六 ロバート卿の主張の眼目は、「人間は生まれつき自由にあらず」ということである。この命題が彼の絶対君主権の根拠をなすものであり、絶対君主権は、これを基点としてその頭をもたげ、ついには一切の権力を超越し、ヴァージルの句を借りれば「その頭は雲にかくれる」に至るのである。即ち、一切の地上的なもの、人間的なものを越えて、人智の及ばぬ彼方に伸び、無限の神をも拘束する約束や宣誓からさえ解放されるようになるのである。しかし、土台がしっかりしていなければ、上層建築は倒壊し、政治は、再び、理性を以って社会的結合をなす人々の同意と工夫とによる昔の方法から出直さねばならぬ。ロバート卿は、彼のこの大主張を証明しようとして、「人間は生まれながら親に隷属して居り、従って自由ではあり得ない」という説を持ち出す。彼はこの親の権力を「王の権威」、「父の権威」、「父たる権利」と呼んでいるが、私は、いやしくも、君主の権力と臣民の服従に理論根拠を与える著述をしようとする者は、先ずその冒頭で、この「父の権威」とは何であるかをはっきりと述べるべきであったと思う。もっとも、われわれの著者が他の論文で言うところによれば、「父の権威」なるものは、限界のないもの、あるいは限界をつけ得ないものである(註)から私も無理に限界を与えよとは言わぬが、定義位は与えておいてもよかった筈である。少なくとも、われわれ読者が彼の著書で「父たる身分」とか「父の権威」とかいう文字に出会う時、これを完全に理解出来るような説明を加えていてもよかった筈である。私は、当然、ロバート卿は『パトリアーカ』の第一章でこの説明をなしているものと期待していたのである。ところが、そうではなく、彼は、先ずほんの序にいわゆる「国家の機密」(arcana imperii)に敬意を表し、次に結局すぐ後で論破することになるのであるが、わが国民と他の諸国民との「権利と自由」にお世辞をつかい、更に彼自身程洞察の深くない学者連に膝を曲げた後、ベラーミン(訳註:イタリアの宗教家、政治論者絶対君主権論者であったが、自然法による人民の主権を認めた。一五四二―一六二一)に襲いかかり、これを破って彼の「父の権威」を議論の余地なきまでに確立しようとする。ベラーミンをして自らその敗北を認めさせた彼は、戦は明かに己のものでありこれ以上どんな議論も必要でないと思っているらしい。その証拠には、これ以後は、この問題を説明したり、彼の主張を通すために議論を整えたりすることはせず、ただ、誰でもこれを獲得する者をして、直ちに、支配権と無制限の絶対権力をも握るに至らしめるこの「父の権威」という不思議な威圧的な幽霊について、自分に都合のよい叙述をしているにすぎない。即ち、この「父の権威」はアダムに始まって以来、成長を続け、族長時代を通じて世界に秩序を保たせ、ノアの洪水に至ってノアと彼の息子と共に方舟を降り、イスラエル族のエジプト虜囚時代まで地上すべての王をつくり支持した。この父の権威は後しばらく囚れの身となっていたが、「神は遂にイスラエル人の中から王を選び、父権政治の古き、最初の直系継承権が、ここに再建されることとなった」と言っている。これが『パトリアーカ』第一章の趣旨であるが、ロバート卿は、更に反対論を片附け、二三の難点を半分の証拠によって除いて、「王権という天賦の権利を確証して」この章を結んでいる。私がここで半分の証拠という意味は、われわれの著者が、十戒の第五番目(『出エジプト記』第二〇章一二節)「汝の父、母を敬え」の中、「母」を不必要と認めて、これを全然省略して、半分だけを引用していることを指すのであるが、私がこんな言い方をしてもわれわれの著者を侮辱することにはならないと信ずる。しかし、これについては、別のところで述べよう。
註一「人間の権力は、神あるいは自然に由来する授与物例えば、父の権力に制限を加えたり、規定的な掟を課したりすることは許されない」(『覚書』一五八頁)
