二五 われわれが自然の理法に従って考察した結果、人間が生れた以上、己を保存する権利があり、その故に当然飲食物やその他自然が人間の生存のために与えてくれるものを取る権利があると考えても、あるいは「啓示」に従って、神が世界の贈物をアダムやノアとその子孫達に与え給うたのだと解釈してもよい。いずれにせよ、神は明かにダビデ王が「地は人の子にあたえたまえり」と言っているように(『詩篇』第一一五章一六節)、人類の共有物としてそれを与え給うたのである。然しこのように考えると、どうしてある人間がなんらかの物を所有する権利を得るようになったのだろうかと、甚だ不可解に思う人もあろうが、それに対して私は決して次のような解答を与えて満足はするまい。即ち神がこの世界をアダムとその子孫達(訳註:即ち全人類)の共有物として与え給うたのだという仮定の下に、「私有財産」を理解することがもし難しければ、神はこの世界をアダムとその代々の相続者のみに与え給い、それ以外のあらゆるアダムの子孫を除外し給うたのだと仮定して、全世界を支配するただ一人の絶対君主以外の誰もが「私有財産」を所有すると言うことは不可能だと。そのような解答を与えずに、私は神が人類の共有物として与え給うたものを、全共有者が明確な契約を結ぶこともしないのに、どうしてその中の幾分かを私有することが許されるのであろうか、その理由を説明するように努めてみよう。
二六 この世界を人類の共有物として与え給うた神は、また彼等が生きるのに便利に、好都合にそれを極力利用出来るようにと、理性をも与え給うた。この大地とそこに存在する万物は人類の生存を維持し快適にするために、彼等に与えられたのである。そしてこの大地が自然に産出する果実と、そこに生える草を食べて生きる動物とが、すべて人類の共有物に属することは、それらが自然の天然の手によって創り出され、そのようにして自然の状態にあるために、元来誰も他の人々を除外してその中のいくらかでも個人的に支配することが許されない点から明かである。けれども人間が利用するために神から与えられたものであるからには、それが用いられる前に、あるいはいやしくも誰か特定な人に有益なものとなる前に、取敢ずなんらかの方法でそれを一定の個人の専有物とするための手段が講じられねばならぬ。野蛮なアメリカ土人は私有のための土地の囲い込みを知らず、未だなお共有地の借地人の状態にある。然し彼を養う果実とか鹿の肉は、それが彼の生命を維持するために何か彼に役に立つようになるには、先ず彼のものでなければならず、しかも、他の者にはそれを取る権利が認められない程の、全き彼のもの、即ち彼の一部とならねばならぬ。
二七 この大地と、人間以下のあらゆる被造物はすべて人々の共有物ではあるが、各人は各々自身の「身体」という「私有財産」を持っている。これに関しては彼自身にのみ所有権が認められる。即ち彼の肉体の「労働」と彼の手の「細工」は本来彼のものであると言ってよかろう。人がいかなるものでも、造化の神によって備えられた自然本来の状態から取除くと、人は自分の労働をそれと混合し、それに何か自分自身のものを加えてしまい、そうすることによって自分の私有財産とすることになる。その私有財産とは自然本来の共有の状態にあったものを彼が取出したのではあるが、この労働によってそれに何ものかが加えられ、かくて他人の共有権を排除し得るのである。即ちこの「労働」とは疑もなくその労働者の私有財産であるから、少なくとも共有物として他人にとっても不足なく、同様に役立つ充分なものが取り残されてある場合には、ひとたび己の労働が加えられた物に対しては、彼以外の何人もそれをとる権利はないのである。
二八 樫の木の下で拾い上げたどんぐりや、森の中の木から採集したりんごの実で自分の生命を養う者は、確かにそれらのものを専有したのである。誰もその食物が彼のものではないと否定することは出来ない。しからば尋ねるが、それはいつから彼の所有物となったのであろうか? それを消化した時か? それを食べた時か? それを煮た時か? それを家へ持って帰った時か? あるいはそれを拾い上げた時か? もし最初にそれを採集したことがそれを彼の所有物となさなかったなら、他のどんな行為もそうすることが出来なかったことは明かである。それが共有物と区別されたのは、採集という彼の労働による。万物の共通の母である自然が創造を行った上に、更にその労働が何かを加え、かくてそれは彼が当然私有してよいものとなったのである。