統治二論 前篇 ロバート・フィルマー卿の誤れる原理及び根拠の摘発並びに打倒, ジョン・ロック

第八章 アダムの至上君主権の譲渡について


七八 ロバート卿は、アダムの主権を証明するに際し、あまり手際よくはなかったが、彼の政治論が正しいとして、その資格をアダムに仰がねばならぬ後の君主達が、このアダムの主権をどう譲渡されるかを述べるところでもあまりうまいとは言えない。われわれの著者の考える授与の方法を彼の著書の所々に散見するところから拾って彼自身の言葉で紹介しよう。彼は序文でこう言う、「彼は全世界の君主であり、彼の子孫の一人として、彼の授与、許可を与えられるか、彼を継承するかしない限り、何物をも所有する権利を持たない」と。ここで、彼は、アダムの財産が譲渡される二つの方法をあげている。即ち、授与と継承である。「すべての王は、全人類の親である最初の祖先の最も近い相続人と考えられている、もしくは、考えらるべきである」(一九頁)。「人間が集団をなしている時は、いつも、それだけ切り離して考えると、彼等の間にアダムに最も近い相続人として、生まれながら他の者に王たる資格を持つ者が必ず一人居る」(『覚書』二五三頁)。この二つの文句によれば、君主が君主権を譲渡される方法としてわれわれの著者が認める唯一のものは相続である。「一切の地上の権力は、父権から由来するか、簒奪されるか、そのいずれかである」。「過去及び現在に王であった者、あるいは、王である者は、彼等の臣民の父であるか、臣民の父であった者の相続人であるか、臣民の父たる権利を簒奪した者かである」。この言葉によると、王がこの本源的な権力を得る唯一の方法は「相続」、あるいは、「簒奪」となっている。しかも、「この父権は、本来、世襲的であるが、特許によって譲渡されたり、簒奪者が奪ったりすることの出来るものであった」と言う。それならば、この権力は、相続によっても授与によっても簒奪によっても、譲渡し得るものである。最後に、最もすばらしい議論であるが、「王がこの権力を獲得する方法は、選挙であれ、授与であれ、継承であれ、その他如何なる方法であれ、構わない。王を真に王たらしめるものは、至上権による支配の仕方にあるのであって、王位を獲得する方法如何にあるのではない」と。私は、この言葉は、すべての君主はアダムの王権をその権威の源とするという彼自身の仮説や議論一切に対する答として十分な文句と思う。人を「真に王」とするに必要なものは、ただ、至上権による支配だけで、どんな方法でこれを得るかは問題でないのならば、われわれの著者は、彼の著書の方々で、相続だの、相続人だのと、あれほどくどくどと述べる必要はなかったであろう。

七九 われわれの著者は、この注目すべき方法によって、オリヴァー(訳註:ローランドとならび中世物語に出る勇士を指して言う)でも誰でも考えつく程の者を真に王とすることが出来る。しかして、もし、彼がマッサネロの支配下にあったとしたら、この彼自身の原理により、「王様万歳!」と言って、マッサネロに忠節を尽さざるを得ないであろう。何故ならば、至上権による支配の仕方がつい昨日まで実は漁夫であったマッサネロを真に王となしたのであるから。また、ドン・キホーテが彼の従者に至上権を以って治めることを命じたとしたら、われわれの著者は、サンチョ・パンサ(訳註:ドン・キホーテの従者)の島の最も忠良な臣民となったであろうし、政府部内で枢要の地位を得るに値したに違いない。何故ならば、われわれの著者こそ、政治をその正しい基礎の上に置き、正当な君主を定め、世人に「如何なる方法によろうと、至上権によって政治を行う者は真に王である」と説いた最初の政治家であるから。これを平易な言葉に直せば、どんな方法にせよ、至上の王権は、これを奪い取った者が、正当な所有者となるということである。これが「真の王」なら、われわれの著者の考える「簒奪者」とはどんな者なのであろう。どこに「簒奪者」はいるのだろうか。

八〇 この説はあまりに新規であり、私はこれに驚いて、為に、後の君主、支配者がアダムの王権、即ち、至上の支配者としての権利を譲渡され、臣民の服従と隷属を要求する資格を、時には「相続」だけにより、時には「授与」あるいは「相続」、時には「相続」あるいは「簒奪」、時にはこれら三者の全部、最後に、これらに加えて「選挙」「他の如何なる方法」によってでも与えられるという矛盾を問題にせずに黙過して議論を進めてきた。しかし、この矛盾は、あまりに明瞭で普通の頭脳の持主ならば一読してわかる程のものである。この種類の文章は彼の著書中にまだいくらもあるが、上の引用だけで、私がこの議論をこの上続ける必要はあるまいと思う。しかし、とにかく、私は彼の説の主眼点を考察することを企てたのだから、どうして彼の原理によれば、「相続」、「授与」、「簒奪」あるいは、「選挙」が支配権を証明したり、また、アダムが全世界の絶対君主であり、主人であることが説明されたとして、このアダムの王権から、それらがどうして絶対支配権を導き出したりするのか、もうすこし詳しく考えてみよう。