戦争と平和 エピローグ 第二編, レフ・トルストイ

五


国民の歴史は若干名の人の歴史に包含される訳にゆかない。それはこの若干名の人と国民との関係が、発見せられないからである。多数の意志の総和が史上人物へ移譲されたところに、この関係が基礎を置いているという理論は、歴史の経験によって裏書きせられない仮説である。

群衆の意志の総和が史上人物に移るという理論は、法学の領域においてこそ、極めて多くの事物を説明して、その方面の目的に必要欠くべからざるものかも知れない。しかし歴史に適用した場合には、革命や、征服や、内訌(ないこう)が持ち上がるや否や、即ち歴史が始まるや否や、この理論は何物をも説明しないのである。

この理論が到底くつがえし得ないもののように思われる訳は、国民の意志の移譲という行為がかつて存在した事がなく、従って検覈(けんかく)することの出来ないものだからである。

たとえ如何なる事件が生じても、誰が事件の首脳に立っても、この理論は常にこう言うであろう――某々が事件の首脳者となった。それは意志の総和が彼に移されたからである、と。

この理論が歴史上の疑問に与える答えは、ただ動き回る家畜の群を見て、牧場の各部における牧草の種々雑多な性質や、牧夫の指導などに注意を払わないで、どの家畜が群の先頭に立っているかと言うことによって、全体の方向の原因を判断する人に彷彿としている。

「家畜の群がこの方向をさして動くのは、先頭に立っている獣が、これを導いているからである。そして残りの家畜全部の意志の総和は、この群の支配者に移されている」権力の無条件的移譲を認める第一類の歴史家は、こういう風に答えるのである。

「もし先頭に立つ家畜が代わるとすれば、それは、この家畜が全群の選んだ方向へ一同を導くか否かによって、家畜全体の意志の総和が、一匹の支配者から他のものへ移るのだ」群衆の意志の総和が不明瞭な条件のもとに、支配者へ移されるものと認めている歴史家は、こういう風に答えるのである(こうした観察の態度をとると、しばしば次のような場合が生じて来る。つまりこの種の観察者は、自分の採った方向に準じて、群の方向変換の際、もう先頭でなくて側の方に、否、時としては後ろの方に立っているものを、指導者と認めるのである)。

「もし先頭に立っている家畜が絶えず交代し、全群の方向が不断に変更するならば、それはつまり他でもない、我々に知られている方向へ到達するために、家畜全体が自己の意志を、我々の目に顕著な家畜へ移譲するからである。それ故、この群の運動を研究するためには、群のあらゆる方面から進んでいる、我々の目に顕著な家畜を、ことごとく観察しなければならない」君主を始めとして新聞記者に到るまで、あらゆる史上の人物を時代の表現と見なしている、第三類の歴史家はこういう風に答える。

群衆の意志が史的人物に移るという理論は、単なる紆説法に過ぎない――単に問いの言葉を別様に言い回したものにほかならない。

史的事件の原因は何であるか?――権力である。権力とは何か?――権力とは一人物に移された多数の意志の総和である。如何なる条件の下に群衆の意志は一人物に移されるか?――該人物があらゆる人々の意志を表現するという条件である。即ち、権力はついに権力である。即ち、権力とは我々に意味を摑むことの出来ない言葉である。


もし人知の領域が単に抽象的思索のみに限られていたならば、人類は科学の与える権力の説明を厳格な批判にかけた後、権力とはただの空語に過ぎないもので、実際には存在していないという結論に到着するであろう。しかし現象認識のために、人間は抽象的思索のほか、経験という武器をもっていて、これによって思索の結果を検討するのである。然るに経験の教えるところによると、権力は言葉でなくて、実際に存在する現象なのである。

権力の観念なしには、人間の総合的活動を一つとして叙述出来ない、というようなことはしばらく措くとしても、権力の存在は歴史によっても、また現代の事件の観察によっても、立派に証明せられてる。

いつでも事件の行われるときには、一人もしくは数人の人物が現れて、その意志によって事件が完成するように思われる。ナポレオン三世が命令を下すと、フランス軍はメキシコへ行った。プロイセン王とビスマルクが命令を下すと、軍隊はボヘミアに行った。ナポレオン一世が命令を下すと、軍隊はロシアへ行った。アレクサンドル一世が命令を下すと、フランス人はブルボン王朝に服従した。こういう風に、いかなる事件が起こっても、その事件は必ず一人、もしくは数人の意志に結びつけられているという事を、経験がわれわれに教えるのである。

神が人事に関与するものと認める古い習慣によって、歴史家は権力を賦与された人物の意志表示に、事件の原因を見出そうとする。しかしこの結論は理論によっても、経験によっても裏書きされていない。

一方から見ると、理性は次のようなことを説いて聞かせる。即ち一人物の意志の表示――彼の言葉――は、ある一つの事件、たとえば戦争や革命などに表れる、全般的活動の一部分に過ぎない。従って不可解な超自然力――奇跡――を仮定することなしには、単なる言葉が数百万人の運動の直接原因になり得るとは、どうしても認容することが出来ない。また別な方面から見て、たとえ言葉が事件の原因となり得ると仮定しても、史的人物の意志表示は、多くの場合、何らの効果をも齎(もたら)さない。即ち彼らの命令はしばしば実行されないばかりでなく、時としては全然命令と反対な事さえ行われる。それは歴史の示すところである。

神が人事に参与することを認めないわれわれは、権力をもって事件の原因とするわけにゆかない。

権力は経験の立場から見ると、単に一人物の意志の表示と、他の人々によるその意志の実行と、この両者の間に存在する従属物に過ぎない。

この従属の条件を明らかにするために、われわれはまず第一に意志の表示を、神でなく人間に帰従せしめて、その観念を確立しなければならぬ。

もし古代史が示す如く、神が命令を発したり、自分の意志を表示したりするならば、この意志の表示は時の支配をも受けなければ、何らの動機をも持っていない筈である。なぜならば、神はその事件に一切関係しないからである。しかし時(タイム)の中で行動して、互いに結び合わされている人間の意志表示たる、命令というものについて論ずるならば、この命令と事件との関係を明らかにするために、われわれは次の点を確立しなければならない――(一)事件全体の状況、事件及び命令者の時(タイム)の中における運動の連続性、(二)命令者と、その命令の実行者との間に存在する必然的関係の条件、すなわちこれである。