しからば彼がこのように、どんぐりやりんごの実を専有し得た権利を、それを自分のものとするために全人類の同意を得ていなかったという理由によって否定する者があるだろうか? 万人の共有物であったものを、このようにしてわがものとすることは略奪行為であっただろうか? もしそのような同意が必要であれば、人間は神から沢山のものを恵まれながら、餓死してしまっただろう。われわれの村落の共有地が良い例である。共有地は村民の契約で共有となっている。人がこの共有物の一部を取り、それを自然本来の状態から脱け出させることによって、初めて私有財産が生ずるのであって、もしそれがなければ共有物も何の役にも立たないのである。そして共有のもののどの部分を取るにせよ、それは全村民がそれにはっきりと同意することを必要としない。かくて私が他人と共有している場所で、私の馬が喰った草、私の召使が刈った芝生、私が掘った鉱石は、誰の割当ても同意もいらずに、私の私有財産となる。私のものである労働がそれらを今までの共有の状態から脱け出させ、それに対する私の所有権を確定したのである。
二九 誰でも、共有物として与えられたものの一部を専有するには、各共同社会民の明確な同意が必要であるとすれば、どうなることだろう。父親や主人がその子供や召使に肉を共同に与えて、各人に特にどの部分と割当てなければ、彼等はそれを切ることが出来ないことになろう。泉の中を流れる水は万人のものであろうが、瓶の中の水がそれを汲出した人のものであることを一体誰が疑うだろうか? 自然の手許にあってはそれは共有物であり、すべての自然の子等に平等に属していたが、彼の労働がそこから取出したことによって、それは彼自身のものとなったのである。
三〇 かくして、この理性の法則によってこそ、鹿はそれを殺したアメリカ土人のものとなる。以前には各人がそれを所有し得る権利を持ったが、彼が自分の労働をそれに与えたので彼の所有物であることが許されるのである。また人類の中でも文明化された部分と見做され、所有権を決定するために成文法を設定し、それを増加させて来た人々の間でも、以前は共有物であったものを私有するに至る、財産の起源に関しての、この本源的な自然の理法は今日なお行われている。即ちこの法則によって、大洋という、未だなお存続する偉大な人類の共有物の中でどんな魚を獲ろうとも、どんな竜涎香を拾い上げようとも、それは人間の労働によって自然本来の共有の状態から取出されるのであるから、そのために骨を折った人の私有財産であることが許される。更にわれわれの間においてさえ、狩り立てられている野兎は、猟の間を通じてずっとそれを追跡する人のものであると考えられる。それは野兎がなお共有物と見做され、誰も私有せぬ獣であったが、それを発見して追跡するだけの骨折りをそういう種類のものにかけた者は誰でも、そうすることによって、それを共有物であった自然の状態から取出し、ここで初めて己が私有財産となしたからである。
三一 これに対して多分次のような異議が唱えられるだろう。即ちもしもどんぐりやその他の地上の果実等を採集することによって、それを自分のものとする権利が与えられるのなら、誰でも好きなだけ沢山独占することが出来るだろうと。それに対する私の解答は否である。このようにしてわれわれに私有権を与える、その同じ自然の理法が、またその私有権を拘束もするのである。「神はよろずのものを豊に賜う」(『テモテ前書』第七章一七節)とは霊感によって確認された理性の声である。だが神はどの程度それをわれわれに賜ったのだろうか? 楽しく消費する限りである。それが腐敗したりして無駄にならぬうちに、生活のために利用し得る、その程度を労働による所有権の限界と定めてよかろう。これを越えるものはすべて自分の分前以上のものであり、他人のものに属する。神が人間をして腐らせたり、駄目にさせるために作り給うたようなものは一つも無いからである。このようにして、世界に久しくあった自然の備えがいかに莫大なものであったか、それに比べてこれを使う者がいかに少なかったか、また一人の勤勉な人間がどんなに全力を尽しても、人は自分の役に立つ物の、理性によって定められた限界を守るので、それはいかに自然の備えのほんの僅かの部分しか独占することが出来なかったか、そして、他人に迷惑を与えることがいかに少なかったか、以上のことを考慮に入れば、そのようにして設けられた私有財産についての喧嘩や争論の起り得る余地はほとんどないであろう。