註二「父がいかなる制限も受けずに至上権を所有していたことは聖書の教えるところである」(『覚書」二四五頁)
七 ロバート卿がこの種の論文に不馴れであるとも、自分の議論の主眼点をいい加減に考えているとも思えないが、彼は迂闊にも、彼の著書『非絶対君主権の無秩序』で、「私のこの無神論者への第一の反対は、方法論上から言って、彼が当然先ず定義を与えなければならなかったのに、絶対君主権一般について何等の定義も説明も与えていないことである」とハントン氏を非離するその同じ誤謬を自ら犯している。ロバート卿も、同じく、方法論上から言って、誰が「この父たるの身分」、「父の権威」を持つかなどのことをあれ程雄弁に語る前に、「父たる身分」、「父の権威」自体が何であるかを述べるべきであった。しかし、恐らく、ロバート卿は、この「父の権威」、即ち父及び王の権力(彼は両者を同一物としている)を彼自身の頭の中で考えている様な巨大な姿のまま、全体を一気に描いたならば、異様で恐ろしいものとなり、子の考える親、臣民の考える君主とは似ても似つかぬものとなる恐れのあることを自らよく知っていて、用心深い医者が患者ににがい、腐蝕性のある水薬を呑ませようとする時、多量の緩和剤を混ぜるように、この権力の概念を分散させて、読者にあまり強い刺激や反感を起さずに受け入れられるように工夫したのであろう。
八 そこで、彼がこの「父の権威」をどう説明しているか、彼の著書に分散する記述によって調べてみよう。以下がそれである。「始めてアダムが『父の権威』を賦与されたが、彼に続く族長等も父たる権利によって、彼等の子供に王権を振った」「アダムが神命により、又後の族長等が彼から伝った権利によって全世界に振った君主権は、開闢以来のいかなる君主の絶対支配権にも劣らない広汎なものであった」「生殺の権、宣戦布告、平和締結の権」「アダムも彼以後の族長等も生殺の絶対権を持っていた」「王は親たるの権利によって、至高の支配権の行使を継承する」「王権は、神の掟の定めるところであり、下級の法律がこれを制限することは出来ぬ」「一家の父は自分の意志を唯一の掟として治める」「君主の優越は法を超越する」「王の無制限の司法権は『サミュエル書』に詳しく述べられてある」(『サミュエル前書』第八章一一―一八節)「王は法を超越する」ロバート卿は、ボーダン(訳註:十六世紀のフランスの政治学者、その主著『共和国論』(一五七七)で絶対君主制を擁護する)の言葉を借りて更に多くの同趣旨の言明をなしているが、共に参照すべきである。曰く、「君主の発布する法律、特権、勅許、特に特権は、次代の君主が明文あるいは黙認によってこれを認めた場合を除いては、彼の存命中にだけ効力を発揮する」「王が法律を作った理由は、王が戦争に忙殺されるか、国事に奔走するかして、臣民が直接個人的に王に面接して王の意志、意向を知ることが出来ぬ時、臣民がめいめい法典の中に王の意志を読み取らんがためである」「君主国では、王は必然的に法律を超越する」「完全な王国とは、王が自己の意志により一切を支配する国である」「王が父たる権利によって臣民を支配する権力は包括的で、慣習法(不文律)によっても、成文律によっても、すこしも縮小されないものであり、又縮小するを得ないものである」「アダムは彼の一家に対し、父であり、王であり、主人であった。始めは、子も臣民も家僕あるいは奴隷も皆同一であった」「父は自分の子、家僕を処分したり、売払ったりする権力を持っていた。聖書の最初の財産調べの記事で、男女の家僕が他の財貨同様、所有者の財産中に数えられているのはこの為である」「父は、子を支配する権力を他人に譲渡する権利と自由を神から与えられている。したがって、世界の黎明期には子の売買、贈答が盛んであった。又家僕は、他の財貨同様、財産、遺産と見做され、その結果、大昔は、去勢とか宦官とかいうことが盛に行われた」「法律とは、とりも直さず、至上の父が持つ権力を所有する者の意志である」「アダムの至上権が無制限であり、彼の自由意志による行為をすべて包含する程であったのは神の定めたところであった。アダムだけでなく、至上権を持つ者はすべてそうである」
