奇談, ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)

若返りの泉


むかしむかし、日本の山々の間のどこかに、貧しいきこりとその妻が住んでいた。ふたりはとても年老いていたが子供は無かった。夫は毎日ひとりで森へ木を切りに行き、妻は家で座ってはたを織った。

ある日老いた男は、とある種類の木を捜しに普段よりも森の奥へ進んで行くと、いつの間にか自分が今までに見たことの無い小さな泉の端にいるのに気が付いた。水は不思議なほど冷たく澄みきっており、またその日は暑い中を苦労して歩いたので喉が渇いていた。そうして大きな麦藁帽子を脱ぎ、膝をついて長いこと飲み続けた。

その水は極めて脅威的な方法で彼を回復させたようである。それから泉に自分の顔を見付けて後ずさった。間違い無く自分の顔ではあるが、家の銅鏡で見慣れたのとは全く違っていた。とても若い男の顔であった。自分の目が信じられなかった。しばらく前に綺麗にはげ上がった頭に両手をのせて、いつも持ち歩いている小さな青い手拭いで拭いてみた。ところが今ではふさふさとした黒い髪でおおわれていた。また、顔はしわのことごとくが消え去り、少年のようにすべすべになっていた。同時に自分に新しい力がみなぎっているのを発見した。寄る年波で長い間え衰えた手足が、今では引き締まった若い筋肉で固くしなやかになり、驚きに目をみはった。知らぬ間に若返りの泉を飲み、それによって一変したのだ。

最初に高く跳び上がって大きな喜びの声を上げ──それから今までの人生でかつて走ったことの無い早い速度で家へ走った 。家に入ると妻はおびえてしまった──知らない人だと思い込み、不思議な出来事を話しても一度に信じてくれなかった。しかし長いことかかって、今目の前にいる若い男が本当に夫だと説得できると、泉の場所を話して一緒に行こうと誘った。

それに対して彼女は言った──「あんたは、そんな男前で、そんなに若くなりなさっては、こんなおばばを愛し続けられません──そんなら私もすぐに、なんぼかその水を飲まななりません。それでも同じ時間に家を空けてしまっては、お互いの為になりません。私が行っている間、ここで待っていて下さいませんか。」そして彼女は木々の間を全て自分で走った。

泉を見付け、膝をついて飲みはじめた。ああ何て冷たくて気持ちがいいんだろう、この水は。飲んで飲んで飲んで、息を継ぐ為だけに休んで、また繰り返した。

夫はもどかしげに待った──可憐かれんな細身の娘になって帰って来る彼女に会えると期待していた。しかし何時いつまでたっても戻って来なかった。心配になって、家の戸締まりをして捜しに出かけた。

泉に着いても彼女は見付からなかった。ちょうど帰ろうとした所で、泉のそばの高い草の間から、小さな泣き声が聞こえた。そこを調べてみると、妻の着物と赤ん坊が見付かった──とても小さな赤ん坊で、おそらく六ヶ月くらいの歳だろう。

お婆さんは不思議な水をあまりにもたくさん飲み過ぎたため、若い頃を通り過ぎて言葉を話せない幼児の時代に遠く後退するよう自身を飲み込んだ。

彼はその赤ん坊を両手で抱き上げた。その子は悲しく不思議そうに彼を見た。その子を家まで運んだ──言いようのない哀しい思いを──ぶつぶつつぶやきながら。

「日本お伽噺シリーズ」より


©2018 小林幸治.