三二 然し今、所有権の主体を大地の産んだ果実や、大地に育まれる動物ではなくて、あらゆる他のものを包括し、含有するところの大地それ自体だと考えたらどうだろうか? 私は明かにそういう物に対する所有権も前者と同様に獲得されると思う。人が耕し、植え、改良し、栽培し、そしてその作物を利用し得るだけの土地が彼の私有財産である。彼はその労働によって、言わば、自分の土地を共有地から囲い込むのである。また彼以外の者も皆、その土地に対して平等の権利を有し、従って彼は自分の仲間の人達、即ち全人類の同意がなくてはそれを専有したり、囲い込むことは出来ないのだと言っても、それは決して彼の権利を無効にしないだろう。神はこの世界を全人類の共有物として与え給うた時に、人間に対してまた労働することを命じ、人間の貧窮状態も、彼にそれを要求した。神及び人間の理性は彼に土地を開拓すること――即ち生活のために役立つようにそれを改良し、そこに何か自分自身のもの、彼の労働を投ずることを命じた。彼はこの神の命に従ってその一部を開拓し、耕し、種を蒔き、そうすることによって、それに何か自分自身の財産と称し得る条件を附加した。これを他人は所有する権利はなく、これを彼から奪おうとすれば、それは彼に対する侵害とならざるを得なかった。
三三 また、このようにある箇所の土地を改良することによってそれを専有することは、他人に対して決して不利益とはならなかった。何故なら、なお不足なく充分に、まだ土地を与えられぬ者には使い切れぬ程、残されていたからである。それ故に、実際、彼自身のために囲い込んだからと言って、他人の分として残された土地は決して減らなかった。即ち他人が充分に利用出来る程に残すのは、全然取らぬのと同じである。他人がかなりの量をぐっと一息で飲んでも、後に、自分が渇を癒すように、川を満たす程の多量の水が残されてあれば、他人が飲んだことによって害を蒙ったと考える者はなかっただろう。両方とも充分にある、土地と水の場合は全く同じである。
三四 神は世界を人間の共有物として与え給うた。然し神は、それを人間の利益となるように、またそれを出来るだけうまく利用出来るようにと願って与え給うたのであるから、それをいつまでも共有地として、耕作されぬままにおこうとの思召しであったとは考えられない。神はそれを勤勉な、理性的な人間の使用に供し給うた(そして労働がそれを使用し得る彼の権利であるべきだ)。決して喧嘩好きで、争い易い人間の気まぐれや貪欲のために与え給うたのではない。既に他人の私有地として取上げられたのと同じだけの土地が自分の改良用に残されていたら、どうして不平をこぼす必要があろうか? また既に他人の労働によって改良された土地について、どうして差出口をすべきだろうか? もし彼がそうしたら、明かに彼は自分には何の権利もない他人の労苦の利潤を要求しておきながら、却って、そこで働くようにと神から他人との共有物として授けられた土地は欲しがらなかったことになる。そこには既に私有地となったのと同じだけの土地が残されており、それは知っている限りの処分法を用いても余ってしまうし、彼の勤勉さも及ばぬ程の広大なものであったのに。
三五 なるほど、政府管轄下に多数の富裕な商人が居住している、イギリスその他の国の共有地においては、誰も仲間の同意がなければ、その土地の幾分たりとも、囲い込んだり、専有したりすることは出来ない。何故なら、この土地は契約――即ち土地法――によって共有地のままにしておかれているのであって、誰もそれを破ることは出来ないのである。このようにして、それはある人々に関しては共有地であるが、全人類にとってそうなのではなくて、この国とか、この教区の共有財産なのである。更に囲い込みが行われれば、残った土地は残った人々にとって、人々が全土利用出来た時の全体の土地程充分ではなかろう。これに反して、世界という大共有地に初めて人間が住んだ当初には、全く事情を異にした。人間を支配する法則はむしろ土地の私有化を奨励したのである。神もそれを命じ給い、人間も必要にせまられて労働せざるを得なかった。かくて彼の私有財産が生じ、それがどこに定められても、誰もそれを奪うことは出来なかった。このようにして土地の開拓、耕作と所有権獲得とが結び付けられるのである。前者によって後者の権利が認められた。即ちこのようにして、神は開拓を命じ給うことによって、それだけの土地の私有権を与え給うたのである。そして人間生活の条件として、労働と労働手段とを必要とするので、そこで当然私有財産が導き出されるのである。