九 私が読者の退屈を承知で、ロバート卿自身の言葉を引用したのは、始め、アダムに賦与され、後の君主等が、彼から伝った権利によって持っていたと称されるこの「父の権威」の説明を、彼の著書の各所に散在する彼自身の言葉から総合して採ろうとしたからである。とにかく、われわれの著者の言う「父の権威」、あるいは「父たる権利」は、神より授けられた不易の至上権であり、父、あるいは君主は、この権利によって、自分の子、あるいは、自分の臣民の生命、自由、財産に対して絶対的な、恣意的な、無制限的な、あるいは制限されることを許さぬような権力を振うことが出来、従って、彼等は、子あるいは臣民の財産を取り上げたり、譲渡したり、その身柄を売買したり、去勢したり、好む方法で利用したりすることが出来る。彼等は、すべて彼の奴隷であり、彼は万物の主人、所有者であり、彼の無制限の意志は、彼等の守るべき掟である。
一〇 われわれの著者は、アダムにかくも巨大な権力を賦与し、あらゆる支配、あらゆる君主権をこの仮定の上に建てたのであるから、彼が問題の重要性に相応の明解な議論を以ってこれらの証明にあたることを期待するのは当然と思う。他には何一つとして持たぬ奴隷である一般の人民が、せめて、この権力の必然性に心から納得して、支配者の絶対権力に服従することを肯ぜざるを得ない程明白な論拠を要求するのは当然と思う。それだけの用意をしないで、このような無制限な権力をつくり上げるのは、さなきだに権力の獲得と共に増長する傾向のある人間生来の虚栄心や野心に媚びへつらう以外に何の役に立とう。同胞市民の同意によって、巨大ではあるが限度のある権力に即いた人をして、彼に与えられた範囲の権力を、それ以上の一切の物に対する権利のように錯覚を起させ、また、他の者以上のことをなす権威を、何を為すのも勝手である権威と勘違いさせ、彼を自分の利益にも、自分が監督している者の利益にもならぬような行為に誘うことが何の役に立とう。その結果は、大きな禍を起すだけであろう。
一一 われわれの著者の巨大な絶対君主権の確実な論拠をなすものは、アダムの主権であるが、私は、彼が『パトリアーカ』で、彼のこの主眼を、こういう根本問題の要求に応ずるあらゆる論証によって証明し、確立したものと、また、この問題の重みを一手に支えているこの大切な点を、彼の自信の程をうなずかせるに足る論拠によって明かにしたものと期待していたのであるが、この論文の何処にもそれらしいものを見ることは出来なかった。この点は、この論文では、分りきった当然のこととされて何の証明も施されていない。私は、慎重に一読した後、彼がこういう仮定を基として、その上にこんな途方もない上層建築を建てたことを発見した時、自分で自分の頭を信じられない程であった。彼が、彼のいわゆる「人間の天賦の自由という謬論」を反駁すると称しながら、その反駁論を、「アダムの権威」という全くの仮定に基づいて、何の証明をも与えずにすすめて行っているのは、一寸考えられない位である。いかにも、われわれの著者は、「アダムは王権を持っていた」とか「生殺を握る絶対的主権及び支配権」とか、「普遍的絶対君主権」とか、「生殺の絶対権力」とかを自信を以って云々する。また、彼はこれ等の文句を甚だしばしば繰返すが、不思議なことには、『パトリアーカ』のどこにも、彼の政治論の基礎をなすこの説を確立するに足るだけの論拠、否、多少とも議論らしいものさえ書かれてないのである。ただ、「この天賦の王権を確証する事実として、十戒の中で、『汝の父を敬え』という言葉は、王への服従を命ずる掟で、あたかもあらゆる権力が元来父にあったことを示すかのようである」と言っているに過ぎない。それならば私も、これに対抗して、「『汝の母を敬え』という言葉は、女王への服従を命ずる掟で、あたかもあらゆる権力が元来母にあったことを示すかのようである」と言ってもよいであろう。われわれの著者の議論は父にも母にも当て嵌まるのである。しかし、これについては適当な場所で論じよう。
