまでの祖先の多くの命を奪ってきたのだ。しかしこの私たちの種に対する自然選択の恩恵によって私たちは抵抗力を発達させたのである。戦わずして細菌に敗北することはないし、多くの私たちの生体組織は完全な免疫を手に入れているのだ。しかし火星には細菌がおらず、侵略者は直に到着し、直に飲食をおこない、我らが極小の同盟者はやつらを打倒するための仕事を開始したのだ。私がやつらを観察している時にはすでにやつらは取り返しのつかない運命の元にあり、あちらこちらへと動き回っている時でさえ死に腐りつつあった。これは避け難いものだったのだ。膨大な数の犠牲者を出して人類は地球に住む権利を得ており、いかなる来訪者があろうと地球は人類のものだった。火星人がその十倍強大であったとしても依然、地球は人類のものなのだ。人類が生きていようと無駄死にしていようとそれは変わらなかった。

やつらはあちらこちらに散らばっていたが全て合わせて五十体近くいただろうか。自らの作った大きく深い穴の中で、やつらにとってどのような死よりも不可解に思えたであろう死によって火星人は打ち倒されていた。その時には私にとってもこの死は不可解なものだった。私にわかるのは人間にとってとてつもない脅威だったこの生き物たちが死んだということだけだった。しばらくの間、私はセンナケリブの破壊が繰り返されたのだと信じた。神が後悔して、死の天使が夜のうちにやつらを殺したと信じたのだ。

私は穴の中を凝視しながら立っていた。心は明るく晴れていき、そうしている間にも昇る太陽が世界を照らしてその光線が私の周囲を燃え立たせていった。穴はまだ暗いままだ。巨大な機関、強大で目を見張る力と複雑さ、地球のものとはかけ離れた入り組んだ形態のそれが、光に伸びる影の中から神秘的にぼんやりとその奇妙な姿を現す。たくさんの犬が私の眼下の遠く、穴の奥深くの暗闇に横たわる死体を巡って争っているのが聞こえた。穴の向こうの遠い側のへりに平べったくて大きな奇妙なもの、巨大な飛行マシンが横たわっていた。腐敗と死に捕らえられた時にやつらは地球の濃い大気でそれを試験していたのだろう。死は一日もかからずに訪れたのだ。頭上のカラスの鳴き声に私はもはや戦うことは永遠にないであろう巨大な戦闘マシンを見上げ、ひっくり返った席の上からずたずたになった赤い肉片がプリムローズ・ヒルの頂上に滴り落ちているのを見た。

私は振り返って丘の斜面を見下ろした。そこには鳥の群の中で光を背に、昨夜、私が目にした二体の火星人が死に打ち負かされた時と同じ姿勢のまま立っていた。一体は仲間に向かって叫び声を上げながら死んだのだ。おそらくそいつが最後に死んだやつで、装置の動力が尽きるまでその声はずっと続いていたのだ。今や無害に変わったそそり立つきらめく金属のトライポッドは昇る太陽の明かりに輝いていた。

穴の周囲には奇跡的にとめどない破壊から逃れた、巨大な母なる都市が広がっていた。陰鬱な煙のローブで覆われたロンドンしか目にしたことのない者には、静かな雑然とした家並みの飾らない鮮やかさと美しさは想像もつかないだろう。

東の方、アルバート・テラスの黒ずんだ廃墟と教会の引き裂かれた尖塔の上では晴れわたった空に太陽がまばゆく輝き、広大で雑然と並ぶ屋根があちらこちらで日光を捉えて白くまぶしく輝いている。

北の方はキルバーンとハムステッドで、青みがかった家々が群れるように建っている。西の方の大都市は霞んで見えない。火星人の向こうの南の方ではリージェンツ・パークのこんもりとした緑の木々、ランガム・ホテル、アルバート・ホールの円屋根、帝国協会、ブロンプトン・ロードの巨大な邸宅が日の出の中ではっきりとした姿を小さく現し、国会議事堂の崩れ落ちた廃墟がもやの向こうに浮かび上がっている。遠くの方にはサリーの丘陵地帯が青みがかって見え、クリスタル・パレスの塔が二本の銀の笏のように輝いている。セント・ポール教会の円屋根は日の出を背後にして暗く、傷ついていた。そこで初めて気がついたのだが西側に大きな穴ができていたのである。

こうした広がる家々や工場、教会を眺めている間もあたりは静かで人の気配は無かった。多くの希望と努力、この人間の岩礁を築くために働いた数え切れないほどたくさんの人々、それら全てを脅かした迅速で無慈悲な破壊について私は思いを巡らせた。気がついた時には影は退いていた。通りにはいまだ人々が生き残っていて、この愛おしい広大な死の都市はもう一度生き返って力に満ちたものになるだろうと気がつき、私は泣き出したいような感情の波に襲われた。

苦難は終わったのだ。その日のうちにも回復が始まるだろう。生き残った人々は国中に散らばっていた――指導者を失い、法も食べ物も無く、牧羊犬を失った羊の群れのようになって――海を渡って逃げた大勢の人々も帰還を始めるだろう。生命の鼓動はどんどん強くなっていき、再び人のいない通りを脈打たせて虚ろな広場へと人を注ぎ込むだろう。いかなる破壊がおこなわれようと破壊者の手は食い止められたのだ。日の差す丘の芝生の中でひどく陰気に目立つ荒涼とした残骸や、黒焦げになった家々の骨組みもやがて再建の槌音をこだまさせ、こてで塗られる音が響くことだろう。そう考えながら私は手を空に向かって伸ばし、神への感謝を捧げた。一年も経てば、私は思った――一年も経てば……。

自分自身のこと、妻のこと、永遠に終わってしまった希望と優しい助け合いのある過去の生活への思いが圧倒的な迫力で到来した。


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