三六 自然は私有財産の程度を、人間の労働の程度によって、生活に便利なように、適切に定めた。いかなる人もどんなに労働しても、全部の土地を開拓したり、専有することは出来なかったし、また享楽によってどんなに浪費をしても、それはほんの僅かの部分にすぎなかった。こういうわけだから、誰もこんなことで他人の所有権を侵害したり、自ら私有財産を獲得することによって、隣人に不利益を与えることはあり得なかった。何故なら、隣人にとっても(他の者が彼の分前を占有してしまった後でも)なお、それが私有化された以前と同様に立派な、大きな土地を持つ余地がされてあったからである。このように各人の所有には程度があり、それが各人の所有を誠に少量に限定したので、世界の揺籃時代には、土地を個人的に所有出来るだけ専有しても、他人の害にはならなかった。その時代には植民する余地がなくて困窮するよりも、むしろ自分達の仲間の土地から当時の広漠渺茫たる大地にさまよって、道に迷う危険があった程である。そして、世界がどんなに満員のように思われても、この程度の財産の所有は、決して他人の害にはならずに今なお人々に配給され得るであろう。なんとなれば、現在の人間や家族を、アダムやノアの子供達が、この世界に住んでいた最初の状態において考えて、どこかアメリカの内地の無人の境に植民させて見るとよい。そうすれば、彼が自分自身に作り得る財産も、先述の程度に応じて、余り尨大なものにはならないだろう。且つ、今や人類は世界の隅々にまで広がり、当初の小人数を限りなく超過しているが、彼の財産は今日においても、他の人類に害を与えることもなく、また不平を言ったり、この男の侵入によって損害を蒙ったと思う理由を彼等に与えることもないだろう。且つ又、広漠たる地面も労働が加えられなければ何の値打もないので、私の聞いたところによると、スペインでは、使用権だけで、他に何の権利も与えられていない土地を、妨害を受けることなく耕し、種を蒔き、収穫することが出来るのだそうだ。それどころか、却って住民達はほうっておかれたために荒廃した土地を勤勉に耕して、彼等の欲していた穀物の貯えを増やしてくれた人を有難く思うのだそうだ。然しこんなことはどうであろうとも重要なことではないが、次のことだけは私は思い切って大胆に断言する。前述の所有の法則即ち各人はその利用し得るだけを所有すべきであるという法則は、貨幣が発明され、人々が暗にそれに価値をおくことに同意したために、その法則以上の所有財産とその所有権が(合意の上で)生じてしまうという結果になっていなかったなら、世界には住民が二倍になっても足りるだけの土地があるのだから、なお世間で通用し、誰をも困窮させなかっただろうと思うのである。以上のことがいかに行われて来たかは、順次もっと詳細に説明することになろう。
三七 人間が必要とする以上を持とうとする欲望が生ずると、ただ人間生活にとって有益であるか否かに左右されている物の真価が変ってしまい、損耗したり、腐敗したりせずに、長持ちする黄金色の金属の小片が、肉の大きな塊や、山と積んだ穀物と同じ値打があると、皆が一致して考えるようになってしまった。だがこうなる以前には、人間は最初のうちは自分の労働によって、各自利用し得るだけの自然物を専有する権利があったが、しかも、その時代にはまだ同じように精出して働こうとする者には、同じく豊かな自然物が残されてあったので、このような専有は多大なものでもなく、他人に損害を及ぼす筈のものでなかったことだけは確かである。なお、以上に一言附け加えたいことは、己が労働によって土地を独占する者は人類の共同物資を増加こそすれ、決して減少しないことである。そのわけは、一エーカーの土地を囲んで開墾することによって生産された人生の必需品は、ごく内輪に見積っても、元来地味は同様に肥沃だが、共有地として荒れるままに放棄してあるところの一エーカーの土地が生み出すものよりも十倍は多いからである。それ故、十エーカーの土地を囲んで、そこから、自然のままに棄てられた百エーカーの土地よりも多大なる人生の必要品を収穫する者は、人類に九十エーカーの土地を与えるのだと言っても過言ではない。なんとなれば、彼の労働は十エーカーから、共有地として怠けている百エーカーからの産額に等しい食糧を彼に供するからである。私は改良された土地をごく内輪に見積って、その生産高を十倍と評価したが、実は百倍近くの増産があるのである。なぜならば、私は一つ諸君に尋ねたい。自然のままに放任され、何等の改良も開墾も耕作も施されないところの、アメリカの原始林や未墾の荒蕪の地における千エーカーの土地がその貧困なみじめな住民らに対して、果して、デヴォン州のよく開墾された、そして、同様に地味が肥沃な十エーカーの土地が与えると同量の必需品を産出しているだろうか?