一二 ここで私が注意したいのは、われわれの著者は、彼の根本原理たる「アダムの絶対権力」の証明となることは、第一章でも、また、以後のどの章でもこれ以上には何も言っていないにも拘らず、正しい証明によってこの問題の解決を果したかの如く、次の章を、「聖書を権威として導き出した以上の説明と論証を照合すれば云々」という言葉で始めていることである。私には遺憾ながら、上述の「汝の父を敬え」を除き、どこに、アダムの主権の証明、論証が書かれてあるのかわからない。多少とも聖書に基づく証明、否、聖書に基づかなくてもよろしいが、多少とも証明らしいものは、「人(訳註:アダムを意味する)が、創造されたという事実そのものによって、彼の子孫の君主となったことは、ここで、ベラーミン自身認めている通りである」という言葉だが、われわれの著者は、このことから、独特の新しい演繹法によって、直ぐ次のところで、「アダムの王権は完全に定まった」と結論を出している。
一三 われわれの著者が、この章かあるいは他のどこかで、「アダムの王権」の証明を、唯この言葉を何度も繰返す――ある人々の間では、唯繰返すだけのことが、立派な議論として通用している――以外の方法で、行っているなら、誰でもよいから、彼に代ってその箇所と頁を教えていただきたいものである。私は、私の不明を詫び、私の見落しを謝ろう。もし、彼がどこでも行っていないのなら、私は、この書を褒め立てた人々に、彼等が絶対君主の賛成者となったのは、議論、論証の力に説き伏せられたが為でなく、他の利害関係のためであり、従って、こういう説を掲げる者ならば、論証の有無に拘らず、誰にでも拍手を送ることに始めから定めているのだと思わせる節が十分窺われることを指摘したい。しかし、理性のある、冷静な者ならば、彼等の意見に改宗することは出来ないであろう。何故ならば、彼等の大先生は、「人間の天賦の自由」と対立させて、「アダムの絶対君主権」を主張するために、わざわざこの論文を書いたのであったが、それを証明する言葉を一向に述べていないから。述べていないというのは、実は、述べるべき言葉がないからだと考えてもよいであろう。
一四 われわれの著者は、この『王の天賦の権力』(訳註:『パトリアーカ』のサブ・タイトルである)では、彼のお得意の「アダムの主権」説を擁護する議論を、甚だ控え目にしか行っていないが、彼の意味を知るための労をいささかも惜しむまいとして、私は、『アリストテレス、ホッブズに関する覚書』を調べてみた。その結果、私は、彼が彼の著書の到るところで用いる論証は、ことごとく、『ホッブズの「リヴァイアサン」に関する覚書』の中に要約されているように思った。それは次の通りである。「アダムだけが神によって創造されたこと、女(エバ)はアダムの肉体の一部から作られたこと、人類はこの両者の生殖行為から繁殖したことが認められるならば、また、アダムが女及び女との間に儲ける子を支配する権力と共に、全地球を征服し、その上にある一切の禽獣を支配する権力をも神から与えられ、その結果、何人も、彼の存命中は、彼の授与、譲渡、許可を得なければ、何物をも所有、使用する権利も持たなかったことが認められるならば、私は云々」ここに、彼の他の著書に散見する「アダムの主権」を擁護し、「人間の天賦の自由」を反駁する一切の論証の要約が見られる。即ち「神のアダム創造」、「アダムが神から授けられたエバを支配する権利」、「父としてのアダムが子を支配する権利」である。これらの点については後に詳しく考察する。