土地が専有化される以前には、出来るだけ多くの野生の果実を採集した者や、出来るだけ多くの獣を殺したり、捕獲したり、飼馴らしたりした者――何か自然の天産物のために骨を折り、どうにかして、なんらかの自分の労働を及ぼすことによって、それを自然本来の状態から変えた者は、そうすることによって、その天産物の所有権を獲得したのである。然し、もし適当に利用されないうちに、それが彼の手中で駄目になったら――もしも彼の用途に供されないうちに、果実がいたんだり、鹿の肉が腐敗したりすれば、彼は自然の慣習法を犯したことになり、刑罰に処せらるべきである。即ち彼は隣人の分前を侵害したことになる。何故なら、彼は自分が使用するのに必要な以上には、そして、それらが彼に生活の便利品を供するのに役立ち得た以上には、それらを所有する権利がなかったからである。
三八 同じ尺度はまた土地の所有にも当てはまった。彼が耕し、収穫し、貯え、そして、それがいたんで駄目にならない中に利用したいかなるものも、当然彼の私有すべきものであった。また、彼が土地を囲い、そこで草を食ませ、そして彼が利用したいかなる作物も家畜も彼のものであった。然し、もしも彼の囲った土地の草が刈取られぬうちにその場で枯れたり、あるいは彼の栽培した果実が採集され、貯蔵されることなしに腐ってしまえば、この部分の土地は彼が囲ったにも拘らず、なお荒蕪地と見做されるべきであったし、誰でも他の者の所有地となってもよかったのである。例えば世のはじめに、カインは耕せるだけの地面を取って、自分自身の土地としてもよかった。それでもアベルの羊に草を食ませるだけの土地は充分に残せたのである。二人の所有地には数エーカーで沢山だった。しかるに家族が増加し、その勤勉によって作物、家畜をふやすと、彼等の需要に応じて所有地も増大したのである。然し通常、彼等の使用した地面には一定の所有権などは決められていなかった。そうなったのは彼等が合同して、集団生活を始め、都邑を建設するようになってからである。そこで彼等は同意の上で、彼等の別々の領土の境界を設け、彼等とその隣の領土の人々との間の境についても意見を一致させるようになった。そして、また、彼等の間でも、同一社会に属する人々の私有財産を法律によって定めるようになった。蓋し、衆知の如く、世界の中で最初に人間が住み、当然人々が最も多くなりそうだった地域において、時代が下ってアブラハムの頃になっても、彼等は自分達の財産である羊と牛とをつれて、あちこちと自由に遊牧した――そしてアブラハムは、自分が他国人として取扱われる、よその国に行っても、このような放浪を続けたのである。このことから次のことが明かとなろう。即ち少なくとも大部分の土地は共有地であって、住民はあまりそれに価値をおかなかったし、また使いきれぬ程の私有地を要求しなかったのである。然るに、同じ場所には彼等の家畜に同時に草を食ませるだけの余地がなくなると、彼等は同意の上で、アブラハムとロトがしたように(『創世記』第一三章五節)、分散して、彼等に最も適した場所に、草を食ませる土地を拡大した。エサウがその父親と兄弟より離れてセイル山に植民した(『創世記』第三六章六節)のも同じ理由に基づく。
三九 こういうわけで、アダムが全世界に対して、他の人々を皆除外して、個人的支配権とか所有権を持ったということはどうしても証明出来ないし、またそのことからは誰の私有財産も由来し得ないのだから、そのような考え方はやめて、世界は、実際、人の子等の共有物として与えられたものだと考えると、人々が労働によって各自土地のほんの小片をそれぞれ個人的に私有し得る権利を認められるに至った経過や、そこにおいては権利に何等の疑問も起らず、紛争の余地もなかったことが分るであろう。
四〇 また労働による所有権が土地の共有権に優先し得るということは、よく考えてみないとあるいは一見奇妙に思われるかも知れないが、実際はそれ程でもないのだ。即ち万物に価値の相違を設けるのは実に労働なのである。そして誰でも、一エーカーの土地に煙草や砂糖が植えられたり、小麦や大麦が蒔かれている時と、同じ一エーカーの土地が何も耕作が施されずに共有地としておかれてある時の相違を考えてみれば、労働による改良がその土地の価値の大過半を形成することが分るだろう。私は人間生活に有用な大地の産物の中で、十分の九は労働の所産であると言っても、それはほんの控え目な計算であろうと思う。それどころか、もしわれわれの用途に上る色々な品物を正当に評価して、それに要する諸費用を計算すれば――その中で純粋に自然の力に帰すべきものはどれ、労働の力に帰すべきものはどれと、分けてみれば――大抵の品物の中で百分の九十九は全く労働によるとされねばならぬことが分るだろう。
四一 このことを示すには、どんなものよりもアメリカ人の形成する数社会が最も明瞭な例証となろう。彼等は土地は豊富にありながら、生活に快適を与えるものはどれもこれも貧弱である。彼等は自然から他のどの国民にも劣らぬ程沢山の材料――即ち豊饒な土地――を惜し気なく与えられ、それは食物、衣服、快楽に供せられ得るものを沢山、容易に生産し得る筈なのである。しかも彼等はその土地を労働によって改良する点で欠けていたので、われわれが享有する生活の便利品の百分の一をも持っていない。そして広大、豊饒な領土の王も、そこでは英国の日雇労働者より粗末な衣食住を供せられているのである。
四二 このことを更にもう少し明かにするために、普通の生活の糧がわれわれの使用に供せられる前に経て来る数段の過程を辿って、その価値のいかに多くの部分が人間の勤労から得られるかを、ただ一寸見てみよう。パン、葡萄酒、毛織物は今日、日常使用されるものであり、その数量は莫大なものである。しかも労働がわれわれにこれらのずっと有用な品物を与えてくれなければ、どんぐりや水や木の葉や獣皮が、今もなお、われわれの食物、飲物、衣料でなければなるまい。即ちパンがどんぐりに比べ、葡萄酒が水に比べ、毛織物や絹布が木の葉や獣皮、苔に比べて、いずれもどんなに値打があるにせよ、それは全く労働と勤勉のお蔭なのである。これらのうちの一方は自然が人間の力を借りずにわれわれに与えてくれる食物であり、衣服である。他方はわれわれの勤勉と労苦の結果、調製された食糧である。後者が価値においていかに前者に優るかを計算してみれば、われわれが、この世界で享有するものの価値の過半が、どれ程労働によって構成されるかが、分るだろう。そして原料を生産する地面はほとんど勘定に入れられないし、精々入れたとしても、その価値のごく僅かをしか構成しない。それは極めて取るに足らぬものであり、従ってわれわれの間でも、全く自然のままに放任せられて、牧畜、耕作、栽培へと、改良の手が加えられない土地は荒蕪地と呼ばれ、実際にその通りなのである。そして、その利するところはほとんど無に近いことが分るだろう。
この故に、人口の多数が領土の広大よりもいかに好ましいとされているか、そして、土地の増加とその使用権とが政治の大秘訣であり、世の君主にして、自由の法則によって人類の堅気な勤勉を保護奨励し、権力の圧迫及び党派の狭量をあくまで斥けて、賢明且つ敬虔たらんとする者は、たちまち列国にとって手強い君主となろう。しかし、閑話休題、本論に移ろう。
四三 イギリスにおいて二十ブッシェルの小麦を産する一エーカーの土地と、アメリカにあって、もし同じ耕作を行えば同量を産する筈の土地とは、疑もなく同一の、自然な、本質的な価値を有する。しかも人類が前者から一年に受取る利益は五ポンドに値するのに、後者の利益は多分一ペニイにも値しないだろう。もしアメリカ土人がその一エーカーの土地から得る全収益をイギリスで値をつけて売ったら、千分の一にも値しないだろうという評価は控え目に言っても間違っていないと思う。故に土地に価値の過半を与えるものは労働であり、それがなければ土地はほとんど何等の値もしないのである。その有用な産物の大半をわれわれが享有するのも労働のお陰である。蓋し、一エーカーの土地の小麦から取れる藁、ふすま、パンは、地味は同じだが、未開墾のままである一エーカーの土地からの産物よりも、遥かに値打があるが、それはすべて労働の結果である。即ちわれわれがパンを食べる時には、単に耕夫の労苦、刈手と打殻者の骨折、パン焼の汗のみを勘定に入れれば足りるのではない。牡牛を馴らした者、鉄や石を掘ったり細工したりした者、鋤、挽臼、窯、その他この穀物が蒔かれた時からパンに作られる時までに必要な、莫大な数に上る器具類の製造に使われた木材を伐り倒し、組立てた者の労働もすべて勘定に入れなければならぬ。そしてわれわれはその労働の結実たるパンを受取る如く、その労働をも受取らねばならぬ。自然と大地とは、そのままの形ではほとんど無価値に等しい原料を供給したにすぎない。一塊のパンが食用に供される前に、そのために労働が提供し、使用したものを一つ一つ探し出すことが出来たら、奇妙な物品一覧表が出来上るであろう。即ち鉄、薪、皮革、樹皮、材木、石、煉瓦、石灰、織物、染料、瀝青、タール、帆柱、綱、その他職人の中の誰かが、いずれかの部分の仕事をするのに使った物品を運搬した船の中に用いられるあらゆる原料、これらをことごとく数え上げることはほとんど不可能であり、せいぜい出来たとしても長たらしいものになってしまうであろう。
四四 以上のすべてのことから次のことが明かとなる。自然の諸物は共有物として与えられているが、人間は、(自己の主人公であり、己の身体及びその行動と労働を自分のものとすることによって)なお、自分の中に労働という私有財産の立派な基礎を有したのである。また人間が発明や技術によって、生活の便利品を改善した時に、彼の存在を支持し、快適にするために用いたものの大部分は、全く彼自身のものであり、それは他の人との共有物に属するのではなかった。
四五 かくて労働が最初に所有権を生んだ。即ち、長い間、人類がそれを利用し得るよりも遥かに多くの部分を残していたし、今日でもなお余りがあるところの共有物に対して誰でも人が労働を行使したいと思えば、どこにおいてもその労働によって所有権が与えられた。人間は初めは大抵、その必要とするものに関して、自然が人間の手を借りずに提供してくれたもので満足していた。然し後になって、世界のある部分では人と家畜が増加し、貨幣が使用されるようになると、土地が払底して、いくらか値をもって来た。そのため、幾多の共同社会では、それぞれ別個の領土の境界を設け、また法律によって彼等の間でも、その社会に属する各個人の私有財産を調整した。このようにして、労働と勤勉が初めて作り出した私有財産の問題を契約と同意とによって解決したのである。かくて幾多の国家、王国間に締結された契約は他国の領有地に対するあらゆる要求、権利を、明白に、あるいは暗黙裡に否認し、共通の同意によって、本来彼等がそれらの国々に対して持っていた、自然の状態における共有権の要求を放棄した。そして、土地をはっきり分割し、その各部分に対して、明確に定められた契約により、彼等の間での所有権を定めたのである。しかしながら、今日なお、探せばまだ広大な地面が見つかるのである。そこでは住民が他の人類の共通貨幣使用の同意にまだ加わっていないので、土地が未開墾のままである。即ちなお共有地の状態にあり、そこに住む人が現にそれを使って余りがあり、使いきれない程である。もっともこんなことは既に貨幣使用に同意した人々の間では滅多に起り得ないことなのだが。
四六 人生にとって真に有用なもの、衣食の必要から世界の最初の共有者が探し求めたもの――現に今日アメリカ土人がそうしているように――の大部分は概して長持ちしないもの、例えば――使い尽してしまわないと――自ら腐敗してしまうようなものである。他方、金、銀、ダイヤモンド等は生活に実際に使用されたり、なくてはならぬ衣食の手段に供せられるためというよりもむしろ、人に愛好せられ、それに価値をおこうとの同意をみた結果値打がついたものである。さて、自然が共有物として与えてくれた、衣食の有益な物品を、各人は(前述の如く)用い得るだけ所有する権利があり、その労働によって効果を与え得たものすべてに対して所有権を有した。即ち彼の勤労が及んで、自然本来の状態から変えることの出来たものはすべて彼の私有物となった。例えば百ブッシェルのどんぐりやりんごの実を採集した者は、そうすることによって、それを自分の私有財産とした。それは採集されるや否や、彼の所有物となったのである。彼はただそれが腐る前に使ってしまうように注意すればよかった。さもなければ、彼は自分の分前以上を取り、他人のものを盗んだことになる。そして使い切れる以上に蓄積するなどということは、実に不正なことであるばかりか、馬鹿げたことであった。もしも彼が一部を誰か他人に譲れば、それは彼の手中で無駄に腐ってしまうことを免れ、彼はそれも利用したことになる。またもし彼が一週間も持ちつづければ腐ってしまったような西洋李を安値で手放して、まる一年も腐らずに食べられるような胡桃と交換すれば、彼は害を他に及ぼさなかったことになる。即ち彼は共有物資を無駄にしなかったのであり、彼の手中で何も役に立たずに駄目になってしまうものがなかったならば、他人の分前である財産を少しも侵害しなかったのである。更にまた、もし彼がその胡桃を、一片の金属の色が気に入って、それと取り代えたり、羊を貝殻と、羊毛をきらきら光る小石やダイヤモンドと交換して、それを一生涯自分の手許に保存しようとしても、他人の権利を侵害することにはならなかった。彼はこれらの長持ちのするものなら好きなだけ沢山蓄積してもよかったのである。即ち彼の正当な私有財産が限界を超過するのは彼の財産が多大になる時ではなく、その中に少しでも役に立たずに駄目になるものがある時だったのである。
四七 このようにして貨幣が使用されるようになった。それは駄目にならずに保存の出来た、長持ちのするものであり、相互の同意によって人々が、間違なく役に立つが腐敗し易い生活の糧と交換することを欲するものである。
四八 そして勤勉の程度が異なるにつれ、人々の獲得する財産の割合も異なりがちだったので、貨幣がここに発明されると、人々は財産を持ちつづけ、拡大させる機会を与えられた。例えばある一つの島があって、他の世界とは切離されているので交易が不可能であり、僅か百家族しか住まぬが、そこには羊、馬、牛、その他有用な動物や滋養になる果実を産し、十万倍の数の人々をも養い得る程の穀物を実らせる土地があると仮定しよう。しかもその島にあるものはすべて有りふれたものであるためか、または腐り易いためか、いずれにせよ、貨幣の役目を満すには適さないとする。そんな所で、しかも彼自身の勤労の所産の形で、あるいは他人の持つ、似たように腐敗し易いが有用な物品と交換出来るものの形で、家族が使用する分以上に、そして、その消費に対する供給として充分な程度以上に、彼等が財産を拡大させるべき道理があろうか? 何か長持ちがして、しかも珍しいもの、そして蓄積すべき程の貴重なものがなければ、そこでは誰も、たとえ土地がいかに肥沃であっても、またいかに彼等の取り放題であっても、その所有を拡大しようという気になる者はあるまい。というのは、一万エーカーあるいは十万エーカーのすばらしい土地があって、予め耕作され、また家畜を充分に備えてあっても、それがアメリカの奥地の真中にあり、産物を売って貨幣を得るために、世界の他の部分と交易し得る望が全くなければ、その土地に人がどれ程の値をつけるか伺いたいものだ。それでは囲う値打もないから、自分と自分の家族のために、そこで得られる生活の便利品を供給する以上の土地は一切再び放棄され、自然の未開な共有地の状態に復するだろう。
四九 かくて最初は全世界はアメリカのような状態にあった。しかも今日のアメリカ以上だった。即ち貨幣の如きものはどこにも知られていなかったのである。ところが人が自分の隣人の間に、何か貨幣として役立ち、それだけの値打のあるものを見出すと、その人は間もなく自分の財産を拡大し始めるだろう。
五〇 然し金や銀は食物、衣服、車に比べて人間生活にほとんど役立たず、人々の同意によってのみ値打のあるものとなるのであるから――その場合にもなお、労働が概してその価値の尺度となるのであるが――大地の不釣合、不平等な所有も明かに人々の同意の結果であると言えよう。その故は、金銀は所蔵されている中に腐敗し、痛むということがないので、いくら貯蔵されても誰にも損害を与えないから、過剰物資を売って金銀に代えることによって、人はその生産物を自分だけで使い切れない程の大なる土地を公正に所有出来る方法を、暗黙裡の自発的同意で以て発見したからである。かような私有財産の、不公平な、物の分け方は、社会の限界の外で、そして契約無くして、ただ金銀に価値をおき、暗黙裡に貨幣の使用に賛成することによって実際に行われるに至ったのである。何故なら政府の存在するところでは法律が所有権を調節し、土地の所有は成文の憲法によって定められるからである。
五一 こういうわけだから、先ず最初に労働によって自然の共有物を私有する権利が認められるようになり、それがわれわれの用途に費やされるか否かによって限度を定められた事情を、なんらの障りなく想像することは極めて容易なことだと思う。従って当時は私有権に関する争いが起る道理もなかったし、私有権によって与えられた財産の大きさについて疑惑の生ずる筈もなかった。権利と生活の便宜とが常に提携していたのである。即ち人は自分の労働を用いたすべての物を所有する権利をもったが、同時にまた、自分で利用出来る以上のもののためにまで労働したいという気にはならなかったのである。このことから、その結果として、所有権に関する争論とか、他人の権利の侵害とかの余地は全くなかった。どの部分を自分の分前として切り取ったかは容易に分ったし、また自分の分前を余計に切り取りすぎること、即ち必要以上を取ることは不正であるばかりか、無駄なことでもあったからである。